東京高等裁判所 昭和54年(う)1489号 判決
パラノイアの特徴は、妄想以外の点においては人格の崩れがなく、思考、意志、行動の首尾一貫性、明晰性が保たれているという点に求められるのであり、本件被告人の場合についても、右の特徴がおおむねそのとおりに認められるというべきである。すなわち、被告人は、四〇歳の年齢で本件の犯行に及んだのであるが、それまでの間、妻サチ子の不貞あるいは同女と吉太郎との情交関係に関することがらのほかには、特段に異常な言動もなく、通常の社会生活、家庭生活を送つて来ているのであり、妻や知人などからみれば、遊び好きでわがままである反面、「頭が切れる男」(小林一男の検察官に対する供述調書)「計算高く先の見える男」(久保田羨男の検察官に対する供述調書)、「相手を自分のペースに入れて行く才能はある」(サチ子の証人尋問調書)というような評価をうけているのである。右のような被告人の生活状況、性格特徴のほか、関係証拠によつて認められる本件犯行およびその前後の状況、本件犯行についての被告人の捜査段階ないし公判廷における供述内容などを総合考慮し、前記のように被告人が本件犯行当時パラノイアの病態にあつたことを基礎として判断すると、被告人は、自己の意図した行為により予見した事実と実現した結果とをわきまえており、その上に立つて種々の弁解すらしているのであつて、本件行為が殺人罪にあたることおよびその違法であることを一応認識していたものと認められるのであるが、ただ、本件犯行がパラノイアの病態に基づくため、その動機においても嫉妬、被害妄想による不自然・不合理性が著しく、その点からして事の是非善悪に関する判断力・抑制力が強く障害されていたものということができる。しかしながら、被告人は、本件犯行後直ちに逃走潜伏し、その間警察による捜査、逮捕の不安を感じ、同行していた子供らとの間で自首する話もしているのであり、当審における被告人の供述によつても、本件犯行について相応の罪の意識や反省も存することがうかがわれ、それが単に形式的なものとは認められず、これらの諸事情に徴すると、被告人に前記のような精神上の障害があり、その思考過程に著しい異常があつたとはいえ、本件犯行当時全く妄想に支配され、社会倫理的規範を理解できず、その遵守につき自己の行動を抑制することが不能な状態にあつたとは認められないというべきである。いいかえれば、被告人は、本件殺人の犯行当時、事物の是非善悪を弁識しその弁識に従つて行動する能力を全く欠いていたとはいえないが、その能力が著しく減弱した状態にあつたものといわなければならない。