東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)7号 判決 1985年12月17日
原告 林周盛
被告 日本弁護士連合会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立て
一 原告
1 金沢弁護士会の原告に対する昭和五一年九月九日付け懲戒の処分に係る原告の審査請求について、被告が昭和五二年一〇月一一日付けをもつてした裁決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
二 被告
主文と同旨の判決を求める。
第二主張
一 原告の請求原因
1 原告は、金沢弁護士会に所属する弁護士であるが、同弁護士会は、昭和五一年九月九日、原告に対し、一か月間弁護士業務を停止する旨の懲戒の処分を行つた(この処分を、以下「原処分」という。)。原告は、同月一〇日、その懲戒書の送付を受けたので、同年一一月六日、被告に対し審査請求をした。被告は、昭和五二年一〇月一一日、右審査請求を棄却する旨の裁決を行い(この裁決を、以下「本件裁決」という。)、原告は、同月二八日、その裁決書の送達を受けた。
2 しかしながら、原処分に至るまでの金沢弁護士会における懲戒手続は公正を欠く違法のものであり、原処分は、原告を懲戒すべき事由がないのに、誤つた事実認定等を前提として行われたものであつて、いずれにしても原処分は違法であるから、原処分を相当とした本件裁決もまた違法である。
3 よつて、原告は、本件裁決の取消しを求める。
二 被告の認否及び抗弁
(認否)
請求原因1の事実は認める。
同2の主張は争う。
(抗弁)
1 原処分における懲戒事由は、次のとおりである。
(一) 訴外金紡産業株式会社(以下「金紡」という。)は、昭和四三年一二月中、不渡手形を出して倒産したところ、その後間もなくのころ、原告は、金紡の債権者委員会(以下単に「債権者委員会」という。)から、その傘下の債権者らの金紡に対する各債権の回収につき委任を受けた。原告は、右のとおり委任を受けた任務(以下「本件任務」という。)の遂行に務め、昭和四四年中に総額二一七〇万九四一五円を回収し、債権者らに分配すべき預り金として確保するに至つた(この預り金を、以下「本件預り金」という。)。
ところで、原告は、本件任務を受任するに当たり、報酬は回収された金額のうちから受けることになつていたにすぎず、債権者委員会との間において報酬契約を交わしていたわけではなかつた。したがつて、原告が本件任務について受けることのできる報酬は、金沢弁護士会報酬規定(以下「報酬規定」という。)九条に定める報酬額の標準の限度内とすべきであり、しかも、本件任務は倒産会社に対する債権の回収であるから、名目的な債権額は多くとも、実際に回収できる金額は大幅に減ずることが当初から予想されていたので、相当報酬額の算定に当たつては現実の回収額を基礎とするのが当事者の意思であつたと解するのが合理的である。しかるところ、債権回収実額は前記のとおり二一七〇万九四一五円であつたから、原告が受け得る報酬は、報酬規定九条三(二)により、二五二万五九四一円であるにもかかわらず、原告は、右金額より三四九万九一六五円も多い六〇二万五一〇六円を本件任務の報酬として本件預り金から控除して取得した。
(二) 更に、原告は、本件預り金から、本件任務の遂行に要した諸経費等を控除してこれを取得若しくは費消したが、その中には、本来本件任務の経費として債権者委員会に請求できる性質のものではない電話料金六万八二四九円、金紡関係訴訟費用一〇〇万四三〇〇円、書類作成費六九万五五〇〇円(合計一七六万八〇四九円)が含まれていた。 (三) 原告の右(一)(二)の各所為は、いずれも、金沢弁護士会の信用を害し、弁護士としての品位を失うべき非行に当たるばかりか、右(一)の所為は、金沢弁護士会の会則(報酬規定)に違反するものである。
2 被告は、その懲戒委員会の議決に基づき、原処分を相当と認めて原告の審査請求を棄却したのである。
三 抗弁に対する原告の認否及び主張
(認否)
1 抗弁1のうち、原処分において懲戒事由とされているところが、同1の(一)ないし(三)のとおりであることは、認める。
2 同1の(一)のうち、金紡が昭和四三年一二月中に倒産したこと、原告が、その後間もなくのころ、金紡に対する債権者ら(その範囲の点は除く。)の各債権の回収事務を受任し、その遂行に務め、昭和四四年中に総額二一七〇万九四一五円を回収し、債権者らに分配すべき預り金として確保するに至つたこと、原告が、本件預り金から、右受任事務遂行の報酬として、六〇二万五一〇六円を控除して取得したことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。
同1の(二)のうち、原告が本件預り金から右受任事務遂行に要した諸経費等を控除して取得若しくは費消したが、その控除額の中に、電話料金等、被告主張のとおりの各費目に係る各金額合計一七六万八〇四九円が含まれていることは認めるが、その余の点は争う。
