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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)691号 判決 1979年12月11日

控訴人

下山勉

控訴人

下山藤江

右両名訴訟代理人

福長惇

被控訴人

静岡県

右代表者知事

山本敬三郎

右訴訟代理人

堀家嘉郎

御宿和男

右指定代理人

小松敏雄

外四名

主文

原判決を取消す。

被控訴人は、控訴人らに対し金六〇八万二、五五一円及びこれに対する昭和四六年九月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人らその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その二を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴人ら代理人は、損害金に関する請求を一部減縮して、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人らに対し各金七五〇万円及びこれに対する昭和四六年九月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、各控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、左に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の訂正)<省略>

(主張)

一  控訴人ら代理人

(一)  ○○教諭は、社会人チームとの本件練習試合をするに当つては、静岡県立沼津工業高等学校(以下、沼工という。)のラグビー部顧問として、同部の部活動を指揮監督するとともに、静岡県立沼津商業高等学校(以下、沼商という。)のラグビー部員をも指揮監督していたのであるから、国家賠償法上公権力を行使する被控訴人の生徒に対する保護監督につき、その履行を補助すべき地位にあつたのである。

(二)  静岡県高等学校体育連盟(以下、県高体連という。)は高等学校体育に対する管理、指導、監督権を統一的、集約的に行使するために組織された「学校体育団体」であり、静岡県ラグビーフツトボール協会(以下、ラグビー協会という。)はその「関係競技団体」であつて、高校の競技会は、教育機関若しくは「学校体育団体」の主催、またはこれら「関係競技団体」との共同主催によるべきものとされ、本件事故当日における競技会も、「学校体育団体」たる県高体連と「関係競技団体」たるラグビー協会との共同主催によるところの、学校体育活動の一環として行われたものである。

そして、右両団体及びその役員は、被控訴人から公権力を行使する権限を委託された被控訴人の補助機関であつて、民法上の履行補助者ないしこれに準ずるものに該当する。

従つて、県高体連及びラグビー協会の役員は、いずれも公務員である。

二  被控訴代理人

控訴人らの右主張事実のうち、県高体連、ラグビー協会及びその役員が被控訴人から公権力を行使する権限を委託された被控訴人の補助機関であるとの事実を否認し、その余の事実を争う。

(証拠関係)<省略>

理由

一本件事故の発生について

控訴人らの長男靖仁(昭和二八年六月二〇日生)が昭和四六年九月当時沼商に三年生として在籍し、同校における教育活動の一環であるクラブ活動のうちラグビー部に所属し、同部の主将であつたこと、右靖仁が同年九月一二日ラグビー部の他の部員とともに競技の仕度を整えて静岡市内の草薙球技場に赴いたこと及び同人が他の部員二名とともに沼津ブイコンクラブチーム(以下、ブイコンチームという。)の補充員としてラグビー競技に参加したが、試合開始後一〇分位にして対戦者東芝機械チームに所属する訴外Sにスマザータツクルされて転倒し、頸椎第四、第五脱臼及び脊髄損傷の傷害を被り、これによつて翌一三日午前六時五五分静岡市東鷹西町二四番地医療法人慈友会トモノ病院において死亡した事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二国家賠償法第一条第一項の主張について

先ず、靖仁の死亡が、控訴人ら主張の沼商及び沼工の教諭等が公権力の行使に当る公務員として、その職務を行うについての義務教育によつて生じたものであるかどうかについて判断する。

(一)  千野雄三が沼商の校長、字佐美雄司が同校の教頭、高畑新一が同校の教諭、○○が沼工の教諭であること、従つて、右いずれも地方公共団体である被控訴人の任用にかかる地方公務員であることは、当事者間に争いがなく、右両高校が被控訴人の設置にかかるものであることは、弁論の全趣旨に徴して明らかであり、<証拠>を総合すると

(1)  沼商には昭和四六年当時クラブ活動の一環として部員約一五名を擁するラグビー部があり、同校長千野雄三は、その顧問を高畑新一教諭に、コーチを訴外飯田兄弟に委嘱したほか、同校の生徒の指導監督の全般を統括する生徒主任に稲本久蔵教諭を、体育活動を統括する体育科主任に河教諭をそれぞれ充てて、右ラグビー部の活動の指導監督に当つていたこと。

