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東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)220号 判決

原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

1 原告主張の1の点について

いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証の一ないし五、第六号証によれば、貴島静正外一名作成の実験報告書(一)ないし(五)(以下、「貴島報告書(一)ないし(五)」と略記する。)は、いずれも昭和五二年二月一七日に作成されたものであること、昭和薬科大学薬品化学研究室津田喜典外一名作成の実験報告書(以下、「津田報告書」と略記する。)は、昭和五〇年七月一八日に作成されたものであることが認められ、右各報告書は、いずれも本件発明の出願後に作成されたものであることが明らかである。

ところで、前掲甲第五号証の一によれば、貴島報告書(一)は、ビタミンEを、オキシ塩化リンの存在下に、ニコチン酸と反応させて、ビタミンEニコチン酸エステルを製造し、それを確認したものであること、同号証の二によれば、貴島報告書(二)は、ビタミンEを、塩化チオニルの存在下に、ニコチン酸と反応させて、ビタミンEニコチン酸エステルを製造し、それを確認したものであること、同号証の三によれば、貴島報告書(三)は、ビタミンEを、ベンゼンスルホン酸クロライドの存在下に、ニコチン酸と反応させて、ビタミンEニコチン酸エステルを製造し、それを確認したものであること、同号証の四によれば、貴島報告書(四)は、ザ・ジヤーナル・オブ・ジ・アメリカン・ケミカル・ソサエテイー第七七巻第六二一四頁、第六二一五頁(乙第三号証)に記載されたとおりの反応条件により、ビタミンEを、パラ―トルエンスルホン酸クロライドの存在下に、ニコチン酸と反応させて、ビタミンEニコチン酸エステルを製造し、それを確認したものであること、同号証の五によれば、貴島報告書(五)は、ビタミンEを無水トリフルオロ酢酸の存在下に、ニコチン酸と反応させて、ビタミンEニコチン酸エステルを製造し、それを確認したものであることが認められる。

一方、成立に争いのない乙第一号証によれば、オキシ塩化リン、塩化チオニル及び無水三フツ化酢酸(無水トリフルオロ酢酸と同じ)は、いずれもカルボン酸とフエノール化合物とを反応させてエステルを製造する際に添加する物質として、本件発明の出願前に知られていたものであることが認められる。また、成立に争いのない乙第三号証によれば、ベンゼンスルホン酸クロライド及びトルエンスルホン酸クロライド(トルエンスルホン酸クロライドには、構造上の相違による三種類の化合物があり、パラ―トルエンスルホン酸クロライドはその一つである。)は、いずれもカルボン酸とフエノール化合物とを反応させてエステルを製造する際に添加する物質(エステル化触媒、脱水縮合剤)として、本件発明の出願前に知られていたものであることが認められる。

前掲甲第五号証の一ないし五によれば、貴島報告書(一)ないし(五)の実験では、ピリジンが溶媒として使用されているが、前掲乙第三号証及び成立に争いのない乙第五号証によれば、ピリジンは、カルボン酸とフエノール化合物とを反応させてエステルを製造する際に使用する溶媒として、本件発明の出願前に知られていたものであることが認められる。

右認定の事実によれば、貴島報告書(一)ないし(五)は、いずれもビタミンEをニコチン酸と反応させる点を別にして、本件発明の出願前に知られている技術に基づく実験結果の報告を内容とするものであるということができる。

次に、前掲甲第六号証によれば、津田報告書は、トコフエロール(ビタミンEと同じ)とニコチン酸とから、脱水縮合試薬として一九六一年(昭和三六年)までに一般的に知られている物質を用い、一工程でニコチン酸トコフエロール(ビタミンEニコチン酸エステルと同じ)を合成できるか否かを検討したものであり、縮合剤として、パラトルエンスルホン酸クロリド(パラ―トルエンスルホン酸クロライドと同じもの)、クロル炭酸エチル(クロルギ酸エチル)、無水トリフルオロ酢酸を用い、溶媒として、ピリジン、DMF及びベンゼンを使用したものであることが認められる。しかして、既に認定したところによれば、津田報告書で用いられた縮合剤中で、少なくともパラトルエンスルホン酸クロリドと無水トリフルオロ酢酸とは、いずれもカルボン酸とフエノール化合物とを反応させてエステルを製造する際に添加する物質(エステル化触媒、脱水縮合剤)として、本件発明の出願前に知られていたものであり、同じく溶媒中で、少なくともピリジンは、カルボン酸とフエノール化合物とを反応させてエステルを製造する際に使用する溶媒として、本件発明の出願前に知られていたものである。

