東京高等裁判所 昭和53年(ラ)795号 決定 1978年11月28日
抗告人
野島弘光
右代理人
小幡良三
相手方
東京証券取引所
右代表者
谷村裕
相手方
大阪証券取引所
右代表者
松井直行
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。東京地方裁判所昭和五一年(ワ)第一一五一〇号損害賠償請求事件において抗告人のした原決定別紙中一記載の文書に係る文書提出命令の申立ては、理由があるものと認める。」との裁判を求めるというのであり、本件抗告の理由は、別紙「即時抗告理由書」と題する書面記載のとおりである。
そこで、当裁判所は、次のとおり判断する。
一一件記録によると、抗告人が提出を求めている原決定別紙中一記載の売買申告・照合書及び売買契約照合書(以下これらを合わせて「本件各文書」という。)は、相手方らの各業務規程第三六条、第四二条、第四四条の規定に基づき、相手方らの定めた様式及び記載方法に従つて作成されたものであり、右業務規程によるその作成過程は、およそ、「才取会員(大阪証券取引所にあつては仲立会員。以下同じ。)は、板呼び値について売買取引が成立したとき、又は発声呼び値の間で成立した売買取引について売り方会員から所定の通告を受けたときは、直ちにその銘柄及び約定値段を相手方らに報告した後、その売買取引の内容を売買申告・照合書(大阪証券取引所にあつては売買契約照合書。以下同じ。)に記載する。才取会員は、売買取引の内容を売買申告・照合書に記載したときは、遅滞なく売買立会場において、売り方会員及び買い方会員の照合及び確認を受け、相手方らに提出する。特定銘柄の売買等所定の売買について発声呼び値の間で売買取引が成立したときは、その売買取引の売り方会員は、直ちにその内容を相手方らに報告する。その報告を受けたときは、相手方らは売買取引の内容を売買申告・照合書に記載する。会員は、相手方ら又は才取会員から売買申告・照合書の提示を受け、その記載内容の照合及び確認を求められたときは、直ちに照合を行い、内容が正確に記載されていると認めたときは、売買申告・照合書に確認印を押印する。」というものであることを認めることができる。
二また、証券取引法は、国民経済の適切な運営及び投資者の保護に資することを目的として制定されたもの(第一条)であつて、証券取引所に上場されている有価証券の発行会社等に対しては、所定の有価証券報告書の提出を(第二四条、第二七条)、証券業協会に対しては、有価証券の売買その他の取引を公正ならしめ、かつ、投資者の保護に資することを目的とすること、詐欺行為、相場を操縦する行為その他の不当な利得行為を防止して、取引の信義則を助長することに努めること等を定めた定款を設けること(第七一条、第六九条)をそれぞれ義務付けており、また、証券取引所に対しては、定款、業務規程、受託契約準則を定めることを要求するとともに、その各規定が、法令に適合し、かつ、有価証券市場における売買取引の公正を確保し、及び投資者を保護するために十分であることを証券取引所設立免許の要件と定め(第八二条、第八三条、第一〇八条、第一三〇条)、更にいわゆる相場操縦を禁止し(第一二五条)、証券会社に対して、所定の売買報告書を作成してこれを顧客に交付することを義務付けている(第四八条)。
三そして、一件記録によると、前記東京地方裁判所昭和五一年(ワ)第一一五一〇号損害賠償請求事件において、抗告人は、相手方らに対し、「相手方らは、申立外日興証券株式会社及び山一証券株式会社が三菱地所株式会社の株式についてした相場操縦を、故意又は過失により看過し、右株式の売買取引を誘因された一般投資者である抗告人に対し、右取引による売買差損金二四二万九〇〇〇円の損害を与えた。」と主張して、その損害の賠償を請求していることを認めることができる。
四以上のような事実に照らして、本件各文書が民事訴訟法第三一二条第三号に規定する文書に該当するか否かについて検討する。
