大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ツ)61号 判決 1980年11月18日

上告人

大森栄次郎

右訴訟代理人

貝塚次郎

被上告人

金田豊

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人貝塚次郎の上告理由第二について。

所論は、本件土地の真正な所有者である上告人は訴外伊セ崎卓治を代理人として訴外柳川礼二に本件土地担保による融資を依頼したのであるから、右伊セ崎と被上告人金田との間に民法九四条二項を適用する余地はないのに、同条項を適用した原判決には同条項の解釈を誤つた違法があるというものである。

ところで、甲から不動産を買受けた乙が丙に所有権を移転する意思がないのにかかわらず、甲から丙名義に所有権移転登記をすることを承諾したときは、乙丙間に民法九四条二項を類推適用し、乙は丙が所有権を取得しなかつたことをもつて丙から不動産を取得した善意の第三者に対抗できないものと解すべきである。

原判決の確定した事実によれば、訴外茨城開発株式会社から本件土地を買受けた上告人は、税金対策及び金融を受ける都合上(所有権を移転する意思がないのにかかわらず)茨城開発から訴外伸栄工業株式会社を経て伊セ崎卓治名義に所有権移転登記をなしたものであり、また、被上告人金田は伊セ崎から貸金の譲渡担保として本件土地の所有権を譲受けた後自己名義に所有権移転登記をなした当時、これが上告人の所有土地であることを知らなかつたというのであるから、右事実関係においては、上告人は被上告人金田に対し伊セ崎が所有権を取得しなかつたことをもつて対抗することはできない。この場合、伊セ崎が上告人から本件土地を担保として他から融資を受けることを委任され、これをさらに、柳川に委任したとしても、被上告人金田において善意である限り対抗しえない。従つて、原判決には所論の違法はない。論旨は理由がなく採用することができない。

同第三について。

所論は、原審は伊セ崎が柳川に与えた代理権の範囲を明示することなく、被上告人金田が本件土地を譲渡担保として伊セ崎に金二五〇万円を融資したことを右代理権の範囲内の取引行為として有効と判示したものであり、原判決には、理由不備ないし審理不尽の違法があるという。

しかしながら、原判決の確定した事実によれば、伊セ崎は本件土地を担保(譲渡担保をふくむ)として他より融資を受ける権限一切を相手方の特定もせず、金額の範囲も定めずに柳川に授与したというのであり、右事実関係によれば、柳川が伊セ崎の代理人として被上告人金田から本件土地を譲渡担保として金二五〇万円を借受けた行為は、右代理権の範囲内の取引と認めることができる。従つて、原判決には所論の違法があることを認めることはできない。論旨は理由がなく、採用できない。

同第四について。

所論は、原判決の訴外伊セ崎の委任の内容、訴外伊セ崎の地位及び被上告人金田の善意の有無についての事実認定は経験則違背の違法があるというものであるが、これらは、原審の専権に属する事実認定を非難するもので適法な上告理由とならないばかりでなく、原判決挙示の各証拠に照らせば、原審の右事実認定は是認できるのであつて、そこになんらの違法も認めることはできない。論旨は失当であり、採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(吉岡進 手代木進 上杉晴一郎)

【上告理由(抄)】

第二、法律解釈適用の誤り。

一、右に謂う法律解釈適用の誤りとは民法第九四条二項並びに代理の法理に関するものである。

二、上告人の意とするところを明確ならしめるために、上告人の考え方を先づ述べることにすると、

(一) 真正な土地所有者(本件で言えば上告人)との通謀により仮装の土地所有権登記名義人となつた者「本件で言えば訴外伊勢崎)が土地の横領を意図し、自らのためにする意思を以つて、土地を取引の相手方に売買したり、担保に入れて金融を得(取得金を自ら費い込むことになる)るような処分行為をした場合、その取引の相手方において取引の当時、仮装登記名義人を真正の土地所有者であると考えて取引をしたものである限り、民法第九四条二項によつて、取引の相手方は土地の所有権を取得する。これが民法第九四条二項の予想した典型的な例である。

(けれども、仮装の登記名義人が真正の土地所有者の意を受けて行為をするときは代理の法理が入つてくる。

民法第九四条二項だけでは賄い切れない。原審はこの点を看過した。)

(二) 次に真正な土地所有者であり、所有権登記名義人でもある者がその所有する土地処分に関する代理権を第三者に与え、その代理人が処分行為をした場合は、常に処分行為が有効となるわけではなく、

1、代理人である第三者が委任の範囲内で処分行為をするときは委任者たる本人に対する関係で有効であると同時に、

2、処分行為が代理権の範囲外であるときはその処分行為は広義の無権代理となつて、表見代理の成否が、具体的には取引の相手方の故意、過失が問題になる筈である。このことは多言を要しない。

