大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(う)98号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

所論にかんがみ、原審記録を精査、検討してみると、まず、原判決が、弁護人らの主張に対する判断の項の一の(1)ないし(11)において判示している、本件当日の原判示共同暴行などの事態にいたる被告人らを含む中核派に属する者の行動や現場の状況、暴行開始の端緒やその後の乱闘、投石の状況、推移などをすべてそのとおり肯認することができ、原判決のこの認定に誤りは見出せない。そして、この認定事実のもとにおいて成立する共同正犯につき原判決の説示するところも妥当であつて十分支持することができる。すなわち、本件当日被告人らを含む中核派に属する多数の者が原判示のような集会や行進に参加し、それが終了して帰途についた後も依然、統率者の指揮に従つて原判示のような統制のとれた隊列を維持して統一的行動をとり、ヘルメツトを着用し旗竿などを所持した者らが集団の前後に位置して、いつでも闘争に移れるような隊形をとつていたのは専ら、日ごろから激しい敵対関係にあり、当日も同じ会場付近に多数集合していた革マル派の襲撃ないしはこれとの万一の遭遇・衝突に備えていたためであつたと認めるほかなく、本件現場である国鉄新橋駅第三ホームの六番線側で電車の入線を待つていた被告人ら中核派の者が、同ホーム五番線に入線して来た電車に革マル派が乗車していることを発見して、これを周囲に伝えるや、ホーム上にいた中核派の者らは入線した電車の乗降口のドアも開かないうちに、原判示のように攻撃を開始し、その後引き続き乱闘が展開されたものであつて、このような状況に徴しても、最初の中核派の攻撃が始まつた後すぐその場から立ち去つた者は別として、衝突の事態を目の前に見ながら依然現場に滞留し続けた者は、攻撃実行者と行動を共にするため、ないしは気勢をそえるため、あえて離脱することをしなかつたものと認められ、同人らは順次、相互に、革マル派に属する者らに暴行を加えること、及びその際その付近にいる一般乗客に対しても暴行を加えることになつたり、右暴行やそれに伴う国鉄新橋駅構内への滞留などによつて同駅に発着する多数の電車を停止させることになるかもしれないが、それもやむをえない旨の意思を相通じたものといわなければならず、本件の各犯行は、中核派の集団中に形成された共同の加害意思すなわち共謀に基づいた集団による闘争の継続、発展であり、全体として連続した同一性のある行動と認められるから、原判示の共同暴行などの実行行為に出た者が実行共同正犯となるのはもちろんのこと、実行行為に出ない者であつても、右闘争の展開する現場に踏み留まつていた以上、同じ集団に属する者らと一心同体となり、その行動を自己の行為とする意思を共通にしたものとして共謀共同正犯の責任を免れることができないものであるといわなければならない。

そこで、次に、被告人らにつき、それぞれ実行行為の分担があつたか否か、ないしは残留集団の一員であつたか否かについて検討してみると、原判決が、前記判断の二の(1)ないし(5)および(7)において被告人ら各自の本件犯行とのかかわりあいの状況について認定説示しているところは、いずれも証拠に照らし相当であつて、誤認のかどを見出し得ない。すなわち、証拠によれば、(1)被告人角田は、本件犯行当日午後零時四三分ころすでに、中核派の集団が一番ホームにいる革マル派の集団に向かつて投石していた二番ホーム上にあつて、チューリップ型の帽子をかぶり、竹竿を手に持ち、ワイシヤツを腕まくりした姿で一番ホームに向けて二回ほど投石し、その後有楽町寄り階段を降り、汗と血のついた顔をハンカチでふき、ふらふらしながら歩いて、途中、竹竿を捨てて逃走しようとしたところを国鉄新橋駅日比谷改札出口の外で機動隊員に逮捕されたこと、(2)被告人小多は、本件現場の第三ホーム有楽町寄り第一階段付近の、すでに投石が繰り返された形跡の歴然としたホーム上において、模様の入つたサマーシャツ姿で、竹竿を手にした他の中核派の者らとともに、本件電車に向かつて竹竿を構えていたこと、および、その直後、警察官に追われて竹竿でこれに立ち向かいながら右階段を降り、午後零時四〇分ころ同駅日比谷口改札口を出たところで逮捕されたこと、(3)被告人大熊は、本件五番線の電車の窓ガラスが大半破られ、中に乗客がいなくなつていた当日午後零時四〇分ころ、右第三ホーム第一階段付近において、竹竿を空に向けて気勢をあげたり第二ホームの革マル派集団に向かつて激しく投石していた中核派約五〇名の集団内にいたことや、その後右集団とともに第三ホーム有楽町寄り先端付近まで移動して午後零時四五分ころ同ホームから飛び降りようとしたところを逮捕されたが、その際、同被告人の手には投石をうかがわせる赤茶色のよごれが付着していたこと、(4)被告人坂本は本件発生後の時刻に現場である国鉄新橋駅方向から同有楽町駅方向に向かつて線路敷内を一人で小走り気味に歩いて、午後零時五〇分ころ同駅西側ホーム新橋寄りのところに上つたところで警察官から質問を受けたが、何も答えず、手で払いのけて逃げようとして逮捕されたこと、その際、同被告人は左肘と左腕内側の二か所に傷を負つており、シャツにも血がついていたこと、(5)被告人内田および同佐藤は、いずれも、線路敷内を国鉄新橋駅方向から、同駅の北方約六〇〇メートルのところにある山下橋ガード付近まで来て、相前後して同ガード北西側の金網フェンスを乗り越え、電柱を伝つて、高架状の鉄道線路敷内から下の道路に降りようとしたところを警察官に発見され、午後零時五二、三分ころ逮捕されたこと、その際、警察宮の質問に対しては答えず、被告人内田は首から笛をぶらさげており、また、喉仏の下あたりに赤色になつた擦過傷を負つており、被告人佐藤は右肘から血を出し、右足首を痛めてびつこをひき、また、右鎖骨内側には、赤くなつた打ち身が認められたこと、さらに、先に鉄柱から降りようとしていた同被告人は、その途中で、下で待ち構えた警察官にとがめられると、一たんは上に戻ろうとしたこと、(6)被告人小山は、本件発生後の時刻に、ヘルメット着用の者も混えた数十名の者らとともに、線路敷内を新橋駅方向から有楽町駅に向かつて早足で進んで来たが、同駅方向から警察官が近づくのを認めると方向を変えて逃走を試みたが、午後零時五一分ころ逮捕されたこと、その際、同被告人は左手人差指から出血していたこと、以上のような事実がそれぞれ認められるのであつて、これら各被告人の逮捕に至るまでの状況や、逮捕の時間・場所およびその際の身体の状況や態度行動などを総合すると、被告人らはいずれも、前記本件事件現場において他の中核派に属する者らと原判示のような共同意思を形成して共謀のうえ、あるいは実行行為に出、あるいは犯行現場に残留していた者と認定することができ、従つて、原判示各犯罪行為の共犯者として刑事責任を負わなければならず、これを肯定した原判決の判断は正当であつて、所論のような事実の誤認はない。

(小松正富 石丸俊彦 佐野昭一)

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