右認定事実によれば、津田報告書も、ビタミンEをニコチン酸と反応させる点を別にして、脱水縮合剤としてパラトルエンスルホン酸クロリド及び無水フルオロ酢酸のいずれかを用い、溶媒としてピリジンを用いるものは、本件発明の出願前に知られている技術に基づく実験結果の報告を内容とするものであるということができる。

そうであれば、貴島報告書(一)ないし(五)及び津田報告書は、本件発明の出願後に作成されたものであるが、いずれも、ビタミンEをニコチン酸と反応させる点を別にして、その内容は本件発明の出願前の技術によるものであるから、本件発明の出願時の技術水準を認定する資料として差支えないものというべきである。

原告主張の1の点は理由がない。

2 原告主張の2の点について

審決は、本件発明の出願時の技術水準について、「フエノール性水酸基は第一アルコール性水酸基に比してエステル化し難いことは周知の事実である。そして、このようなエステル化し難い水酸基をエステル化するにあたつては、遊離の酸を用いるよりは反応性酸誘導体の形で用いる方法が行なわれていること、エステル化が行なわれ難い場合には各種エステル化触媒を用いて反応を実施することが、本件発明の出願前に知られていた(乙第1号証ないし第3号証)。」と認定し、次いで、本件発明の特定化合物ニコチン酸と特定化合物ビタミンEとの組合せについてエステル化の可能性を検討し、証拠(貴島報告書(一)ないし(五)及び津田報告書)に基づいて、「オキシ塩化リン、チオニルクロライド、ベンゼンスルホン酸クロライド、P―トルエンスルホン酸クロライドをエステル化触媒として用いると、VEとニコチン酸とから収率や反応機構の問題は別として一段階でVE―ニコチン酸エステルが生成することが認められる。」としているのであるから、原告が、審決はエステル化反応の一般論から直ちに、本件発明の特定化合物ビタミンEと特定化合物ニコチン酸とのエステル化の可能性を認めたと主張するのは、理由がない。

前掲乙第一号証及び第三号証によれば、一般に、カルボン酸とフエノール化合物を反応させてもエステルを生成し難いので、本件発明の出願前においても、種々のエステル化触媒を加えて反応を行なわせ、エステルを生成させていたところ、オキシ塩化リン、塩化チオニル、無水三フツ化酢酸、ベンゼンスルホン酸クロライド及びパラ―トルエンスルホン酸クロライドは、いずれも右のエステル化触媒として、本件発明の出願前に知られていたものであることが認められる。しかして、前掲甲第五号証の一ないし五及び第六号証によれば、これら出願前公知の五種類のエステル化触媒を使用すれば、ビタミンEとニコチン酸とからエステルを製造することができるものと認められる。これに反する甲第一二号証及び第一三号証は、成立に争いのない乙第四号証及び第五号証の内容に照らし、採用することはできず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、ビタミンEにニコチン酸を反応させてビタミンEニコチン酸エステルを製造することは、本件発明の出願時において、実施可能なものであつたというべきである。

原告主張の2の点も理由がない。

右のとおりである以上、本件発明のいわゆる直接法は、本件発明の出願時において、当時の技術により実施可能なものであつたのであるから、本件発明の明細書の発明の詳細な説明に、いわゆる直接法が明文をもつて記載されていなくても、当業者が容易に実施できる程度の構成の記載を欠くものと論難することは失当であり、この点に特許法第三六条第四項違反はなく、また、いわゆる直接法を反応性酸誘導体法と並記した本件発明の特許請求の範囲の記載が同法第三六条第五項の規定に違反するものでもない。原告の主張は理由がない。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本件における特許請求の範囲および審決理由の要点は左のとおりである。

