東京高等裁判所 昭和54年(う)200号 判決 1979年4月05日
主文
原判決を破棄する。
本件を千葉地方裁判所に差し戻す。
理由
<前略>職権をもつて調査すると、原審記録によれば、原審第一回公判において、被告人が本件訴因(覚せい剤の所持)について有罪である旨を陳述したので、原審裁判所は本件を簡易公判手続によつて審理をする旨決定し、検察官請求の書証及び証拠物を刑訴法三二〇条二項によつて取調べたが、被告人はこれに引き続き同公判において施行された被告人質問に際し、始め弁護人の「覚せい剤らしいものと分りながら持つていたのですか」とか「はつきりはしないがそれらしい物を持つていたことは認めるということですか」との問に対し、単に「はい」と答え、自己の罪責を肯定するもののごとくであつたが、さらに本件の具体的経緯に対する質問に対しては、自分は折りたたんだ千円札を拾得し、そのまま所持していたが、偶々自動車運転中、警察官の検問を受け、所持品の検査を受けた際、警察官が右折りたたんだ千円札を開披したところ、中から本件覚せい剤が出てきたもので、自分はそれまで右千円札の中に覚せい剤が入つていることは知らなかつた旨供述し、結局冒頭にした本件につき有罪である旨の陳述を翻えし覚せい剤所持の認識を争い、自己の罪責を否定するに至つたこと、検察官は被告人の右のような供述の変化に対処して、直ちに、被告人が本件により現行犯逮捕された際覚せい剤を所持していた状況を立証するための証人二名の取調を請求し、原審裁判所はこれを容れて右各証人を取調べる旨の決定をし、第二回公判において、その各証人尋問を施行したうえ、公判審理を終結し、第三回公判において原判決が宣告されるに至つたことが認められる。
ところで、簡易公判手続によつて審判する旨の決定があつた事件において、後に被告人が有罪の陳述を翻えした場合に、その否認の供述が罪体に関する立証が殆んど終了した段階においてにわかになされ、しかも、その供述自により、あるいは取調済の証拠によりその理由のないことが明白であるようなときは、右手続による旨の決定を取消すのを相当とするか否か裁量の余地があると解することができるとしても、本件のごとく、被告人が冒頭の有罪の陳述に引き続いて自己の刑責を否定する供述をするに至つたため、あらたに罪体に関する証拠調を施行する必要が生じたような場合には、もはや簡易公判手続によることができないものとして、刑訴法二九一条の三により裁判所はこれによる旨の決定を取消すべきである。
しかるに、原審が、本件につき簡易公判手続によつて審判する旨の決定を取消すことなく、右手続によつて審理判決したのは、訴訟手続の法令に違反したものであり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。<以下、省略>
(千葉和郎 永井登志彦 中野保昭)