東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)80号 判決
事実及び理由
一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決の取消事由について検討する。
1 取消事由1(本願考案の要旨認定の誤り)について
本件補正の内容が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。そして、本件補正のうち、実用新案登録請求の範囲についての補正は、請求の原因二の1に記載の補正前のそれに、同2に記載のとおり付加したものである。
ところで、成立に争いのない甲第三号証及び第四号証によると、右の付加された事項は、本件補正前の考案がもともと具有している作用効果を実用新案登録請求の範囲に付加して記述したに過ぎないものであつて、これにより本願考案の鈎針の構成について、実質的限定を加えるものでないことが認められる(なお、元来、実用新案登録請求の範囲には、考案の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないものとされているところ、このように、抽象的に表現された作用・効果の概念を用いて鈎針の構成を修飾限定することは、かえつて、鈎針の構成を曖昧なものにするおそれがあり、許されないといわざるをえない。)のであり、また、誤記の訂正や明瞭でない記載の釈明にも当らないから、右補正を実用新案法第一三条の規定により準用される特許法第六四条第一項但し書各号のいずれにも該当しないものとして、本願考案の要旨を、本件補正前の実用新案登録請求の範囲のとおり認定した審決の判断には誤りがないというべきである。
なお、その余の「考案の詳細な説明」の補正についてみると、その補正の箇所と内容に照らし、本件補正前のものもその記載内容を理解することができるけれども、これをより正確な表現に改めようとするものであり、これによつて実質上実用新案登録請求の範囲を拡張し又は変更するものとも考えられないから、仮に、前記特許法第六四条第一項但し書第三号に規定する明瞭でない記載の釈明に当るものと解する余地があり、したがつて、その補正を却下すべきものとした点に疑義が残るとしても、右の点は、本願考案の要旨の認定に影響を及ぼすものとは解されないから、ここでは論外のことである。
2 取消事由2(引用例に示された鈎針についての認定の誤り)について
成立に争いのない甲第五号証によると、<1>引用例の写真における縦一〇本の鈎針は、いずれもその全体が示されていないけれども、右鈎針のうち比較的細い右側五本の鈎針についてみると、その写真上の長さはそれぞれ約六cmであつて、そのうち鈎部(針の端部にある鈎を形成するために軸部に切り込みが生じはじめている部位より先端までの長さ部分、以下同じ。なお、引用例の写真における右鈎針の鈎部について検討するに当り、その鈎部と前掲甲第三号証、すなわち、本願考案の実用新案公報に示されたその実施例に係る第一図の鈎針の鈎部とを対比するに、両者の間に顕著特段の差異は認められないところ、各鈎部は、両者の対比の限度において、同等の基準で、その範囲いかんを考察すればよいわけであるから、一般には鈎部をどの範囲と解するかについて各様の定義づけがありうるとしても、本件においては、それに関わるまでもないことであり、鈎部を上述のとおり解して何ら差支えないものと考える。)は、見様によつて若干の差異はありうるが、約一・三ないし一・六cmであり、軸部(右鈎部を除いた部分)は約四・七ないし四・四cmであるから、鈎部の約二・七ないし三・六倍に相当する部分が写真に示されていることになるが、この部分は陰影の状況等からみて同一の太さであると認められること、<2>アフガン編の編針は、一メートルにも及ぶような長さのものがないことは原告の自陳するところであり(引用例の写真下段にはアフガン針の長さは七吋から一四吋(約一七・七八cmから約三五・五六cm)位までであるとの記載がある。)