東京高等裁判所 昭和53年(ラ)825号 決定
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告代理人は、「原決定を取り消す。」との裁判を求めたがその抗告の理由は、末尾添付の別紙抗告理由書記載のとおりである。
一件記録によれば、原審が民訴法六五六条を適用して、本件強制競売手続を取り消して、本件強制競売申立を却下したのは相当である。
この点に関連して、抗告人は、強制競売開始後に任意競売の申立がされた場合には、同条を適用すべきではなく、強制競売手続をそのまま続行すべきであるというけれども、もともと、強制競売の申立は、当該差押債権者の債権に先立つ不動産上のすべての負担及び手続費用を弁済して剰余の見込みがない場合、同条が適用され差押債権者が同条二項所定の申立をしないかぎり、その強制執行手続を進行することができず、開始された強制競売手続も取り消して、その申立を却下すべきものであるから、かかる差押債権者は、強制競売手続の開始に伴う差押の効果を本来享受すべき地位にあるものとはいえない。かりに、抗告人所論のとおりとすれば、かかる差押債権者が強制競売の申立をした場合において、後になされるべき任意競売の申立の有無によつて民訴法六五六条の適用の有無がきまり、差押債権者の地位が左右され、その受けるべき利益に大きな差異を齎らすことになり、却つて妥当でない結果を導くことになる。したがつて、抗告人の所論は採ることができない。
その他記録を精査しても、原審手続に違法は認められない。
よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(森綱郎 新田圭一 奈良次郎)
〔抗告の理由〕
一、本件の実体関係
抗告人である差押債権者は相手方債務者の本件土地建物に対する共有持分三分の一について強制競売申立をなし開始決定を受けた。債務者はその後本件土地建物に二個の抵当権を設定した。その後、本件土地建物に対する債務者の共有持分三分の一と債務者の妻の共有持分三分の二とについて第一順位の抵当権を有する東洋信用組合は本件土地建物全部について一括して任意競売申立をなし(東京地方裁判所昭和五三年(ケ)第六四六号)、右の共有持分三分の二については任意競売開始決定がなされ、強制競売手続中の共有持分三分の一については記録添付がなされた。
二、さて、原決定は、差押債権者に優先する抵当債務を弁済して剰余を生ずる見込がないから民訴法第六五六条を適用して競売手続を取消し競売申立を却下するというのである。しかし茲決定は、次に述べる理由により、違法な決定であるから取消されるべきである。
三、任意競売において、競売申立に係る被担保債権の弁済をして余剰を生ずる見込がない場合でも、後に強制競売申立があると記録添付がなされ配当要求の効力を生ずる。そして実際に競売の結果、余剰が生じれば強制競売を申立てた差押債権者は配当を受け得る。逆に、本件のように強制競売が先行し後に任意競売申立がなされた場合、差押債権者に優先する任意競売債権の弁済により余剰を生ずる見込がないと、先行する強制競売手続は取消されてその申立は却下され、差押債権者はそのままでは配当を受け得られなくなる。もし差押債権者が配当を受け得る立場を確保しておくためには(余剰が生ずるかどうかは実際に競売の結果を待たなければわからない)、改めて強制競売申立をして記録添付を得ておくか或いは執行正本に基いて配当要求をしておくかしなくてはならない。
これは要するに、余剰見込がなくても任意競売の後の強制競売申立にはともかく配当を受け得る地位が与えられているのに、逆に強制競売が先で任意競売が後だと前者は取消却下されてしまう。申立の先後でこのような差異、不利益が生ずるのは不合理である。殊に、登記された抵当権者は優先権が確定されているから任意競売を早く申立しても遅く申立しても自己の地位には何の影響もない、申立の時期は特別な意義を持たない、強制競売の前だろうと後だろうとかまわないのである。このように申立の時期は特別な意義をもつものではないのに、強制競売申立債権者はその前後によつて決定的影響を受け、任意競売が強制競売より前のときは競売手続に関与できるが、後のときは競売手続取消申立却下により手続から除外されてしまうということになる。又、強制競売が任意競売より先の場合、前者が取消却下され差押債権者が改めて強制競売申立をして任意競売への記録添付がされても、本件のように最初の強制競売開始決定から右の記録添付までの間に新たに抵当権が設定されると差押債権者は、これに対抗し得ないことになりますます不利益な後れた地位に追いやられることになる。このように、任意競売の先後によつて差押債権者の地位に著しい不均衡が生ずることは不合理である。
四、もともと、剰余見込のない場合の競売手続の取消を定めた民訴法六五六条は、差押債権者が配当を受ける剰余がないのに無益な競売が行われ、しかも優先債権者にとつてもその意に反した時期に不充分に投資の回収を強要される不当な結果を避けるために定められたもの、換言すれば訴訟経済と優先債権者保護のために定められたものであるから、優先債権者が自ら任意競売の申立をしたときは第六五六条を設けたその理由必要がいわば消滅したことになる、従つてこの場合は同法条の適用がなくなるものと解すべきである。
即ち、強制競売において優先債権者へ弁済すると剰余を生ずる見込がない場合でも、優先債権者の任意競売申立があつたときは強制競売手続は取消すことなくそのまま続行すべきである。これによつて、任意競売の先後から生ずる差押債権者の地位の不均衡、不利益は避けられるし、一方優先債権者は何らの不利益を蒙るものではない。本件においては、優先債権者は共同担保物件についても競売申立をしているので競売の結果によつては余剰を生じ差押債権者は配当を受け得る見込があるのである。
五、よつて、抗告人の強制競売開始後に任意競売の申立があつた本件においては、民訴法第六五六条の適用はなく、競売手続はそのまま続行すべきであり、原決定が強制競売手続を取消し抗告人の競売申立を却下したのは違法である。