(一) 同号前段にいう挙証者の利益のために作成された文書とは、抗告人主張のように、挙証者の地位・権限又は権利を証明し、又は基礎付けるために作成された文書をいうと解し得るのであるが、本件各文書は、前記一で認定したような経緯により作成されたものであつて、その趣旨・目的は、相手方らが、証券取引所を通じて行われた株式売買取引の内容について、売り方及び買い方双方の会員(証券会社)に対する照合及び確認を行うための資料とするにあるものと見るベきであり、本件各文書は、一会員たる証券会社の顧客にすぎない抗告人の地位・権限又は権利を証明し、又は基礎付ける目的をもつて作成された文書ではないといわなければならない。前記二のような法律の規定に照らすと、本件各文書が、売買取引の公正を確保し、投資者の保護に資する資料となり得るものであることは否定し得ないところであるが、本来の作成の目的は前述のとおりであり、投資者である抗告人の利益のために作成するというものではなかつたのであるから、本件各文書が挙証者の利益のために作成されたものであるとはいい得ない。
したがつて、本件各文書は、前記第三号前段にいう文書に該当しないものというべきであり、抗告人の主張は理由がないから、これを採用することはできない。
(二) 次に、同号後段にいう挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書に該当するためには、少なくともその文書が挙証者と文書の所持者との間に成立した具体的な法律関係それ自体ないしはそれと密接な関連を有する事項を記載内容とするものであることを要するものと解すべきである。
まず、本件各文書は、売り方及び買い方の会員(証券会社)間に成立する株式売買及びこれに関連して会員と相手方らとの間に生ずる法律関係に関する事項をその記載内容として作成されたものにほかならない。一方、一会員たる証券会社の顧客である抗告人と相手方らとの間には、右株式売買に直接関連する法律関係を生ずる余地はなく、したがつて、かかる法律関係に関する事項を記載するものとして本件各文書が作成されたものということはできない。
次に抗告人は、相手方らに対し、前記三に記述したような法律関係が発生したと主張して、損害賠償請求訴訟を提起しており、本件各文書は、前記二のように法律によつて制定を義務付られている義務規程の規定に基づいて作成されたものであるので、右の法律関係と本件各文書の記載内容との関連性について検討するに、本件各文書は、既述のように抗告人主張の期間における同人主張の株式について、売買取引の成立した日時、売り方及び買い方の会員名、株式数、約定値段等を記載したものであるから、その記載内容は、専ら右株式の売買取引を行つた会員(証券会社)間及び会員と相手方ら証券取引所との間に生じた法律関係に関連するものである。もつとも、右記載内容を基礎的資料として、各種の文書が作成されることがあることは、容易に推認することができ、ひいては、その資料が、売買取引の公正を確保し、投資者の保護に資するものになり得るものであることを容認し得るとしても、更に進んで、抗告人主張のように本件各文書の記載内容が、抗告人主張の法律関係と密接な関連があると見るのは、いかなる点を考慮に入れても相当でないというべきである。なお、抗告人は、前記第三号後段の文書には、挙証者と文書の所持者とが共同で、直接又は間接に関与して作成した文書ばかりでなく、所持者が単独で直接又は間接に作成した文書も含まれると主張するが、この見解を容認するとしても、本件各文書が抗告人と相手方らとの間の法律関係に関連する事実をその内容とするものと見ることができないことは前述のとおりであるから、抗告人の右主張は、それ自体本件文書が同号後段の文書に該当するか否かの結論に影響を及ぼすものではない。
更に抗告人は、本件各文書が、前記損害賠償請求訴訟において抗告人主張の法律関係を立証するための唯一不可欠の書証であると主張するけれども、現段階においてそのように断ずることは到底不可能であるのみならず、仮に抗告人が前記損害賠償請求に関し他に適切な証拠を有しないとしても、そのことから当然に本件各文書が同号後段の文書に該当するという結論を導き出すことができるものではない。また、抗告人は、本件各文書が右法律関係形成の過程において作成された文書であるとも主張するが、前示本件各文書の作成された経緯に照らし、右主張が失当であることは明らかである。
したがつて、本件各文書は、前記第三号後段にいう文書に該当しないものというべきであり、抗告人の主張は理由がないから、これも採用することはできない。
五そして、記録を精査しても、原決定を取り消すべき事由を見出し得ないから、抗告人の文書提出命令の申立てを却下した原決定は正当であり、抗告人の本件抗告は理由がないから、これを棄却すべきである。
よつて、抗告費用を抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(貞家克己 長久保武 加藤一隆)
即時抗告理由書<省略>