(2)  ラグビー協会は、昭和四六年九月一二日(日曜日)の午後二時三〇分から静岡市内の県営草薙球場において、国体高校ブロツク予選として全静岡高校選抜チーム対全愛知高校選抜チームの公式試合を予定し、沼商に対し、出場選手としてラグビー部員訴外鈴木康則及び教諭の派遣を要請したほか、右試合を含めた同年八月二九日から同年九月二四日までの右球技場における試合予定表を送付したこと。

(3)  このようにして、鈴木康則が全静岡高校選抜チームの選手として全愛知高校選抜チームとの試合に沼商ラグビー部から参加することとなつたため、靖仁ら右ラグビー部員も、これを応援しながら見学すべく、その数日前に、部員が揃つて草薙球技場に赴く旨の申し合せをしたこと。

(4)  たまたま、同年九月一二日草薙球技場において、県高体連の主催する同四六年度全国ラグビー大会県下予選試合方法等についての県下高校ラグビー部顧問会議が開催されることになつていたが、沼商ラグビー部顧問高畑教諭は、所用のため右会議に出席することができなくなつたため、靖仁が同日同球技場に応援に行くことを聞き及んで、靖仁に対し右会議に代つて出席するよう依頼したこと。

(5)  右靖仁は、前示申し合せどおり、同年九月一二日正午前沼商ラグビー部員約一二名の者とともに、草薙球技場に赴いたが、その際出場選手の鈴木康則以外の者も全員ユニホームなど競技仕度を整えて出かけ、結局靖仁は前示顧問会議には高畑教諭に代つて出席をしなかつたこと。

(6)  同日右球技場においては、前示国体高校ブロツク予選の試合とは別に、ラグビー協会の主催により社会人チームによる三試合が予定され、午前一一時四五分からブイコンチーム対東芝機械チームの試合が行われることになつていたが、ブイコンチーム選手に多数の不参加者があつて出場選手の定数に達しなかつたため、その試合が中止されたこと。そこで、右両チームは不足する人員を補つて練習試合を行うこととなり、同球技場に居合せた沼工の○○教諭に対し、右不足人員を来合せている高校生のラグビー部員によつて補充することを要請したこと。

(7)  沼工ラグビー部の顧問兼監督であつた○○教諭は、クラブ活動の一環として同日午前一〇時三〇分ころ同校のラグビー部員のうち全静岡高校選抜チームの選手として出場する部員五名(うち補欠二名)及びこれが応援、見学のための部員七名計一二名を引率して、草薙球技場に赴き、前示県下高校ラグビー部顧問会議に出席した後、右部員とともに同球技場において先に行われる前示社会人チームの試合を観戦しようとしていたが、右試合が中止された場合には社会人チームとの練習試合ができることを予想し、体調不調の部員を除いてユニホーム着用等の競技仕度を用意させていたところから、社会人チームからの右補充要請に応じて右沼工ラグビー部員に対し「お前ら練習試合をやらせて貰え。」と参加を呼びかけた上、自ら前示補欠選手二名及び応援等のため引率してきた部員のうちから五名を、それぞれポジシヨンを定めて出場者として指名し、更に付近に居合せた沼商のラグビー部員に対し「誰か出てやつてくれないか。」と声かけ、これに応じて参加を希望した鈴木康則に対しては、同人が後刻行われる公式試合の選抜チームの選手であつたためこれをやめさせ、既に仕度を始めていた靖仁をスタンドオフとして指名したほか、沼商の同部員から他の二名をも出場者として指名したこと。

(8)  ○○教諭に指名された右一〇名の生徒は、直ちにブイコンチームの補充員として東芝機械チームとの練習試合に参加し、競技を始めたところ、試合開始後一〇数分を経過し、靖仁がハーフから受取つたボールを持つて突進した際、東芝機械チームのSにスマザータツクルされて転倒し、本件事故の発生をみるに至つたこと。

以上の事実を認めることができ、右認定を動すに足りる証拠は存しない。

(二)  ところで、国家賠償法第一条第一項にいうところの「公権力の行使」とは、国または公共団体の統治権に基づく優越的な意思の作用として行う権力作用に限られるものではなく、公立学校における教職員の生徒に対する教育活動などの非権力作用も、これに包含されるものと解するのが相当である。

そこで、沼商千野校長、宇佐美教頭、高畑教諭において、ブイコンチーム対東芝機械チームの前示試合に、靖仁が参加するのを阻止する等適切な措置をとらなかつた不作為及び沼工○○教諭が靖仁を右試合に参加させた行為が、公立高等学校の校長、教員が公権力の行使としての職務を行うにつき、同人らに課せられている生徒に対する保護監督義務等の注意義務に違反してなされたものであるかどうかを検討しなければならない。

