東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1016号 判決 1981年11月13日
控訴人
国
右代表者法務大臣
奥野誠亮
右指定代理人
榎本恒男
外四名
控訴人
大宗土建株式会社
右代表者
杉山宗一
右訴訟代理人
久保田嘉信
同
杉下秀之
右久保田嘉信訴訟復代理人
松元光則
被控訴人
壬生松美
被控訴人
壬生明美
被控訴人
壬生明裕
右被控訴人三名訴訟代理人
小笠原稔
同
松村文夫
同
久保田昭夫
同
豊田誠
同
宮田学
同
林豊太郎
主文
一 原判決を左のとおり変更する。
1 控訴人らは各自、被控訴人壬生松美に対し金四一二万六三一五円、被控訴人壬生明美、同壬生明裕に対しそれぞれ金三九八万三五八七円及び右各金員に対する昭和四四年八月五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人らのその余の各請求を棄却する。
二 被控訴人らは、控訴人国に対し、それぞれ本判決添付の別表一該当欄中の合計額欄記載の各金員及びこれに対する昭和五四年三月六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
一当審も、被控訴人らの本訴請求は、後記認容額の限度で、これを正当として認容すべきものと判断するのが、その理由については、左に付加、訂正するほか、原判決がその理由において説示するところと同一であるから、これを引用する。当審における新たな証拠調の結果によつても、引用にかかる原審の認定判断を左右することはできない。
1ないし3<省略>
4 三五枚目表五行目から三六枚目表一二行目までを左のとおり改める。
判旨「一 国賠法二条による責任及び民法七一七条による責任について
被控訴人らは、控訴人国には国賠法二条及び民法七一七条による各損害賠償責任がある旨主張するが、国賠法二条による賠償責任の主張は、同法一条によるそれと選択的請求原因の関係にあり、又民法七一七条による賠償責任の主張は、国賠法二条によるそれが容れられないことを条件とする予備的請求原因であると解されるところ、本件においては、後記説示のとおり国賠法一条による損害賠償請求を認容すべきものであるから、同法二条及び民法七一七条によるそれについては、特に判断を示す必要はないものと解する。なお、民法七〇九条、七一五条による請求についても同様である。」
5 三七枚目表一〇行目の次に行をかえて左のとおり加える。
判旨「控訴人国は、国有林野の管理行為は国賠法一条所定の「公権力の行使」には該らない旨主張する。しかし、同条にいう「公権力の行使」とは、国又は公共団体の作用のうち純粋な私経済作用と同法二条によつて救済される営造物の設置又は管理作用を除くすべての作用を意味するのであつて、国有林野の管理のごときいわゆる非権力的作用もこれに含まれるものと解するのが相当である。そして、国有林野の管理は、国が非権力的公行政としてなす該林野の取得、維持、保存及び運用のすべてを包含するものである(国有林野法一条)から、たとえ控訴人国の主張するように同法に基づく国有林野の貸付について原則として借地法の適用があり、又同法による国有林野の貸付又は使用許可が私法契約としての性質を帯びるものであるとしても、その一事によつて国有林野の管理行為の全体が純粋な私経済作用であるとすることはできないから、所論は採用の限りではない。」
6 三七枚目裏一一行目の次に行をかえて左のとおり加える。
「控訴人国は、右無料利用承認行為は純然たる私経済作用であつて「公権力の行使」には該らない旨主張するが、右承認行為も国有林野の管理行為の一環としてなされるものである以上、たとえそれが本件の場合のように林道工事の請負契約の履行と密接に関連してなされたものであるとしても、純粋の私経済作用ではなく、「公権力の行使」に該ることは明らかであるといわなければならない。」
7 三七枚目裏一二、一三行目「同一五号証」を削り、三八枚目表五行目「及び三」の次に「に証人杉山正志、同林寛(当審)の各証言」を加え、三八枚目裏六行目「土地」を「現場」と改め、三九枚目裏九行目の次に行をかえて左のとおり加える。
「控訴会社は、本件寄宿舎の用地の選定はすべて営林署の指示に基づいてなされたのであつて、控訴会社にはその選定の権限はなかつた旨並びに控訴会社は当初本件現場より約二五〇メートル下流の地点を寄宿舎予定地として希望し上申したが、営林署に容れられなかつた旨主張するけれども、本件寄宿舎用地の選定の経緯は前認定(原判決引用)のとおりであつて、控訴会社主張の事実を肯認することはできない(証人鈴木薫の証言中控訴会社の右主張に沿う部分はたやすく措信することができず、他には右主張を認めるに足る証拠はない。)から、右主張は採用の限りではない。」
