東京高等裁判所 昭和54年(う)1559号 判決 1980年3月03日
被告人 山田弘志
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人京谷勝寿作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官桜田啓二作成の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、ここに、これらを引用する。
控訴趣意第一点について
所論は、原判決第一、第二と、第三、第四とはそれぞれ包括して窃盗の一罪とすべきであり、そうでないとすれば、原判示第二と第四の所為はそれぞれ詐欺罪に当たると見るべきであるのに、原判決がいずれも独立して窃盗罪に当たるとしたのは、審理不尽による法令適用の誤りをおかしたものである、というのである。
しかし、原判決挙示引用の関係証拠をそれぞれ総合すると、被告人の各窃盗罪の成立を認めた原審の措置は、優にこれを首肯することができるのであつて、原判決に所論のかしはない。すなわち、右関係証拠によれば、被告人は、原判示第一、第三のように各預金払戻用キヤツシユカード(以下、「カード」という)を窃取した後、その被害者らが友人でカードの暗証番号を知つていたことから、ひそかに、原判示第二、第四の管理者の意に反して、原判示のとおり三和銀行戸塚支店設置の自動支払機カード入口に右窃取したカードをそれぞれ差し込み、同支払機の各暗証番号を押して現金を出させ、これを自己の支配下においたものであることが認められるから、被告人の欺罔により被害者の誤信による現金の交付があつたものではなく、被告人が、カードを利用して、同支払機の管理者の意思に反し、同人不知の間に、その支配を排除して、同支払機の現金を自己の支配下に移したものであつて、このように窃盗犯人が賍物たるカードを用いて第三者たる右管理者の管理する現金を窃取した場合には、賍物についての事実上の処分行為をしたにとどまる場合と異なり、第三者たる右管理者に対する関係において、新たな法益侵害を伴うものであるから、カードの窃盗罪のほかに、カード利用による現金の窃盗罪が別個に成立するものというべきであり、右管理者の所属する銀行がカードの預金者に対し所論の免責を受けることがあるにしても、右認定を妨げるものではない。論旨は理由がない。
同第二点について
所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に重い、というのである。
そこで、記録並びに原審で取り調べた証拠を調査、検討すると、本件は、無為徒食の生活を送り金銭に窮した被告人が、友人のカードを窃取し、これを用いて現金合計二一万七、〇〇〇円を窃取した事案であつて、その犯行が少年時の犯行であることを考慮しても、犯情にくむべき事由が乏しく、その刑責の軽視しえないことを思うときは、被告人が若年であつて、前科はなく、本件の非を一応反省し、被害弁償の意思がないわけではないこと、その他被告人の経歴、性行、環境など被告人に有利な又は同情すべき情状を十分しんしやくしても、本件は刑の執行を猶予すべき事案ではなく、被告人に対する原判決の量刑が不当に重いものとは認められない。論旨は理由がない。
よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用を負担させないことにつき刑訴法一八一条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新関雅夫 下村幸雄 小林隆夫)