東京高等裁判所 昭和53年(行タ)41号 決定 1979年5月28日
控訴人(申立人) 藤井護
被控訴人 藤沢税務署長 外一名
主文
本件文書提出命令の申立を却下する。
理由
一 本件申立の趣旨及び理由は、別紙「文書提出命令申立書」「文書提出命令申立書の文書提出義務の原因追加変更申立書」及び「文書提出義務の原因追加」と題する書面に記載のとおりであり、これに対する被控訴人藤沢税務署長の意見は、別紙「控訴人の文書提出命令の申立についての被控訴人の意見」と題する書面に記載のとおりである。
二 よつて按ずるに、控訴人が社団法人日本証券業協会が所持する昭和四五年一〇月から昭和四六年三月までの「協会取引所合同政策委員会懇談会議事録」の提出を求める主旨は、右議事録には、控訴人の主張事実すなわち、「非公開会社の株式の上場促進をはかり、そのために株式の公開売出及び値付株の譲渡によつて利益を得た者に対し、これを二五パーセント未満の場合には非課税扱いとする。」との事実の証拠となる「証券業界の代表者らと大蔵省との間の交渉の経過及び了解事項の記載」があるというのである。
しかしながら、社団法人日本証券業協会の当裁判所に対する回答書によれば、「協会、取引所合同政策委員会懇談会は、所得税法施行令第二八条の改正に関し、証券業界として大蔵省当局とどのような折衝を行うべきかについて業界側の腹案を検討するために開催されたものであり、同懇談会は正式の機関ではなく、したがつて、右議事録は業界内部の秘密に属し、外部に公表すべき正式のものではない。」というのであるから、右議事録は同協会が専ら自己使用の目的で内部的に作成したものと認められ、挙証者たる控訴人の法的地位を証明し、これを基礎づける目的で作成されたもの、あるいは同協会と控訴人との間の法律関係について記載されたものとは到底認められない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。
のみならず、控訴人主張の株式の譲渡が非課税とされるかどうかは、所得税法施行令第二六条第三項第一号に掲げる株式の譲渡に該当するかどうかの法令解釈にかかわる問題であるから、仮に控訴人主張のような了解事項があつたとしても、右法律解釈になんら消長を及ぼすものではないと考えられる。
三 してみれば、控訴人が社団法人日本証券業協会に対して求める本件文書提出命令の申立は、本件文書が民訴法第三一二条三号前段、後段のいずれの文書にも該当しないものであるばかりでなく、文書提出の必要性も乏しいといわざるを得ない。
よつて、本件申立は理由がないから却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 渡辺忠之 糟谷忠男 相良朋紀)
文書提出命令申立書
一、文書の表示
協会取引所合同政策委員会懇談会議事録
昭和四五年一〇月~同四六年三月
二、文書の趣旨
1、東京証券取引所と日本証券業協会連合会の合同政策委員会において、株式公開上場の場合に生ずる利得の非課税範囲につき論議し、株式の公開上場を阻害しないためには、値付株を含めて二五%未満の株式の放出を非課税とすることが必要であるとの結論に達したこと、そして右のことを大蔵省に陳情して了解が得られたこと等が記載されているものである。
三、文書の所持者
東京都中央区日本橋茅場町一丁目一四番地
社団法人日本証券業協会企画部
四、証すべき事実
昭和五三年九月一三日付準備書面第四項1記載の主張事実。
甲第一四号証作成の経過、目的及びその動機、ならびに値付玉の位置づけと課税上の取扱いにつき証券業界の代表者らと大蔵省との交渉の内容及び経過を明らかにし、株式の公開上場の際、値付株を含めて二五%未満の株式の放出により生じた利益についてはこれを非課税とすること。
五、文書提出義務の原因
前記文書は、二五%未満の値付玉として株式の譲渡益を非課税扱いと主張する控訴人と、その所持者が右につき非課税扱いとすることを大蔵省に陳情し、了解を得たことを記載したものであり、右は挙証者と所持者との法律関係に関係のある事項を記載した文書であり、民事訴訟法第三一二条三号後段により所持者は提出義務を負うものである。
文書提出命令申立書の文書提出義務の原因追加変更申立書
昭和五三年一二月二〇日付で、控訴人が提出した文書提出命令申立書第五項文書提出義務の原因を次のとおり変更しかつ追加する。
五、控訴人である挙証者は、株式の新規上場の日における、二五%未満の値付玉としての、会社経営者株主による株式の譲渡は、非課税であると主張するものである。
右につき、協会取引所合同政策委員会懇談会議事録には、これを非課税とするために、証券業界の代表者らと大蔵省との間で、その交渉の経過及び内容ならびにこれを非課税とする旨の了解を取りつけた旨の記載がある。
よつて、右文書は、民事訴訟法第三一二条三項前段の挙証者の利益のために作成されたものであるから、所持者は同法同条同号前段により提出義務を負うものである。
もしかりに、右が認められないとしても民事訴訟法第三一二条三号後段により所持者は提出義務を負うものである。その理由はさきに提出した文書提出命令申立書第五項記載のとおりである。
文書提出義務の原因追加
昭和五三年一二月二〇日付で控訴人が申立てた文書提出命令申立書第五項文書提出義務の原因につき、次のとおり追加して主張する。
