東京高等裁判所 昭和54年(う)1270号 判決
(一) 関係証拠を総合すると、被告人が代表者であるアジア・セールス有限会社(Asian Sales Inc.以下ASIという。)が輸入して、保税地域から引き取り又は引き取ろうとした原判示第一から第四までの各洋酒について、被告人は、同社の業務として酒税の納税申告を兼ねた輸入申告(以下両者を併せて、輸入申告と略称する。)をした際、原判示申告価格が関税及び酒税(関税は原判示第三のステインハーガーについてのみ)の課税標準又はその基礎となる価格である旨申告したことが明白であるばかりでなく、原判示第一から第三までの洋酒は、直接であるか、間接であるかはともかく、いずれも香港商社であるワトソン・ザ・ワインマーチヤント・リミテツド(その前身のASワトソン・アンド・カンパニーリミテツドを含む)、ロングフオード・カンパニー・リミテツド、ナツシユ・アンド・ダイモツク・リミテツド及びガンデ・プライス・ワイン・アンド・スピリツツ・リミテツド(以上の各社については、以下適宜略称を用いる。)から販売されたものであること、原判決が原判示第一から第三までの各洋酒の実際の取引価格であると認定した各金額は、右各香港商社からその販売時に発行された仕入書(インボイス)に記載された価格(横浜港までの運賃及び保険料込みの価格。以下原仕入書価格という。)を各輸入申告時に適用される外国為替相場週間平均値により邦貨に換算した金額であることも明らかである(原判示別紙犯罪事実一覧表(一)の番号5及び12については、右の原仕入書写が証拠に提出されていないけれども、被告人の当審における供述等により原判決の説示するとおりに認定できる。)。
所論は、右の原仕入書価格と申告価格の関係について、(イ)原仕入書価格は、特定の取引目的のために仮装した表面的な価格で、右各商社の実際の販売価格ではない、(ロ)右各商社の実際の販売価格は、原仕入書価格から割戻し(リベート)額を控除した金額であつて、ASIの各申告価格と一致する、(ハ)しかも、ASIが輸入した相手は、直接には香港法人であるマーケツテイング・プロモーシヨン・リミテツド(以下MPLという。)であり、MPLが前記香港商社から各洋酒を香港国内の取引として右リベートの契約のもとに購入し、これを日本国内法人であるASIに右リベート控除後の価格により販売したものである、というのである。ところで、若し、ASIが香港商社から実質上直接に右洋酒を買い受けたものと認められる場合には、ASIが輸入申告すべき価格は、右リベートの存否により影響を受けるのはもとよりである。また、反面、仮に、所論のとおり、ASIがMPLから右洋酒を輸入したとみる場合にも、若し香港商社とMPLの間で実際には所論のリベートがないならば、MPLは、仕入価格より低価で販売したことになるから、後記(三)で判断するように、ASIの洋酒輸入に課せられる関税及び酒税の課税標準又はその基礎となる取引価格の確定に右リベートの存否は重要な関連を持つといわなければならない。なお、原判示第四の洋酒は、ASIが直接にか、間接にかはともかく、フランスのドニ・ムニ・アンド・カンパニー(以下DM社という。)ほか一社から買い入れ、フランスから直送させたものであるが、この洋酒については、DM社等の発行した仕入書記載の価格が当初提示の価格より値引きされていることが関係証拠により認められるから、右値引きがその酒税の課税標準の基礎となる価格確定のうえでどのように評価されるかが問題となる(ASIの申告した原判示第四の洋酒の価格は一銘柄を除き右値引き価格より更に若干低額である。)。
