大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)11号 判決 1984年4月26日

原告

中外炉工業株式会社

被告

大同特殊鋼株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和48年審判第3184号事件について、昭和52年11月8日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文同旨の判決

第2当事者の主張

1  請求の原因

1 特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「ストリツプ自己安定方法および装置」とする特許第589552号(昭和40年9月1日、1964年9月2日のアメリカ合衆国への特許出願に基づく優先権を主張して出願、昭和45年11月18日登録。以下「本件発明」という。)の特許権者であるところ、被告は、昭和48年5月11日、本件特許の無効審判を請求し、昭和48年審判第3184号事件として審理された結果、昭和52年11月8日、「特許第589552号発明の特許は、無効とする。」旨の審決があり、その謄本は昭和53年1月14日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

(第1番目の発明)

(a) 帯状のストリツプを装置内で連続的に移送しながら熱処理するに際し、

(b) ストリツプの片側表面の長手方向に互いに一定空間を置いて設けた複数の安定区域内で該ストリツプ表面に対して流体を噴出させ、該流体がストリツプ表面に垂直な方向に流れず、主として安定区域からそれに隣接する補助区域に流れるようにすることにより安定区域内に静圧力を発生させ、

(c) また前記ストリツプ表面と反対側表面の長手方向に互いに一定空間を置いて設けた複数の調和区域または安定区域内で該ストリツプ表面に対して流体を噴出させ、該流体がストリツプ表面に垂直な方向に流れず主として前記区域からそれに隣接する補助区域に流れるようにすることにより該調和区域または安定区域内に静圧力を発生させ、

(d) ストリツプを安定させると同時にストリツプ変形を防止したことを特徴とするストリツプ自己安定方法。

(第2番目の発明)

(a) 帯状のストリツプを装置内で連続的に移送しながら熱処理するに際し、

(b) ストリツプの片側表面の長手方向に互いに一定空間を置いて設けた複数の安定区域内で、該ストリツプ表面に対して流体を噴出させ該流体がストリツプ表面に垂直な方向に流れず主として安定区域からそれに隣接する補助区域に流れるようにすることにより安定区域内に静圧力を発生させ、

(c) また前記ストリツプ表面と反対側表面の長手方向に互いに一定空間を置いて設けた複数の調和区域または安定区域内で該ストリツプ表面に対して流体を噴出させ該流体がストリツプ表面に垂直な方向に流れず主として前記区域からそれに隣接する補助区域に流れるようにすることにより該調和区域または安定区域内に静圧力を発生させることによりストリツプを調和安定させると同時に、

(e) 急速な加熱あるいは冷却を行うために前記静圧流体に加えて速度圧力の流体をストリツプ両面に噴出させて有効な熱伝達を計り、

(f) 静圧力と速度圧力の組合せによりストリツプを安定させながら加熱または冷却する方法。

(第3番目の発明)

(イ) 帯状のストリツプを装置内で連続的に移送させる装置、

(ロ) ストリツプの片側表面の長手方向に互いに一定空間を置いた安定区域に設けてあり、両側に流体噴出孔を持ち流体がストリツプに対して垂直でなく斜め方向に流れるようにしたストリツプ幅方向にまたがる静圧パツド、該静圧パツドに流体を供給する装置、

(ハ) また前記ストリツプ表面と反対側表面の長手方向に互いに一定空間を置いた調和区域または安定区域に設けてあり、両側に流体噴出孔を持ち流体がストリツプに対して垂直でなく斜め方向に流れるようにしたストリツプ幅方向にまたがる静圧パツド、該静圧パツドに流体を供給する装置

(ニ) からなりストリツプの安定を計るようにしたストリツプ自己安定装置を持つ熱処理装置。

(符号は、便宜上付したもの)(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要旨

(1)  本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  ところで1964年4月にカナダ国から発行された雑誌「Pulp & Paper Magazine of Canada」(以下「引用例」という。)には次の事項が記載されている。

(a') ウエブを装置内で連続的に移送しながら熱処理すること、

(b') ウエブの片側表面の長手方向に互いに一定空間を置いて設けた複数の安定域内で該ウエブ表面に対して流体を噴出させ、該流体がウエブ表面に垂直な方向に流れず、主として安定区域からそれに隣接する補助区域に流れるようにすることにより安定区域内に静圧力を発生させること(T―186頁右欄第4図およびそれに対する説明、静圧パツドの詳細はT―185頁右欄の第1図およびそれに対する説明)。(別紙図面(2)参照)

(C') 前記ウエブ表面と反対側表面の長手方向に互いに一定空間を置いて設けた複数の調和区域または安定区域内で該ウエブ表面に対して流体を噴出させ、該流体がウエブ表面に垂直な方向に流れず主として前記区域からそれに隣接する補助区域に流れるようにすることにより該調和区域または安定区域内に静圧力を発生させること(T―186頁右欄の第4図およびそれに対する説明、静圧パツドの詳細はT―185頁右欄の第1図およびそれに対する説明)。

(d') ストリツプを安定させると同時にストリツプ変形を防止すること。

(e') 急速な加熱あるいは冷却を行うために前記静圧流体に加えて速度圧力の流体をウエブ両面に噴出させて有効な熱伝達を計ること(T―186頁左欄の第2図およびそれに対する説明)。

(f') 静圧力と速度圧力の組合せによりストリツプを安定させながら加熱または冷却すること。

(3)  本件発明の第1番目の発明と引用例記載のものとを対比すると、前者の構成要件(a)と後者の構成要件(a')とが対応し、そして一致しており、以下同様に前者の構成要件(b)と後者の構成要件(b')、前者の構成要件(c)と後者の構成要件(c')、前者の構成要件(d)と後者の構成要件(d')とがそれぞれ対応し、そして一致している。

