東京高等裁判所 昭和53年(ラ)751号 決定
裁判官忌避の制度は、裁判官が、具体的事件において提出援用される訴訟資料に対する客観的な評価に基づいてのみ裁判の結論を出すことを要請される公正な第三者としての立場を逸脱して、手続外の本来その判断を左右すべき適法な要因となりえない他の考慮に動かされて裁判をするおそれがあるような場合に、当該裁判官を事件の審判から排除することを当事者の権利として認めたものであり、忌避原因としての裁判の公正を妨ぐべき事情というのも、この趣旨において規定されたものである。もとより事は裁判官の内心における思考、判断の過程に関するものであるから、そこにおける公正な判断が歪曲される可能性があるということも、証拠によって直接これを確証することはできず、専ら当該裁判官と事件当事者との特殊の関係のように、除斥事由に準ずべき、その存在によって一般に右のような歪曲の可能性を合理的に推測せしめる外形的事実や、その裁判官の従来の言動等の外部にあらわれた徴憑的事実で、それによって右のような内心的事実の存在を推測せしめるようなものによってこれを判断することとならざるをえないものであり、したがって法にいう裁判の公正を妨ぐべき事情というのは、結局のところ、右のような外形的事実や徴憑的事実で、これらの事実に照らしてみれば当該裁判官に前述したような意味での公正な判断の能力ないし資格に欠けるものがあると合理的に判断されるようなものを指すものと解するほかはないのである。原決定のいうところも格別以上の説示と異なる趣旨のものではないと解されるから、原決定に法令の解釈の誤りがあるとする抗告人の主張は理由がない。
次に、本件忌避申立の理由は、対象裁判官の訴訟指揮や和解勧告の際における発言等の訴訟過程中にあらわれた行動態度からみて上述のような裁判の公正を妨ぐべき事情がある場合にあたるというのであるが、およそ裁判官の訴訟指揮その他事件の審理過程における言動は、専ら裁判官が当該事件についての公正で、かつ、適切妥当な判断または解決に到達するための措置ないし活動としてなされ、具体的事件の審理の経過やその間に漸次的に形成される心証や仮定的判断等をある程度反映せざるをえないようなものであるから、その具体的な言動が当事者の一方に対して自己に不利な結論を示唆するような印象を与え、ひいては当該裁判官からは公正な裁判を期待できないのではないかという主観的な不安や懸念を生ぜしめることも決して稀とはいえない。しかし、たとえ裁判官の審理過程中の言動が右のような不安や懸念を与えるものであったとしても、それだけで直ちに上に述べたような意味での裁判の公正を妨ぐべき事情があるといえないことは明らかで、更に進んでそれらの裁判官の言動が前記のように本来裁判官の考慮外に置かれるべきなんらかの手続外的要因によって動かされていることによるものと考えざるをえないようなもの、ないしは合理的にそう解しうるようなものである場合にのみ、裁判の公正を妨ぐべき事情があるというに値するのである。そのようなものでないかぎり、これらの裁判官の言動に対しては、その違法ないし不当を理由として上訴によってのみこれを争うほかはなく、当該事件の審判から裁判官を排除する忌避の原因とはなりえないというほかはないのである。これを本件についてみると、抗告人の指摘する具体的事実は、いずれも右に述べた意味での裁判の公正を妨ぐべき事情にあたるとはとうていいうことができず、また記録を通覧しても、かかる事情を肯定するに足りるものは存在しない。
抗告人の不満は、せんじつめると、対象裁判官らが訴訟の審理過程において比較的早期に実体判断を形成し、抗告人申請の証拠申出を排斥し、その欲するような審理を行わないことに対するもののように考えられるが、それだけではこれが上記忌避の理由にあたらないことは、上来説示するところによって明らかである。
(中村 石川 清野)