本件発明の特許請求の範囲

ビタミンEにニコチン酸またはその反応性酸誘導体を反応させることを特徴とするビタミンEニコチン酸エステルの製法。

本件審決の理由の要点

(請求人の主張)

本件発明の特許請求の範囲は、前項記載のとおりである。

したがつて、本件発明には、ビタミンE(VE)に、ニコチン酸それ自体を反応させる方法、すなわち直接法と、ニコチン酸の反応性酸誘導体を用いる方法、すなわち反応性酸誘導体法の二方法が並列的に包含されている。

しかるに、明細書の発明の詳細な説明には、反応性酸誘導体法は具体的に説明されているものの、直接法については何も記載されていない。

本件発明の特許権者自身、VEにリノール酸を反応させる方法を本件発明の特許出願後に出願して(特公昭四六―三九六八七号)、それで直接法の効果を反応性酸誘体法に比して誇示している。このことは本件発明の直接法がその出願時に実施不能であつたことを示している。

「シンセテイツク オルガニツク ケミストリー」一九五三年度版第四八〇頁、「有機薬品製造化学」第四六一頁ないし第四八〇頁に、直接法はフエノールでは認識できる程度には反応しない旨の説明があり、また、「ヘルベチカ シミカ アクタ」第二二巻第六五頁ないし第六八頁にはVEのエステル体の製造について反応性酸誘導体法を通常のエステル化法と説明している。さらに、請求人会社所属の者が調査したところでもVEのエステル化は反応性酸誘導体法によつている(藤本導太郎作成の調査報告書)。藤本導太郎作成の実験報告書によると、VEとニコチン酸とは加熱、または溶媒中で加熱および種々の触媒を用いても反応しないとされている。

したがつて、本件発明の特許出願時には、反応性酸誘導体法が成功したからといつて、直接法で成功することまでは自明でなく、直接法を反応性酸誘導体法と並記した本件発明の明細書の特許請求の範囲の記載は特許法第三六条第五項の規定に違反しており、本件特許はその点で無効とされるべきものである。

(被請求人の主張)

本件発明の本質は新規な有用性あるVE―ニコチン酸エステルを製造することであるから、本件発明の特許請求の範囲の記載の主旨は、VEとニコチン酸とを出発物質として、この二つのエステル構成成分を公知のエステル結合方法を用いて反応させて、新規なVE―ニコチン酸エステルを製造する方法と解すべきであり、請求人主張のような二つの方法から成るものではない。

実施例は、発明の実施態様の一例を示すにすぎない。エステル化の酸塩化物法、酸無水物法はエステル化の最も典型的な方法であるから、本件発明の実施態様として、それによるエステル化を掲げたことは理に適つたものである。

フエノール性水酸基は第一アルコール性水酸基に比して、遊離のカルボキシル基と反応し難いが、「反応別有機化合物実験法集成」第三七五頁(乙第1号証)、「シンセテイツク オーガニツク ケミストリー」第四八〇頁、第四八一頁(乙第二号証)、「ザ ジヤーナル オブ ジ アメリカン ケミカル ソサエテイー」第七七巻第六二一四頁、第六二一五頁(乙第3号証)に記載されているように、適当な触媒を用いれば、フエノール性水酸基と遊離のカルボン酸とが反応することは、本件発明の出願前周知の事実である。

なお、特公昭四六―三九六八七号の発明は、公知の物質であるVE―リノール酸エステルを高収率で得ようとすることを目的とするものであつて、新規物質の創造を目的とする本件発明と技術的課題が異なるので、その存在は本件特許の成否と関係がない。

(判断)

酸ハロゲン化物、酸無水物を経由して水酸基をエステル化する方法も、酸自体を直接反応させる方法も、一般的にみた場合、エステルを製造する方法としては常法であるから、本件発明の特許請求の範囲の文言で表わされた技術的内容としては、VEにニコチン酸それ自体を反応させてVE―ニコチン酸エステルを製造する方法が含まれていることは明らかである。