このように、本件発明の第1番目の発明は、引用例にことごとく記載された発明である。

次に、本件発明の第2番目の発明であるが、第2番目の発明は第1番目の発明に構成要件(e)および(f)を付加したものに相当し、その余の構成要件、すなわち構成要件(a)ないし(c)は引用例に記載されていることは前述のとおりである。

そこで、第2番目の発明の構成要件(e)および(f)と引用例記載のものとを対比すると、前者の構成要件(e)と後者の構成要件(e')とが対応し、そして一致しており、また前者の構成要件(f)と後者の構成要件(f')とが対応し、そして一致している。

このように、本件発明の第2番目の発明も引用例にことごとく記載された発明である。

最後に、本件発明の第3番目の発明であるが、引用例にも静圧パツドや静圧パツドに流体を供給する装置が記載されており、第3番目の発明と引用例記載のものとを対比すると、前者の構成要件(イ)と後者の購成要件(a')とが対応し、そして一致しており、以下同様に前者の構成要件(ロ)と後者の構成要件(b')、前者の構成要件(ハ)と後者の構成要件(c')、前者の構成要件(ニ)と後者の構成要件(d')とがそれぞれ対応し、そして一致していることは明らかである。

このように、本件発明の第3番目の発明も引用例にことごとく記載された発明である。

(4)  被請求人(原告)は、本件発明の各発明と引用例記載のものとの相違点として次のことを主張する。

(ⅰ) 本件各発明は、被処理材が金属ストリツプであるのに対し、引用例記載のものは被処理材が紙である点。

(ⅱ) 本件各発明は、静圧パツドが被処理材両面の相対応した位置に設けられているのに対し、引用例記載のものはスタビライザー(静圧パツド)が千鳥状に食い違つた位置に設けられている点。

(ⅲ) 引用例記載のものには本件各発明でいう調和区域は存在しない点。

よつて、(ⅰ)ないし(ⅲ)の点につき検討する。

(ⅰ)の点について、

本件発明の明細書の特許請求の範囲には、被処理材については「帯状のストリツプ」と記載されているだけで、「金属ストリツプ」とは記載されておらず、「帯状のストリツプ」が引用例記載の「ウエブ」と実質上同一物であることは明細書2頁末行の「以下連続帯状材料をストリツプと称する。」なる記載より明らかである。

また仮に、「ストリツプ」が「金属ストリツプ」であつたとしても、引用例のT―185頁右欄の35~36行の「この装置で鋼ストリツプを通過させることも可能である。」なる記載よりして、引用例記載のものも「金属ストリツプ」を処理しうることは明らかである。

(ⅱ)の点について、

本件発明の明細書の特許請求の範囲には、「静圧パツドはストリツプの両面に設けられている」旨の記載があるだけで、「静圧パツドがストリツプ両面の相対応した位置に設けられている」とは記載されていない。

また仮に、「静圧パツドがストリツプ両面の相対応した位置に設けられているもの」であつたとしても、引用例のT―186頁左欄の第2図ではスタビライザー(静圧パツド)がウエブ両面の相対応した位置に設けられている。

(ⅲ)の点について、

引用例記載のものも本件各発明でいう「調和区域」が存在することは明らかである。

以上のように、被請求人の主張する前記(ⅰ)ないし(ⅲ)のいずれの点にもそれを認める理由はない。

(5)  以上のようであつて、本件発明の第1番目ないし第3番目の各発明はいずれも請求人(被告)の引用するところの引用例にことごとく記載された発明であつて、本件発明は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、同法第123条第1項第1号の規定により、その特許は無効とされるべきものである。

4  審決を取消すべき事由

審決は、本件発明の各構成がいずれも引用例に記載されているから、引用例記載の発明と同一のものであるとしたが、判断を誤つたものであり、違法であるから取消されるべきである。

(1)  本件発明の特徴

(1) 被処理材が金属ストリツプであること。

本件発明における被処理材は金属ストリツプであり、金属ストリツプの自己安定方法および装置に係るものである。技術的にみて、熱処理を行い、かつそれにつき変形防止を問題とするのは金属ストリツプについてのみ必要なことであり、また、熱落差の処理についても同様である。さらに、一般に、ストリツプは金属を意味するものとして使用される用語である。

審決は、本件明細書には、金属ストリツプである旨の限定がないという。しかしながら、本件明細書には、本件発明の課題について、「ストリツプを均一に熱処理するには、技術上種種の問題点がある。冷間圧延した真鍮ストリツプを熱処理する場合…………(公報2欄18行ないし20行)と記載し、次いで「真鍮をはじめ他の金属ストリツプの粒度を均一にするため低熱落差で熱処理を行うよう従来より種々の方法が試みられている。」(同2欄23行ないし26行)と記載し、さらに従来技術の欠点について、「真鍮とかアルミニウムなどの非鉄金属ストリツプの熱処理にあつては高温状態のストリツプを移送ロール上を通過させるとストリツプに損傷を生じる。温度が高いと亜鉛やアルミニウムの酸化物が移送ロールの表面に堆積し」(同2欄32行ないし36行)と記載している。また、低熱落差の処理を行うために試みられた多くの公知技術の一つとして、アメリカ特許第1,948,173号明細書および、同第3,048,383号明細書を引用している。右特許第1,948,173号明細書は、その冒頭に「本発明は、金属処理の技術、より特定すれば、金属の加熱および熱処理に関する改良装置に広く係わるものである」(1頁左欄1行ないし4行)と述べており、また右特許第3,048,383号明細書も冒頭に「本発明は、シート、プレート、ストリツプその他相対的に薄い形のものを、炉またはこれに類似するものおよび付属装置において、ガスで支持しかつ処理するシステムに係わる。より特定すれば、私の発明は、一般的に薄い金属材料を連続的に、もしくは、バツチ式に熱処理することに係わる」(1欄10行ないし14行)と述べている。さらに、本件明細書は、実施例において、本件発明によれば、広範囲の厚さのストリツプを浮揚させることができることを説明し、具体的数値をアルミストリツプについて述べている(公報10欄25行)。また、本件発明の特徴を種々述べたあと再び、「アルミニウム、真鍮、鋼などの非常に薄いストリツプを処理するのに従来の方法では大きな困難が伴なつていた」旨繰り返している。