同1の(三)の主張は争う。
3 同2の事実は認める。
(主張)
1 原告が本件任務を受任したのは、債権者委員会からではなく、金紡に対する債権者八三名それぞれから各別に受任したものである。
そして、本件任務に対する報酬については、右債権者八三名が、原告と取決めを交わす権限を債権者委員会に一任していた関係から、原告は、昭和四四年五月三〇日、債権者委員会第二回会議の席上、同委員会に対し、書類作成費、旅費、日当その他の実費は別とし、回収額を基準として、集金分については二割五分、裁判手続を経たものについては三割の報酬を受ける旨を申し入れて債権者委員会の承諾を得ていたものであり、仮に、右承諾の事実が認められないとしても、原告は、同年九月一四日開催の債権者委員会第三回会議の席上においても右申入れについての説明をしたのに、その前後を通じて債権者委員会から右申入れにつき何らかの異議が述べられたことはなかつたから、右申入れは暗黙のうちに承諾されたものである。
2 原告と、債権者八三名から一任されていた債権者委員会との間の報酬契約の成立が認められないとしても、原告が本件預り金から控除して取得した報酬は、報酬規定に違反するものではない。
(一) 原告は、昭和四四年一月一八日付けをもつて、債権者八三名のうち、もともと金紡に対する協力工場経営者であつた二六名の者から、それぞれの金紡に対する各債権(総額一億一〇一一万六三三〇円)を債権者委員会委員長谷弥一に信託的に譲渡する旨の契約書を作成させ、同月二一日、谷弥一名義により金紡との間に和解契約を締結し、谷弥一が金紡に対し一億一〇一一万六三三〇円の金銭債権を有することを確定し、これを準消費貸借の目的として金紡が谷弥一に返済する旨の、執行認諾条項のある公正証書を作成し、金紡との間の債務名義を獲得した。
この分の報酬は、報酬規定九条三(二)の和解の場合に準じて算定すると、四一八万〇四〇八円までは同規定に違反しないものである。
(二) 原告は、谷弥一を債権者、金紡を債務者、訴外株式会社十字屋(以下「十字屋」という。)を第三債務者とする金沢地方裁判所昭和四四年(ル)第二三号、同年(ヲ)第二八号債権差押取立命令事件及び右事件による取立額に係る同裁判所同年(リ)第三号配当手続事件により、債権者八三名のうち四九名のために、目的額合計一二一六万三三五二円につき、合計八六五万八七一三円を回収した。
この分の報酬は、報酬規定九条三(二)のうち強制執行事件についての定めにより、手数料一五七万一三三五円、謝金一二二万〇八七一円の合計二七九万二二〇六円までは右規定に違反しないものである。
なお、金紡の十字屋に対する売掛代金債権は、金紡から三井信託銀行に譲渡された旨の確定日付けのある通知が十字屋に送付されており、他方、同銀行は、昭和四四年三月八日、金沢地方裁判所から、金紡を債務者、十字屋を第三債務者として右売掛代金債権につき仮差押決定を得ていたため、原告は同銀行に交渉して右通知に係る債権譲渡が無効であることを認めさせ、かつ、右仮差押申請を取り下げさせ、これにより十字屋に対する金紡の債権の回収が円滑に行われるように図つたものである。
(三) 原告は、谷弥一を債権者、金紡を債務者、訴外金沢市を第三債務者とする金沢地方裁判所昭和四四年(ル)第一〇三号、同年(ヲ)第一二六号債権差押取立命令事件及び右事件による取立額に係る同裁判所同年(リ)第六号配当手続事件により、債権者八三名のうち五七名のために、目的額合計三四五万五〇五九円につき、合計二七九万六三五三円を回収した。
この分の報酬は、前同様の定めにより、手数料三一万一六二九円、謝金二六万二二二六円の合計五七万三八五五円までは報酬規定に違反しないものである。
(四) 原告は、債権者八三名の債権回収の手段として、全国に散在する一四〇店にも及ぶ金紡の得意先に対する売掛代金を集金するため、金紡から右売掛代金債権を債権者委員会委員長谷弥一に譲渡する等の方策を講じ、その目的額合計三〇九八万〇六四〇円につき、合計七七五万四三四九円を現実に集金回収した。
この分の報酬は、報酬規定九条三(二)の定めにより、手数料一七二万六五三二円、謝金五六万五二一五円の合計二二九万一七四七円までは同規定に違反しないものである。
(五) 原告は、債権者八三名のために、三井信託銀行から四〇万円、住友信託銀行から一〇万円をそれぞれ回収した。
この分の報酬は、前同様の定めにより、手数料及び謝金の合計一三万五〇〇〇円までは報酬規定に違反しないものである。
(六) 原告は、日本橋福祉センターのアパート売却処分により二〇〇万円を回収した。
この分の報酬は、一〇万円が相当である。
(七) 右(一)ないし(六)の各報酬合計一〇〇七万三二一六円は、報酬規定九条三(一)の定めにより報酬の上限(超過禁止)とされている目的の価額の五割の範囲内であり、原告が現実に取得した報酬六〇二万五一〇六円は、右合計額の範囲内であるから、何ら報酬規定に違反するものではない。