(一) 控訴人は、株式の新規上場の日に、会社経営者たる地位において、値付株として放出して譲渡して得た所得に対して、課税されないという法的地位ないしは利益を有するものである。
(二) 控訴人が提出を求める本件文書は、挙証者たる控訴人の一に述べた法的地位ないし利益を基礎づけ、かつ、明らかにするものである。
(三) そして、本件文書は、非公開会社の株式の上場促進をはかり、そのために株式の公開売出し及び値付株の譲渡によつて利益を得た者に対し、これを二五%未満については非課税扱いとするために、東京証券取引所と日本証券業協会連合会の合同政策委員会において論議し、大蔵省と交渉した内容及びその結果を記載したものであつて、挙証者の利益ならびに株式の新規上場に際して株式を放出した者の共同の利益を明らかにするために作成された文書である。
(四) 本件文書は挙証の必要という点からみても、本件訴訟において核心的部分に関する事項が記載されており、裁判における真実発見のためにも、本件文書の所持者は、これに協力する義務がある。
(以上昭和五三年六月二〇日大阪高裁決定参照)
(五) 所持者は、本件文書を裁判所に提出することにより、所持者の利益を害されるおそれはない。けだし、関係者が、所持者に閲覧を求めれば、所持者はこれに応じて閲覧させているからである。従つて、本件文書を秘密にしなければならない必要も理由もない。
控訴人の文書提出命令の申立てについての被控訴人の意見
控訴人は社団法人日本証券業協会企画部が協会取引所合同政策委員会懇談会議事録(昭和四五年一〇月乃至同四六年三月)(以下本件文書という。)を所持しており、これが民事訴訟法三一二条三号に該当するとしてその文書提出命令の申立てをしておられる。しかし、この申立ては次の理由によつて採用さるべきものでないと考える。
一、本件文書は民事訴訟法三一二条三号前段に該当しない。
民事訴訟法三一二条三号前段の「挙証者の利益のために作成せられ」た文書とは、挙証者の法的地位や権利ないし権限を直接証明し、又はこれを基礎づける目的で作成された文書を指すもので、それは必ずしも挙証者の利益のためのみに作成されたものである必要はなく、同時に他人の利益のために併せて作成されたものであつても差しつかえはないが、いずれの場合にも文書作成の時点ですでにその利益についての主体が特定されていることを要するものと解される。(大阪高裁昭和五三年九月二十二日決定判例時報九一二号四三頁基本法コンメンタール民事訴訟法三七二頁)
ところで、右懇談会はその名の示すとおり、東京証券取引所、または、社団法人日本証券業協会の定款ないし規則に基づいて正規に組織されたものではなく、便宜開かれた会合であるに過ぎないものである。そして、本件文書は、当該懇談会における討議の内容及び経過をもつぱら当該懇談会自体の備忘のために任意書き留めた文書に過ぎないのであつて、控訴人、あるいは、その他の者の法的地位や、権利ないし権限を直接証明し、又はこれを基礎づける目的で作成されたものではないことは明らかである。
二、本件文書は同法三一二条三号後段に該当しない。
同法三一二条三号後段に規定する「挙証者と文書の所持者との間の法律関係に付き」作成された文書とは、挙証者と文書所持者との間に、成立する法律関係自体及びその法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載された文書をいうもので、しかも所持者が専ら自己使用の目的で内部的に作成したものはこれに該当しないと解される。(前掲大阪高裁決定前掲コンメンタール、菊井、村松民事訴訟法II三七九頁)
本件文書は、前記一に述べた趣旨で作成された文書で、その所持者である社団法人日本証券業協会企画部と挙証者である控訴人との間に成立する法律関係及びその構成要件事実を記載した文書でないことはいうまでもなく、またそれが専ら所持者の自己使用のための内部的文書であることも明らかである。
本件文書は、同法三一二条三号後段に規定する文書にも該当しないのである。
三、なお、控訴人は本件文書には証券業協会代表者らが大蔵省との間で証券市場における値付玉の譲渡について交渉し、同省からこれを非課税とする旨の了解を取りつけた旨の記載があり、その他本件訴訟における、核心的部分に関する事項の記載があると述べておられるが、大蔵省が法令制定に際し、各界各層の意見等を聴取することはあつても、その制定前にその内容について部外者に確約を与えることはあり得よう筈はなく、控訴人主張のように、値付玉の譲渡を非課税とすることについての要望に対して法令制定前にその了解を与えたなどということは全くあり得ないことである。
また控訴人は甲第十四号証(株式譲渡益課税のしくみ)が右懇談会における討議の結果作成されたと主張されるが、この点から見ても右懇談会の記載に値付玉非課税の記載がないものと推察される。けだし被控訴人が既に主張(昭和五三年十二月二十日付準備書面(一)の六)したとおり、同号証の内容から見て、その作成者において値付玉ないし冷し玉が所得税法施行令二十八条二項三号の「株式の公開の方法による株式の譲渡」に含まれるものでないと理解していたことが明らかに看取されるからである。
以上のように本件文書には控訴人主張の如き記載はあり得よう筈はなく、従つてそれは本件訴訟に何の影響をも及ぼすものでないのである。