右のように、本件発明の明細書中には、積極的に、対象が金属ストリツプであることを示す記載が随所にあるのに対し、それが金属ストリツプ以外のものを含むものであることを示す記載は全くない。よつて、本件発明は、金属ストリツプの自己安定法および装置にかかるものと解すべきものである。

そして、明細書中の技術用語は、本件発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者、いわゆる当業者によつて理解される内容を有するものと解釈されるべきである。具体的にいえば、本件発明の明細書中に記載されている「ストリツプ」なる技術用語は熱処理を行い、しかもそれが低熱落差加熱を必要とし、変形防止が問題となるようなストリツプすなわち、金属製の細長い形状の材料と解するのが合理的である。

(2) 本件発明の目的と構成

金属ストリツプの自己安定法および装置に関し、本件発明は、主として左記の目的を達成することにある。

(イ) 第一の目的は、搬送ストリツプを自己安定させるための改良した方法および装置を提供すること

(ロ) 他の目的は、ストリツプを浮揚させ、そのストリツプがストリツプの通路と垂直方向に自己安定し、均一に熱処理されるような方法および装置を提供すること

(ハ) さらに他の目的は、公知の浮揚装置よりも広範囲の重量のストリツプを浮揚させる方法および装置を提供すること

本件発明は、気体によりストリツプを搬送する公知の技術において避けられなかつたそりやしわの発生という欠陥を除去し、前記の目的を達成するための解決手段を提供するものであり、その要旨は、特許請求の範囲に記載されたとおりである。本件発明における構成の特徴を述べると次のとおりである。すなわち、金属ストリツプを炉(本件発明にいう「装置」は実質的には「炉」を指す。)内で連続的に移送しながら熱処理するに当り、ストリツプの片側表面の長手方向に複数個の安定区域を設け、また前記ストリツプ表面と反対側の表面に調和区域を前記安定区域のおのおのと、それぞれ相対して配置し、さらに、安定区域、調和区域に隣接し、かつ、ストリツプ幅方向に伸びる補助区域を設けてなる。調和区域および安定区域内でストリツプ表面に対して流体を噴出させ、流体がストリツプ表面に垂直な方向に流れ去らないように構成され、そのために、限定された流体の流れの運動によつて、各調和区域または安定区域内に静圧力が保持される。補助区域が複数個の一対の安定区域・調和区域の間に設けられ、ストリツプ表面に対して噴出させた流体ガスを補助区域に吸引し、それにより、各調和区域または安定区域内に静圧力を保持することを可能にしているものである。

附言するに、明細書における「ストリツプの反対側の表面に作用する力が浮揚重量と無関係にあるとき、いいかえれば、ノズルからストリツプの間の距離と無関係のときは、上部に加わる力とストリツプの重量を加えたものがストリツプの底部に作用する力と正確に調和されていなければならない」(公報8欄26行ないし32行)ということを実現するためには、安定区域と調和区域が常に相対していなければならないのである。したがつて、第8図および第9図は、本件発明の実施例ではない。

(3) 本件発明の効果

本件発明の効果は、次のとおりである。

(イ) ストリツプに対し均一かつ有効な静圧がストリツプ両側から作用し、ストリツプを浮揚するので、ストリツプをそりやねじれなどの変形なしに処理できる。

(ロ) ストリツプの位置が常に安定して保持され、ストリツプに大きな張力を加えることなく、ストリツプを浮揚できる。(ストリツプに張力を加えるとそりが発生するが、このようなそりの心配がないので長い炉をつくることができる。)

(ハ) ストリツプの反対側面に予負荷圧力を持たせ、また、ストリツプと静圧パツドの間隔をある程度大きくとれるので、比較的広範囲にわたる厚さのストリツプを流体の流量を調節することなく処理することができる。

(ニ) したがつて、ストリツプの厚さが変化しても、常に一定の高い熱伝達率を維持することができる。

(2)  審決の認定の誤り

(1) 引用例に(a')「ウエブを装置内で連続的に移送しながら熱処理すること」が記載されているとした点

引用例は、抄いて濡れているウエブまたは印刷インクで濡れているウエブを高速空気で乾燥する装置および方法について述べたものである。高速空気は高温である必要はなく低温でもよい。

もともと、引用例は、「パルプ アンド ペーパー」という標題の雑誌であるところからうかがえるように、乾燥の対象とされるのはオフセツトインク等で濡れたウエブもしくは紙であり、それらの乾燥に当つて生ずるしわが問題とされているのである。濡れている紙を乾燥させるのには、金属ストリツプの熱処理に要求される高い温度は必要ではないし、また、本件発明の属する分野における熱処理という技術用語は、金属に所要の性質および状態を与えるため、いわば処理材の物理的特性を変化させるために行う加熱および冷却の操作を指す語であるから、単に紙の水分を除去させるような加熱・乾燥を含まないのは当然である。

引用例に「金属ストリツプの搬送もできる」という記載のあることは認めるが、以上見てきたとおり、引用例は、濡れてしわのある紙を対象とした乾燥について記載しているにすぎないから、他の刊行物を加えても、右の短い文章のみをもつて、引用例が金属ストリツプの熱処理の技術まで開示しているとみることは、不当である。なお、金属の熱処理の温度は、本件発明に具体的に明記されていないが、技術常識として明らかであつて、最低値として、アルミニウムについての熱処理温度を取上げることができるが、これであつても、華氏約920度(摂氏480度)であり、これに必要な吹付熱風温度は華氏1000度(摂氏540度)を越え、鋼の場合の熱処理温度は、変態点Ac3以上の摂氏約1000度である。これに対し、引用例記載の紙に対する熱風の温度は被告も認めるとおり、華氏600度(摂氏315度)にすぎず、このような低い温度では金属の熱処理はできないことはいうまでもない。ちなみに、本件発明の明細書に示された第12図の平面調整槽93は本件発明の技術的範囲に属する実施例ではないから、平面調整槽93を根拠として処理温度を論ずることはできない。