(八) 仮に、右(一)ないし(六)のように個別的に報酬額を算定する方法が相当でないとしても、債権者八三名の債権総額は四億四〇九七万二〇六九円であり、報酬規定九条三(一)の「目的の価額の算定は受任の際における時価又は現実に受ける利益を標準とする。」との定めに従つたとしても、その額は四八五九万九〇五一円であり、債権回収実額は二一七〇万九四一五円であるから、これを基準として算定される報酬は、同九条三(一)の定めにより、手数料五二一万四九〇五円、謝金二五二万五九四一円の合計七七三万一八四六円である。
したがつて、いずれにしても、原告の取得した報酬は、報酬規定に違反するものではない。
(九) 原処分は、原告の本件任務を一件としてその報酬相当額を算定しているが、受任事件の個数については報酬規定自体不明確であり、原告に対しては債権者八三名から各別に委任状が提出されていること、各債権者の具体的事情はそれぞれ異なること、原告は、八三名の各債権額及びそれぞれの内容について調査をする一方、そのうち五七名分の債権については、それぞれを各別に金紡との間の準消費貸借の目的として、金紡の昭和四三年一二月三一日付け借用証書を作成させ、その余の二六名分については(一)のとおり公正証書を作成したこと等の諸事情にかんがみると、原告の受けるべき報酬について原処分の採つた算出方法は、客観的妥当性を欠くものである。
3 原告は、本件任務につき不当に高額の経費を計上したようなことはない。
(一) 被告主張に係る電話料は、原告が債権者委員会の事務所の電話料を立替支払した分である。原告は、債権者委員会が電話加入権を有する金沢六二局一九九八番の管理について委任されたことはないから、右電話について原処分がいうような善管注意義務を負うものではない。
(二) 被告主張に係る金紡関係の訴訟費用は、原告に白紙委任した債権者八三名の利益を擁護し、他の債権者の不当な債務名義獲得を阻止し、又は遅延させるために必要であつたものである。なぜならば、右八三名以外の債権者が金紡に対する債務名義を取得した場合、金紡から債権者委員会に信託的に譲渡されている金紡の売掛代金債権は、債務名義を取得した債権者から、善意であるとして差し押さえられる危険性があるし、更にまた、いずれかの債権者による破産申請により金紡に対し破産宣告の決定があつた場合には、他の債権者が不当な債務名義を取得していると、原告に委任した八三名の正当な権利が不当に害されることになるからである。しかも、原告が金紡の代理人として金紡に対する訴訟に応訴することは、債権者委員会の同意の下に行われたものであるから、その費用を本件預り金から控除して取得することは、違法でも不当でもない。
(三) 被告主張に係る書類作成費は、事件処理の具体的事情から考えて相当のものであり、仮に、それが比較的に高いとしても、債権者委員会の承諾を得ているから、いずれにしても、懲戒事由に該当するほどの問題ではない。
(四) しかも、原告が本件任務について計上した諸経費は三九三万八三九八円であるところ、これを原告が報酬として取得した六〇二万五一〇六円に加算してみても、その額は九九六万三五〇四円にすぎず、前記2(七)のとおり原告が本来正当に取得し得る報酬一〇〇七万三二一六円の範囲内であるから、右諸経費の計上をもつて違法・不当とされる筋合ではない。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
原告は、原処分に至るまでの金沢弁護士会における懲戒手続は公正を欠く違法のものであると主張するので、まずこの点につき検討するに、いずれも成立に争いのない甲第一一〇ないし第一一六号証、第一一九、第一二一、第一二三、第一二五、第一二七、第一二九、第一三一号証、第一四二ないし第一四七号証(第一四二ないし第一四七号証については、原本の存在についても争いがない。)(なお、乙第一四、第一七、第二二号証)、乙第五号証、第七ないし第一三号証、第一五、第一六、第二六号証によれば、原処分に至るまでの金沢弁護士会における一連の手続は、訴外谷弥一(以下「谷」という。)の請求により開始されたが、同弁護士会は、右請求につき、綱紀委員会の調査を経たうえ、同委員会の意見に基づき懲戒委員会の審査を実施したこと、両委員会とも、原告に対し、それぞれ再三にわたつて答弁及び主張を開陳する機会を与え、関係資料を提出させたりしたほか、独自に多数の関係人から事情聴取をする等の手続を重ねて調査・審査を尽くしたこと、原処分は、右一連の手続を経たうえ、その結果に基づき行われたものであることが認められるところ、原告は、右主張を裏づける具体的事実については何ら主張をせず、本件全資料を検討するも、叙上認定の手続過程に、公正を疑わせるような特段の事情ないしは違法事由があつたことを認めることはできない(成立に争いのない甲第一一八号証、原告本人尋問の結果によつても、右主張を肯認すべき事実関係を認めることはできない。)。
したがつて、右主張は理由がなく、採用することができない。
