大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)820号 判決 1981年10月19日

控訴人

都民信用組合

右代表者代表理事

治山孟

右訴訟代理人弁護士

本渡乾夫

田口秀丸

被控訴人

豊島幹男

右訴訟代理人弁護士

潁原徹郎

主文

一  原判決主文第一項、第三項及び第四項を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人は控訴人に対し、金一八一五万七六四八円及びこれに対する昭和五三年五月二一日から完済に至るまで年五分の金員を支払え。

四  訴訟費用中、原審において生じた分はこれを五分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とし、当審において生じた分は全部被控訴人の負担とする。

理由

一  被控訴人が昭和五一年三月一九日控訴人の板橋支店扱いで、定期預金として金二〇〇〇万円を、期間六か月、利息年五分八厘五毛の約定で控訴人に預け入れたこと(本件預金)及び控訴人が右同日高山開発に対し金一億円を貸し渡したこと(本件融資)は当事者間に争いがない。

二  控訴人は、被控訴人は右同日本件融資による高山開発の債務の担保として本件預金債権に質権を設定したと主張するので、まずこの点について検討する。

《証拠》によれば、次の事実を認めることができる。

被控訴人が取締役であり、実質上の経営者である三元企業は、昭和四八年三月ころ本件土地を一億円以上の価額で他から買い受け、その際その資金に当てるため控訴人から約一億円の融資を受け、その担保としては本件土地に抵当権を設定した。ところが、三元企業は、その後右借入金の返済を怠り、昭和五一年三月当時における残債務額は、七八〇〇万円であつた。そこで、被控訴人は、本件土地を高山開発に売却し、その売得金をもつて控訴人に対する右残債務の弁済に当てることを企図した。高山開発は、被控訴人の知人である訴外高山晃一が経営する不動産業者であり、控訴人とはかねてより金融取引があつた。そして、控訴人は、板橋支店扱いで被控訴人の要請に応じて高山開発に対し、本件土地の購入資金として金一億円を貸付けることを決定した。こうして、同年三月一九日三元企業が高山開発に本件土地を代金九八〇〇万円で売り渡す契約が両者の間に締結され、同日控訴人は、高山開発に金一億円を貸付け(当事者間に争いのない本件融資)、高山開発は、右借入金により三元企業に対し右代金を支払つた。そして、右同日三元企業は、右売得金により控訴人に対する前記借入残金を完済し、被控訴人は、その売得金の残金二〇〇〇万円を同人個人の名義で控訴人の板橋支店に定期預金として預け入れた(当時者間に争いのない本件預金)。控訴人は、前記三元企業が設定した抵当権を解消させたうえ、高山開発から右金一億円の債務の担保として同じ本件土地に抵当権の設定を受け、前記高山晃一は、右債務を連帯保証した。

以上のとおり認められ、この認定を左右する証拠はない。

ところで、《証拠》によれば、控訴人の板橋支店においては、本件融資を行うに先だつてその実行につき理事長の決裁を受けたが、その段階においては、被控訴人が本件預金をその担保として提供することを見込んでおり、かつ被控訴人が保証することを融資の条件とする予定であつたこと、ところが、融資を行うに当たつて控訴人の板橋支店長中坂好美が被控訴人に対しその保証を求めたところ、被控訴人は、右融資に伴い三元企業が残債務七八〇〇万円を完済し、且つ被控訴人が本件預金を担保として提供することを挙げ、そのうえに被控訴人の保証まで求めるのは不当であると主張したため、中坂は、被控訴人の保証を受けることを断念したこと、本件預金の証書は、本件預金が成立すると同時に被控訴人から提供を受けて控訴人が保管したこと、右融資が行われた当時三元企業が控訴人に対し負担していた債務は、前記本件土地購入のための借入金の残金七八〇〇万円のほかは手形割引による債務約二五〇〇万円があるのみであり、かつ三元企業の控訴人に対する取引上の債務については、被控訴人が連帯保証しており、この時期において三元企業の債務のために担保の差入れを必要とする特別の状況はなかつたことが認められ、前示被控訴人本人の供述中右認定に反する部分は採用し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