これを要するに、審決が引用例をもつて「熱処理」を開示しているものと認定したのは誤りである。

(2) 引用例に(b')「ウエブの片側表面の長手方向に互いに一定空間を置いて設けた複数の安定区域内で該ウエブ表面に対して流体を噴出させ、該流体がウエブ表面に垂直な方向に流れず、主として安定区域から、それに隣接する補助区域に流れるようにすることにより安定区域内に静圧力を発生させること」が記載されているとした点

引用例のT―186頁第4図に複数の安定区域が示されていること、T―185頁第1図に安定区域内に静圧力を発生させることが記載されていることは認める。

しかし、審決が引用する記述個所には、安定区域内で、ウエブ表面に対して噴出させた流体が主として補助区域に流れるという技術の開示はない。もともと、引用例のものには、補助区域など存在しないものであつて、このことは、引用例のT―186頁左欄25行以下の第1図の説明に関する記載から明らかである。すなわち、同所には「ウエブ端においては、囲いが使用されていないから、加圧空間の圧力は急激に低下する。ウエブ端には、ウエブ端を離れて急速に増大する空気速度により、収斂的な流線の流れができる。その結果、ウエブ端は非常に強く中心に保持される。また、ウエブの端に非常に弱い横方向の引きずり力が働き、ウエブを拡げる」旨の記載がある。これをふえんすると、第1図の方法では濡れた紙のしわを伸ばすために、ウエブ端に向つて収斂的な流線状態をつくりあげ、ウエブを横に引つ張る必要があるのである。もし、補助区域があるならば、ウエブ端から空気を流れさせることはできないはずである。補助区域が存在しないため、空気がウエブ端から横に流れることは、引用例のT―186頁右欄12行以下の第2図の説明部分からも明らかである。すなわち、同所には、次の記載がある。「ウエブ安定器に隣接する乾燥用ノズルは、安定器からの空気の流れの運動量に対抗するため、ウエブ安定器に向けるように傾いている。ウエブ安定器からの空気の流れは、乾燥用ジエツトの流れパターンをくつがえし、ウエブの乱れを増す。傾斜したジエツトは空気の流れを上方向にあげ、隣接する戻りの空気チヤンネルの中に送る。その戻り空気チヤンネルの中の空気は、ウエブ端より離れて横に流れ、ウエブを平らに伸ばす。」

審決は、また、引用例のT―186頁右欄の第4図およびそれに対する説明は、流体がウエブ表面に垂直な方向に流れず、主として安定区域からそれに隣接する補助区域に流れるようにする方法を開示しているという、しかし、第4図にあるとおり、噴出する流体は、いずれの領域においても、フエルトを通し、上下方に流れる部分を有している。そこでは、空気はフエルト上のウエブの表面に対し直角に噴射され、ウエブ中を通過するものであることは、ウエブに対し直角方向に向つている多数の矢印から見て明らかである。これに反し、本件発明においては、熱処理用の流体は、絶対にストリツプの面を直角に通過しない。

(3) 引用例に(c')「ウエブ表面と反対側表面の長手方向に、複数の調和区域または安定区域があり、かつ、ウエブ表面に対して噴出させた流体は、主として補助区域に流れるようにしたこと」が記載されているとした点

引用例の審決引用個所に、ウエブの表面と反対側表面の長手方向に複数の安定区域のあること、その安定区域内に静圧力を発生させることが開示されている点は認める。しかし、引用例には、本件発明の構成要件の一つである調和区域についての開示はない。一つの安定区域と相対応する位置にもう一つの安定区域があることにより、調和区域と称することが許されるのである。

本件発明の第1番目の発明に係る特許請求の範囲の記載には「前記ストリツプ表面と反対側表面の長手方向に互いに………設けた複数の調和区域または安定区域」とあるが、「調和区域または安定区域」の「または」は、二者択一的ではなく、同格すなわち、同一のものの表現をかえたものである。何故なら、前半に「ストリツプ片側表面………に複数の安定区域」があることを記載し、これを受けて、反対側表面に複数の調和区域があるというのであり、この調和区域は、前記片側表面の安定区域と同一の構造からなるから(本件公報7欄33行ないし34行参照)、「または」でいい換えているのである。このような場合、二者択一の関係にないからといつて「および」とすることはできず、また、「調和区域」自体が「安定区域」でない以上、「すなわち」で結ぶこともできず、「または」以上に適切な語はないのである。

このことは、本件発明の詳細な説明における「安定区域の反対側にある調和区域」(本件公報6欄5行)、「安定区域の反対側にある安定区域」(同5欄28行ないし29行)、「下部静圧域(A)の反対側にある上部静圧域(B)」(同7欄37行)、「対称的に設けられた静圧パツド54および62がお互いに………」(同9欄45行ないし10欄19行)、「上部パツドをもつ静圧力パツド72は、ストリツプをはさんで対称位置に設けられている」(同12欄36行ないし37行)などの記載並びに主要な図面がすべて、安定区域と安定区域を対称的に設けて表わしていることからも明らかである。

これに対し、引用例には、相対する安定区域が存在しないから、この点に関する審決の認定は間違いである。

また、引用例には、補助区域が存在しないのであり、このことは(b')と同様である。

したがつて、本件発明は、ストリツプの片側表面の長手方向に互いに一定空間を置いて設けられた多数の安定区域と、前記ストリツプ表面と反対側表面の長手方向に互いに一定空間を置いて設けられた複数の調和区域とを有するものであるから、この点において、本件発明は、引用例の第2図および第4図に示すものと全然異なるものである。