(三)  まず、沼商の教諭らに関する主張について検討する。

控訴人らは、本件事故が学校における教育活動と密接不離の生活関係にある沼商のラグビー部のクラブ活動において起きたものであると主張するのに対し、被控訴人は、本件事故は公務員がその職務を行うについて発生したものではないと争うので、この点から判断する。

学校教育法施行規則第五七条、第五七条の二、高等学校学習指導要領及び<証拠>を総合すると、高等学校におけるクラブ活動とは、特別教育の一環として行われるものであつて、高等学校学習指導要領に定められ、週一時間以上を単位として教育過程に組み入れられた狭義のクラブ活動と、右学習指導要領に定められていないもの(以下、前記狭義のクラブ活動と区別するため部活動という。)とがあり、部活動は、各学校の教育方針、歴史的、伝統的なものから生じた生徒の自発的活動を中心とし、校長から委嘱された教諭及びコーチ等の指導監督のもとに、主として校内において行われているが、必ずしも校内に限つたものではない事実を認めることができる。そして、部活動が当該学校の教育活動ないしこれに付随する活動と密接不離の関係にある生徒の生活関係に限定されるものであることは、右活動が特別教育の一環として教員等の指導監督のもとになされているとの右の事実からも看取することができる。

本件において、これをみるに、前示事実によると、靖仁は沼商のラグビー部員鈴木康則の応援と同人の出場する試合を見学すべく、沼商のラグビー部顧問教諭をはじめその他の教員に無断で、他の部員とともに草薙球技場に赴き、その付近に居合せた沼工の○○教諭の指名に応じ、社会人チームであるブイコンチーム対東芝機械チームとの練習試合に参加したというのであるから、靖仁の右試合参加は、沼商の教育活動ないしこれに付随する活動と密接不離の関係にある生活関係である部活動と認めることはできないし、前示狭義のクラブ活動と認める余地もないというべきである。

従つて、本件事故は、沼商のクラブ活動において起きものではないから、沼商の校長ほか、控訴人ら主張の沼商の教諭が右クラブ活動において、公権力の行使としての職務を行うについて靖仁に損害を加えたとする控訴人らの主張は採用できない。

(四)  次に、控訴人らは、沼商ラグビー部顧問の高畑教諭としては、本件事故当日沼商のラグビー部員が社会人チームを相手とする試合を行うことが予想されたにもかかわらず、部顧問としての指導監督の職責を尽さず、これを放置した過失により本件事故が発生したと主張する。

ラグビー部顧問としてラグビー部員の部活動を指導監督する高畑教諭には、同部員たる生徒が部員としての団体行動をとつて部活動以外のラグビー競技に参加することについても、保護監督義務を尽すべき義務があるものというべきであり、この義務は沼商における教育活動と密接不離の関係にある生活関係の範囲内でなさるべきものであるから、この義務違背による加害は、公権力の行使としての職務執行によるものに該当するといわなければならない。

しかしながら、靖仁らが本件事故当日、前示のように、競技仕度を整えて出かけたことを右高畑教諭が知つていた事実及び控訴人ら主張のごとく、社会人チームとの試合を右高畑が予想していた事実を認めるに足りる証拠は存しないから、靖仁らの右行動は、沼商における教育活動と密接不離の生活関係の範囲内にあるものということはできない。更に、本件事故当日草薙球技場で予定されていたブイコンチーム対東芝機械チームの試合がブイコンチーム選手の不参加者多数という予期しない出来事のため中止されるに至つたこと、そのため不足する人員を補充して練習試合が行われることになつたこと及び沼工ラグビー部員の付近に居合せた靖仁ら沼商ラグビー部員三名が沼工の教諭である○○の指名に応じてブイコンチームの補充員となつて右練習試合に参加するに至つたとの前示事実に徴すると、前示顧問会議への出席を靖仁に依頼したに過ぎない高畑教諭としては、靖仁がブイコンチームの補充員となり、東芝機械チームとの練習試合、すなわち社会人チームを相手方とするラグビー試合に参加することまでは、通常の注意義務をもつては予想できなかつたものと認めるのが相当である。よつて、高畑教諭に右職務懈怠ないし過失のあることを前提として、これにより本件事故が発生したとして被控訴人の責任を問う控訴人らの主張は採用できない。

