大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(う)804号 判決

被告人 小松光徳

〔抄 録〕

二 そこで記録及び証拠を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討すると、原判決挙示の証拠によれば、被告人が、本件自動車を運転して、原判示のとおり、昭和五三年六月一一日午後九時二五分ころ、原判示場所の道路を通行し、おりから同所で実施されていた光電式JRC車両走行速度測定装置による速度違反取締りにより、違反車両として検挙されたこと、同装置による測定結果は七三キロメートル毎時(小数点以下切捨)であったこと、被告人は検挙時の取調べにおいて、「客を乗せていたので急いだ」と述べただけで、別段事実を争うことなく、測定結果の印字された記録紙とこれを貼付した速度測定カードとにかけて確認の指印をし、かつ、そのとき作成された交通事件原票中供述書欄にも署名押印したこと、後刻、被告人において、本件自動車備付の運行記録計の記録では、違反時刻のころにおける最高瞬間速度が五八・九キロメートル毎時となっていることに気付き、現場に引き返して、なお取締り従事中であった警察官にその旨申し出たけれども、「このタコグラフでは細かい数字がわからない。」あるいは「タコグラフより測定器の方が正確だ。」などといわれてそのまま引きさがったこと、被告人は、同月二六日、交通切符処理のため検察庁に出頭して以後、速度の点を争うようになり、かつ、当時自分は第三車線を走行していたもので、第二車線を走行中の若い人が運転していたスカイラインに追い抜かれているから、取締り警察官はこの車を自車と誤認測定しているのではないかとも供述し、原審公判においても、この趣旨の弁解を維持していること、他面、監視係であった原審証人冨重博信は、もともと併進車両があってまぎらわしいときは、速度測定をしない手順となっており、本件を検挙した当時、被告人運転の車両は、第二車線を先頭走行していたもので、後続車はあったが併進車はなかった旨供述していること、右取締りの際使用された測定装置の作動の正確性を疑うだけの根拠はないこと、これに対して、本件自動車備付の運行記録計に装着されていたとされる「昭和五三年六月一一日」と日付の記載された記録紙(当庁昭和五四年押第二七二号の一)には、午後九時三五分ころ、本件自動車の瞬間最高速度が五九・八キロメートル毎時であったことを示す記録が存するのであるが、指針とりつけのゆるみないし案内盤のゆるみなどの機構上の欠陥に基づくと認められるゼロ点の不揃いのほか、取扱い上の不備も見受けられ、その記録に全面的な信頼を置くことができるかどうかが明確でないことが認められる。

三 これらの事実によると、原判示事実は一応認めるに足り、原審が被告人の前示弁解を採用せず、その摘示するような速度違反の事実を認定したことは是認できるかのようにも見えるのであるけれども、なお、当審で取調べた証拠、特に押収してあるチャート紙三枚(前同押号の二ないし四)をも総合して考察すると、結局のところ、前示記録紙の記録の正確性を否定し、被告人の前示弁解をくつがえすに足りる証拠がないことに帰し、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従い、原判決は事実を誤認したものとして破棄を免れない。

以下、所論に即し、主要な点について説明を加える。

(一) 所論記録紙が、本件当日、被告人の運転していた本件自動車備付の運行記録計に装着されていたものであることを疑うべき根拠はなく、その速度記録中、午後九時台の部分をみると、同三五分ころに約五八・九キロメートル毎時と読み取れる顕著な突出カーブがあるほかは、おおむね四〇キロメートル毎時もしくはそれ以下の速度だけが記録されており、所論のとおり、この突出部分が原判示にかかる午後九時二五分ころの走行に対応するものとして差支えないものと認められる。なお、これに引き続き、午後一〇時ころの時点に七〇キロメートル毎時を若干超過すると認められる瞬間最高速度が記録されており、もし右運行記録計の時刻表示に三〇分余の進みがあって、右記録が午後九時二五分に発生したとされる本件違反に照応するものと認めることができるならば、原判決の認定を支持すべき有力な証拠となる可能性があるのであるが、被告人は、右記録は、本件で検挙され、取調べののち再度営業のため走行中、運行記録計の速度記録がどの程度正確なものかを試験するつもりで六五キロメートル毎時程度の高速走行をしてみた時のものと思うと供述するのである。そして、右記録紙の記録開始は午前八時三〇分過ぎころであるところ、被告人の勤務開始時刻は午前八時とされているので、右運行記録計を作動させる時計には、約三〇分間の進みがあったようにも見えるけれども、その反面、被告人の勤務終了時刻が翌朝午前二時であるのに対し、記録終了が午前二時少し前となっているから、当日の運行記録は、全体として被告人の勤務すべき時間帯をカバーしていることとなり、従って、右記録自体からは、その時刻表示が三〇分程度進んでいたものと推認することができず、他にそのような事実を認定できる証拠も存しないのである。