(4) 引用例に(d')「ストリツプを安定させると同時にストリツプ変形を防止すること」が記載されているとした点

引用例は、ウエブを乾燥させることを目的とするものであるから、ウエブのしわを伸ばし、平らに保持すること、換言すれば、ウエブを安定させることについての記載はある。しかし、引用例は、変形防止につき全く触れていない。このことは、抄いたり、印刷したりしたため濡れている紙について、本件発明で問題とする変形防止などは全く問題とする必要はないからである。しかも、引用例には、変形防止について記載がないどころか、むしろしわをとることを積極的に記載している(T―186頁左欄9行ないし19行)。このことは、引用例が、金属ストリツプを対象とするものではなく、濡れた紙を対象とするものであることを明らかにしている。しわの発生を防止することは変形を防止することのうちには含まれない。

なるほど、明細書ではしわの発生防止についても触れられているが、本件発明のしわは、ウエブのしわと本質的に異なる。すなわち、紙(ウエブ)の場合には、ウエブの各部における水分含有量が異なつたり、乾燥割合が異なることによりしわが生じ、これは気体流の効果的な形成により除去できる性質のものである。これに対し、金属ストリツプにあつては、長手方向の中心線に沿つた部分が端部より圧力が高まると、ストリツプに上ぞりや下ぞりが引き起こされ、これが原因となつて変形が生じ、極めて薄い材料ではしわが発生する。また、ノズルとストリツプの間に生ずる乱流がストリツプにかかる圧力を不均一にし、ストリツプ左右の圧力バランスをくずすと、両端の圧力差がだんだん大きくなる。その結果、そりの度合の小さい方が早く移送されるため、ストリツプにねじれを生じるようになる。このような変形は、気体流では除去できないから、本件発明は、材料にそりやしわを生じさせないように、ストリツプを上下から静圧力で保持して浮揚移送するのである。

このように、しわの意義も除去対策、方法も、紙とストリツプでは異なるのである。

(5) 引用例に(e')「急速な加熱あるいは冷却を行うため前記静圧流体に加えて速度圧力の流体をウエブ両面に噴出させて有効な熱伝達を計ること」が記載されているとした点

審決が、引用する引用例の該当個所には、速度圧力の流体を噴出させると思われるノズルがみえる。しかし、これにつき説明はない。したがつて、速度圧力がどのように流れ、どのように使用されるのか不明である。さらに、ウエブの乾燥方法とその装置にかかる引用例の目的からみると、速度圧力の流体は加熱または冷却を行うものではない。先に、(a')に関連して述べたように、引用例は熱処理の技術を開示するものでもない。

なお、本件発明は、すでに述べたとおり、ストリツプの片側表面の長手方向に互いに一定空間を置いて設けられた複数の安定区域と、それに隣接する補助区域と、前記ストリツプ表面と反対側表面の長手方向に互いに一定空間を置いて設けられた複数の調和区域と、それに隣接する補助区域とを有するものであるから、引用例記載のものと全く異なるものであり、したがつて、その第2図における静圧パツドと乾燥用ノズルとの位置関係も本件発明の第4図に示されたものの一部と近似しているといえるものではない。

(6) 引用例に(f')「静圧力と速度圧力の組合せによりストリツプを安定させながら加熱または冷却すること」が記載されているとした点

審決の右の認定が誤りであることは、速度圧力ならびに加熱または冷却について、先に(a')および(e')に関しすでに述べたところから明らかである。

本件発明は金属の熱処理に関するものであるから、当然加熱する工程に加えて、冷却する工程が必要となつてくる。これに対し、引用例は乾燥に関するものであるから冷却工程がない。

2 被告の答弁および主張

1 請求の原因1ないし3の事実は認める。

2 同4の取消事由の主張は争う。

審決の判断は正当であり、審決には原告主張のような違法の点はない。

(1) 「本件発明の特徴」に関する主張について

(1) 原告は、本件発明における被処理材が金属ストリツプのみであると主張するが、失当である。

本件発明の特許請求の範囲には、ストリツプなる用語が用いられ、金属ストリツプなる用語は用いられていない。

ストリツプの原語は、STRIPであつて、その意味は、(ほぼ同じ幅の布、板、土地などの)細長い切れ(研究社・新英和大辞典)であり、本来、材料を特定する語ではなく、形状を表わす語として一般に理解されている。したがつて、ストリツプは一般的に、金属ストリツプのみを表わす用語とすることはできない。本件明細書における発明の詳細な説明の欄の冒頭には、連続帯状材料を以下ストリツプと称する旨の記載があり、この定義づけからしても、本件発明のストリツプの語は、明らかに前記のような広い概念を表わす用語として使用されている。

(2) また、原告は、本件発明の構成として主張する事柄のうち、ストリツプを炉内で連続的に移送しながら熱処理するとの部分に関して、本件発明にいう「装置」は実質的には「炉」を指す旨主張するが、右部分にいう「炉」は「装置」の誤りというべきである。なぜならば、特許請求の範囲のどこにも炉なる記載はなく、加えて、装置は炉より広い概念を表わす用語であることはいうまでもなく、そのため第12図に示す平面調整槽93もこれに包含されるとしているのであり、もしそうでなくて装置が炉に限るということであれば、このような槽93を実施例とすることができないはずであるからである。

さらに、原告は、本件発明の構成として、調和区域を前記安定区域のおのおのと、それぞれ相対して配置したものというが、それぞれ相対してなる文言は、特許請求の範囲には存在しない。したがつて、一定空間を置きさえすれば、反対側空間のどこにあつてもよいのであり、その位置は無限定なのである。

