東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)119号・昭53年(行ケ)121号 判決
(争いのない事実等)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び本件審決の理由の要点が原告主張のとおりであること、並びに被告上原の訴訟手続受継前の被告株式会社チスイが本訴係属中の原告主張の日に更生手続開始決定を受けたことは、原告と被告会社バイリーンとの間に争いがなく、その余の被告らは明らかに争わないから、自白したものとみなすべきである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決の認定判断は正当であつて、原告の主張は、以下に説示するとおり理由がないものといわざるを得ない(なお、被告会社金井重要工業及び同上原は、原告主張の取消事由を明らかに争わず、自白したものとみなすべきところ、本件は訴訟の目的が合一に確定することを要する類似必要的共同訴訟と解すべきであるから、被告会社バイリーンが右取消事由を争う以上、同被告らの右自白は効力を生じないものというべきである。)。
1 被告会社金井重要工業の審判請求人としての当事者能力及び株式会社チスイの審判請求の利益の有無について
成立に争いのない乙第一号証ないし第三号証並びに第四号証の四及び五によれば、被告会社金井重要工業は、金井宏之を代表者とし、肩書地である兵庫県伊丹市池尻字東奥畑一番地に登記簿上の本店を、大阪市北区堂島一丁目二番九号(住居表示実施前は同区堂島船大工町二二番地)に営業の本拠を置いて紡績機械部品及び不織布製品販売を営む実在の株式会社であることが認められるから、実在の法人として審判請求人たる能力資格に欠けるところはない。また、本件記録中の株式会社チスイの商業登記簿謄本によれば、同会社の目的は、「一般建設工事の設計及び請負」その他これに付帯する一切の業務であることが認められ、右事実によると、株式会社チスイは本件特許の無効の成否に利害関係を有するものというべきであるから、同社は無効審判請求の利益を有するものというべきである。したがつて、原告のこの点に関する主張は、いずれも採用するに由ない。
2 審判第五八一七号事件の審判手続の違背について
前示本件審決理由の要点のうち、審判第五八一七号事件の審決内容に徴すれば、同審決は、職権調査の結果により審判第五八一七号事件の審判手続において提出された甲第二号証の一ないし一五(本訴における甲第四号証及び第五号証に相当)が建設省近畿地方建設局淀川工事事務所高槻出張所保管の昭和三九年度三島江水制補修工事請負関係書綴の写し及び同工事写真集の写しであることを認定したものであり、これらの証拠方法は、弁論の全趣旨によれば、特許法第一三四条及び特許法施行規則第五〇条の規定により原告に送達されたものと認められ、また、右書証に関し証人調べも行われたのであるから、右各証拠の原本の存在及び成立等につき異論があるならば、原告において意見を述べる機会は充分に与えられたものというべきである。したがつて、職権調査の結果につき意見陳述の機会を与えられなかつたとして、審判第五八一七号事件の審判手続に違法の点があるとする原告の主張は、到底採用することができない。
3 公然実施された事実及び本件発明の技術内容の認定の誤り等の有無について
被告会社バイリーンが成立を認めるによりその余の被告らの関係においても成立を是認すべき甲第三号証(本件公報)によれば、本件発明は、水路や傾斜地、開拓地などにおける防砂及び水出工法に関するものであり、従来のこの種の水出工法では、長年月にわたるときは土砂保持体の腐蝕によつて自然に崩壊するものが多く、また、水位の高まるとき、洪水のとき、あるいは下水路の溢水などの水位変化が反覆せられると地表下にある土砂が水の流れによつて流し出されて、築堤や堰堤の盛土の崩壊が引き起こされることがたびたびであつたことから、この問題点を解決することを目的ないし課題とし、前示本件発明の要旨のとおり(明細書の特許請求の範囲の記載に同じ。)の構成を採用し、所期の目的を達したものであるが、具体的には、濾板は、耐蝕性繊維であるナイロン等の合成樹脂繊維、やしの実の繊維、ホツプの葉などの耐蝕性繊維を用い、これを粗なる空隙を存した状態に絡ませ、耐蝕性接着剤でブリツジ状に固結した構成とし、ブロツク水路の場合には、<1>水路壁(側面及び底面)のブロツク層とその下の砂れき層や土層の間に濾板を敷設し(別紙図面第一図)、又は<2>水路の中央表層(底面)下により側方に延びるように濾板を敷設し(同第二図)、更に<3>階段に開拓した傾斜地と平地との交互造成のものにおいては、表土あるいはブロツク下面に濾板を敷設する(同第三図)方法により、そのほか、一般河川の堤防や小水路の堤においても同様の方法で実施することができるものであつて、本件発明の工法によるときは、水の流れに従い土砂が流動しようとしても、濾板によつてこれを防止することができるため、土砂流出による築堤や水路の崩壊を防ぎ得るし、また、<2>及び<3>の実施例の場合には、水位が平常に戻ろうとするとき、あるいは水の後退とともに、土砂の流れが生じても濾板により水のみが水路に還元(放出)され、土砂は流出しないという効果を奏するものであることを認めることができる。