東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)133号 判決 1978年4月26日
原告
ソニー株式会社
右代表者
岩間和夫
右訴訟代理人弁理士
萼優美
外三名
被告
岩田ツヤ
外二名
主文
特許庁が昭和五二年六月一日同庁昭和四三年審判第八〇〇七号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用は、被告らの負担とする。
事実
第一 原告の求めた裁判
主文と同旨。
第二 原告の請求原因
一 特許庁における手続等
被告らは、別紙記載のとおり、ゴシツク体で「SONYAN」の欧文字を横書きにしてなり、商標法施行令第一条別表第一六類「織物、編物、フエルトその他の布地」を指定商品とする登録第七八三一〇九号商標(昭和三五年四月二一日登録出願、昭和四三年六月一〇日登録。以下、「本件商標」という。)の商標権者である。原告は、昭和四三年一〇月二九日本件商標の登録無効の審判を請求し、特許庁昭和四三年審判第八〇〇七号事件として審理されたが、昭和五二年六月一日右審判請求は成り立たない旨の審決があり、その審決謄本は同年六月二五日原告に送達された。
二 本件審決の理由の要点
(一) 本件商標の構成、指定商品及び登録出願、登録の各年月日は前項掲記のとおりである。
(二) 本件商標を構成する「SONY-AN」の各文字は、いずれも同一の書体、大きさで、等間隔に一連に表示されており、これを、例えば、「SONY」と「AN」とに分離して観察しなければならない格別の事情が存するとは認められないから、本件商標は、これを構成する各文字が一体のものとして結合された造語であるとみるのが相当である。したがつて、請求人(本訴原告)の主張する「ソニー」又は「SONY」がソニー株式会社の名称の著名な略称として認識されているとしも、これと一致した商標とは認められない「SONYAN」の文字よりなる本件商標は、その構成上、ソニー株式会社の著名な略称を含む商標ということはできない。
(三) さらに、本件商標の指定商品は、「織物、編物、フエルトその他の布地」であるのに対し、請求人の商標「SONY」を使用する商品は、「トランジスターラジオ、テレビ、テープレコーダー等の電気通信機械器具」であるから、両商品は、その原材料、製法において著しい差異を有する異質の商品であるばかりでなく、その用途、用法はもとより、生産販売店等の取引系統をも全く異にするものである。してみれば、本件商標の指定商品は、請求人の業務とは関連性がないものといわなければならないから、被請求人ら(本訴被告ら)が本件商標をその指定商品に使用しても、これに接する取引者、需要者が、当該商品をあたかも請求人の製造販売に係る商品であるかの如く、その出所について混同を生ずるおそれはないものと判断するのが相当である。
(四) したがつて、本件商標は、商標法第四条第一項第八号及び第一五号の規定に違反して登録されたものとはいえないから、その登録を無効とすることはできない。
三 本件審決の取消事由
本件商標は、次に述べるとおり、商標法第四条第一項第八号及び第一五号に規定する商標に該当するから、その登録は無効とされるべきであるのに、本件審決は、本件商標が右各規定に該当するものでないとした違法があるから、取消されるべきである。
(一) 本件商標は、原告の著名な略称「SONY」を含む商標であり、商標法第四条第一項第八号の規定に該当することは明らかである。
原告は、昭和三三年一日一日、その商号を東京通信工業株式会社から現在のソニー株式会社に変更したものであるが、旧商号の当時から、その業務に係る商品であるトランジスターラジオ、テレビ、テープレコーダー等の電気通信機械器具について、「SONY」及び「ソニー」なる商標を使用していた。そして、右の「SONY」及び「ソニー」の標章は、本件商標の登録出願当時、すでに、長年にわたる継続使用と商品の優秀さから、国内はもとより世界各国において、周知著名な商標となつていたばかりでなく、原告の商号の略称としてもきわめて著名となつており、採択の根源が造語であるとしても、原告自身及びその商品を明示するものとして、世人に強い印象を与えるものとなつていた。そのため、本件商標に接する者は、「SONYAN」の表示から、原告の著名な商標及び略称として知つている「SONY」の文字を抽出して観念し、末尾の二文字「AN」は、一般に英語において「……の」という意味を表わす接尾語として知られている文字と同一であると考え、本件商標「SONYAN」をもつて、「SONY+AN」であると認識し、「SONYの」又は「ソニーの」という意味を表わすものと理解するであろうことは、わが国における英語の知識の普及度に照し明らかである。
