東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)98号・昭55年(行ケ)294号 判決
参加人主張の審決取消事由の存否について判断する。
(取消事由(一)について)
参加人は、まず、引用例における「酸性副生物を含有するホウ酸流(ホウ酸水溶液)をシクロアルカンと混合し、次いで、水を留去することによつてホウ酸を沈澱させ、ろ過又は遠心分離によりこの沈澱したホウ酸を分離する方法」(「後者の方法」)によつては、酸化される炭化水素が本願発明のごとくシクロヘキサンである場合には、酸性副生物がホウ酸を含む水系の方に残留し、審決のいうごとくシクロヘキサン中に溶解して除去されることにならない旨主張する。
成立に争いのない甲第二号証の二(本願発明の明細書)及び甲第三号証(昭和四九年二月二〇日付手続補正書)によれば、本願発明は、ホウ素化合物の存在下にシクロヘキサンのごとき炭化水素を酸化する際に採取されたホウ素化合物を酸化帯域に再循環して再使用する炭化水素の連続酸化法において、ホウ酸エステルを含むシクロヘキサン酸化混合物を加水分解して固体ホウ酸を分離し、この固体ホウ酸を、シクロヘキサン、精製シクロヘキサン酸化混合物、シクロヘキサンの精製酸化生成物及び水から成る群から選ぶ特定の割合の量の液体で洗浄して固体ホウ酸を汚染しているアジピン酸、グルタール酸及びヒドロキシカプロン酸などの酸性副生物を〇・九重量%(炭素換算)より低くなるようにして、これを再度脱水帯域及び酸化帯域に送給して再使用することを特徴とする方法であることが認められる。一方、成立に争いのない甲第四号証(英国特許第九七〇四五〇号明細書―引用例)によれば、引用例は、飽和環状炭化水素(シクロアルカン)から環状アルコールを製造する発明の明細書であるが、同明細書のクレーム1には「ホウ酸の水溶液を飽和環状炭化水素と混合すること、ホウ酸が微細に分割された状態で該炭化水素中に分離して出るようにこの混合物から水を蒸発させること、環状炭化水素を前記ホウ酸の存在下、分子状又は遊離酸素により酸化して対応する環状アルコールのエステルを形成するようにすること、次いで、該エステルから加水分解によりこのアルコールを得ることから成る環状アルコールの製造法」と記載され、ここにいう飽和環状炭化水素としては、シクロヘキサン、シクロペンタン、シクロヘプタン、シクロオクタン、シクロドデカンが挙げられているが、実施例は、すべてシクロヘキサンの酸化に関する記述であること(同明細書三頁三九行ないし四五行)が認められる。また、引用例には、酸化反応において生成した酸副生物に関して、「加水分解から生ずる水性相はホウ酸を含み、そのホウ酸は飽和炭化水素の酸化工程で再使用するために再循環できる。しかしながら、上記水性相は酸化反応において生成した酸副生物もまた含有し、そして酸化反応器中にそれらが蓄積することを防止するためばかりでなく、酸化反応にあたり不利な影響及び望ましからざる分解生成物の形成を防止するためにも、溶液からこれらの副生物を除去することが望ましい。これらの副生物を調べてみると、その大部分はアルカンのカルボン酸より成り、また、予想外に、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸及び高級アルカンジカルボン酸のような有用なアルカンジカルボン酸を含有していることがわかる。」(同明細書二頁六八行ないし八四行)と記載されており、さらに、そこで述べられた酸副生物の除去法としては、(イ)油相からホウ酸アニオン含有相を分離したのち、該アニオン含有相をアニオン交換剤で処理することによつてホウ酸水溶液から酸副生物を除去する方法と(ロ)加水分解後水性相を酸化される炭化水素と同じ一定量のシクロアルカンと混合し、次いで、水を蒸発させてホウ酸を沈澱させ、この沈澱物を例えばろ過又は遠心分離によつて分離し、さらに、シクロアルカン中に溶存する酸副生物を例えば水をもつて抽出する方法とが開示されており(同明細書二頁八五行ないし三頁一行参照)、前記(ロ)の方法が、審決のいう「後者の方法」における除去方法に該当し、この(ロ)の除去方法が、同明細書のクレーム6として規定されているところである。さらに、ホウ酸の再使用に関しても、分離された、水に溶解されたホウ酸は、酸副生物が除去された炭化水素と混合されることができ、次いで、この混合物を酸化段階に再循環させることができる。」と記載されている(同明細書三頁二行ないし六行)。
右に詳細に検討した引用例の記述からみても、審決が「後者の方法」とした引用例の方法がシクロヘキサンをも対象としていることは明らかである。この点、参加人は、「後者の方法」に相当する実施例6においては、シクロヘキサン、水、酸副生物及びホウ酸から成る系を蒸留すると、水性相には水一〇kg、シクロヘキサン二一・五kgが含まれているから、共沸データ(甲第六号証)からみて、当然にシクロヘキサンが先に留去してしまい、不揮発性のアジピン酸などの酸副生物はホウ酸を含む水系の方に残留するので、「後者の方法」をシクロヘキサンに適用しても、酸副生物を除去できず意味のないこととなる旨主張する。
