東京高等裁判所 昭和54年(う)931号 判決
被告人 株式会社 京浜商事 ほか一人
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人大森実厚及び同大森綾子連名の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官河野博名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意第一の第一点ないし第三点(事実誤認の主張)について
所論は、要するに、被告会社と株式会社開拓社(以下開拓社という。)との間で、加藤光ほか一六名所有にかかる千葉県船橋市古作町所在の土地(以下本件土地という。)に関し、昭和四八年度中に売買契約を締結したことはなく、したがつて、その売買代金は勿論、右取引による被告会社の収益も確定していないうえ、開拓社に対し本件土地の引渡しも完了していないのに、これらを全て肯定し、昭和四八年度における被告会社の実際所得額を三億四三九〇万二〇六六円と認定した原判決には事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
そこで、検討するに、(証拠略)によると、次の事実を認めることができる。すなわち、
一 開拓社は、岡崎工業株式会社(以下岡崎工業という。)が本件土地を含む付近の土地を買収して同所にマンシヨンを建設する計画であつたので、被告会社を通じて、右土地を買収し、これを岡崎工業へ転売しようと考え、昭和四七年六月八日、被告会社との間で、右土地を総額一一億六〇〇〇万円で買い受ける旨の売買予約を結ぶ一方、昭和四八年一月三〇日、岡崎工業との間で、右土地を二二億八五二五万円で売却する旨の売買契約を締結した。
二 しかしながら、右各契約締結後、地価が上昇し、あるいは地主の一部に買収に応じない者が出るなど、その後の事情に変更が生じたので、被告会社は、昭和四八年二月二六日、開拓社との間で、先きに締結した売買予約を解除し、改めて、被告会社が明友産業株式会社(以下明友産業という。)を通じ、すでに買収ずみの物件及び将来確実に買収できる物件(本件土地)を一三億四三二七万二六八〇円で売り渡す旨の契約を締結した。右契約には、契約締結と同時に手附金八億三一七二万円を、同年八月一五日までに中間金二億一五〇〇万円を、開発行為に関する諸手続きが完了した後、地目変更をして所有権移転登記手続きができる時点で残金二億九六五五万二六八〇円をそれぞれ支払う旨定められている。
三 ところが昭和四八年八月ころに至つて、開拓社が資金繰りに窮し、本件土地の売買代金を約定どおり支払わなかつたので、被告会社は、明友産業を通じ、昭和四七年一〇月から昭和四八年四月にかけて、本件土地を買収したにもかかわらず、地主らに対し、売買代金の支払いができなくなつた。そこで、同年一〇月三〇日、本件土地の売買代金の決済につき、被告会社明友産業、開拓社及び岡崎工業の四者間で協議した結果、岡崎工業は、開拓社が被告会社に支払うべき本件土地の売買残代金を被告会社に、明友産業が地主らに支払うべき売買残代金とその遅延利息及び耕作補償費等を地主らにそれぞれ直接支払うこと、右以外に、被告会社は開拓社との間で昭和四八年二月二六日付で、開拓社は岡崎工業との間で同年一月三〇日付で締結した本件土地に関する売買契約上の権利義務を一切有しないことを確認して、それぞれ本件土地に関する契約関係から離脱すること、岡崎工業は本件土地につき買主たる地位を承継することの合意が成立したので、その旨の確認書が取り交わされた。
四 以上のような過程を経て、岡崎工業は、右約旨に従い、各地主に対する売買残代金等の未払い分について、昭和四八年一二月二一日(但し三橋勲分は昭和四九年一月二九日)までにその全部を支払い、同時に各地主らから所有権移転登記等に必要な権利証、委任状、印鑑証明書等関係書類の交付を受けるとともに、被告会社に対しても昭和四八年一二月末日までに残代金の全部を支払つた。そして、本件土地中、加藤光所有の一四筆を除いた他の土地について、同月二一日までに岡崎工業のため、所有権移転登記ないし条件付所有権移転の仮登記が経由されたが、右加藤光所有の土地については、二筆を除き、昭和四九年二月六日付で岡崎工業のため昭和四八年四月二五日付の売買を原因とする所有権移転登記ないし条件付所有権移転の仮登記が経由された。さらに、昭和四九年二月一三日、市川簡易裁判所において、岡崎工業と大久保正雄を除いた一六名の地主らとの間で、(一)本件土地中、農地に関する売買契約も有効に締結され、かつ、前記各仮登記も有効に経由されたものであること、昭和四八年一二月二一日(但し三橋勲所有の一筆分については昭和四九年一月二九日)までの間に本件土地の売買代金を全部受領したこと、岡崎工業が本件土地の売買に関する買主の地位を有効に承継したことを各地主らが確認し、(二)各地主らにおいて、前記仮登記が経由されている農地につき、和解成立後、直ちに農地法五条の転用手続きをする旨の即決和解が成立した。なお、右大久保正雄は、他の地主とともに売り渡した土地の全部につき、昭和四八年九月二〇日付で岡崎工業のため所有権移転登記が経由されているので、右即決和解には加わらなかつた。