(二) 本件商標は、これを使用した場合原告の業務に係る商品と混同を生ぜしめるおそれのある商標であつて、商標法第四条第一項第一五号の規定に該当するものというべきである。
本件商標は、前記のとおり、原告の著名な商標であるとともに著名な略称である「SONY」の表示を中心観念とする商標であり、しかも、本件商標の指定商品である織物、編物、フエルトその他の布地は、登録出願当時、原告がすでに業務上取扱つていた商品や、将来業務内容の拡張に伴つて取扱う蓋然性があつた商品と同一又は類似するものである。なお、原告及びその関連会社は、現に、「SONY」の表示を付した多種類にわたる繊維製品を製造販売し、あるいはサービス品として広く配布している。したがつて、本件商標「SONYAN」をその指定商品について使用した場合、取引者、需要者は、当該商品を原告又はその関連会社の取扱いに係る商品であるかのように認識し、その出所を混同するおそれのあることは明白である。
第三 被告らは、適式な呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。
第四 証拠関係<略>
理由
一<証拠>によれば、請求原因一、二の事実を認めることができる。
二そこで、本件審決に原告主張の取消事由があるか否かについて判断する。
<証拠>を総合すると、原告は、昭和二一年五月設立の当時はその商号を東京通信工業株式会社としていたが、その商品であるトランジスターラジオ、テレビ、テープレコーダー等電気通信機械器具の商標として、「SONY」の欧文字からなる造語標章及びその称呼を表わした「ソニー」の片仮名文字からなる標章を継続的に使用して来たところ、これらの標章が広く知られるようになり、昭和三三年一月商号自体を「ソニー株式会社」と変更し、爾来原告の商号の略称及び社標としても使用して、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、屋外広告塔等による広告、宣伝を大規模かつ積極的に行ない、また、原告がエサキ・ダイオードの研究開発や海外における関連企業の設立等により社会的に注目を集めた結果、「SONY」及び「ソニー」の標章は、国内的にも国際的にもきわめて著名となり、本件商標が登録出願された昭和三五年四月二一日当時すでに、「SONY」の標章は、一般世人の間において、原告が製造販売する商品の商標としてだけでなく、原告の略称としても広く認識され、これに接する者は直ちに原告を想起するまでに周知著名となつていたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
一方、本件商標「SONYAN」は、本件審決の認定するとおり、これを構成する各文字が同一の書体、大きさで、一連に表示されておおり、各文字の書体に格別の特異性はないものであるところ、六文字のうち、語頭からの四文字は、さきに認定した原告の著名な略称である顕著な造語表示「SONY」と一致しているのに対し、これに付随する語尾の二文字「AN」は、英語においては、「……の」「……の性質の」「……人」の意の語を形成する場合にしばしば用いられる形容詞及び名詞の接尾辞であつて、わが国における英語の知識の普及度に徴すると「AN」について右の語意を直感するにとどまる者の多いことも明らかである。してみると、本件商標は、一般世人がこれに接した場合、「SONYAN」の構成から、原告の著名な略称である「SONY」を容易に想起看取し、その主要部を「SO-NY」として理解する蓋然性がきわめて大きい構成のものであるといわざるをえない。
右のとおりである以上、本件商標は、他人の著名な略称を含む商標というべきものである。したがつて、被告らにおいて特段の主張、立証をしない本件においては、本件商標は、商標法第四条第一項第八号の規定に該当し、その登録は無効とされるべきものであるから、本件審決は、原告主張のその余の取消事由につき判断するまでもなく、違法として取消を免れない。
三<省略>
(荒木秀一 橋本攻 永井紀昭)
別紙<省略>