本件発明における安定区域または調和区域なる区域は、明細書全体の記載に徴し静圧パツドとストリツプとの間に形成される区域をいい、速度圧力装置とストリツプとの間には形成されないものである。第8図および第9図に示す実施例にあつては、一方の圧力装置が静圧パツドではなくて、速度圧力装置63となつていて、静圧パツドは相対してはいない。したがつて、このような実施例を包含する本件発明は、静圧パツドが相対して位置するものに限ると解釈されるべきではない。

ちなみに、本件明細書には、「速度圧力装置63は上部静圧域(B)から流体がストリツプの垂直方向に流れるのを防止していない。流体が区域外へ流れるのは速度圧力ノズルに固有のものである」(本件公報8欄4行ないし7行)、「速度圧力ノズル64は、ストリツプ22の表面に熱交換流体を吹きつける。………本発明においては管70および71がストリツプ22の支持でなく熱伝達にすぐれるために用いている」(同11欄4行ないし9行)、「本発明ではストリツプの片側に作用する静圧力パツド54とその反対側に静圧力パツド62(第10図参照)あるいは速度ノズル64(第8図参照)のいずれかを組合せて用いている。」(同11欄10行ないし14行)などの記載がある。右の記載からしても、本件発明の速度圧力装置は、静圧パツドとその機能を異にしていることは明らかである。

(2) 「審決の認定の誤り」に関する主張について

(1) (a')の構成について

本件発明は、金属ストリツプの熱処理に限ることができないことは前記のとおりであり、またその温度は何度から何度までというような記載もないのであるから、その温度範囲は無限定ということもでき、したがつて、引用例における加熱乾燥のための空気の温度も当然に熱処理に要求される温度を具えているといえる。

本件発明における温度範囲の広いことは次のことからもいえる。すなわち、本件発明の熱処理にはどのようなことが含まれるかにつき検討すると、その中には厚さが0.006インチ(約0.15ミリ)の箔(公報10欄22行)のような薄いストリツプが処理物として扱われ、これに対応して、薄いストリツプをしわが発生しないように搬送するためにも使用されると認められる記載(13欄44行ないし14欄5行)があり、このようなものにはさして高温を適用することができないことは自明であり、さらに第12図に示す実施例では、液体槽93が装置として使用されていて、これは明らかにかなりの低温ということができること等から、その温度範囲は非常に広いということができる。

ところで、引用例における空気は熱風であり、華氏600度(摂氏315度)(T―186頁右欄28行ないし29行)のものの使用が開示され、これはまさに金属箔の熱処理(乾燥)に用いられる熱風に近い温度ということができる。したがつて、引用例には、本件発明でいうような温度の開示があるということができる。

引用例には、原告も認めているとおり、「鋼ストリツプを送ることができる」T―185頁右欄35行ないし36行との記載があり、しかも適用される空気は、前記のように華氏600度にも達するものであつてみれば、引用例には金属(鋼ストリツプ)に所要の状態を与えるため加熱することが開示されているということができる。

右のことから、(a')に関する原告の主張は失当である。

(2) (b')の構成について

引用例には、次のような記載がある。すなわち、「図面中の流れが平面的なものであり、図面の面上に直角な方向に流れが起らない程、ウエブが幅広い。」(T―185頁右欄3行ないし5行)、「ジエツトは、最初内側に向つて進むが、中間スペースが全密閉となつていて、すでに空気によつて占められているので、ジエツトは、方向を変えウエブ表面に沿つて外側に流れる。………その結果引き起す水平分力は、各ジエツトの内側に働く空気圧の抵抗を受け、ウエブ幅の各ユニツトについて圧力に、おさえ板とウエブとの間の距離を乗じたものに等しくなる。」(同欄8行ないし17行)、「その全体の効果は、ウエブのかなりの区域に働く加圧空間の圧力である。この圧力は、重要な性質を有しており、もし他の数値が一定しているなら、おさえ板とウエブとの間の距離に反比例する。」(同欄20行ないし24行)、「ウエブが、二つの相対するウエブ安定器間に送られると、あたかも二つの圧縮ばね間にあるように支持される。あらゆる場合において、ばね定数は、ウエブの重量に比較して高いので、ウエブは、しつかりと所定位置に固定される。その装置により、鋼ストリを送ることさえも可能である。」(同欄30行ないし36行)。

右の記載に徴すると、引用例の第1図におけるおさえ板とウエブとで形成された空間は、本件発明における安定区域に、またその外側はそれぞれ補助区域に該当することが明らかであるから、原告のこの点の主張は失当である。

原告は、引用例には、ウエブ端において囲いが使用されていないことを指摘するが、囲いのない点では本件発明も全く同様であり、ストリツプ端において引用例のものと全く同様の現象が起ることは理の当然である。このことが本件発明の特許請求の範囲で、主として安定区域から、それに隣接する補助区域に流れる、と規定し、例えば、全部が、というように規定しなかつたゆえんである。

さらに、原告は、引用例の第4図には、主として安定区域からそれに隣接する補助区域に流れるようにする方法が開示されていない旨主張するが、第4図にも主として安定区域から補助区域に流れる空気流が示されているので、(b')に関する原告の主張は失当である。

(3) (c')の構成について

原告は、本件発明における調和区域とは安定区域と相対応する位置にある安定区域を指す旨主張し、引用例にはかかる調和区域についての開示はない旨主張する。

調和区域については、発明の詳細な説明に「安定区域の反対側にある安定区域」(本件公報5欄28行ないし29行)、「安定区域の反対側にある調和区域」(同6欄5行)と記載されているが、これらの記載からみても、調和区域は、安定区域の反対側にある静圧域ということになり、これでは安全区域と調和区域とは用語において相違するとしても、その構成、作用効果に全く異なるところが認められない。