右事実に本件融資とその担保の徴求に関する前認定の経緯(殊に、金融機関である控訴人が、本件に融資の担保として前認定の抵当権の設定と高山晃一の連帯保証のみを以て十分としたとすることは、本件土地の価額が前認定のとおり本件融資額を下回るものであること及び通常の不動産担保金融において担保の目的である不動産は時価より低く―七、八〇パーセント位―評価されるものであることから考え、到底あり得ないものというべきこと)及び前記中坂証人の証言を総合すれば、被控訴人は、昭和五一年三月一九日控訴人に対し、本件融資による高山開発の債務の担保として本件預金債権に質権を設定したことを認めることができる。なお前掲中坂、高山両証人の各証言によれば、控訴人は、右質権が設定された事実を高山開発に対しては告げなかつたため、高山開発は、当時この事実を知らなかつたことが明らかであるが、右中坂証人の証言によれば、控訴人がこれを告げなかつたのは、高山開発がこれを知ることにより、控訴人に対する債務の履行につき被控訴人を頼みとし、自らは不熱心となることを懸念したためであつて他に特段の意図があつたわけではないことが認められるから、右告知をしなかつた事実は、前記質権設定に関する認定を妨げるものではない。また被控訴人の住所、署名及び捺印部分の成立に争いのない乙第一号証の一並びにその記名及び捺印部分の成立に争いのない同第一号証の二には、いずれも被控訴人の金二〇〇〇万円の預金債権を高山開発の債務の担保として控訴人に差入れる旨の記載があるが、前示中坂証人の証言及び被控訴人本人の供述によれば、被控訴人がこれらに署名捺印又は記各捺印した際には被担保債務及び債務者に関する記載はなく、これらは後に記入された(なお、乙第一号証の一は、本件融資が行われた当時作成されたが、記載に誤りがあつたため後日これに代るものとして乙第一号証の二が作成された)ことが明らかであるから、これらは本件融資の担保として前記質権が設定された事実を裏づける資料ということはできないが、さりとて本件融資による債務の担保として本件預金債権を差入れる旨の被控訴人名義の書面を被控訴人が右担保の差入れに同意していないにも拘らず敢て作成するために、控訴人がことさら内容について記載のない書面につき署名(又は記名)捺印を求めたものと認めるべき証拠もないから、これらが作成された経緯が右述のとおりであるからといつて直ちに、質権設定に関する前記認定を妨げるものとはいえない。なお、成立に争いのない甲第四号証は前示中坂証人の証言によると本件預金の際作成された定期預金申込書兼印鑑届であつて、その担保と題する欄の記載によると本件預金は非拘束とされていることが明らかであるが、右証人の証言によるとこのような記載がなされたのは控訴人の内部において十分な連絡がなされなかつたことによる過誤にすぎないことが認められるので、この事実もまた質権設定に関する前記の認定を左右するものとはいえない。

してみると、被控訴人本人の供述中右質権設定に関する叙上の認定に反する部分は結局採用し難いものというほかなく、他に以上の認定判断を左右すべき的確な証拠はない。

三  そして、《証拠》によれば、本件融資による高山開発の債務については、高山開発において昭和五一年七月末日から毎月金一〇〇万円宛元本の弁済をする約定がなされていたところ、高山開発がその履行を遅滞したので、控訴人は、同年九月二九日付をもつて本件預金債権に対する質権を実行し、同日現在におけるその元利金全額を右高山開発の金一億円の債務の弁済に充当し、同年一〇月一日付書面をもつてこれを被控訴人に通知したことが認められる(なお、右書面(乙第三号証の一)には本件預金債権の内容として、元金を二〇〇〇万円とし、同年九月二九日までの利息金を四一万八九九三円とする記載があるところ、右利息金額の計算の根拠は必ずしも明らかではないが、右同日現在における元利金全額をもつて弁済に充当する趣旨であることは、右書面の記載により明らかである。)。したがつて、本件預金債権は、これによりその元利金全部が消滅したものというべきである(なお、被控訴人の右高山開発の債務に関する弁済等による消滅及び弁済に伴う信義則上の主張は、昭和五一年九月二九日及び同年一一月二九日なされた相殺により消滅したと主張する金二〇五〇万円のうち同年九月二九日の分のほかは、右質権実行より後に生じた事由に関するものであるから、仮に被控訴人主張の事実がすべて認められるとしても、右債務額からすれば右質権実行による本件預金債権の消滅には何らの影響も及ぼすものではない。)。

そうすると、本件預金債権の残元本金一八一五万七六四八円及びこれに対する昭和五一年九月二一日から完済に至るまで年五分八厘五毛の遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由がないから、原判決中これを認容した部分は失当であり、取消しを免れない。

四  ところで、被控訴人が右請求を認容した原判決主文第一項及びこれに仮執行の宣言をした同第四項により控訴人に対し強制執行をした結果金一八一五万七六八四円の給付を受けたことは、被控訴人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。そして、右主文第一項は取消しを免れないのであるから、被控訴人は控訴人に対し、民訴法第一九八条第二項による原状回復及び損害賠償として右金一八一五万七六四八円及びこれに対する本件控訴状が被控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年五月二一日から完済に至るまで年五分の遅延損害金を支払う義務があり、その支払を求める控訴人の申立ては理由がある。

五  よつて、原判決主文第一項、第三項及び第四項を取り消して被控訴人の請求を棄却し、仮執行により給付したものの返還及び損害賠償を求める控訴人の申立てを認容

(裁判長裁判官 川上泉 裁判官 奥村長生 橘勝治)

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