五 被告会社では、事業年度が一月一日に開始し、一二月三一日に終るのであるが、本件土地の売買代金(予約金を含む。)として、昭和四七年一〇月一八日から昭和四八年二月二六日までの間に、開拓社から七回に亘り合計八億三一七二万円を、同年四月二六日から同年一〇月一五日までの間に、開拓社から五回に亘り合計二億一五〇〇万円をそれぞれ受け取り、これを仮受金勘定に計上し、次いで同月三〇日から同年一二月三一日までの間に、岡崎工業から八回に亘り合計二億九六五五万二六八〇円を受け取り、これを仮受金勘定又は土地勘定(売上勘定)に計上していたが、決算期に右仮受金勘定及び土地勘定に計上した合計一三億四三二七万二六八〇円を同年二月二六日付で受領した旨売上勘定へ振替処理した。
以上認定したように、被告会社は、昭和四八年度中に、開拓社に対し、本件土地を代金一三億四三二七万二六八〇円と定めて売り渡し、その代金の全額を受領して、これを売上勘定に計上しており、一方、各地主らも売買代金を全額受領して、本件土地に関する権利証等関係書類を交付し、これを用いて岡崎工業のため所有権移転登記ないし条件付所有権移転の仮登記が経由されているのであるから、被告会社としては、本件土地に関する売買契約上の債務を全て履行したものといつて妨げなく、したがつて、昭和四八年度中に、本件土地の売買代金が一三億四三二七万二六八〇円と確定し、実質的には本件土地の引渡しも完了したものと同視し得るばかりでなく、前記四者協議に基いて同年中に代金の清算を終了したのであるから、その収益の原因となる権利が同年中に確定したものと認めるのが相当である。もつとも、三橋勲に対し売買残代金三〇四万五五〇四円が支払われたのは、昭和四九年一月二九日であり、また、加藤光所有の土地につき、岡崎工業のため所有権移転登記ないし条件付所有権移転の仮登記が経由されたのは、同年二月六日である。しかしながら、三橋勲所有の土地について、その売買代金一四八七万二七〇四円のうち一四七万八四〇〇円については昭和四七年一一月一日に、一〇三四万八八〇〇円については同月二〇日に支払われているばかりでなく、昭和四八年八月二八日に岡崎工業のため条件付所有権移転の仮登記が経由されており、また、加藤光所有の土地については、前記各登記の登記原因を昭和四八年四月二五日付の売買とされているうえ、同人に対し、昭和四八年一二月二一日に売買代金の全額が支払われ、同時に権利証等の関係書類が岡崎工業に交付されているのであつて、これらの事実に徴すると、売買代金の一部の支払いや所有権移転登記及び条件付所有権移転の仮登記の経由が昭和四九年一月以降になされたことのみでは前記認定の妨げにはならないものというべきである。してみれば、原判決には所論のような事実の誤認はないから、論旨は理由がない。
控訴趣意第一の第四点(事実誤認の主張)について
所論は、要するに、会計処理の不手際から、被告会社が昭和四八年度に計上すべきでない売上金九一七〇万円を誤つて計上したため、これを是正すべく、右金額に見合う金額を手数料として新興建設株式会社へ支払つたものの如く計上したのであるから、右手数料の支払いを否認するのであれば、これに見合う同額の売上金も除外すべきであるのに、これを認めなかつた原判決は事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
そこで、検討してみるに、関係各証拠によると、次の事実を認めることができ、これに反する原審証人堤幸雄、同白鳥竜美、同牧之瀬幸彦の各証言、原審(第一回)における被告人岡野谷繁光の供述は、他の関係各証拠に照らし、にわかに措信することができない。すなわち、