二 原処分において原告に対する懲戒の事由とされているところは、抗弁1の(一)ないし(三)のとおりであること、同(一)のうち、金紡が昭和四三年一二月中に倒産し、原告が、その後間もなくのころ、金紡に対する債権者ら(その範囲の点は除く。)の各債権の回収事務を受任し、その遂行に務め、昭和四四年中に総額二一七〇万九四一五円を回収し、本件預り金として確保したこと、原告が、本件預り金から、右任務遂行の報酬として、六〇二万五一〇六円を控除して取得したこと、同(二)のうち、原告が本件預り金の中から右任務を遂行するのに要した諸経費等を控除してこれを取得若しくは費消したこと、その控除額の中に、電話料金等被告主張のとおりの各費目に係る各金額合計一七六万八〇四九円が含まれていたこと、及び抗弁2の事実は、すべて当事者間に争いがない。
三 被告は、原告は債権者委員会から本件任務を受任したとし、本件任務の報酬は右回収金額を基準として算定すべきであり、その額は二五二万五九四一円である旨主張するので、審究する。
1 前顕乙第七、第一〇、第一二、第一三、第一五、第一六号証、いずれも成立に争いのない甲第四四号証、第六六号証(乙第二号証の五)、第六七号証の一、第七二、第七三号証、第九〇ないし第九三、第九七ないし第一〇一号証、第一〇三、第一〇四号証、第一〇六ないし第一〇八号証、乙第一号証の二ないし四及び六、第二号証の四、第三号証(乙第一号証の四、第七、第一二、第一三、第一五、第一六号証の各記載中、各後記不信用部分を除く。)並びに原告本人尋問の結果によれば、金紡が前叙のとおり倒産した当時、金紡に対する債権者は一五〇名(法人を含む。)、その債権総額は三〇億円に及んでいたが、そのうち、金紡の関連企業四社及び大口債権者である銀行・大手商社をそれぞれ除く債権者ら(その債権総額は約六億二〇〇〇万円)は、昭和四三年一二月二三日に開催された債権者集会において、金紡に対する債権の保全・回収を図ることを目的として、債権者委員二一名を選出し、その中の谷を債権者委員長とする債権者委員会を発足させると共に、金紡から同委員会に対し、銀行等に対する担保の目的とされている財産を除くいつさいの資産である売掛代金債権、東京都下日本橋にある福祉センタービルの一室の賃借権、電話加入権、什器・備品等を譲渡させ、これにより同委員会は債権者集会において託された右目的を達成すべく活動を開始するに至つたこと、原告は、そのころから、右のとおり選出されて債権者委員となつた債権者らの訪問を受け、金紡に対する債権の保全・回収についての協力を要請され、事実上、その方法等についての助言・指導を開始していたが、その後、昭和四四年一月一八日に開催された債権者委員会の第一回会議に要請されて出席し、金紡の売掛代金債権の回収の目途等について意見を述べたりしたこと、債権者委員会は、同日の会議において、原告を退席させたうえ、正式に原告に対し、債権の回収について援助を求めるか否かについて討議し、債権者委員の中に原告を小学校友達として知る者がいたこと、同日までの間に二、三接触を持つた他の弁護士はまず着手金の支払を要求していたのに、原告からはそのような着手金を要求されることはなく、原告の言動からはさほど弁護士費用がかかることはないとうかがわれたこと等の事情も考慮されて原告に本件任務を包括的に委任することが決定され、その会議の席上原告にその旨が伝えられ、原告においてこれを承諾したこと、原告は、同日以前既に前叙のとおり金紡に対する債権の保全・回収について助言・指導を行つていた段階においても、右同日正式に本件任務を受任してからも、債権者委員会として、又はその委員長である谷個人名義により(たとえば、抗弁に対する原告の主張2(一)のように公正証書を作成するに当たり谷個人名義を用いているごとく。)、同委員会傘下の債権者らの債権の保全・回収を図ることを指導し、右同日以降金紡の売掛代金債権の回収を進めるに当たつては、自ら債権者委員会から委任を受けたものとして行動し、その経過報告等も債権者委員会に対して果たしてきたこと、債権者委員会の前記第一回会議において原告に本件任務を委任するか否かが討議された際、債権者委員の中から、本件任務についての原告に対する報酬は金紡に対する債権の回収額の一割ぐらいを目途としたい旨の意見が出ていたが、前叙のとおり、原告に本件任務を委任する前後を通じて、原告に対する報酬額を債権回収額の一割とする旨の取決めが原告との間に交わされたようなことは全くなく(乙第一号証の四、第七、第一二、第一三、第一五号証の各記載中右認定に抵触する部分は、前顕甲第九七、第一〇一、第一〇三、第一〇四、第一〇六号証に比照し、にわかに信用し難い。)