(三) 三番目に、本人が委任した第三者が更に復代理人を選任し、復代理人が取引行為をしたときも右と同様であつて、本人から委任された代理人の意思が問題となるのではなくて、本人の(代理権の範囲に関する)意思が問題となり、取引の相手方の善意だけでは有効とならず、善意についての過失の有無まで審理されなければならない。

(四) 以上の三つのそれぞれの定型的法律解釈論を前提にしてもう一つの定型を本件に即して考えて見ると、

真正の土地所有者が通謀仮装土地名義人を通じて第三者に或る代理権を与える場合に、仮装登記名義人がその第三者に「真正の土地所有者がこうしたいと言つている」旨、依頼の内容を明らかにし、その第三者が真正の土地所有者が誰であるかを知つているときに、その第三者が依頼の範囲を越えてほしいまゝに登記名義人から交付された委任状、印鑑証明書を冒用して土地を担保に供し、金融を得てこれを費消した場合、その代理人たる第三者の処分行為に関する法律の適用はどうなるであろうか。

代理人が介在する取引行為においては取引の有効、無効は常に与えられた代理権の具体的範囲と、次に、広義の無権代理の場合、取引の相手方の単なる善意悪意のみでなく、善意においても過失の有無が問題になる。そして、代理権の範囲は代理人(復代理人ではなく)の意思によるのでなくて本人の授権に関する意思が問題にされなければならないことは明らかであるように思う。

三、そうすると、原審は、本件が代理人の介在する取引であることを認めながら(実は本件土地名義人訴外伊勢崎を真正な土地所有者の代理人であり、且つ、代理人として行為したことは原記録上、明白である)、訴外伊勢崎が自分のために処分を依頼したか否か、上告人とのこの点に関する意思連絡関係はどうかについて全く言及するところがないのは、

(一) 代理に関する右法理の解釈、適用を見のがして居り(代理に関する法理の解釈、適用をのがしたことは訴外伊勢崎の訴外柳川に対する授権の範囲を全く認定していないことでも判る)、

(二) 一方、民法第九四条二項の解釈も誤つている、といわなければならない。この点を次に更に具体的に述べる。

四、真正な土地所有者であり、且つ、登記名義人である本人が代理人を通じて取引行為を行つた場合、先づ、代理権の範囲が明らかにされることが必要で、次にその代理権の範囲に問題があるときは、その取引の効力は取引の相手方の善意に関する過失の有無まで審理と判断の対象となるのに、通謀仮装の登記名義人を通じて取引行為をした場合は代理権の範囲を認定しなくてもよく、又、その取引行為は相手方の善意の有無だけが問題となり、過失の有無が問題にならないとする(原審はそのように解釈している)のは民法第九四条二項の効力を不当に拡強するもので誤りである。

けだし、民法第九四条二項は仮装の土地登記名義人の、自らのためにする行為に真正の土地所有者が自らのためにする行為と同一の法律的効果を与える趣旨であるに止まり、真正な土地所有者であり、登記名義人である者自らがした場合より以上の不利益を(通謀して第三者に登記名義を与えたため)登記名義を有しない真正の土地所有者に与え、その結果、取引の相手方に善意についての過失の有無が問われないという不当な利益を与えることを認めるものではないからである。

五、然なる原判決が、訴外伊勢崎が、訴外柳川に本件土地担保による融資の話をしたのは(原審の乙一号証の趣旨、乙四号証の成立の経過等に関する事実認定は誤りであるが、こゝでは一応措いて)本件土地の真正の所有者である上告人の意を受けてのことであつて、訴外伊勢崎が自らのためにしたものでないこと、訴外伊勢崎は上告人の代理人たる地位で訴外柳川と話をしたものであることは、記録上、明白であつて、事実認定上、取捨選択の余地がないのに、しかも訴外伊勢崎が訴外柳川に融資を依頼したとしてもその相手方(銀行などの金融機関か、そうでないかは金利や期限等が違う、相手方無指定なら、その旨を認定しなければいけない理である)、担保の種類(原審は乙四を挙げるが、譲渡担保に限るとは言えない)、融資を受ける金額(それは代理権の範囲をきめる重要な要素である)について何ら具体的な認定をすることもなく、単純に「訴外伊勢崎は訴外柳川に本件土地担保に融資を受ける代理権を与えた、訴外柳川は土地を譲渡担保に供して金二五〇万円を受取つた、被上告人金田は訴外伊勢崎が本件土地の所有者でないことに善意であつた。故に被上告人金田は本件土地の所有権を取得した」といつているのは、本件が実は代理権に関する問題が主たる争点であるのを看過して代理の法理の解釈適用を怠り、一方、民法第九四条二項の適用の限界を不当に拡張して代理規定の適用を排除した、法律の解釈、適用を誤つたことのまぎれもない証拠である。<以下、略>

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