(二) そこで、まず、各香港商社が販売した原判示第一から第三までの洋酒について、所論のリベートがあつたかを検討する。所論が右リベートの存在を証明するのに役立つ証拠であると主張するものは、(イ)被告人の供述、(ロ)アンソニー・ウオングの一九七五年(昭和五〇年。以下昭和の年号で統一する。)六月九日付宣誓供述書、(ハ)ワトソン社総支配人GLデイクソン名義の佐藤正昭宛昭和四九年一〇月一〇日付手紙、(ニ)被告人作成の各種メモ(当庁昭和五四年押第四四九号の符一〇一号のいわゆるネツトプライスメモ、符一〇九号のロングフオードメモ、符一一三号のジヤツクダニエルメモ)、(ホ)MPLの会計帳簿写、香港公認会計士作成の帳簿公式監査記録及び銀行関係書類その他原審で弁護人申請により取り調べた各証拠のほか、当審で取り調べた(ヘ)ワトソン社副支配人DCウエブスター名義の昭和四七年一二月九日付仕入書二通(符一二九号のうち、弁護人のいわゆる新証拠であるN一-一、N二)及び昭和四八年一月二二日付仕入書(同号のうちのN三)、(ト)被告人作成のメモ(符一三〇号であるN四)である。
(1) これらのうち、第一に検討すべき証拠は、(ホ)のMPLの会計帳簿写である。この英文の会計帳簿写は、残高試算表、仕訳帳及び総勘定元帳(勘定科目の名称は弁護人提出の翻訳文の名称を用いて表示する。)により構成され、香港公認会計士作成の帳簿公式監査記録添付の貸借対照表及び損益計算書の基礎となり、それぞれ会計事実発生の日付、相手科目及び具体的金額(香港ドル建て)を付し、整然と記帳され、その記帳自体には概ね簿記上の矛盾がない。そこには、MPLが昭和四七年一二月から昭和四九年三月三一日の決算期までに各香港商社から一九回、DM社から一回洋酒を購入し、ASIにそれらすべてを販売したこと(他に三回の取引記帳もある。)、「仕入勘定」(勘定科目番号四〇〇。ただし、月別商社別の概数のみ。添付の「日計表」に商社取引別の日付金額が記帳されているが、取引別の銘柄・数量・単価の記載ある帳簿はない。)及び買掛金勘定とみられる「商品支払勘定」(同番号二〇三)各記載の代金額が銀行当座勘定とみられる「銀行現金勘定(同番号一〇一)、「短期預金勘定」(同番号一〇五)又はアール・アンド・ザイルマン当座勘定(同番号一一〇、Aal&Zyleman Current account.アール・アンド・ザイルマン・リミテツドを以下AZ社という。)を通して香港商社への支払に回わされていることの記載があるほか、各香港商社からのリベートの発生が、収益勘定科目とみられる「割戻勘定」(同番号七〇七)貸方と資産勘定科目とみられる「割戻受取勘定」(同番号一一三)借方に仕訳記帳され、このうち、ワトソン社分の一部(J15からJ19までの分、Jは被告人の付した対日貿易取引の一連番号の符号)、ロングフオード社初回分(J2)、ダイモツク社分(二回)及びDM社分(一回)を除き、リベート発生の後にその都度又は数回分を一括して、各社ごとにリベート額が割戻受取勘定の貸方とAZ社当座勘定借方に仕訳記帳されていること、J15からJ19までのワトソン社分及びDM社分については割戻受取勘定にそのまま残り、ダイモツク社分は不良債務勘定(同番号六〇三、貸倒金勘定)借方に、ロングフオード社初回分は銀行現金勘定借方に移記されていることが認められる。右記帳によれば、ロングフオード社初回分が銀行現金勘定に入金処理されているうえ、リベートのかなりの部分がAZ社当座勘定の借方に移されて処理されていることになる。右AZ社当座勘定は、右会計帳簿の組織・構成及び各記載を総合して検討すると、別の「AZ社支払勘定」(同番号二〇五)がAZ社により経費勘定(損費勘定系列を示すとみられる同番号六〇〇台の勘定科目)記載の経費を立て替え払いされた負債の動きを表示する勘定科目であるのに対して、AZ社又はウオング個人等の別の銀行口座と関連するとみられる(例えば、符七七号の手紙により被告人からウオングに通知された、被告人から第一ナシヨナルシテイ銀行香港支店のウオング個人口座への送金も同勘定借方に計上されている。)