一 開拓社の専務取締役で、かつ、有限会社銀庄エステート(以下銀庄エステートという。)の代表取締役でもあつた貝塚正二は、本件土地の売買代金として、開拓社が被告会社に支払うべき九一七〇万円をほしいままに右銀庄エステートの資金に流用した。そこで、被告会社としては、開拓社から右金員を一旦受領したこととし、これを昭和四八年二月二六日付で銀庄エステートに貸付けた旨の会計処理をした。そして、同年一一月六日に至つて、右金員を昭和五〇年一〇月から昭和五三年一〇月末日まで分割して弁済を受けることとしたうえ、貝塚正二を連帯保証人とする債務弁済契約公正証書を作成したが、その当時、銀庄エステート及び貝塚正二は右借入金の返済意思を有していた。
二 ところが、被告人岡野谷及び当時被告会社の専務取締役であつた久保田嘉一は、昭和四八年一二月、会計事務を担当していた田島輝雄から、被告会社の昭和四八年度の仮決算を行つたところ、多額の利益が生じたので、その取扱いをいかにすべきか相談を受けた。そこで、被告人岡野谷らは、当時金融事情が厳しくて土地の売行きがあまり芳しくないうえ、利益の大半が土地として残つたものの、その換金が容易でなく、しかも銀庄エステートに対する貸付金の回収も見込みがなかつたことなどから、架空の支払手数料を計上して利益操作を図ろうと考えた。そして、まず、銀庄エステートに貸付けた九一七〇万円に相当する金員を手数料として支払つた旨の架空計上をすべく、新興建設株式会社代表取締役笠井唯夫に依頼し、その事実がないにもかかわらず、昭和四八年一〇月二五日に同会社が被告会社から九一七〇万円の手数料を受取つた旨の領収書を作成してもらい、これを用いて架空の支払手数料を計上した。
右認定のとおり、被告会社が新興建設株式会社へ支払つたとする九一七〇万円は架空のものであるばかりでなく、被告会社は、開拓社から同額の売買代金を受領したこととして、これを銀庄エステートに貸付けているのであるから、被告会社が所論のような会計処理をしなければならない正当な事由も見い出し難く、したがつて、右九一七〇万円を被告会社の売上金から除外しなかつた原判決は相当であつて、事実の誤認は認められないから、論旨は理由がない。
控訴趣意第一の第五点(事実誤認の主張)について
所論は、要するに、被告会社が大日総合開発株式会社名義で計上した支払手数料六四五〇万円の中には、開拓社の役員四名に支払うべきリベート合計六〇〇〇万円が含まれており、これは被告会社の費用に当たるものであるから、昭和四八年度の所得計算をするに当り、右六〇〇〇万円を控除すべきであるのに、これを認めなかつた原判決には事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
そこで、検討するに、関係各証拠によると、次の事実を認めることができ、これに反する原審証人貝塚正二、同中村守利、同白鳥竜美の各証言、原審(第一、二回)及び当審における被告人岡野谷繁光の供述、同被告人の収税官吏に対する昭和四九年一二月四日付質問てん末書は、他の関係各証拠に照らし、到底措信できない。すなわち、
一 昭和四九年二月ころ、被告人岡野谷と開拓社の専務であつた貝塚正二との間で本件土地を含む付近の土地に関する取引きが滞りなく完了した段階で、被告会社がいずれも開拓社の役員である中村勝一、中村守利、堤幸雄及び貝塚正二の四名に対し、リベートという名目で合計六〇〇〇万円(一人当り一五〇〇万円)を支払う旨の話合いがなされた。右中村らは、貝塚正二を通じて、その話を聞いたが、あまり当てになる話ではなかつたので、その支払請求をしていないし、被告会社も現在まで右金員を支払つていない。
二 被告人岡野谷は、被告会社が昭和四八年度中に右六〇〇〇万円を支払つていないうえ、同年度の確定債務にもなつていなかつたけれども、前記のように、利益操作を企図していた折りでもあつたので、大平総合株式会社代表取締役田中卓視に対し、手数料六〇〇〇万円を受領した旨の領収書の作成方を依頼したが、これを拒絶された。
三 そこで、被告人岡野谷は、大日総合開発株式会社と刻したゴム印を用い、同会社が六〇〇〇万円の手数料を受領した旨の領収書を作成し、これを利用して被告会社が右会社へ手数料六〇〇〇万円を支払つた旨の会計処理をした。なお、右大日総合開発株式会社は、前記田中卓視が設立しようとした会社であるが、右商号が類似商号登記の禁止規定に触れるため、結局設立登記をすることができなかつたものであつて、実在する会社ではない。
右認定のとおり、たとえ右リベート名義の開拓社の役員個人の支払が被告会社の損金になるとしても、被告人岡野谷が貝塚正二との間で、その支払いの話合いがなされたのは、昭和四九年二月ころであつて、その支払い義務が昭和四八年度中に確定していたものとは認められないうえ、被告人岡野谷が被告会社の利益を操作しようとして、その事実がないのに、実在しない会社名を用いて六〇〇〇万円の手数料を支払つた旨の虚偽の領収書を作成し、これを同年度の費用に計上して会計処理をしたものであつて、これが費用に当らないことは明らかであり、したがつて、原判決が右六〇〇〇万円を被告会社の所得から控除しなかつたのは相当である。してみれば、原判決には何ら事実の誤認がないから、論旨は理由がない。