原告は、本件発明は、防砂、水出工法であつて、濾板が水路に沿つて連続して敷設されるものである旨主張するが、本件発明の工法の対象に水路のみならず「築堤」が含まれることは、前認定のとおりであり、濾板が「水路に沿つて」「連続して」敷設されるとの点は、前示本件発明の特許請求の範囲にその旨の記載がなく、前認定の本件発明の目的ないし課題及び効果並びに前掲甲第三号証中のその余の記載を参酌しても、そのように限定的に解釈すべき根拠を見いだし得ない。したがつて、原告の右主張は採用することができない。
これに対し、被告会社バイリーンが原本の存在及び成立を認めるによりその余の被告らの関係においても原本の存在及び成立を是認すべき甲第四号証ないし第七号証並びに原本の存在及び成立に争いのない乙第五号証並びに成立に争いのない乙第九号証の一ないし五及び第一〇号証を総合すれば、淀川の工事は、昭和四〇年一月二〇日から同年三月二〇日までの間において、本件審決認定の場所で水制補修工事として行われ、右工事箇所のうち一か所においてやし粗朶が用いられたものである(叙上の事実は、原告の認めるところである。)ところ、水制とは、高水敷が水流により洗掘されることを防止し、かつ、高水敷を強固にするため、おおむね流水の方向に直交して設ける工作物であつて、流水をよどませ、運ばれてきた土砂を高水敷に堆積させて堤を保護するものであつて、淀川の工事も、累年の出水のため水制が切断されて洗掘の激しい高水敷の安全を計るため、四か所に川の流れを横切る方向に土石で水制堤体を築いたうえ、その表面を補強する目的で、うち一か所はやし粗朶、一か所はビニール、他の二か所は粗朶単床(普通の粗朶)で覆い、更にその上を蛇篭で押さえたものであること、淀川の工事に使用されたやし粗朶は、従前用いられてきた普通の粗朶が欠乏してきたので初めて試用されたもので、東和ロツクが製造、販売し、原告から見本の提示とともに、やしの繊維を固めたもので、土砂の吸出し防止に役立つとの説明のもとに納入されたもので、黒つぽく、屈撓性とクツシヨン性がある厚さ二cmのマツトで、その繊維間には掲げて透かすと若干向うが見える程度の間隙があり(叙上事実中、屈撓性とクツシヨン性があること、及びマツトの厚さ並びに繊維間に上叙の程度の間隙があることは、原告の認めるところである。)、その間隙は土砂(砂利)が詰まる程度の大きさで、審判手続での証人橋波重信の証拠調べの当時において、水流中の土砂が漸次やし粗朶内に入り、粗朶内を充填し、所期の効果を挙げていたこと、右工事は、多数の土木業者により、かつ、一般人が容易に看ることができる淀川の河川敷で公然実施されたこと、更に、東和ロツクが当時製造販売していたものは、もともと自動車内座席用クツシヨン体であつて、黒く染色したやしの実の繊維、動物繊維、合成繊維、サイザル(サボテン系繊維)を絡み合わせ、これに合成ゴム、合成樹脂のラテツクス(糊の一種)をスプレーして固めたものであつたが、生ゴムを使用する場合は、酢酸ビニールを加えて使用していたもので、いずれも耐蝕性を有するものであることを認めることができる。叙上認定の事実に徴すると、淀川の工事に用いられたやし粗朶及び東和ロツクの製造、販売に係るクツシヨン体は、本件特許出願前国内において公然実施されたものというべきところ、淀川の工事に用いられたやし粗朶は、やしの実の繊維等の耐蝕性繊維を粗なる空隙を存した状態に絡ませ、ブリツジ材料をもつて隙間を残し、かつ、屈曲し得るよう板状に構成され、その繊維間に水は自由に通るが土砂の流動は阻止する程度の大きさの空隙を有するものであつて、土砂の吸出し防止(流動阻止)に役立つものとして、水制堤体(床土)の表面を覆うよう蛇篭(本件発明の表土に相当)下にその下の水の流動系を遮つて敷設されたものということができる。原告は、本件審決が、右やし粗朶は、その間隙に水は通すが土砂は通さないため、土砂の吸出し防止に役立つものと認定した点を争うが、前認定の事実によると、淀川の工事の目的は、水制堤体により高水敷の洗掘を防止することにあるが、やし粗朶は、ビニール、粗朶単床と同じく右堤体表面を保護するとともに、そのほかに、それ自体土砂吸出し防止の機能をも果たすものであり、前認定の本件発明の目的ないし課題及び効果に比照すると、この点において、本件発明と技術的思想を同じくするものというべく、ビニールや粗朶単床が土砂吸出し防止の機能においてやし粗朶と異なるところがあるとしても、やし粗朶がこの点において同様でなければならないとする根拠はないから、原告の右主張は採用することができない。