、手数料・着手金についての話合いすら行われないままであつたこと、原告は、昭和四四年五月三〇日に開催された債権者委員会の第二回会議の席上、本件任務についての報酬は、金紡の売掛債権の回収額を基準として、集金による分は二割五分、裁判手続による分は三割各相当額とする旨を申し入れたが、その申入れは突如として一方的に行われただけであつたため、債権者委員らは、右申入れに対し特段の発言に及ぶこともなく、ただあつけにとられたまま結論を持ち越すこととなり、原告としても右申入れにつき説明を重ねて債権者委員会の了解を求めるほどの態度は示さなかつたため、結局、右申入れは同委員会との合意には至らなかつたこと(前顕甲第九九、第一〇六号証((いずれも別件訴訟事件における証人尋問調書))の記載中には、債権者委員会第二回会議の席上、原告の右申入れに対し、債権者委員らから異議がなかつた旨の供述記載部分が存するが、右各供述記載部分もまた、原告の右申入れに対し異議が述べられたようなことはなかつたことを示すだけであつて、いまだ、同委員会が右申入れを了解し、原告との合意が成立した趣旨を示すものとは解されず、右認定を左右するには足りない。甲第八九号証((乙第二号証の三))の記載中、「弁護士料」につき触れる部分は、原告本人尋問の結果によるも、作成者、作成経過とも明らかでなく、記載内容の趣旨も必ずしも右認定に抵触するものではなく、いずれにしても、右認定を左右するに足りない。また、原告本人尋問の結果中、右申入れの趣旨にそう報酬契約が成立していたとする供述部分は、前顕各採用証拠に比照し、信用することができない。)、他に特段、原告と債権者委員会との間において本件任務の報酬につき取決めが交わされたようなことはなかつたこと、以上の諸事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
叙上認定説示の事実関係によれば、原告は債権者委員会から本件任務を受任したものであり、本件任務遂行についての報酬の取決めは、その委任契約の前後を通じて、交わされないままであつたことが明らかであり、また、原告が本件預り金から控除した報酬(諸経費等についても同じ。)は、本件任務の遂行に関するものというべきである。
2 原告は、金紡に対する債権回収事務を受任したのは債権者八三名各自からであると主張するところ、前顕甲第一〇八号証、いずれも成立に争いのない甲第四五号証の一(乙第二号証の二)、第六七号証の二ないし二七(なお、甲第九四号証の一ないし二六)、第六八号証の一ないし四八、第六九号証の五及び四九ないし五六、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により成立の認められる甲第四五号証の二、並びに原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、前叙のとおり債権者委員会第一回会議の席上本件任務を受任して後、債権者委員長谷と共に、債権者委員会傘下の債権者らに対し白紙委員状の提出を求め、八三名の債権者らからその提出を受けたことが認められるが、他方、前顕甲第一〇八号証、乙第一号証の四及び弁論の全趣旨によれば、右のとおり個々の債権者らから白紙委任状を徴したのは、右第一回会議において協議決定されたところによるものであり、原告としては、債権者委員会からの本件任務を円滑に遂行するには便宜的措置として白紙委任状を徴しておくにしかずと考えてのことであつたと認められるので、叙上認定説示の事実関係も併せ考察すると、原告が個々の債権者らから白紙委任状を徴したことのゆえをもつて、個々の債権者らから各債権の回収事務を受任したものと認めることはできない。前顕甲第一〇八号証(別件訴訟事件における原告本人尋問調書)中には、原告は債権者委員会から本件任務を受任したほか、債権者八三名からも受任した旨の供述記載部分が存し、原告本人尋問の結果中には右主張にそう趣旨の供述部分があるが、それらはいずれも八三名の債権者らから白紙委任状を徴したことを前提とするものであるところ、白紙委任状を徴した趣旨は前叙のとおりであるから、右供述部分等をもつて右主張事実を認める資料とするには足りない。
なお、前顕甲第九七、第九八、第一〇七、第一〇八号証、乙第一二号証によれば、前叙のとおり昭和四三年一二月二三日債権者集会が開催されたころ、原告の法律事務所に出向いた金紡の債権者らの中には、債権者委員でない者も含まれていたが、他方、同人らが原告の法律事務所に出向いたのは、当時としては金紡に続いて連鎖倒産するのを危惧して相談に出向いていたものであつて、債権者らが個々に金紡に対する債権の回収を原告に委任する前提として出向いていたわけではなかつたことが認められるので、右事実関係から右主張事実を認めるには足りない。
他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
3 原告が昭和四四年五月三〇日債権者委員会に本件任務の報酬につき申入れをし、同日その承諾を得た旨の原告の主張が理由のないことは、叙上認定説示のとおりであるところ、原告は、更に、その後の事情から、同委員会は暗黙のうちに原告の右申入れを承諾した旨主張するが、原告が右申入れをした際の状況についての叙上認定説示の事実関係のほか、前顕甲第九八、第一〇七号証、乙第一五号証によれば、原告が右申入れをした債権者委員会第二回会議においては、原告が退席した後、原告の申入れに係る報酬は高すぎるとして原告に更に折衝すべき旨が話し合われたこと、また、谷は、原告の事務所に出向いた折、原告から申入れのあつた報酬は高額すぎて債権者委員会としては受け入れ難い旨を一度ならず述べていることが認められる(右認定を覆して債権者委員会が原告の申入れを暗黙に承諾したと認めるに足りる事実関係についての主張立証はない。)ので、これら事実関係に照応して原告の右主張は理由がなく採用することができない。
