東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)203号 判決
一 請求原因(一)ないし(三)の事実(特許庁における手続の経緯、本件実用新案の要旨及び本件審決理由の要旨)については、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由の有無について検討する。
(一) 鋸山状の系止部について。
成立に争いのない甲第三号証(引用実用新案の出願公告公報)によれば、引用実用新案の登録請求の範囲は、「管の連結嵌合部にゴム・パツキングを嵌め込み該ゴム・パツキングの押輪と管の鍔縁とを螺子杆で軸長方向に螺締緊結させた管の継手装置に於て此の押輪に設けた各ブラケツトと管との間に楔形の押え片を挾在し、該押え片を各ブラケツトに管に対して直角状に螺挿した押え螺子と各ブラケツトの下面に設けた傾斜面とにより管の中心軸に向けて管の表面に押圧させる様なした管の逸脱防止用継手金具」であることが認められ、これには、前記争いのない本件実用新案の要旨との対比により本件実用新案の押子に対応すると認められる押え片の管に押圧される部分に、本件実用新案の押子の下部(管に押圧される部分)に設けられている「鋸山状の系止部」にあたるものを設ける旨の記載はない。しかし、押え片の下部と管との間のすべりを防止しなければならないことは右登録請求の範囲による引用実用新案の構成自体から明らかであり、一般にすべり防止のために係合面部を鋸刃状その他の粗荒面にするようなことは、各種の係合手段においてきわめて普通に行なわれていることであるばかりでなく、引用実用新案の詳細な説明及び図面中にも、その実施例として、押え片の下面を断面鋸刃状粗荒面としたものが記載され(前記甲第三号証第2欄第二〇ないし第二三行「押え片7の裏面即ち管1との接触面は管1と合致する様彎曲して粗荒面7例えば第3図に示す様な断面鋸刃状にする。」)、また、その作用効果として、「押え片7の裏面は彎曲して粗荒面7′にしてあるから押え螺子8を強く締め付けると管1の表面に一体的に喰い込み滑り動かない」(同号証第3欄第一四ないし第一六行)と記載され、引用実用新案の押え片としてそのような構造のものを予定していながらこれを登録請求の範囲に記載しなかつたと認められることからみても、押え片の下部にすべり防止のための鋸山状の系止部を設けることは単なる設計事項として普通に採用されている手段にすぎないとみるのが相当である。したがつて、本件実用新案に右系止部が附加されていることにより引用実用新案と本件実用新案との間に実質的差異があるとすることはできず、この点に関する審決の判断に誤りはない。なお、原告は、引用実用新案の詳細な説明中に原告指摘(請求原因(四)の1中)の記載があることから、引用実用新案は、押え螺子を強く締め付ける必要がなく、押え片の楔作用を利用するものであつて、本件実用新案の押子とは構成及び作用効果を異にする旨主張するが、引用実用新案の押え片7が押え螺子8によつて管1の周面に押圧されるものであることは被告主張の前記押え片の作用効果の記載から明白であり、これが押え螺子の締付力を利用することはいうまでもないから、これに反する原告の右主張は採用できない。
(二) 押子と押ネジによる押圧構造とすべり防止効果について。
1 前記争いのない本件実用新案の要旨と成立に争いのない甲第二号証(本件実用新案の出願公告公報)の明細書の記載及び図面とによれば、本件実用新案の押子3は、頂部に傾斜部を有するU陥部2に収容され、この傾斜部に対応して、押子3の頂部に傾斜部を設け、さらにその下部に鋸山状の系止部3aを並設したものであり、膨出部1aの頂部から押子に向け押ネジを螺合して押子の頂部傾斜部を押圧する構造をとることにより、「押ネジ4を回動下降させると押ネジ4の先端は押子3の傾斜部を押圧して押子3を下圧しその下部に並設した系止部3aは直管5の外周壁に喰い込む。従つてこれにより直管5の管軸心方向のすべりは完全に防止される。」(甲第二号証第2欄第五ないし第九行)という直管の管軸心方向のすべり防止効果(以下この効果を奏する力を「一次的すべり防止力」という。)を有するものであり、「又接続後に於いて瞬間的に直管5に軸心方向の力が作用しても前記の押子3の鋸山状の系止部3a並びにその頂部の傾斜部は押環1のU陥部2の傾斜部と接触して押子は直管の外周壁に更に喰い込み二重にそのすべりを防止抑制する。」