また、原告のいう安定区域と相対応する位置にあるという点については、このような限定が本件発明の特許請求の範囲にないことはすでに述べたとおりである。

引用例には、「ウエブが二つの相対するウエブ安定器間に送られると、あたかも二つの圧縮ばね間にあるように支持される」(T―185頁右欄30行ないし32行)と記載され、これと引用例の他の記載をも併せ勘案すれば、引用例の第2図には、相対向する二つの安定区域、または安定区域と調和区域が、また第4図には本件発明の第8図のようなものが示されている。

(4) (d')の構成について

原告は、引用例には、「ストリツプ変形を防止すること」が開示されていないと主張するが、これは失当である。本件発明のストリツプ変形を防止することの意義を検討すると、発明の詳細な説明には、「しわの発生を除去する」(本件公報3欄24行ないし25行)および「ストリツプにしわが発生し不合格品となる。」(同14欄4行ないし5行)と記載されているので、しわの発生を防止することも変形を防止することのうちに含まれていることがわかる。

一方、引用例にあつても、原告も認めるとおり、しわの発生を防止することが記載されていて、同様のことを行うのであるから、変形防止について開示されているということができる。

前記のことから(d')に関する原告の主張も失当である。

(5) (e')の構成について

引用例の第2図およびその説明(T―186頁右欄1行ないし21行、特にその12行以下)の記載に徴すると、引用例の第2図には、乾燥用ノズル(静圧パツドの左右の突状物)の位置、形状、流れ方向等が記載されていて、明らかにこの場合は加熱に使用されていることがわかる。ちなみに、引用例の静圧パツドと乾燥用ノズルとの位置的関係は、本件発明の第4図に示されたものの一部と近似していることがわかる。

前記のことから、(e')に関する原告の主張も失当である。

(6) (f')の構成について

原告は、引用例には「静圧力と速度圧力の組合せによりストリツプを安定させながら加熱または冷却すること」が記載されていない旨主張するが、引用例には、少なくとも加熱に関することが前記(e')に示したように明記されており、この点に関する原告の主張も失当である。

第3証拠関係

証拠関係は、記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2  しかして、本件発明に係る「特許請求の範囲」の把握について見解の相違があるので、審決取消事由の判断の前提として、まず、この点を検討する。

本件発明に係る特許請求の範囲の記載が、請求の原因2本件発明の要旨記載のとおりであることは右のとおり当事者間に争いがない。さらに、成立に争いのない甲第2号証(本件特許公報)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の冒頭には「本発明は帯状材料の安定方法および装置に係りさらに詳しくは所定の通路に連続帯状材料(以下連続帯状材料をストリツプと称する。)を安定させながら搬送し同時に熱処理を行う方法および装置に関する。」との記載のあることが認められる。右の記載からみても、本件特許請求の範囲においてストリツプと表現されている本件発明の被処理材は、熱処理がなされうる連続帯状材料と解され、原告主張のごとく金属ストリツプのみに限定されるものとは到底解されない。一般的な技術用語としてもストリツプなる語がつねに金属ストリツプのみを意味するものと認めるに足る証拠はなく、また技術常識としても、熱処理の対象となるものがつねに金属ストリツプに限定されるものではなく、金属以外の連続帯状材料、たとえば繊維などの連続帯状材料についての熱処理も考えられるところであるから、本件発明の実施例の記述中に金属ストリツプに関する記載があることをもつて、本件発明における被処理材を金属の帯状材料に限定して理解することはできない。

また、被処理材を連続的に移送しながら熱処理をする本件発明の装置について、原告は、特許請求の範囲にいう装置を、炉のことである旨限定して主張するものとみられる所があるが、本件発明の第2番目の発明においては、被処理材を「加熱または冷却する」ことが予定されていることが明らかであるから、特許請求の範囲の装置を炉に限定して理解することはできない。

さらに、本件発明における安定区域と調和区域の意義ならびに両者の位置的関係について検討するに、本件発明の特許請求の範囲1、2には次のとおり記載されている。すなわち「ストリツプの片側表面(以下便宜上「一表面」という。)の長手方向に互いに一定空間を置いて設けた複数の安定区域内で該ストリツプ表面に対して流体を噴出させ、該流体がストリツプ表面に垂直な方向に流れず、主として安定区域からそれに隣接する補助区域に流れるようにすることにより安定区域内に静圧力を発生させ、また前記ストリツプ表面と反対側表面(以下便宜上「他表面」という)の長手方向に互いに一定空間を置いて設けた複数の調和区域または安定区域内で該ストリツプ表面に対して流体を噴出させ、該流体がストリツプ表面に垂直な方向に流れず主として前記区域からそれに隣接する補助区域に流れるようにすることにより該調和区域または安定区域内に静圧力を発生させ」る。右の記載からして、本件発明は、ストリツプの両表面(一表面と他表面)に静圧パツドないし静圧力パツド(以下単に「静圧力パツド」と称する)に相当するものを配置していることが明らかであり、かつ「調和区域」とは、調和という意味からしてストリツプの両表面における静圧力パツドが相対して配置されている関係における他表面の(安定)区域をいうものと解するのが相当である。ところで、前記引用に係る特許請求の範囲の記載から明らかなごとく本件発明においては、ストリツプの一表面には、複数の安定区域と補助区域とが配置され、他表面には複数の調和区域または安定区域と、補助区域とが配置されているが、調和区域は、前記のごとくストリツプの両表面における静圧力パツドが相対している関係にある一表面の安定区域に対する他表面の(安定)区域をいうものと解されることおよび他表面における安定区域は、調和区域と区別されて記載されていることからして、他表面における安定区域とは、他表面の調和区域として位置の対応関係が限定されない安定区域をいうものと解される。すなわち、安定区域とはストリツプと静圧力パツドとの関連においてそのように総括的に記述されたものであり、調和区域とは、ストリツプの一表面と他表面との安定区域が互いに相対して調和関係に配置されているところから、そのように記述されたものと解するのが相当である。そうすると、本件発明は、一表面の安定区域に対して他表面にそれに相対し調和区域をなすような位置関係に配列された調和区域(安定区域)とからなる構成と、他表面に調和区域とならない位置に安定区域を配置した構成のいずれをもその技術的範囲とするものである。