4 そこで、原告の本件任務は債権者委員会から委任されたものであり、右当事者間に原告の本件任務についての報酬の取決めが交わされていなかつた以上、原告が前記のとおり本件任務の遂行に務め総額二一七〇万九四一五円を回収したことについての報酬は、右回収額を基準として報酬規定所定限度内の相当額とするのが右当事者の合理的意思に合致するものと解するのが相当である。
原告は、抗弁に対する主張2の(一)ないし(六)のとおり、あるいは金紡との間に公正証書を作成したことについて、あるいはまた債権回収の態様等に応じて、個別的に、しかも、同(二)ないし(四)については、名目額(回収目標額)を基準として手数料を、現実の回収額を基準として謝金を、といつたぐあいに、それぞれ報酬計算をし、これを合算する方法が相当である旨主張し、同(八)においては、右のような個別的算定方法が不相当とされる場合について予備的に、本件任務の「目的の価額」を前提に手数料を、回収実額を基準として謝金を、それぞれ算定する方法が相当である旨主張するが、本件任務は倒産会社に対する債権の回収という、名目額の全面回収は当初から期待し難い特殊な性質・内容のものであること、原告が本件任務を包括的に受任した前叙のとおりの経緯、なお、同(一)のとおり公正証書を作成する前提として、債権者委員会傘下の債権者ら若しくは谷と金紡との間に、債権の存否ないしはその額等について特段の争いがあつたわけではないこと(この事実は弁論の全趣旨により認める。)等の諸事情にかんがみると、右各主張は、いずれも合理性のない原告独自の見解といわざるを得ず、採用することができない。
5 ところで、成立に争いのない乙第二九号証の一・二によれば、報酬規定においては、金沢弁護士会所属弁護士が職務に関し受ける報酬を、<1>手数料(着手金)、<2>謝金、<3>鑑定料及び<4>顧問料の四種に区分けし、<1>は事件受任と同時に、<2>は委任の目的を達したとき、<3>及び<4>は依頼者と協定したときに支払を受けるものと定めている(三条)ので、原告に対する本件任務についての報酬は、手数料及び謝金の合計額とすべきであり、その額は、叙上認定説示の事実関係及び弁論の全趣旨に徴すると、右乙第二九号証の一・二により認められる報酬規定のうち、九条三(二)の定めに従つて算定するのが相当であり、他に準拠すべき相当の定めは見当たらない。右九条三(二)の定め及びこれに関連する同(一)の定めの該当部分は別紙一のとおりである。
しかるところ、原告が総額二一七〇万九四一五円の債権を回収するには、前叙のような本件任務の性質・内容にかんがみ迅速な事務処理が要求され、時間的制約があつたこと、債権者委員会傘下に属しない他の金紡債権者らとの間の利害の調整を必要としたこと、金紡の売掛代金を取り立てるのに、全国に散在する多数の取引先を相手に折衝を進めなければならなかつたこと等、本件記録上認められる諸事情(抗弁に対する原告の主張2(九)のとおり原告が債権回収の方策に努力を払つた諸事情を含む。)並びに弁論の全趣旨にかんがみ、原告に対する報酬は、手数料、謝金とも、右報酬規定九条三(二)所定の最高限度額とするのが相当であり、その額は、別紙二のとおりの計算により、二五二万五九四一円である。
原告は、そのような報酬の算定方法は客観的妥当性を欠くと主張するが、右主張が理由のないことは、既に叙上説示により明らかである。
6 したがつて、原告が本件預り金の中から、本件任務についての報酬として六〇二万五一〇六円を控除して取得した行為は、右二五二万五九四一円を超える三四九万九一六五円の限度において報酬規定に違反するものというべきである。
四 次に、原告が本件預り金から本件任務の遂行に関する諸経費等を控除した点について、いずれも成立に争いのない甲第一ないし第六号証、第五〇号証(乙第一号証の五の一・二)及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件預り金から控除した諸経費等は、経費名目の下に三九三万八三九八円、金紡関係支払名目(後記金紡関係訴訟費用を含む。)の下に一三四万六二九八円の合計五二八万四六九六円に及んでいることが認められるが、そのうち、被告主張に係る電話料金等三費目の各金額の控除の当否につき、順次検討する。
