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東京高等裁判所 昭和53年(ラ)1001号 決定 1979年1月17日

抗告人

土肥勲

右代理人

小林澄男

外二名

相手方

奈良原正雄

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人の本件抗告の趣旨は、「原決定主文第一項を取り消す。右部分に関する相手方の本件申立を却下する。」との裁判を求める、というにあり、抗告の理由の要旨は、商法第三五条により商業帳簿の提出義務を課し得るのは、その作成設備義務を負う商人に限られるべきであり、商業帳簿であることの故をもつて所持者一般に提出義務を課すことは、民事訴訟法第三一二条の規定の趣旨からしても不当であり、抗告人は、申立外熊谷プラスチツク株式会社の代表取締役またはその清算人として、右申立外会社のために、同会社が作成設備義務を負う商業帳簿を現に所持しているに過ぎないものであるから、抗告人にその提出を命じた原決定は不当である、というのである。

本件記録によれば、相手方の本件申立は、相手方が、申立外熊谷プラスチツク株式会社から売掛代金支払のため振出交付を受けた約束手形が不渡りとなつたので、これによつて蒙つた損害の賠償を求めるため、商法第二六六条の三の規定に基づき、申立外会社の代表取締役であつた抗告人を被告として損害賠償請求の訴訟を提起し、その訴訟上、申立外会社の右約束手形振出の前後から倒産するまでの営業及び財産状況を明らかにして、抗告人に悪意又は重大な過失のあつたことを立証する必要から、申立外会社の商業帳簿の現実の所持者である抗告人にこれを提出すべきことを求めたものであることをうかがうことができる。

ところで、商法第三五条の規定による商業帳簿の提出命令によつてその提出義務を課される訴訟当事者は、必ずしも当該帳簿の作成設備義務を負う商人のみに限られるものではなく、会社の代表取締役または清算人が職務上これを保管している場合のように、現実に所持している者が訴訟当事者であるときには、これに対しても右規定によつてその提出を命じ得るものと解するのが相当である。けだし、元来商業帳簿は、商人がその営業上の財産及び損益の状況を明らかならしめるために作成することを義務づけられているものであつて、当該商人の営業上の財産及び損益の状況を明らかにする必要があると認められるときは、現実にこれを所持している訴訟当事者が当該商人でなくとも、その当事者に対し提出を命じてこれを明らかにし得るものとすることが、商人に商業帳簿の作成を法律上義務づけた趣旨に合致するからである。

したがつて、原裁判所が、前記事案の本件訴訟において、申立会社の営業及び財産状況を明らかにするため、必要があるとして、同会社の商業帳簿を現実に所持している抗告人に対して、その提出を命じたことに違法も不当もなく、これと異なる見解にたつ抗告人の主張は採用することができない。

よつて、原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(小林信次 滝田薫 鈴木弘)

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