(二) ところで、右運行記録計は現存しないが、記録紙上の記録をみると、本来存在すべき走行距離記録針(第一針)による記録がなく、また第三針による記録は、実車率を表わすべき部分を欠いており(料金メーターからのケーブルが接続されていなかったことによると解される。)、速度記録には、前示のとおり、速度記録針(第二針)取付基部のゆるみによると解されるゼロ点の不揃いがあり、ひいて右指針の追随性にも疑問の余地がないではないなど、機構上の不備ばかりでなく、使用の態様においても正確さを欠いていた模様である。しかし、それが、特に本件取締りを予想して、罪証隠滅をはかるため、あらかじめ作為したものと疑うだけの証跡も存しない。

また、右記録紙に記録されている速度は、記録開始時から終了時までの間、全般にわたり、おおむね四〇キロメートル毎時前後であって、六〇キロメートル毎時にいたることは比較的少ないのであるが、同時に、午前九時から一〇時台に数回の六〇キロメートル毎時を超える速度、午後六時二二分ころに約七〇キロメートル毎時の速度、午後七時二〇分ころに八〇キロメートル毎時に近い速度なども記録されていることからすると、高速度による走行においては速度記録針の追随性が不足し、十分に作動しない結果、本件検挙当時、被告人は七三キロメートル毎時の速度で進行していたのに、記録紙には五八・九キロメートル毎時の速度記録が残されるにとどまったものとも言い切れない。

さらに、当審で取調べた前記チャート紙(記録紙)三枚は、本件自動車を被告人と一日交替で運転している上道輝雄による本件前後にまたがる昭和五三年六月八日、一〇日及び一二日の各運転状況を示す記録紙であるところ、これらには、四〇キロメートル毎時を超える速度の記録がすこぶる多いばかりでなく、六〇キロメートル毎時を超える速度の記録も少なくなく、しばしば七〇キロメートル毎時を超えており、九〇キロメートル毎時に達するものさえ見受けられるのであって、このことをも考えあわせるときは、本件自動車備付の運行記録計には前示のような問題点が存するものの、その速度記録針の追随性は、六〇キロメートル毎時ないしこれを超える速度の帯域においても必らずしも著しく劣っていたものとはいえず、従って、被告人の運転した本件当日の記録紙における前記のような比較的低速度の運転状態を示す記録についても、その正確性を一概に否定し去ることはできないばかりか、むしろ、右上道に比べて一般に控え目な被告人の運転を反映するものと解して差支えないように思われるのである。

(三) つぎに、原審で取調べられた「速度取締実施結果表」(謄本)中の「速度測定記録」によれば、被告人運転車両は第二車線の先頭走行車であって、単独走行車や追い上げ走行車でなかったものとして記録されているから、被告人車両には後続車両のあったことが推認され、従って、被告人のいうような追い抜き車両が実在した可能性も皆無とはいえず、このような追い抜き車両との混同誤認を主張する所論は、必ずしもその前提を欠くものではない。

(四) そして、本件に際し、右のような混同誤認を生じ易かったと思われる状況として所論の指摘するところのうち、監視位置からの見通しが工事用の幕で妨げられていたかどうかは必ずしも確認できないけれども、その余はおおむね首肯できないものではなく、特に、前記「速度測定記録」によれば、速度取締りを開始した午後九時ころから、被告人の検挙された同二五分ころまでの間に、一分ないし三分の間隔で八台の乗用自動車が検挙されていることが明らかなので、交通量も違反車両数も多く、取締りに従事した警察官らも、かなり多忙であったことが窺われ、この面からする測定対象車両誤認の可能性も否定しきれないのである。

(五) そのほか、所論指摘の前記警察官らの原審公判廷における各供述は、正規の手順により、併進車のなかった被告人運転車両の速度を測定したというもので、別段作為的あるいは不自然というべき点はないけれども、本件当夜の速度違反取締りは、同夜午後九時から翌朝零時三〇分にわたって行われ(最初の測定が午後九時九分、最後の測定が午前零時五分)、その間、一、二分ないし数分おきに、六〇キロメートル毎時を超える測定値がえられたもの五〇台が検挙されているのであって、これらの被検挙者のうち、前述のとおり、検挙、取調べにあたり、否認、抗議その他特に印象に残るような行動をすることもなく、求められるまま、書類に署名、指印をした被告人に関し、五か月余を経た昭和五三年一一月一四日の原審第二回公判においてなされた各証言の証明力には、おのずから限界があるとしなければならない。そして、前記のとおり、その正確性をたやすく否定することのできない本件運行記録計による記録の存在することを考えれば、右原審証人らの供述に基づいて、本件当時に被告人が運転していた本件自動車の速度は前記測定値にほかならないと断定することは、まことに困難であり、他にこのことを合理的な疑を容れない程度に証明することのできる証拠も存しないのである。

四 そこで、本件において、被告人の弁解するところをくつがえし、本件公訴事実に副う事実を認定するに足りる証拠はないものといわなければならない。

(西村 高山 田尾)

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