東京高等裁判所 昭和54年(う)295号 判決
被告人 鈴木敏嗣
〔抄 録〕
所論は、要するに、原審は、刑訴法二九一条二項に規定する被告人の被告事件について陳述する機会を奪った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反である、というのである。
そこで、本件被告事件の記録及びこれに編綴されている原審裁判官の忌避申立却下決定に対する準抗告申立事件の記録によって検討すると、右主張に関する経過事実等の概要は、次のとおり認められる。すなわち、
(一) まず、本件公訴事実の要旨は、「被告人は、株式会社中央公論社を解雇された者で組織する中央公論社労働組合有志と称するグループの構成員であるが、ほか数名と共謀のうえ、同人らとともに、昭和五二年一〇月八日午後二時一五分ころ、同社社長嶋中鵬二に対して解雇の撤回を要求する目的で、同人方住居に侵入したものである。」というのである。
(二) 次に、本件被告事件に関する原審の冒頭手続についてみると、
(1) 原審第二回公判期日において、原審裁判官は、被告人及び弁護人に対し、被告事件について陳述する機会を与えたところ、被告人は、「公訴事実は認めない。用意した書面に基づいて意見陳述をしたい。」旨述べたところから、裁判官は、被告人及び主任弁護人に対し、右書面の内容が被告事件に関連するものであるか、どうかにつき釈明を求め、被告人らの「然り。」とする釈明により、右申出を許可したこと。
(2) 被告人は、右書面に基づき意見を陳述中、検察官より「右陳述は、本件と関連がないものであるから制限されたい。」との異議申立があり、裁判官は、主任弁護人から、「検察官の異議申立は理由がない。」旨の意見を聴したうえ、右異議申立につき「本件に直接関連のない陳述は制限する。」旨異議申立認容の決定をし、被告人に対し「本件に直接関連のある事項につき陳述されたい。」旨陳述を制限したところ、被告人は、「今までなした意見陳述を撤回し、黙秘する。」旨を述べ、主任弁護人は、「公訴事実記載の事実はない。」と陳述した。なお、弁護人は、原審第三回公判期日の冒頭において、更に、被告人に意見陳述の機会を与えられたい旨の申出がなされたが、裁判官は、右申出を認めなかったこと。
(3) ちなみに、被告人の「意見陳述」と題する書面の内容の概要は、昭和四七年から同四八年にわたる株式会社中央公論社(以下、「会社」という。)と、その間に解雇処分を受けた被告人ら「中央公論社労働組合有志」(以下、「有志」という。)との争議関係の原因、内容、会社に対する「中央公論社労働組合」の姿勢・態度、右有志の主張・行動、解雇処分の理由及びそれに対する批判、会社側の態度、原判示嶋中鵬二方に対する集団行動の動機及び嶋中方の応接態度を含む従来の経緯、有志ら提訴にかかる地位保全仮処分事件の動向ならびに本件犯行に関する態様等を記載したものであって、その骨子は、要するに、本件は、会社と有志間における労働争議と密接不可分の関係にあるとして、本件犯行に至るまでの背景及び経過的事情を詳述したものである。
(三) 以上の事実関係に照らせば、被告人は、「本件公訴事実は認めない。」旨陳述し、更に、原審裁判官より「本件に直接の関連ある事項につき陳述されたい。」旨の注意ないし勧告をもされているのであるから、原審が被告人に対し、刑訴法二九一条二項による被告事件について陳述する機会を与えていることは明らかである。
所論は、刑訴法二九一条二項にいう被告人の被告事件についての陳述は、単なる公訴事実の認否にとどまるものではなく、公訴事実の背景を形成する社会的事実に関する陳述も当然含まれるものであるとし、被告人が本件の背景事情たる解雇の経緯を陳述している際、検察官の異議申立を認めて被告人の陳述を制限した原審の措置は、前記条項の被告人の陳述する権利を侵奪したものであると主張する。
なるほど、右法条にいう被告事件についての陳述の範囲が単に公訴事実の認否に限られるものでないことは所論のとおりであり、実体法上・訴訟法上の主張ないし申立を含むものではあるが、冒頭手続における被告人の被告事件についての陳述は、要するに、公訴事実に関する被告人の概括的な陳述を聴くことによって、被告人の防禦権を担保するとともに、事件の争点を明らかにすることにより、受訴裁判所の審理方針の明確化に資することを目的とするものであり、従って、この機会における被告人の陳述は、右の目的にそうものでなければならず、もとより冒頭陳述とはその性質を異にするものである。換言すれば、刑訴法二九一条二項にいう「被告事件についての陳述」は、公訴事実に関する認否にとどまらず、公訴事実に関する構成要件阻却事由、違法性阻却事由ないし有責性阻却事由に関する事実を含むものではあるが、右陳述は概括的なものでなければならず、その時間的範囲も冒頭手続の目的と機能に応ずる合理的なものでなければならない。これを本件に即して考えると、被告人が陳述しようとした所論の背景事情たる被告人らの解雇の経緯は、その内容からすれば、冒頭陳述でなされるべきものであり、冒頭手続の目的と機能を超えるものであって、原審が、所論のいう背景事情に関する被告人の陳述を制限したことも、事件に直接関係のある事項に限り陳述するように注意ないし勧告をしたことも適切な訴訟指揮というべく、刑訴法二九五条に照らし、被告人の本質的権利を侵害したものとは到底認めることができない。原審の訴訟手続には、所論の法令違反の瑕疵はな(い)。
(西村 高山 村田)