ものの、それ自体としては、銀行当座勘定の性質をもつものではなく、経費立替に由来するもの以外の、MPLのAZ社に対する債権債務の変動を記載する混合勘定科目であると推認できる。したがつて、割戻受取勘定借方にあつたリベート額がAZ社当座勘定借方に移記されたことは、MPLの香港商社に対する債権の記載がMPLのAZ社に対する同額の債権の記載に変つたことを示すにとどまり、リベートが香港商社からMPLに現実に支払われたことを意味しない。尤も、AZ社当座勘定貸方には右各移記の後の日付で銀行現金勘定借方を相手科目とする金額の計上はある。しかし、AZ社当座勘定の右貸方金額は、同勘定の前記借方金額と一致しない。その計上がAZ社やウオング個人等の銀行口座を介して他から送金のあつたことを示すとしても、AZ社の会計帳簿やAZ社又はウオング個人等の銀行口座の記録を見ないかぎり、その送金元を特定することはできないから、右計上によりリベートの支払いがあつたとまでは即断できない。この点について所論は、昭和四八年八月一四日付九九三〇香港ドル及び同月二一日付三万八〇〇〇香港ドルに関するAZ社当座勘定貸方と銀行現金勘定借方との仕訳記帳は、AZ社がMPLのためリベートを取り立てた後、AZ社が立替えていたMPLの経費(昭和四八年九月二七日付請求書の一部)を控除し、更に一部を留保した金額を二回にわけてMPLに支払つたことを示し、したがつて、香港商社からMPLへのリベート支払の事実、引いてはリベートの存在する事実を証明していると主張する。しかし、原判決も指摘するとおり、右控除の立替金額及び留保の金額が恣意的で不自然であるばかりでなく、右会計帳簿の記載によれば、AZ社がMPLのため立替払いをした当初から昭和四八年八月末日までの経費全額(MPL設立前のものを含み、同年九月二七日付請求書で請求した全金額。)が同年九月二七日MPLの銀行現金勘定によりAZ社に支払われていることが明らかである。しかも、後記のとおり、MPLの取締役であるウオングが同時にAZ社の管理責任者でもあるから、右請求及び支払・受領に先立つ同年八月一四日、同月二一日の段階で所論のような方法で立替金の回収をしていたとは到底認められない。そうすると会計帳簿中の所論の昭和四八年八月一四日付及び同月二一日付の右記帳がリベートの存在を裏付ける根拠とはならない。また、所論は、前記ロングフオード社との取引初回分のリベートについての記帳からロングフオード社がMPLにリベートの支払をしたことが明らかであると主張する。しかし、右会計帳簿の摘要欄の記載(これはMPLの事務を担当したウオングの供述を上廻る証拠価値があるとはいえない。)を除くと、同帳簿の記載及びこれに対応するアルゲメネ銀行香港支店作成の同支店MPL当座預金口座明細書写によつては、MPLの預金口座に同額の入金があつたことを示すのみで、その入金元を明らかにすることができないから、これもリベートの存在を裏付けるとまではいえない。更に、所論は、昭和四九年一月二二日付AZ社当座勘定貸方一九万二〇〇〇香港ドル(二万フラン)の記載及びデイーク・アンド・カンパニー(フアーイースト)リミテツド作成の外国通貨売買書(D一四)を援用し、MPLが同日デイーク社で買い受けた二〇万フランの代金として支払つた香港通貨一九万二〇〇〇ドルは、AZ社がリベートとしてロングフオード社及びワトソン社から二〇万三〇九四・四香港ドルを代理集金し、MPLのための立替金のうち一万一〇九四・五香港ドルの支払を受けた残金をMPLの銀行口座に振込んだものであると主張する。