東京高等裁判所 昭和54年(う)2265号 判決
被告人 横井耕二
〔抄 録〕
所論は、大麻取締法三条一項、二四条の二第一項の規定につき、1、大麻使用の人体及び社会に対する有害性は確定されておらず有害性があるとしても微弱であるから、大麻の譲渡、譲受、所持を刑罰で禁止する必要性と根拠は存しない、として憲法三一条違反をいい、2、法定刑が被害法益に比して重すぎる、として憲法三六条違反をいい、3、大麻以上に有害なアルコール飲料及び煙草の所持、使用が処罰されないのに、大麻の所持、譲渡、譲受が処罰されるのは法の下の平等に反する、として憲法一四条違反をいうものである。
以下に逐次検討する。
1、所論はまず、大麻使用の有害性の存在が確定され、若しくは有害性の程度の大きいことが確定されているのでなければ、大麻の所持、譲渡、譲受を処罰する一般的な必要性と根拠に欠けることになる旨立論するのであるが、さしあたりことを保健衛生上の見地に限って見てみても、大麻のように直接に人体に使用されて作用する薬物については、国としては、使用者個人の保健だけでなく、広く社会全体の精神的身体的保健衛生の増進向上に努めなければならないという立場からむしろ積極的に規制を及ぼすべきものでさえあるから、当該薬物の有害性の有無程度が異論なく確認されていなくても、およそ右の立場から看過しがたい重大な有害性の疑われる合理的根拠があって、その疑が確定的に払拭されていないという事情があるかぎり、一般に使用につながるおそれのある所持、譲渡、譲受の行為を刑罰の手段によって規制することの必要性及び合理性は十分に肯定できるものであって、その規制の範囲及び程度は立法政策の問題であるといわなければならない。
以上の趣旨において、憲法三一条違反をいう論旨については、その前提立論そのものに左袒しがたく、また関係証拠によれば、上述の意味での刑罰の必要性と合理性を裏付けるに足りる事情も優に認められるところである。
2、また本来、憲法三六条にいう残虐な刑罰とは、刑の性質乃至執行の方法それ自体において、当代の文化規範乃至人道上の見地から許容しがたい残酷無残なものをいうのであるから大麻取締法の前記法条に定める五年以下の懲役刑がそれ自体としてこれに該当するものでないことは論をまたず、いま所論にしたがって、被害法益乃至行為と刑との不均衡が憲法三六条の禁止に触れることがあるという見解を前提にしてみても、右の不均衡が残虐な刑罰にあたるとするにはそれが残酷無残なまでに極端な場合であることを要すると解されるのであって、大麻の場合、前述した刑罰の必要性及び根拠に対比して所論の均衡が極端に損われているものとは認めがたいところである。
3、更にまた、有害薬物若しくは有害性を疑われる薬物について刑事上の規制を及ぼす範囲と程度は、その有害性の性質、程度によってばかりではなく、その反面で一般的に認められている積極的効用の有無程度又は当該薬物の使用が当代の文化規範乃至社会通念にてらして容認されているものかどうか、或は、その使用が一般化して既に久しいものである場合にはその禁圧によって生ずるべき社会的反応の有無程度等諸般の条件を総合較量して定められるものであり、立法府による合理的な総合較量の結果が薬物の種類に応じて異なる規制となってあらわれることは、むしろ当然であって不合理な差別であるということはできない。そして、アルコール飲料及び煙草における公知の社会的諸条件にかんがみれば、大麻の所持、譲渡、譲受を五年以下の懲役刑で処罰することとする結果が、アルコール飲料及び煙草の場合に比較して範囲においても程度においても重く規制していることになるからといって、これを合理的根拠のない差別的規制と目することはできない。
(菅間 柴田 松本)