従つて、右高畑の職務懈怠ないし過失を前提として沼商千野校長、同宇佐美教頭の過失をいう控訴人らの主張も採用できない。

(五)  次に、沼工の教諭○○に関する主張について検討する。

控訴人らは、沼工の教諭○○が沼商ラグビー部顧問高畑新一に代つて沼商ラグビー部員の指導監督をしていた旨主張するが、高畑ないし沼商の校長、ほかの教諭が沼工の○○教諭に右指導監督を代つて行うことを委託した事実を認めるべき証拠は存しないし、また、沼工の教諭である○○が他校の生徒である沼商のラグビー部員に対し、当然に指導監督すべき職務上の義務を負うべきいわれはない。

しかしながら、前叙認定事実によると、右○○教諭は、本件事故当日の午前一〇時三〇分ころ沼工のラグビー部の部活動の一環として同部員一二名を引率して草薙球技場に赴き、全静岡高校選抜チーム出場選手の応援等に先立ち、社会人チームによるラグビー試合を観戦しようとしたが、その試合が中止された場合には社会人チームとの練習試合がなされることのあることも予想し、体調不調の者を除くその余の右部員らにユニホーム等の競技仕度を用意させていたこと、ところが、予定されていたブイコンチーム対東芝機械チームの試合がブイコンチーム選手の多数不参加のために中止され、不足人員を補充して両チームによる練習試合が行われることになるや、右社会人チームからの補充要請に応じ沼工及び同じ県立の沼商のラグビー部員に参加を呼びかけた上、自ら沼工のラグビー部員七名、靖仁を含む沼商のラグビー部員三名を指名してブイコンチームの補充員とし、同チーム対東芝機械チームとの練習試合に参加させたというのであるから、靖伝ら沼商ラグビー部員の右練習試合参加は沼工ラグビー部の部活動の一環としてなされたものといわなければならない。けだし、沼工ラグビー部員の右試合参加は、沼工の生徒である同校ラグビー部員に対する教育活動ないしこれに付随する活動と密接不離の関係にある生徒の生活関係に該当するものというべきことは、右の事実に徴して明らかであるところ、なお参加すべきチーム編成に人員の不足があつて試合をすること、すなわち部活動を行うことができなかつたところから、○○教諭において靖仁ら沼商ラグビー部員三名を指名し、右三名の者を沼工ラグビー部員と同様に自己の指揮監督下に置き、この者らをともに右試合に参加させることによつて沼工ラグビー部員の部活動そのものの実施を可能にしたものということができるからである。

従つて、靖仁を本件練習試合に参加させたことは、被控訴人の公務員○○教諭が公権力の行使としての職務を行うについてなされたものといわなければならない。

(六) そこで、靖仁を本件練習試合に参加させた○○教諭につき、靖仁に対する保護監督の注意義務の違背があつたかどうかについて判断する。

ラグビー競技は、激しい競技であつて、選手が互に相手方と激しく接触したり衝突することが多く、そのため技能、体力、筋力等に差があると危険性も大であるから、高校生を社会人チームとの試合に出場させるに当つては、その指揮監督者は、相手方チームの実力に注意を払うほか、出場する高校生の技能、体力、体調等にも注意し、もつて生徒の身体、生命に不測の事態が生じないよう保護監督し、右技能、体力、体調等に疑念のある場合には、その出場を取りやめさせるべき注意義務があることはいうまでもない。しかも、自校のラグビー部員ほどに技能、体力の程度を掌握していないものとみられる他校のラグビー部員を参加させて自校の部活動を実施しようとする場合には、一層右注意義務が要求されるものといわなければならない。ところが、原審証人S、○○の各証言を総合すると、ブイコンチームは静岡県東部のラグビー愛好者によつてて結成されたものであつて、その実力は同県下におけるBリーグの上位にあること、その対戦相手となつた東芝機械チームは、年齢二二、三歳の者をもつて構成されたチームである事実を認めることができるから、東芝機械チームの実力も、ブイコンチームとほぼ同程度であつて、高校生に勝る技能、体力を有していたものと認めるを相当とするところ、原審証人○○の証言によると、○○教諭は、靖仁ら他校の高校生をブイコンチームの補充員として東芝機械チームとの本件練習試合に参加出場させるに当り、靖仁の技能、体力等と東芝機械チームの実力との関係について全く前示配慮をすることなく、漫然と社会人チームからの補充要請に応じて靖仁を右試合に参加させた事実を認めることができる。