控訴趣意第二(法令適用の誤りの主張)について
所論は、要するに、本件土地は、不動産の売買業等を営む被告会社が転売する目的で取得したたな卸資産であつて、固定資産ではなく、したがつて、その譲渡による収益の帰属時期については、法人税法基本通達(昭和五五年五月一五日付「直法二―八通達」による改正前のもの。以下同じ。)二―一―一により、その引渡しがあつた日を基準とすべきところ、固定資産の譲渡による収益の帰属時期に関する同通達二―一―三に準じて扱うことが可能であるとして、被告会社の収益を認定した原判決は、右通達ひいては法人税法二二条の解釈、適用を誤つた違法があり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
ところで、法人基本通達は、国税庁長官が法人税法の規定の趣旨、制度の背景等を勘案しつつ、具体的事案の妥当な課税処理を図るため、一定の取扱い、運用等を定めたものに過ぎないのであつて、これが刑訴法三八〇条にいう法令に当らないことは明らかであるから、所論は法令違反の主張としてはその前提を欠き失当たるを免れない。
しかし、所論に鑑み、さらに検討してみるに、本件土地は、不動産の売買業等を営む被告会社にとつては商品であるから、たな卸資産に属すると解すべきであるのに、原判決は、これを非たな卸資産である固定資産であると理解した誤りがある。しかしながらたな卸資産の販売による収益の帰属時期に関する同通達二―一―一は、「たな卸資産の販売による収益の額は、その引渡しがあつた日の属する事業年度の益金の額に算入する。」とし、引渡基準によるべき旨定めているものの、その引渡しの時期については、販売形態、商品の種類、取引の条件及び慣行等により千差万別であつて、必ずしも明らかではなく、その具体的な基準としては、通常、出荷基準と検収基準とが採用されており、そして出荷基準より引渡し時期の遅い検収基準は、相手方が商品等を検収して引き取つた時に引渡しがあつたものとする方法であるところ、すでに認定したとおり、本件土地に関する売買代金の授受、それに伴う権利証等関係書類の交付、登記の経由など、本件取引の条件、形態、慣行等に徴すると、同通達二―一―一に依拠したとしても、本件土地の引渡しが昭和四八年度中に完了したものと認められるから、本件土地売却による収益を昭和四八年度の事業年度に計上した原判決の結論は正当である。論旨は理由がない。
控訴趣意第三(量刑不当の主張)について
所論は、要するに、被告会社を罰金二五〇〇万円に、被告人岡野谷を懲役一年、二年間執行猶予の刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。
そこで、検討すると、本件は、被告会社の一事業年度の逋脱に関する事案であるけれども、実際所得額が三億四三九〇万二〇六六円もあつたのに、その所得額が五七七〇万二〇六六円しかなかつた旨虚偽の確定申告書を提出し、もつて法人税額一億一六〇九万三〇〇〇円を不正に免れたものであつて、その逋脱額が多いうえ、逋脱率も八三パーセントに及んでおり、しかも決算をする段階で多額の利益が生じた旨の報告を受けるや、これを操作すべく、まず、その手段として、三晃物産株式会社ほか五社に対し、支払手数料を受取つた旨架空の領収書作成方を依頼し、一部の会社からこれを拒絶されるや、被告人岡野谷が自ら実在しない会社名を用いて虚偽の領収書を作成したうえ、合計二億八六二〇万円の所得を免れようとしたものであつて、その犯行態様が悪質であることに徴すると、被告人らの刑事責任は重いといわなければならない。したがつて、逋脱にかかる所得のうち、一億五二四〇万九八六一円については、昭和五〇年五月自己否認をして修正申告書を提出したこと、本件で逋脱した法人税を全部納付したこと、被告会社では本件後税務事務に精通した税理士を顧問に迎え、税務手続きに遺漏ないようにしたこと、被告人岡野谷には本件以外に前科前歴がないこと、その他所論指摘の情状を十分斟酌しても、被告人両名に対する原判決の量刑が重過ぎて不当であることは認められない。論旨はいずれも理由がない。
よつて刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 海老原震一 杉山英已 新田誠志)