(同号証第2欄第九ないし第一四行)という直管のすべり防止効果(以下この効果を奏する力を「二次的すべり防止力」という。)を有するものであることは認められる。なお、本件実用新案の図面(別紙(〔編註〕以下省略)第一図面第2図)には、押子の鋸山状系止部が管に喰い込んでいる状態で押子頂部の傾斜部とU陥部2の頂部の傾斜部とが接触(当接)しているように見えるものが図示されているが、これを前記明細書の記載と対比すると、同図面が本件実用新案の実施例を示すものとして必ずしも正確なものということができないと考えられ、本件実用新案が押ネジ4で押子3の頂部を押圧するものである以上、押子3の頂部の傾斜部とU陥部2の頂部の傾斜部とが常時当接するものとみることはできず、また、仮に右両傾斜部に隙間のない状態がありうるとしても、その状態から押ネジ4を螺回すれば螺回の進行に伴つて両傾斜部間に隙間の生ずることは明白であるから、右図面は、前記認定を左右するに足りない。しかしながら、右の一次的すべり防止力と二次的すべり防止力とが途切れることなく連続的に働く構成のものであるとの原告主張の点については、本件実用新案の明細書中になんら記載がなく、その他にもこれを認めるに足る資料がない。すなわち、前認定の事実により、本件実用新案において、直管5を接続した後に直管5にその管軸心方向の力が作用して直管5が逸脱しようとする場合を考えれば、管軸心方向の力が押ネジ4による押子3の頂部の傾斜部への押圧作用に基く一次的すべり防止力に相当する大きさの力以下であれば、押子3と直管5とがすべり動くことは防止されるが、それより大きい力の場合には、直管5及び押子3が管軸心方向(別紙第一図面第2図において左方向)へ移動するところ、押子3の頂部は傾斜部であるから、押ネジ4の先端部により次第に強力に圧下され(以下この押子3が管軸心方向へ移動することにより増加するすべり防止力を「一次附加的すべり防止力」という。)、鋸山状系止部3aがより強く直管5の外周壁に喰い込み、直管5のすべり防止力を増大し、その大きさが管軸心方向の力すなわち管逸脱力に対応する値を超えるに至れば、直管5及び押子3が管軸心方向への移動を停止し、押ネジ4により押環1に対して直管5を固定することになるけれども、直管5に加わる管軸心方向の力がさらに増大すると押ネジ4による一次的すべり防止力及び一次附加的すべり防止力では直管5及び押子3の管軸心方向への移動を防止できなくなるので、直管5及び押子3は管軸心方向へさらに移動し、ここで押子3の頂部の傾斜部が押環1のU陥部2の頂部の傾斜部に当接して押子3に圧下する力が加わり押子3の鋸山状系止部3aは直管5の外周壁にさらに喰い込み、二次的すべり防止力により、二重にそのすべりを防止することになる。ところで、二次的すべり防止力を働かせるためには、押環1のU陥部2の頂部の傾斜部よりU陥部2内に突出する押ネジ4先端部の突出長さ(この長さは、U陥部2の傾斜部と押子3頂部の傾斜部との間隔と実質上等しいものとみられる。)が僅かである等の理由で、押ネジ4先端部及びその当接する押子3の傾斜部が弾性変形等により一次附加的すべり防止力を分担しながらU陥部2の傾斜部と押子3の傾斜部とが当接することになるか、押ネジ4の先端部が前記一次附加的すべり防止力に基づく何らかの理由でU陥部2内から押環1の膨出部1a内に後退し、U陥部2の傾斜部に押子3の傾斜部が当接することになる必要があると一応推測されるが、どのような条件を設定すれば右のように機能させることができるかについては、本件実用新案の明細書及び図面中には具体的な記載がないので明らかでなく、少なくとも登録請求の範囲に記載された構成のみでは常に一次的すべり防止力及び一次附加的すべり防止力を途切らせることなく、連続して二次的すべり防止力を附与させることができるとすることはできない。なお、原告は、一次的すべり防止と二次的すべり防止が押子3の傾斜部という同一部位で行なわれるとの点を引用実用新案との差異として指摘し、これにより、一次、二次の防止力が途切れることなく働く旨主張するが、本件実用新案においても、押子3の頂部傾斜部のうち、一次的すべり防止力に関与するのは、押ネジ4の先端が当接する部分のみであるのに対し、二次すべり防止力は、U陥部2の傾斜部が当接する部分全体(実施例では押子3の傾斜部の大部分)と考えられるから、必ずしも同一部位ということはできないばかりでなく、同一部位で一次、二次の各すべり防止を行なうからといつて、両防止力が途切れることなく連続的に働くという必然性はないから、右主張は理由がない。