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東京高等裁判所 昭和54年(う)310号 判決

被告人 渡邊政之

〔抄 録〕

論旨は、被告人の住所、居所、犯罪地はいずれも京都市にあり、公訴提起当時被告人が東京都に現在していたのは違法不当な逮捕手続によるもので、刑訴法二条一項にいわゆる「現在地」とはいえず、したがって、原審の東京地方裁判所は本件公訴事実についてなんら土地管轄を有しないのに、不法にこれを認めて審判した違法がある、というのである。

記録によると、被告人の住居、居所および本件の犯罪地は京都市に所在し、被告人が昭和五三年九月一四日覚せい剤使用の事実について公訴が提起された当時に現在していたのは東京都であったこと、弁護人は、原審第一回公判期日(昭和五三年一〇月三日)において、被告事件について陳述する前に、京都地方裁判所へ移送を求める旨の申立をしたが、却下されたことが認められる。<中略>

そこで、所論にかんがみ、記録および証拠物を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討するに、そもそも、刑訴法二条一項にいう「現在地」とは、被告人が任意にあるいは適法な強制処分によって公訴提起時に現在する地域を指称する(最高裁判所昭和三〇年五月一七日決定・刑集九巻六号一〇六五頁、同三二年四月三〇日決定・刑集一一巻四号一五〇二頁等参照)が、これを本件についてみると、関係証拠によれば、次の事実が認められる。

一 警視庁蒲田警察署所属の警察官は、昭和五三年六月中旬ころ同署管内で窪島義広を銃砲刀剣類所持等取締法違反の容疑で現行犯逮捕し、その後さらに窃盗の嫌疑で通常逮捕して取り調べたところ、その自供により川崎市に居住する暴力団幹部相馬宏美から覚せい剤を入手した事実をつかみ、大森簡易裁判所裁判官から捜索差押許可状を受けて川崎市内の相馬方を捜索し、覚せい剤を発見したので、同人を現行犯逮捕した。そして、取調べの結果、京都市山科区に住居を有する美甘健次から覚せい剤を買い受けた旨の供述を得たので、これを基に、京都市に出張し内偵したところ、同人は被告人の義弟であること、以前は被告人から覚せい剤を譲り受けていたが、近年は美甘から被告人に覚せい剤が流れていること、美甘も被告人も覚せい剤の売人であることなどの情報を取得した。

二 そこで、美甘方および被告人方に覚せい剤等の証拠物件が存在するものとの疑いを深めた蒲田警察署警察官は、美甘方と被告人方の捜索、美甘の検挙が緊急事であると考え、美甘に対する覚せい剤取締法違反被疑事件(営利の目的による相馬への覚せい剤約九〇グラムの譲渡)について、同年八月二四日、大森簡易裁判所裁判官から美甘の逮捕状、同人方(京都市山科区川田中畑町二二番九)の捜索差押許可状とともに、被告人の住居(京都市伏見区深草北新町六四五番地)を捜索場所とする捜索差押許可状の発付を受けて、京都市に出張し、現地の山科警察署および伏見警察署の応援を得た。同月二五日夜から美甘方を張り込み、深夜被告人が美甘方に出入りして覚せい剤らしきものを注射したのを現認したが、同月二六日午前八時三〇分ころ美甘方の捜索を開始し、ついで、午前九時五分ころ、被告人方の門を叩き、被告人及び妻幸子の立会のもとに被告人方の捜索を実施した。

三 被告人の妻は、その直後自宅便所に行き、覚せい剤白色結晶入りビニール袋九袋をひそかに便壺に捨てたものの、右便所内を検索した警察官に右ビニール袋を発見された。被告人夫妻は覚えがない旨申し立てたが、警察官は、予試験の結果陽性反応を示したので、午前一〇時二〇分、右発見時の状況、被告人の両腕に見られる注射痕、ビニール袋等の存在等に照らし被告人夫妻を覚せい剤共同所持の現行犯人と認めて逮捕し、右覚せい剤のほか注射器一式、ビニール袋三袋、ビニール一枚、薬包紙も差押えて、いったん山科警察署に連行し、同署らと協議のうえ、前記逮捕状により逮捕した美甘とともに、蒲田警察署司法警察員に引致した。

四 同月二八日午前八時三〇分被告人の送致を受けた東京地方検察庁検察官から、東京地方裁判所裁判官あて勾留請求がなされ、被告人は同日午後二時一七分勾留状の執行を受け、代用監獄大森警察署留置場に勾留され、同年九月五日、さらに同月一六日までの勾留期間延長の裁判がなされた。

五 検察官は、捜査の結果、被告人の妻が前記覚せい剤を他人から預って所持していたが、被告人との共同所持に関しては公訴を維持するに足りる資料を得られず、別途被告人の覚せい剤使用の事実(原判示第一の事実)が明らかとなったので、同月一四日勾留中求令状と付記して右使用の事実について公訴を提起し、同日新たな勾留状が発付されて、被告人はひきつづき同所に勾留され、さきの勾留状については同日釈放された。

以上の経過を総合して考察するに、担当警察官において、被告人夫妻が現に覚せい剤を共同所持していたとの嫌疑を抱いたのは相当な理由があったと解されるので、右現行犯逮捕は適法である。また、その際に押収した覚せい剤は、被告人が美甘健次からこれを入手した疑いがあると同時に、美甘を入手先としているとみられる相馬、窪島らの前記容疑事実の情況証拠ともなるので、これを所持していた被告人も、右容疑事実の捜査のため一応は取調べるべきであって、当時の担当捜査官としてもそのように判断するのが相当であったと思料される。

ところで、都道府県警察の警察官は、当該都道府県警察の管轄区域内において職権を行うことを原則とする(警察法六四条)が、その管轄区域内における犯罪の鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕その他公安の維持に関連して必要がある限度においては、その管轄区域外にも、権限を及ぼすことができ(同法六一条)、また、いかなる地域においても、現行犯人の逮捕に関しては、警察官としての職権を行うことができる(同法六五条)。そして、被告人は、現行犯逮捕された段階において、蒲田警察署の管轄区域内における相馬、窪島らの前記容疑事件の捜査に関連して取調べる必要性が認められたこと、前記のとおりである。それゆえ、蒲田警察署の警察官が現行犯逮捕した被告人を同署に引致したことは、警察法六一条、六五条によって許された職権の行使であると解することができる。また、後日、右覚せい剤は被告人の妻の単独所持であったとされ、被告人に対して右所持の事実につき公訴が提起されなかったからといって、直ちに右逮捕等一連の手続が遡って違法性を帯びることにはならない。その他、被告人の逮捕及び勾留手続に違法とみられるかしは存しない。

してみると、被告人が覚せい剤使用の事実について公訴を提起された当時、被告人は適法な強制処分によって東京地方裁判所の管轄区域内に現在していたのであるから、刑訴法二条により原審に管轄権があるといわなければならない。

(岡村 林 新矢)

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