しかしながら、引用例の実施例6では、「蒸発されたシクロヘキサンは凝縮後再循環される。」(同明細書四頁一〇六行ないし一〇八行)と記載されているところからみても、シクロヘキサンは連続的に補給されているものとみられるから、参加人主張のごとくシクロヘキサンが水約一重量部に対してシクロヘキサン約一一重量部の割合(成立に争いのない甲第六号証によれば、水とシクロヘキサンとの共沸点は、六九・五度Cであり、その組成は、八・四重量%の水と残り九一・六重量%のシクロヘキサンである。)で蒸発するものとしてもシクロヘキサンがなくなつてしまうものとはいえず、結局は、前記組成の系からは水のみが留去され、シクロヘキサンはほぼ当初の量存在しているものと理解される。このことは、固体ホウ酸の分離工程の後でシクロヘキサン中に存在するカルボン酸類を水で抽出する工程があること(同明細書二頁一三〇行ないし三頁一行、四頁一一一行ないし一一二行及びクレーム6参照)からみてもうなずけるところである。したがつて、審決のいう「後者の方法」においても、不揮発性カルボン酸はシクロヘキサン中に溶解した形で固体ホウ酸と分離されるものと判断されるから、不揮発性カルボン酸などの酸副生物がホウ酸とともに残留してしまうという参加人の主張は肯認できない。
右のごとく引用例における「後者の方法」をシクロヘキサンに適用するに妨げのないことが明らかであるから、この点の参加人の主張は採用することができない。
(取消事由(二)について)
酸化反応において生成した酸副生物を除去することに関しては、引用例にすでに認定したとおり、「酸化反応器中にそれらが蓄積することを防止するためばかりでなく、酸化反応にあたり不利な影響及び望ましからざる分解生成物の形成を防止するためにも、溶液からこれらの副生物を除去することが望ましい。」との記載があるところ、参加人は、酸副生物を除去するにしても、「適当な最低限度の酸性物質を反応系に残しておくことが必要であり、また、装置、配管等の閉塞防止のためにも有効であることが知られている。」ことを根拠として、本願発明の特許請求の範囲には「……〇・九重量%より低くなるように洗浄し……」と記載されていても、本願発明は、アジピン酸などの酸副生物の完全除去を意図するものでないことが明らかである旨主張する。
ところで、参加人が主張するごとく、酸化反応において生成した酸副生物は除去すべきものではあるとしても、これを完全に除去すべきではなく適当な最低限度の酸性物質を反応系に残しておくことがかえつて酸化反応のためによいということが本願発明の出願前公知のこととすると、参加人が強調するように、本願発明は、結局、酸副生物の残存量の上限値を決定した点にその重点があることになる。しかしながら、本願発明の技術的背景として当業者において酸副生物の除去について参加人のいうような公知技術の認識が既に存したのであれば、これを前提として、酸化反応において生成する酸副生物の除去の程度について、反応効率や経済性など種々のフアクターのバランスの上に立つて、酸化反応に悪影響が生じないぎりぎりの数値を求めておくことが好都合であることは、当業者がきわめて容易に気付くこととみるべきであり、除去の程度を種々の段階にセツトしてみて本願発明のようなその上限値を決定することに特段の困難があるものとは考えられない。この点、引用例の「後者の方法」にあつても、右公知技術に基づいて、酸化反応において生成した酸副生物の除去は、反応率や経済性などを考慮したうえで、もつとも合理的な程度において行われているものと理解するのが相当である。
そうすると、酸副生物の除去の程度において、本願発明と引用例記載の方法との間に格別の差異がないものとみるべきである。
したがつて、本願発明が参加人主張のように酸副生物を完全に除去する場合を含まないものとしても、本願発明が引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断は、なお正当たるを失わない。
以上のとおりであるから、審決の結論は正当であつて審決には何らこれを取消すべき違法はない。
よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める参加人の本訴請求は失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
ホウ素化合物の存在下に炭化水素を酸化し、次いでそのホウ素化合物を採取して前記酸化帯域に再循環する炭化水素の連続酸化法において、ホウ酸エステルを含むシクロヘキサン酸化混合物を酸化帯域から取出し、その酸化混合物を加水分解して固体ホウ酸を加水分解生成物から分離し、この固体ホウ酸を、シクロヘキサン、精製シクロヘキサン酸化混合物、シクロヘキサンの精製酸化生成物及び水から成る群から選ぶホウ酸一重量部に対し〇・五~五〇重量部の液体で、固体ホウ酸を汚染するアジピン酸、グルタール酸及びヒドロキシカプロン酸の量が乾燥ホウ酸を基礎に炭素として表わして〇・九重量%より低くなるように洗浄し、この洗浄したホウ酸を脱水帯域及び前記酸化帯域に送給することを特徴とする方法。