さらに、原告は、押ネジ4と押子頂部の傾斜部との系止状態が失われる例を示すものとして、押ネジ4の先端の圧潰変形、押ネジ4が押環1のU陥部2の傾斜部内すなわち膨出部1a内に押し戻されること若しくは押ネジ4の先端によつて押子3の頂部の傾斜部の当接部分を削取する場合等を挙げるが、これらについては明細書中に具体的な記載がないばかりでなく、右のような状態が発生した場合における押子3頂部の傾斜部への一次的すべり防止力及び一次附加的すべり防止力がどのようになるか、さらには、それと二次的すべり防止力との関係がどのようになるか、というすべり防止力の変移状態が明らかでなく(例えば、押ネジ4の先端が圧潰され又は押子3の傾斜部が削り取られる場合には、そのような状態の発生と同時に、押ネジ4による押子3の押圧力すなわち一次的及び一次附加的すべり防止力は、ただちに消失するものと考えられる。)、少なくとも、前記のような状態が発生する瞬間(すなわち一次的及び一次附加的防止力の消失する瞬間)にU陥部2の傾斜部に押子3の傾斜部が当接し、二次的すべり防止力を作用させ、その間押子3の傾斜部を押圧する力を常に確実に連続附与することができるとみるのは困難である。
そうすると、審決が、本件実用新案と引用実用新案との間における右の構成上の相違点を看過したという原告の主張は、その前提とする本件実用新案の要旨の解釈の誤りに基づくもので、理由がないものといわなければならない。
2 仮に、見方を変えて、本件実用新案におけるすべり防止の状態が以上認定のようなものであつても、これを一次的及び一次附加的すべり防止力と二次的すべり防止力とが連続的に機能するものであると理解するならば、引用実用新案も同様な機能を奏する構成のものということができるので、この場合においても、右の点を両者の相違点として摘示しなかつた審決に誤りはない。すなわち、引用実用新案は、その登録請求の範囲記載の構成、ことに、「此の押輪に設けた各ブラケツトと管との間に楔形の押え片を挾圧し、該押え片を各ブラケツトに管に対して直角状に螺挿した押え螺子と各ブラケツトの下面に設けた傾斜面とにより管の中心軸に向けて管の表面に押圧させる様なした」(甲第三号証第4欄第一九ないし第二三行)構成を具備することにより、詳細な説明の記載(押輪4に設けた各ブラケツト5……5と管1との間に楔形の押え片7を挾圧し、該押え片7を各ブラケツト5……5に管1に対して直角状に螺挿した押え螺子8と各ブラケツト5……5の下面に設けた傾斜イ´´、イ´´面(「イ、イ面」とあるのは、甲第三号証第2欄第一五行、同第2図、第3図の記号と対比して、誤記と認める。――本判決注)とにより管1の中心軸に向けて管1の表面に押圧させたから管1に押え螺子8の締め付け力又締め付け保持力以下の荷重がかゝつた時は此の螺子8で管1の逸脱を防止し」(甲第三号証第3欄第二二行ないし第4欄第五行)という一次的すべり防止及び同記載「管1に押え螺子8の締め付け力又は締め付け保持力を上廻る抜け出し荷重がかゝつた時は押え片7と傾斜イ´´面(「イ面」とあるのは前同様誤記と認める。――本判決注)との楔作用で管1の逸脱を確実に防止することができる。」(同号証第4欄第五ないし第八行)という二次的すべり防止をするものと認められ、右の二次的すべり防止の力が一次的すべり防止の力に連続して機能するものと理解することができるばかりでなく、引用実用新案の図面には、その実施例として、押え螺子8の先端を当接させる押え片7の蟻溝ロ下面を傾斜面にしないものが示されている(別紙第二図面第3図)ことからも明らかなように、押え螺子8による締め付け力又は締め付け保持力を上廻る抜け出し荷重がかかつたとき、両者の係合状態すなわち一次的すべり防止力を維持しながら押え片7と管1とを管軸心方向(同図において左方)へ移動させ、押え片7の傾斜面イとブラケツト5の傾斜面イ´´とを当接させ、両者の楔作用により二次的すべり防止力を一次的すべり防止力に連続させて作用させうるようにしているものということができるから、この場合においても本件実用新案と相違はない。
(三) 以上のとおりで、本件審決には、原告主張の点について判断の誤りはなく、これを取り消すべき違法はないから、その取消を求める原告の請求は理由がない。
三 よつて、原告の請求を棄却することとする。