大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ラ)1071号 決定 1979年5月09日

抗告人 川本尚子

相手方 鈴木健一

事件本人 鈴木紀子

主文

原審判を取り消す。

事件本人鈴本紀子の親権者を相手方から抗告人に変更する。

理由

一、本件抗告の申立の趣旨および抗告の理由は、末尾添付の別紙即時抗告の申立書および即時抗告の申立理由追加書のとおりである。

二、当裁判所の判断

(一)  一件記録によれば抗告人及び相手方の経歴、両者が婚姻してその間に事件本人が出生したがその後両者の協議離婚に際して事件本人の親権者が相手方と定められた経緯、右三者のその後の生活状況及び相互の交渉の模様について次の事実を認めることができる。

1  抗告人及び相手方の経歴及び両者が婚姻して両者間に事件本人が出生したがその後両者が離婚するにいたつた経緯については、原決定がその理由中に説示したところ(原決定一枚目-記録二一丁-裏末行から同二枚目-記録二二丁-裏初行まで)と同一であるから、これを引用する。

2  抗告人は、相手方との協議離婚に際して事件本人の親権者を相手方とすることに同意したが、これは一つには、相手方が自ら親権者となることを固執し、さもなければ離婚に応じないとの態度であつたため、相手方との婚姻継続の見込みがないと考えていた抗告人において、離婚の実現のため心ならずも相手方の希望を容れたためであり、また一つには、いずれは相手方が事件本人の養育に困り抗告人に事件本人を託してくるとの見込みもあつたからである。

3  相手方は、親権者として事件本人を引取つたものの、当時僅か三歳九月の事件本人を抱えて、仕事もままならず、抗告人の代理人弁護士を介して抗告人に対し、事件本人の監護につき再度話し合いたい旨申し入れたが、抗告人から確答がなかつたため、やむなく児童福祉施設に事件本人の養育を依頼することとし、昭和四八年一一月一日東京都杉並区○○×丁目××番××号所在社会福祉法人○○○○○○に入所させた。

4  相手方の抗告人に対する再度話し合いの申し入れは、連絡の手違いがあつて、抗告人への伝達が遅れたため、抗告人がその申し入れを知つて相手方に対して事件本人の引取りを申し出た際は、相手方はすでに態度を硬化させていて、抗告人の引取りを拒み、前記施設に入所させたものである。

5  事件本人の右入所後、相手方は、面会日には面会し、また、夏期及び正月には自宅に同宿させる等、努めて父親としての接触を計るかたわら、事件本人と抗告人との接触をおそれ、園職員に対して抗告人を事件本人と面接させぬよう強く申し入れている。

6  事件本人の右施設入所は、東京都知事が事件本人を保護者に監護させることが不適当と認めて、児童福祉法二七条一項三号により、親権者たる相手方の生活が安定するまで一時的に施設に収容して保護する必要があると認めたことによるものであるが、相手方は、爾来数年を経過しても、いまだに生活が安定しているとはいえない。すなわち、相手方は、現在数名共同で○○○○センターの名称で○○○販売を営んでいるが、心臓疾患のため投薬を受けていて、無理がきかず、アパートで一人暮しをしていて、年収は一〇〇万円程あるが、負債も一〇〇万円程あり、当分の間事件本人を引取り養育する見込みは立たない状態である。

7  他方、抗告人も、アパートで一人暮しをし、○○株式会社○○工場に事務員として勤務して年収約一四〇万円を得ており、事件本人とは、右園入所後間もない頃と昭和五二年一二月項に面接したことがあるが園側の要望もあつて、直接面接することを自粛し、文通、贈物をする程度にとどめているものの、事件本人の引取養育を強く希望し、これが許されるならば、九州の実家に戻り実兄の○○製造業の手伝をする予定であり、実兄も近く出す予定の支店を抗告人に任せるとまで述べていて、住居、生活が安定した状態で事件本人を引取養育しうる見込は十分である。

8  事件本人は、入所後多数の園職員の愛情ある監護のもとで順調に生育したが、昭和五二年一二月事件本人が抗告人を慕うあまり情緒不安定に陥つたので、園職員において、相手方に秘して東京都児童相談センター職員とともに抗告人を事件本人に面接させたところ、事件本人は非常に喜んだが、その後右職員が相手方に対して抗告人の面接を許すよう勧告したところ、相手方は強硬に反対して、もし面接を許すならば事件本人を引取るとまで述べたので、抗告人の面接はその後実現されていない。なお、事件本人は、幼な心にも相手方の抗告人に対する拒否感情を感じとつたか、その後の抗告人からの電話にも応答せず、抗告人からの贈物も故意に無視する態度をとつているが、情緒は必ずしも安定しているとはいえず、園職員を手こずらせることがある。

以上の事実が認められる。

(二)  右認定したとこによれば、事件本人が○○○○○○に入所後多くの職員の庇護のもとに健全な生活をし順調な生育を続けていることが明らかであるが、事件本人の同園への収容は、保護者すなわち親権者たる相手方に監護させることが不適当としてなされたものであり、監護させるに適当な保護者があればその者に監護養育を委ねるのが相当であり、児童福祉施設はいわば補充的、二次的な保護者の立場にあるものというべきである。したがつて現に親権者たる者が引取養育をすることができない場合、他に親権者として引取養育しうる者がなければ、当該児童を児童福祉施設に入所させたままで親権者が親権を行使することもやむを得ないものというべきであるが、他に親権者たりうる者が存在し、かつその者に当該児童を引取養育する意思と能力とがある場合には児童福祉施設に入所させたままで親権を行使させるよりも、その者を親権者として児童を引取養育させてその保護育成を計るのが相当といわなければならない。しかして前記認定したところによれば相手方は現に事件本人を引取養育するに適当な状態ではなく、将来も当分の間その見込みがないのに引換え、抗告人は事件本人を引取養育するに適切な環境を準備しまたその意欲もそなえていることが明らかである。

(三)  以上述べたところを総合すれば、事件本人については、前記施設に入所したままで相手方に親権を行使させるよりも、抗告人に引取養育させて親権を行使させるのが事件本人の福祉の観点からみて相当と認められる。もつとも、前記認定事実によれば、抗告人と相手方との離婚については、抗告人にもその責任の一端があり、相手方が事件本人の右施設入所後の抗告人との面接さえ嫌悪し拒否していることは、その心情理解するに難くないところであるが、相手方としても、事件本人の将来の幸福のため、いわば大乗的見地に立つて事態を冷静に判断し、理解すべきであろう。

(四)  よつて、本件申立を却下した原審判は失当であるから、家事審判規則一九条二項に従い、原審判を取り消して、事件本人の親権者を相手方から抗告人に変更することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 新田主一 裁判官 奈良次郎 は転補につき暑名押印することができない。裁判長裁判官 森綱郎)

抗告理由書<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例