、それが中太のものにあつては、軸部の両端又はそれに近い部分からその太さが徐々に増大するもので軸部の端から中央にかけて太さが同一でありながら中央部において突如太くなるようなものは、編針上に編目を形成させるアフガン編針の性質及び機能に照らして考えられないところであるから、もしも引用例の写真にある縦一〇本の鈎針が、軸径の一定しないすなわち太さに変化のあるものであるならば、これらの鈎針、殊に軸部が比較的長く示されている右側五本のものについては、写真に示されている部分において既に太さの変化が現われているとみるのが極めて自然であること、<3>引用例の写真は、その中央上部に、両端に鈎部があり軸部の端から中央にかけて徐々に太さを増している中太の鈎針の全体の形状を写したものが示されており、その下部には、一〇本の編針が鈎部とこれに続く軸部の相当部分が示され、その余が省略されているものであるところ、その軸部が前記のとおり写真に現われている部分において同一の太さのものであることからすると、右写真に接する当業者としては、右の縦一〇本の鈎針は、この写真に写されていない部分も、写つている部分と同様であり、写つている部分との対比関係において容易に理解することができるものであるが故に示すまでもないとして省略したものであろうとの判断に至ることは容易に推認することができ、しかも、右写真の前後にあるアフガン編針に関する記述部分や他の写真などを見るに、これらは、右推認を裏付けこそすれ、これを妨げるような点は全く見当らないこと、以上<1>ないし<3>の点を併せ考えると、引用例の写真は、審決にいう(a)の点の開示があるものというべきである。
なお、原告は、編針の中には中太でありながら、偏平になつているために特定の方向から見ると同一の太さに見える場合もある旨主張するが、引用例の写真に示されているものは、その陰影の状況等からみても決してそのような形態のものであるようには看取できないばかりでなく、もし仮に右写真の対象物がそのようなものであるならば、それは編針において明確に表示すべき形態に係るから、その特徴を示すような写し方がされ又は説明部分にそのような記述がされると考えられるところ、このような点がないことからしても、前記一〇本の鈎針が原告のいう中太で偏平のものであるなどとは考えられない。
また、原告は、引用例の写真に写つている縦一〇本の鈎針が、約<省略>の縮尺であつて、全長の<省略>部分が示されているとすると、実際の長さは九一cm余となつてこのような長い編針はありえない旨主張する。なるほど、このことに関連する審決の説示には、その表現において正確さを欠くきらいがないではない。しかし、審決は、引用例の写真の縦一〇本の鈎針が、全体の約<省略>位の、縮尺されたものであるとはしているけれども、それが全長の約<省略>であつて、かつ、約<省略>の縮尺のものであると断定したものでないことは、その文言自体から明らかであり、審決のいわんとするところは、要するに、軸部に太さの変化がある場合にはこの程度の部分が示されていれば、その変化は写真に現われているはずであるというのであつて、この趣意は、容易に読みとることができる。したがつて、原告のこの点の主張も失当である。
3 取消事由3(本願発明と引用例のものとの対比判断の誤り)について
引用例の写真には、審決のいう(a)の点について開示があることは前述のとおりである。
また前掲甲第五号証によると、審決が、審決のいう(b)の点に関して引用する引用例の第四四頁上段右から第一六行ないし第二四行には、アフガン編針に関して、「最近もつとも新しいテクニツクとして両方に鈎のあるものが使われている。」旨の記載があるほか、「この両方に鈎のあるものは、両面が同じ模様に編み上げることができ、編み方も複雑となり、ボリユームもあり、両面同じ柄ができ、折り返すデザインに好適であり、両面編みで二色を使うと、両面がそれぞれ色違いで同じ模様になつて、アフガン編も一層高度なものになる。」旨の記載がある。
このように、引用例の右記載は、アフガン編針及びアフガン編そのものに関するものであり、このような記載事項からすれば、前記(a)の点と相まつて、本願考案の構成に想到することは極めて容易であり、その作用効果も特別のものとは考えられないから、審決のした本願考案と引用例のものとの対比判断には誤りがないというべきである。
4 以上のとおりであるから、原告の審決取消事由についての主張はいずれも理由がない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕本願考案の実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。
本件補正前のもの
両端に鈎部を有する鈎針において、比較的長く、しかも全長が同一の太さより成る軸部の両先端を尖鋭ならしめると共に、この両端部に同一形状で軸径とほぼ同一の大きさで鈎部を形成し、この鈎部で形成される編目を軸部に係合して楽に通過できるように形成したことを特徴とする一端の鈎で編んだ編目を直接他端の鈎で編む棒状両鈎針。
本件補正後のもの
右1の、「……楽に通過できるように形成し」の次に「、編針長さより大きい幅の編物や環状編みを可能にし」を加入したもの。