なるほど、MPLがデイーク社に右香港通貨を支払つた事実はこれを認めることができるけれども、同日付AZ社当座勘定貸方の記帳がMPLのAZ社に対する債務(借入金等信用の受供与)の発生にとどまるのか、同勘定に関連するAZ社等の銀行口座からの払戻しを意味するのか明らかではなく、仮に後者であつて、その前提として、送金等により右払戻しが可能となつた預金残高の存在を示すものであるとしても、以上の事実だけからは、その送金元を明らかにすることはできない。所論の立替金控除の点については、前記会計帳簿では昭和四八年九月以降の立替経費が決算期の昭和四九年三月三一日現在AZ社支払勘定貸方に残高記帳され、AZ社から同年四月四日付請求書で請求されているから、同年一月二二日ころ立替金の支払いをしたとの所論の前提が誤りであることがわかる(なお、検察官は、低価輸入申告をすると、輸入届書による送金も低額となり、隠れた差額送金を余義なくされるのが一般であるとし、本件の場合の隠れた差額送金のあつた情況的事実として、MPLのデイーク社に対する前記支払の源資の存在及び被告人がその直前の同年一月九日我が国を出て香港に渡り、同月一二日まで香港に滞在したことを指摘するが、これらの点からだけでは、右渡航のころ被告人が差額金を隠れて香港へ送付し又は持ち込んだか否かを明確にすることはできない。唯、以上のとおり、AZ社当座勘定は、MPLへの送金の送金元を不明にする役割を果し得ることは認めなければならない。)。そうすると、会計帳簿の前記一月二二日付記帳及びこれに関連する銀行関係書類によつても、所論のリベートの存在が証明されるとはいえない。
そのうえ、右会計帳簿写の外形、筆跡、全体の統一性や仕訳番号・勘定科目番号と日付の対比等に照らしてみると、それが一年余りにわたり会計事実発生ごとに逐次記載されたものでなく、本件発覚後である決算期以降にまとめて整理記帳されたものである疑いは、これを否定できない。右の疑いは、ダイモツク社分のリベート利益が他社の場合と異なり、AZ社当座勘定に移記されず、放置され、決算期に貸倒れの記帳となつていて、貸倒れ事実発生後の整理記帳を窺わせること、元帳の勘定科目が開始事業年度の当初に将来を展望し、余裕をもつた幅のある科目を設定したというよりも、決算期に過去を回顧して設定したように無駄なく構成されていることからも裏付けられている。右会計帳簿は、一年二か月の間に二十回余りの貿易取引を行つたに過ぎない小規模の企業の帳簿であり、仕入れ値引に相当するはずのリベートを、仕入値の修正や次回仕入代金との相殺などの手法によらず、単純に利益金計上の方式によつて記帳している(尤も、損益計算書にはリベートを仕入原価の控除項目としてある。)。しかも、MPLはウオングがAZ社管理責任者の立場で作成できるAZ社当座勘定対応資料を整えれば、リベートの存在を仮装しても、表面的に辻褄の合つた決算をすることができる。これらの点からすると、真実の経理を反映するとみられる現金・預金の出入や経費負担に関する記帳リベート関係を上乗せ記帳し、リベートによる収益水増しの決算をしたのでないかの疑問を払拭することができない。香港公認会計士が右会計帳簿に基づく貸借対照表及び損益計算書を認証し(なお、被告人の原審供述によれば、右会計帳簿を作成したのは同じ公認会計士事務所であるから、右認証は当然である。)、香港課税当局がこれに基づく納税申告を承認したとしても、表面的に不備がなく、収益の水増しをしていた以上、不思議ではなく、これによつて右会計帳簿の実質的な正確性を保証するものとはいえない。したがつて、右会計帳簿の摘要欄を含む記載の信用性には疑問があり、これによつてリベートの存在が証明されるとはいえない。