1 前顕甲第一号証(乙第一号証の五の二)、乙第一号証の四、第九号証、成立に争いのない甲第三五号証(乙第六号証)及び原告本人尋問の結果(後記不採用部分を除く。)によれば、原告が本件預り金から控除した電話料金六万八二四九円は、原告が、昭和四四年一月から同年六月までの各月分を順次支払つた原告の法律事務所の電話料金のうち、本件任務を遂行するために増加した分を一か月六〇〇〇円として算定した三万六〇〇〇円と、金紡が従来電話加入権を有していた金沢六二局一九九八番を、債権者委員会承認の下に原告の法律事務所に移設し、原告が本件任務を遂行するため等に利用することになつたのに伴い、原告が同電話につき昭和四四年七月から昭和四五年三月までの各月分電話料(基本料、度数料等)として支払つた小計三万二二四九円との合計額と認められるが、弁護士が受任事件処理のために、自らの法律事務所に設置されている電話を利用し、これにより電話料金を支出したとしても、特段の約定のない限り、その電話料を当該事件の依頼者に請求し得る根拠はなく、その請求を当然にし得るものと解すべき合理的理由を見いだすこともできない。原告は、前叙のとおり本件預り金から控除した電話料金は原告が債権者委員会事務所の電話料金を立替払した分である旨主張し、原告本人尋問の結果中には、債権者委員会事務所は原告の法律事務所内に設置されていたもので、前記六二局一九九八番の電話は債権者委員会固有の電話であり、同委員会事務所用の電話であつて、その電話料金は原告が債権者委員会のために立替払をしたものである旨の供述部分が存するが、弁論の全趣旨によれば、債権者委員会事務所が原告の法律事務所に置かれたのは、原告が本件任務を遂行する便宜上のものであつてそれ以上のものではなく、しかも、両事務所とも、特段に別々の組織態勢によつて別々の活動を営むほどの規模を有していたわけではない(債権者委員会に関係のない他の依頼者に対する原告固有の事務が形のうえでは債権者委員会事務所にかかわりのないことはもとよりであるが。)と認められ、原告が電話料金を債権者委員会のために立替払したとする点は原告の独自の見解を示すにすぎないと解されるので、右主張及び右供述部分をもつて叙上認定説示を左右する資料として採用するには足りない。また、叙上認定説示の事実関係の下においては、前記六二局一九九八番の電話が債権者委員会の承認のうえ原告の法律事務所に設置されたことから、その電話料金を債権者委員会が負担する旨約されていたと認めることはできず、他に、原告の本件任務遂行のために要する電話料金を債権者委員会が負担すべき旨の特約その他の事由の存在を認めるに足りる証拠はない。
2 原告は、本件預り金から控除した金紡関係訴訟費用一〇〇万四三〇〇円は債権者委員会の同意の下に関与した金紡関係訴訟事件に関するものと主張し、また、原告本人尋問の結果中には、金紡が訴えられた事件に原告が金紡の代理人として関与したのは、債権者委員会の決議によつたものである旨の供述部分が存するが、右供述に係る決議があつたことを裏づける証拠はない(前顕甲第四四、第九九ないし第一〇一号証をもつてしても、右決議があつたものと認めることはできない。)ので、右供述部分はたやすく信用し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。また、前顕甲第五号証(乙第一号証の五の二)、第九九ないし第一〇一号証、乙第七、第九、第一〇号証、いずれも成立に争いのない甲第八四ないし第八六号証(乙第二一、第二〇、第一九号証)及び弁論の全趣旨によれば、前記金紡関係訴訟費用一〇〇万四三〇〇円は、金紡又は訴外矢島哲馬なる者(金紡の債務につき連帯保証したとされた者)が昭和四四年中に被告として訴えられた十数件の訴訟事件について、原告が金紡らの訴訟代理人として関与したのに伴い、一件につき五万円若しくは、一〇万円あてのほか、旅費、日当、宿泊料として計上した分の合計額であるが、原告が金紡の訴訟事件に関与するようになつたのは、訴訟関係書類が裁判所から金紡に送達されると、それらは金紡から原告の下に届けられていたためであり、かつ、原告は、かねてから預り保管中の金紡代表者印によつて金紡から訴訟委任を受けた旨の書類を整えることができたことによるものであつて(原告が右矢島の訴訟代理人となつた経緯は証拠上不明である。)、いずれにしても、原告が右のとおり金紡らの訴訟代理人となることにつき債権者委員会の依頼ないしは承諾を受けたようなことはなく、そのような一連の経過について債権者委員長谷は関知していなかつたことが認められる。更に、原告は、それらの事件に原告が関与したのは、債権者委員会ないしはその傘下の債権者らの利益を目指してのことであつた旨主張するが、原告が金紡の訴訟事件に関与したことが債権者委員会等の利益に影響を及ぼすことがあり得たとしても、その影響は(原告の主張自体からも明らかなように)極めて間接的なものであり、右認定説示の事実関係の下においては、原告が金紡の訴訟事件に関与したのは金紡との関係であつて、これに伴う費用をもつて本件任務遂行の経費ということはできないというべきである。
他に、原告が金紡らの訴訟事件に関与したことによる関係費用を債権者委員会に請求し得るものとすべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