3  そこで、右2で検討したところを前提に、前掲甲第2号証、及び成立に争いのない甲第3号証により、原告が「審決の認定の誤り」として主張する点について順次検討する。

1 原告は、まず、引用例には(a')の構成が記載されていない旨主張する。

しかしながら、本件発明における被処理材たるストリツプが金属ストリツプのみに限定されるものでないことおよび熱処理といつてもこれが金属特有のことでないことは、すでに右2において指摘したとおりであり、そもそも本件発明は、特許請求の範囲の記載に徴しても、どのように熱処理するかに特徴があるのではなくて、ストリツプに対する熱処理を連続的に移送しながら行うにあたつて、移送されるストリツプを自己安定させる方法に特徴があるものである。その点、引用例の装置も、高速乾燥等の加熱処理中の連続的に移送されるウエブ(本件発明におけるストリツプに相当)の自己安定に関するものである。したがつて、審決が(a')の構成が引用例に記載されているとした認定に何ら誤りはなく、この点の原告の主張は失当である。

2 原告は、引用例には、(b')の構成は記載されていない旨主張するが、引用例の第4図における矢印で示された気流の流れからみても、そこでは、ウエブの片側表面の長手方向に複数の安定区域が設けられこれに隣接してそれぞれ補助区域があることを示していることが明らかである。

そしてまた、引用例には、ウエブ端の空気の流れについて、「ウエブ端においては、加圧空間の圧力は急激に低下する。というのは、その端においては、囲いは使用されていないからである。ウエブ端を離れて急速に増大する空気速度により、収斂的な流れの流線の状態ができる。その結果、ウエブ端は非常に強く中心に保持される。また、非常に弱い横方向の引きずり力も、ウエブの端に働いてウエブを広げる」(第1図の説明)(T―186頁左欄25行ないし32行)、「ウエブ安定器に隣接する乾燥用ノズルは、安定器からの空気の流れの運動量に対抗するため、ウエブ安定器に向う角度にジエツトを向けるように傾いている。そのウエブ安定器からの空気の流れは、乾燥用ジエツトの流れパターンをくつがえし、ウエブの乱れを増すので、この方式を採用する必要があつた。傾斜したジエツトは、空気の流れを上方向にあげ、隣接する戻りの空気チヤンネルの中に送る。その戻り空気チヤンネル中の空気は、ウエブ端より離れて横に流れ、ウエブを平らに伸ばす。」(第2図の説明)(T―186頁右欄12行ないし21行)と記載されているが、右の記載によると、ウエブ端における横方向の引きずり力は非常に弱いものであり、また、ウエブ安定器(本件発明における静圧パツドに相当)からの空気は、隣接する戻り空気チヤンネル(本件発明における補助区域に相当)中に流れ、その戻り空気チヤンネル中の空気がウエブ端より離れて横方向に流れる流れとなることが明らかである。引用例におけるウエブ安定器から戻り空気チヤンネルに至る前記の流れは、本件発明における「主として安定区域かうそれに隣接する補助区域に流れる」流れに相当するものである。なお、引用例の第4図におけるウエブ中を通過する流れは、繊維間隙からの漏洩であつて、その量はきわめて少なく、また引用例の第2図においては、ウエブ安定器が棺対して配置され、本件発明の調和区域となるからウエブ間隙の漏洩はほとんどないものとみられる。

したがつて、審決が、引用例に、噴出させた流体が、「主として安定区域からそれに隣接する補助区域に流れるようにする」(b')の構成が記載されていると認定したのは正当であり、この点につき原告主張のような誤認はない。

3 原告は、引用例には、(c')の構成は記載されていない旨主張する。

しかしながら、本件発明におけるストリツプの他表面における「安定区域または調和区域」の意義は、すでに2において判示したとおりであり、引用例においても、第4図にはウエブの他表面に複数の安定区域が開示されており、また、第2図および「一対のウエブ安定器では、高張力下のウエブのひどいしわを直すことはできないが、しかし高速乾燥器にみられるような数対の安定器をウエプが通ると、そのしわは除去される。」(T―186頁左欄20行ないし24行)との記載から明らかなように、引用例には、ウエブの他表面に本件発明にいう複数の調和区域を配置する構成も開示されているというべきである。この点の原告の主張は理由がない。

4  原告は、引用例には(d')の構成は記載されていないと主張するが、本件発明においてはしわの発生を防止することを含めて変形防止として認識しており(本件公報3欄24行、14欄4行参照)、かつこの点に関する引用例の装置も本件発明と同じ構成であることからみて、当然本件発明と同じく変形防止の働きがあるとみるべきであるから、この点の原告の主張も失当である。

5  原告は、引用例には、(e')、(f')の構成は記載されていない旨主張する。

当事者間に争いのない本件発明の第2番目の発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、本件発明の第2番目の発明においては、ストリツプを安定させながら、加熱または冷却を選択的に行うものであるところ、少なくとも、加熱処理については、引用例の第2図の図示とすでに(c')の構成に関して引用した数対の安定器の配置について開示した記載からすると、引用例には、結局、本件発明の実施例である第4図にみられる構成と同じもの、すなわち(e')、(f')の構成が記載されているとみるのが相当である。したがつて、これらの点についての原告の主張は理由がない。

6  以上のとおりであるから、審決の判断は正当であり、審決には、原告主張のような違法の点はない。

4 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(舟本信光 竹田稔 水野武)

<以下省略>

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