ところで、本件発明の明細書には、実施例1としてニコチン酸クロライドを、実施例2として無水ニコチン酸を用いる方法が記載されているにとどまり、ニコチン酸それ自体を用いる実施例は記載されておらず、製造方法に関する一般的説明としても、「ビタミンEとニコチン酸を公知の方法、例えば酸クロライド法、酸無水物法などでエステル結合させる」との記載があるのみである。

しかしながら、本件発明の明細書には、VEは凍傷、しもやけ、冷え症等の良好な治療剤として、またニコチン酸は血圧降下剤として考慮されているが、作用は持続性が期待できないことが知られていたことを前提とし、血管拡張作用を増強し、かつ持続的で副作用の小さい末梢血管拡張剤が望まれていたとし、そして本件発明においては、VE―ニコチン酸エステルが上記目的に適うものであることを見出してなされたものであると説明されている。これら本件発明の目的に関する説明と、上記のように製造方法に関しては、VEとニコチン酸を公知の方法、例えば酸クロライド法、酸無水物法などでエステル結合させると記載されているにとどまることを考慮すると、本件発明は、新規なVE―ニコチン酸エステルを提供することを主要な目的とし、その製造方法に関しては、VEとニコチン酸とを原料とするならば、それはエステル化の常法によつてその目的を達成でき、エステル化手段自体には格別の工夫を要しないと、当業者ならば理解するであろう。

かくしてみると、本件発明の明細書に全ての公知のエステル化手段を用いたVE―ニコチン酸エステルの製造方法が充分には説明されていないが、本件発明の目的及びそれを達成するための手段は一応記載されているから、本件発明の明細書の記載をみるかぎりでは、それが直ちに不適切であるとはいえない。

次に、本件発明の出願時の技術水準についてみると、フエノール性水酸基は第一アルコール性水酸基に比してエステル化し難いことは周知の事実である。そして、このようなエステル化し難い水酸基をエステル化するにあたつては、遊離の酸を用いるよりは反応性酸誘導体の形で用いる方法が行なわれていること、エステル化が行なわれ難い場合には各種エステル化触媒を用いて反応を実施することが、本件発明の出願前に知られていた(乙第1号証ないし第3号証)。

したがつて、当業者が本件発明のVE―ニコチン酸エステルを製造しようとすれば、いわゆる反応性酸誘導体を用いる方法を採用することを最初に考えるであろうが、ニコチン酸それ自体から出発することを意図するならば、フエノール性水酸基がエステル化し難いことから当然に適当なエステル化触媒を用いなければならないと考えるであろう。

なるほど、過去においてはVEのエステル化にあたつては反応性酸誘導体を用いる方法のみが行なわれていたであろうが、それは前述したとおり、フエノール性水酸基が遊離の酸でエステル化し難いので、あえて反応し難いとする常識に反してまで直接法を用いる必要がなかつたためと解される。請求人も、少なくとも昭和五〇年頃には適当なエステル化触媒を用いればVEとニコチン酸との反応が実施できることは認めている。

「貴島静正外一名作成の実験報告書(一)ないし(五)」及び「昭和薬科大学薬品化学研究室津田喜典外一名作成の実験報告書」によれば、オキシ塩化リン、チオニルクロライド、ベンゼンスルホン酸クロライド、P―トルエンスルホン酸クロライドをエステル化触媒として用いると、VEとニコチン酸とから収率や反応機構の問題は別として一段階でVE―ニコチン酸エステルが生成することが認められる。

そうであれば、乙第1、第2号証に代表的エステル化触媒として挙げられているエステル化触媒を用いれば、いわゆる直接法であつても目的生成物は得られると認めざるをえない。

以上を総合すると、本件発明の出願時においても本件発明のいわゆる直接法は容易に実施できるものと認められ、本件発明は発明未完成であつたとすることはできず、また明細書の記載は必ずしも充分ではないが、当業者が追試実施することができないほど不備なものとすることはできない。

右のとおりである以上、本件特許は特許法第三六条第五項の規定に違反するものではなく、本件審判請求は理由がない。

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