そうすると、本件事故は、○○教諭がその職務を行うにつき靖仁に対し払うべき保護監督の注意義務を尽さずに、靖仁をブイコンチームの補充員として技能、体力等に勝る東芝機械チームとの練習試合に不用意に参加させたことにより、技能、体力において勝る成人のSのスマザータツクルを技能、体力において劣る靖仁が受けたことによつて生じたものといわなければならない。被控訴人は、靖仁は本件事故当時成人に近い思慮分別を有し、かつ、スポーツマンとして自己の能力を知り、右練習試合が危険なものでないと判断して自主的に参加したものであるから、○○教諭の保護監督義務違反を問うことはできない旨主張するが、前叙認定事実に徴してこの主張は採用できない。

そうすると、被控訴人は、他の主張について判断するまでもなく、控訴人らに対し本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

三損害額について

進んで、損害額の点について判断する。

(一)  靖仁が昭和二八年六月二〇日生の男子であつて、本件事故当時沼商に三年生として在籍していた事実は、前示のとおりであるから、同人が本件事故に遭遇しなかつたとするなら、同人は沼商卒業後少なくとも六五歳に達するまで四五年間就職し得たものと推認することができるから、その間少なくとも昭和四八年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、男子労働者、旧中卒、新高卒の年平均給与額金一五四万二、二〇〇円の割合による得べかりし利益を喪失し、同額の損害を被つたものといわなければならない。そこで、右逸失利益から生活費として二分の一の金員を控除し、ホフマン式計算法により民法所定年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の現価を算定すると、金一、六九四万一、八三八円となる。

控訴人らは、靖仁は大学卒業後控訴人勉の経営する訴外有限会社下山商店に勤務し、当初の一〇年間は一カ月金七万円、その後七〇歳に達するまで一カ月金三〇万円の割合による収入を得ることができた旨主張し、控訴人勉が米殻の販売等を目的とする有限会社マルヨ商事下山商店を経営している事実は、原審における控訴本人下山勉尋問の結果によつて認めることができるけれども、その余の点を認めるに足りる証拠も存しないから、靖仁の逸失利益を算定するに当つては、控え目に平均的な右の方法によるのが妥当であると認められるので、右主張を採用しない。

(二)  前叙認定事実によると、靖仁は、競技仕度を整えて草薙球技場に赴き、沼商のラグビー部顧問高畑教諭等の許可を受けずに本件練習試合に出場したのであるが、技能、体力等に勝る社会人をもつて構成する東芝機械チームを相手とするラグビー試合が危険を伴うものであることは、同人の年齢、経歴、ラグビー部における地位からして十分知つていたと認められるから、その点の思慮をもつてその出場を断わり得たにもかかわらず、他校である沼工の○○教諭の呼びかけに無思慮に応じて競技仕度を整え、その指名を待つて右社会人を相手とする練習試合に出場して本件事故に遭遇したのであるから、右靖仁にも本件事故の発生につき過失があつたものというべきであり、その過失の割合は四割と認めるのが相当である。そこで、右過失を斟酌すると、靖仁の右損害額は、一〇分の六、すなわち金一、〇一六万五、一〇二円の限度に止めるのが相当である。

(三)  控訴人らは、靖仁の父母であるから、同人の死亡に基づく相続によつて、右損害賠償請求権を二分の一の金五〇八万二、五五一円宛承継取得したものといわなければならない。

(四)  靖仁が控訴人らの長男であつて、その性格は明朗活発であり、中学時代から運動部に所属して活躍していた事実は、当事者間に争いがなく、その他諸般の事情を総合すると、控訴人らが同人の死亡に遭い甚大な精神的苦痛を味つた事実を推認することができるけれども、右靖仁がラグビー競技を愛好し、本件練習試合にも進んで参加したこと及び過失の程度等を勘案すると、控訴人らに対する慰藉料は、各金一○○万円をもつて相当と認める。

四結論

以上の次第であるから、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は、損害賠償として各金六〇八万二、五五一円及びこれに対する本件事故発生後の昭和四六年九月一三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当として認容し、その余はいずれも失当として棄却すべきものである。

よつて、本件各控訴は、いずれも理由があるから、これと結論を異にする原判決を不当として取消し、控訴人らの各請求を右の限度において認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(安倍正三 杉田洋一 長久保武)

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