更に、原告は、淀川の工事に用いられたやし粗朶(マツト)がやしの繊維だけでなく耐蝕性のない動物繊維等を含む旨主張するが、淀川の工事に使用されたやし粗朶は、東和ロツクの製造に係るもので、やしの実の繊維だけでなく、原告主張のような他の繊維を混合して作られたものであるけれども、やしの実の繊維を主材料とするものとみることができ、また、耐蝕性があること(このことは、施工後多年を経てなお所期の効果を挙げていることからしても肯認することができる。)は、前認定のとおりであるから、原告の右主張も採用の限りでない。なお、本件審決が淀川の工事のやし粗朶に関し、やしの繊維を固めて成るマツトと認定した点は正確とはいい難いが、右やし粗朶の繊維構成が、前認定説示のとおり、本件発明の耐蝕性繊維と同じ構成を充足している以上、この点は本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。なお、原告は、本件審決が、淀川の工事に用いられたマツトにつき、ブリツジ材料として何を使用してもよいかのような不正確な認定をした点を論難するが、前示本件審決理由の要点に徴すれば、本件審決は、右マツトにつきブリツジ材料が必ずしも明確でないけれども、この点については、同一のブリツジ材料が東和ロツクの製造、販売に係るクツシヨン体に用いられていることから、これを本件発明の特許出願前に国内に公然実施されていた事項として引用したことが明らかであるから、原告の叙上主張は本件審決の認定しない事項を論難するものであつて、採用することができない。
なお、原告は、当時非耐蝕性の生ゴムで固められたやし粗朶しかなかつた旨主張するが、本件審決は、纏絡した繊維の固結方法については、前認定のとおり、当時東和ロツクが製造していたクツシヨン体のそれを引用したものであり、右クツシヨン体は、固結のため生ゴムを用いる場合、酢酸ビニールを加えた接着剤を用いていたこと前認定のとおりであるが、成立に争いのない乙第六号証ないし第八号証の各一ないし三によれば、生ゴム自体は耐蝕性のものといい得ないけれども、生ゴムを原料として作られる接着剤(結合材)が水、低温に強い耐蝕性を有することが認められるのであるから、原告の右主張は採用し得ない。
以上認定説示したところに基づいて、本件発明の濾板による工法と淀川の工事のやし粗朶による工法とを対比するに、後者のやし粗朶の接着材の点を別にすれば、その余の点において、両者は、その構成を同じくし、かつ、同様の作用効果を奏するものということができるところ、本件発明と同種のブリツジ材料を繊維の纏絡固化に用いた東和ロツクの製造、販売に係るクツシヨン体が本件発明の特許出願前に国内において公然実施されていたことは前認定のとおりである。
そうすると、本件発明は、その特許出願前国内において公然実施された淀川の工事に用いられたやし粗朶による水制工法及び東和ロツクの製造、販売に係るクツシヨン体の繊維の固結方法に基づいて容易に発明をすることができたものというべきである。原告は、右クツシヨン体は、本件発明のマツトと性質、ひいて技術的分野を異にするから、両者間の技術の転用は容易になし得ない旨主張するが、本件審決は、繊維の固結方法について両者の同一性を認定判断したものであり、前認定のとおり、右クツシヨン体も淀川の工事に用いられたやし粗朶も東和ロツクで製造されたものであることに徴すれば、両者が全く技術的分野を異にするものとはいい難く、右クツシヨン体の繊維の固結方法を本件発明のそれに転用することは容易というべきである。したがつて、原告の叙上の主張は採用するに由ない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、いずれも理由がない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
本文に詳記するように耐蝕性繊維を粗なる空隙を存した状態に絡ませて、之を耐蝕性接着材より成るブリツヂ材料を以て隙間を残し且屈曲しうるよう構成したる板状の濾板を、路盤又は表土下の水の流動系を遮つて敷設し、この濾板によつて水の流れを自由とし、土砂の流動を阻止せしめることを特徴とする築堤、水路などに於ける防砂、水出工法。(別紙図面参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面
<省略>