3 前顕甲第一号証(乙第一号証の五の二)、乙第二六号証、いずれも成立に争いのない甲第四五号証の一、第六九号証の一ないし五七、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第四五号証の二ないし五、第六三号証の一ないし二五、第六四号証の一ないし四七及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件任務を遂行する過程において、債権者委員会が金紡の売掛代金債権を譲り受けたのに伴い、金紡がその各債務者に発送する債権譲渡通知書用紙(これについては単価三五〇〇円として一四〇枚分合計四九万円の作成経費を計上している。)、同じく金紡から各債務者に送付用の債権譲渡契約書用紙、売掛債権取立委任通知書用紙(これらについては、単価各五〇〇円として各一四〇枚分合計一四万円の作成経費を計上している。)、更に、金紡に対する債権者らに対し、各債権を債権者委員会に譲渡するよう要望して送付した債権譲渡契約書用紙(これについては、単価五〇〇円として一三一枚分六万五五〇〇円の作成経費を計上している。)等々の各種書類を作成したこと、原告が本件預り金から控除し、原処分において問題とされた書類作成費六九万五五〇〇円は、右に掲げた各用紙の作成費として計上した分の合計額であることが認められるが、それら各書類の作成は、右各書類の性質、内容にかんがみ、いずれも原告が本件任務を遂行するのに附随して行われたものであり、それに要した経費は(原告の計上額自体の相当性についても問題があると考えられるが、その点はともかくとして)、本件任務についての報酬(特に、そのうち手数料・着手金)によつて賄われるべきであつて、これと別個に請求し得るものではないと解するのが相当である。
原告は、右書類作成費については、債権者委員会の承認を得ている旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、他に、右書類作成費六九万五五〇〇円の全部又は一部を本件任務の経費として債権者委員会に請求し得るとすべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
4 原告は、本件預り金から控除した諸経費は原告が本来本件任務遂行の報酬として請求し得る一〇〇七万三二一六円と原告が現実にその報酬として取得した六〇二万五一〇六円との差額に充たないものであるから、諸経費としての控除につき違法・不当とされる筋合ではない旨主張するが、原告が本件任務につき受けることのできる報酬は、本来二五二万五九四一円をもつて限度とすべきことは叙上説示のとおりであるから、右主張は、前提において理由を欠くものであり、採用することはできない。
5 したがつて、原告が本件預り金の中から、電話料金等被告主張のとおりの各費目に係る各金額合計一七六万八〇四九円を控除してこれを取得若しくは費消したことは、正当かつ合理的な理由をいずれも欠き、違法若しくは不当といわざるを得ない。
五 ところで、弁護士に対する弁護士法五六条以下所定の懲戒制度は、弁護士会の自主性、自律性を重んじ、弁護士会の所属弁護士に対する指導、監督作用の一環として設けられているものであるから、ある事実関係が同法五六条一項所定の弁護士に対する懲戒事由に該当するか否か、該当するとした場合にどのような懲戒をするかについては、当該弁護士会が、その裁量権に基づき、弁護士の使命の重要性、職務の社会性等の諸事情を総合的かつ合理的に勘案して判断すべき事柄であると解するのが相当である。
しかるところ、原告が本件預り金の中から、本件任務についての報酬として六〇二万五一〇六円を控除して取得した行為は、そのうち三四九万九一六五円の限度において(これが報酬規定に違反することは前叙のとおりであるから、原告に金沢弁護士会の会則に違反する行為があつたことは、既に明らかである。)、また、本件任務についての経費等として電話料金等前記各費目に係る各金額合計一七六万八〇四九円を控除してこれを取得若しくは費消した行為は、いずれも、叙上各認定説示にかんがみ、被告主張のとおり、金沢弁護士会の信用を害し、弁護士としての品位を失うべき非行に当たると解するのが相当であり、これと同旨の判断の下に原告を懲戒することとし、原告に対し、同法五七条二号所定の期間内である一か月間の弁護士業務の停止を命じた金沢弁護士会の原処分には、少なくとも裁量権の範囲を越え、又は裁量権を濫用した違法は存しないものというべきである。本件全資料を精査検討するも、叙上判断を覆して原処分を違法とすべき事由を認めることはできない。
したがつて、原処分が違法であることを前提として本件裁決を違法とする原告の主張は、前提において理由を欠くものとして採用することができない。また、本件裁決につき、これを取り消すべき固有の瑕疵(違法事由)が存する旨の主張立証はない。
六 以上の次第により、本件裁決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がなく棄却すべきである。
よつて、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 後藤静思 奥平守男 尾方滋)
別紙一、二<省略>