大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(う)664号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

本件事実関係は、判文摘示のとおりであるが、本件に至る経緯として次の事情がある。機械工業新聞社は、営業不振に陥り、同社社長は、昭和五〇年七月四日、組合に対し人員削減などを骨子とする会社再建案を提示したが、組合から強硬に反対されたのみならずその責任を難詰され、再建の目途が立たないため所在をくらまし、同社は、同月三一日不渡手形を出し、事実上倒産した。それ以来、右組合は会社事務所分室を無断で占拠した上、同社長及びその一族、会社幹部に対し、し烈な責任追求を行い、これら会社幹部等は、組合の追及を怖れ所在をくらましていたが、被告人らは、そのうち本件被害者である元取締役編集長の所在を探し出して本件犯行に及んだものである。

なお、主犯格の被告人松村、同毛利については、執行猶予付きの原判決が破棄され、各懲役一年の実刑が言い渡された。

【判旨】

<証拠>によると次の事実を認めることができる。

(イ) 同人は、株式会社機械工業新聞社(以下、単に「会社」という。)代表取締役社長酒井信一及び同社幹部職員と組合の組合員及びその支援者との間で、昭和五〇年七月末から同年八月初にかけて連日行われた団体交渉の席で、病気に倒れて入院するに至つたが、その以前から川口の自宅に被告人らが押しかけ、追及をうけるのに困り果てていたことや、家族に災難の及ぶのを恐れ、妻とも離婚して、退院後は被告人らを避け大田区多摩川一丁目にアパートを借りて一人で身を隠し、その住居も特定の者以外は身内の者にも知らせないで、被告人らから発見されることを極度に恐れながら生活をしていた。ところが、前記組合員らは山本の所在をつきとめ、同年一一月四日朝、被告人松村及び同秋本がほか数名の者と共に山本の居住していた右アパートに押しかけ、山本が隣室の者に一一〇番通報を依頼すべく叫び同被告人らとの面会を拒むにもかかわらず山本を部屋に押し込み、被告人松村が団交すると口火を切り、右会社の経営者側の行つた合理化案の策定や偽装倒産の策謀に加担したとしてその責任を追及し、組合員の生活の保障を要求し、また酒井社長の居所を明かすように迫るなどくり返し山本を難詰した。さらに、同日午後七時ころ近くの喫茶店「マリーゼ」に場所を移し、途中から被告人前川も加わつて右と同様の詰問を続けたが、同午後九時ころ山本が隙を見て同店便所窓から逃げ出したものの、見張をしていた支援者らに発見され、被告人松村、同秋本及び同前川や支援者らに追いかけられ同区多摩川一丁目一九番七号先路上で捕まり、被告人秋本が山本の足を靴の上から踏みつけ動かないようにして同人をそこにあつた門標のようなところに押しつけ、被告人松村が山本の洋服の襟をつかんで押しつけたり、小突きまわし、さらに被告人秋本も山本を足蹴りしたり、ネクタイをつかんで締めあげるなどし、これに対し山本は「乱暴するな」と大声を出したり、「今後逃げない、アパートから移ることもないから、いつでも君らと会うので今晩は帰してくれ」と言つたが、被告人らは「社長の居所を明らかにするまでは、まだまだ話し合を続ける」として、さらに被告人松村が背部を押し、被告人秋本が足を持つて山本を無理矢理乗用車の後部座席に押し込み、同人の両脇に被告人松村、同秋本が坐つて発進し、一旦山本方アパート前で停車し、被告人松村が前記同様に責任を追及し、さらに「社長の居所を言わなければこのまま組合事務所へ行つてもつと話そう」と言い、山本が頑強にこれを拒むや、被告人松村が「多摩川に放り込む」、被告人秋本が「東京湾の岸壁あたりに行つて殺して埋めればわかりはしない」などと言つて脅迫し、支援の者が同車を運転、疾走させて、同日午後一一時三〇分ころ同都港区浜松町一丁目二一番四号港ビル前付近に至り、ここから全員で山本を監視しながら同ビル二階の会社事務室に同人を連れ込んだ。

(ロ) 同事務室においては、被告人松村、同前川及び同秋本並びに支援者らは、さらに引き続き山本を監禁することの意を互いに相通じ、山本を床の上に坐らせて取り囲み、同人に対し被告人松村が胸ぐらをつかんで小突き、被告人前川が紙筒で顔を突き、被告人秋本がネクタイをしめ上げ、その他支援の者が膝を手拳で殴打するなどしたうえ、見張の者を置いて山本の動静を監視するとともに、就寝中入口の扉に施錠をし、さらに翌五日午後六時ころから被告人毛利も他の被告人らと意を通じて山本に対する監禁行為に加わり、団体交渉と称して山本のまわりを数人でとり囲み、前記再建案策定以降の同人の行動についてくり返し問い質し、主として被告人松村が「偽装倒産について画策した責任をとれ」「社長の居所を言え、言つたら帰す」「組合員の生活を保障せよ」などと執拗にくり返し申し向け、その間山本に対し被告人松村が襟首をつかんでゆさぶり、被告人毛利が頬を平手に叩き、被告人秋本が頭からコップの水をかけ、被告人前川が紙筒で頭部を殴り、その他支援の者が右脇腹を手拳で殴打し、同月八日午前零時三〇分ころまでの間山本を右事務所に閉じ込め脱出できないようにしていた。

(ハ) 被告人らは、右監禁中の山本の身体を検査し、同人が所持していた手帳を取り上げ、その他同人が秘かに身体に隠していたアパートの鍵や総計六五万円あまりの現金を見つけて提出させ、右アパートの鍵を用いて山本のアパート内から同人の書類を持ち出し、これらの手帳や書類によつて入手した資料にもとづき、山本が有馬淑子らと連絡をとつて被告人らへの対策措置をとることに協力していたことを知り、厳しく山本を追求するなどした。その結果、山本に「会社経営合理化案を作成し、偽装倒産をはかつた。酒井社長の逃亡に協力した。有馬と共に組合潰しをはかつた」などの文書を含む謝罪文を書かせた。

以上の事実を認めることができる。<中略>

本件はその情況からみて、所論のように山本を会社代表者ないしこれに準ずる者として労使の問題につき交渉したものとは認められず、むしろ同人を組合に敵対する行動をとつた者として、それについて詰問、糾弾する目的で、数名でとり囲み、長時間にわたりその身体を拘束し、暴行を加えつつ謝罪せしめたのであり、その会合の目的、内容及び被告人らの行為態様に照らして、これが労働法上認められた正当な団体交渉ないし団体行動であるとは到底解されない。これと同趣旨に出た原判決の判断は正当として是認することができる。さらに、右の行為の顛末、態様自体に鑑みても、これが社会的相当性の範囲を逸脱したものであつて、法秩序全体の見地からみて実質的違法性を欠くものでないことは明らかである。それ故被告人らの本件行為につき違法性阻却を認めなかつた原判決に、所論法令適用の誤りはない。論旨はいずれも理由がない。

(岡村治信 林修 新矢悦二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!