8 四〇枚目裏一一行目「土地」を「現場」と改め、四一枚目表三行目の次に行をかえて左のとおり加える。
判旨「控訴人国は、本件寄宿舎は工事請負人である控訴会社が設置場所の選定、建設及びその後の維持管理を一切行つているものであり、営林署長において用地の利用承認後における維持管理にまで介入し、その安全確保のための方策をとるべき義務はない旨主張する。しかしながら、本件の場合、三殿営林署長が寄宿舎用地として控訴会社に対して無料利用を承認した本件現場については、本件山林の斜面崩壊、土石流の発生による災害発生の危険性を存したことは、前認定(原判決引用)のとおりであり、ひとたびかかる災害が発生するならば、寄宿舎に宿泊する作業員の生命、身体等に対する重大な結果を招来するおそれが多分にあつたのであるから、同営林署長においては、その無料利用を承認するに当つて本件現場の寄宿舎用地としての安全性を検討するにとどまらず、承認後においても、本件山林及び本件現場の管理者として、少なくとも本件寄宿舎の危険性を警告し、必要に応じて該寄宿舎の宿泊者の退避を勧告するなど適宜の措置を講じて被害の防止を未然に防止すべき義務が条理上認められるものというべきである。従つて、所論は採用することができない。」
9 <省略>
10 四六枚目裏末行の次に行をかえて左のとおり加える。
「控訴人国は、本件災害発生当時本件山林は風倒木の整理、人工植栽、山腹復旧治山工事を積極的に施した結果通常備えるべき安全性を具備していた旨主張するところ、控訴人国がその主張の治山工事等を行つたことは前認定(原判決引用)のとおりであるが、当時本件山林が通常備えるべき安全性を具備していたことについてはこれを認めるに足る証拠がない。又控訴人国は、本件山林のどの個所がいつどのような原因で崩壊するのかということの予見は全く不可能であつた旨主張するが、本件においては、大量の降雨時等に本件山林の斜面が崩壊し、土石流が発生して、その下方に位置する本件寄宿舎にその危険が及ぶことの予見が可能であつたか否かが問題となるのであつて、本件山林のどの個所がどのような原因によつて崩壊するかということの予見が問題となるのではないから、たとえ右の点についての予見が不可能であるとしても、これをもつて、本件災害についての予見可能性がなかつたとすることはできない。」
11 四七枚目表二行目から同裏一一行目までを左のとおり改める。
「控訴人国は、壬生明文の本件被災は同人において適切に避難をしていればこれを回避できたのに同人がこれをしなかつたために発生したのであるから、本件災害と同人の死亡との間には何ら因果関係がない旨主張する。本件被災につき明文にも若干の過失の認められること後記説示のとおりであるが、右過失が本件被災の決定的な原因をなしているものではないから、本件災害と同人の死亡との間に因果関係がないとは到底いい得ず、本件被災に関する事実関係に徴すれば、両者の間には相当因果関係があるということができる。」
12 四八枚目裏一二行目「一六号証」の次に「及び証人杉山正志の証言」を加え、四九枚目裏一〇行目の次に行をかえて左のとおり加える。
「(過失相殺)
控訴人らは、本件被災については被害者壬生明文にも相当の過失がある旨主張するので、案ずるに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、本件災害発生の直前である八月五日午前三時四〇分頃、本件寄宿舎のうち林道寄りの棟に宿泊していた作業員金子長栄は、激しい降雨や下山沢川が増水していることから、このまま寄宿舎内に留まることは危険であると察知し、まず林道寄りの棟に就寝中の数名の同僚を起して退避を勧め、次いで、明文らの宿泊していた下山沢川寄りの棟の入口の戸を開けて、屋内に居た同僚に対し「雨も激しいし皆で退避してはどうか。」と声をかけて退避を勧めた。当時屋内には明文のほか数名の作業員が宿泊していたが、明文以外の者は、金子の呼び掛けに応じて直ちに屋外に出て、林道寄りの棟の前附近に集つた。しかし、明文は、下着姿のまま横になつていて起き出そうとせず、その後暫らくして作業員酒井尊好が明文に雨合羽を渡して早く外へ出るよう促がしたが、同人は、これにも従わず、屋内に留まり、更に暫らくして、屋外に退避していた作業員中村某が右寄宿舎にかけ寄り、半開きの窓越しに明文に退避を呼びかけたが、同人は下着姿のまま外の様子を眺めているのみで退避しなかつたところ、その直後本件山林から大量の土砂が流れ出し、同人は、右土砂のため寄宿舎諸共下山沢川に押し流されてしまつた。当時本件現場に居合せた一五人(幼児一名を含む。)中死亡した者は明文と幼児のほか三名であるが、右三名の者は、いずれも一旦屋外に退避した後、或いは発電機の調整をするために他の場所に移動したり、或いは幼児を連れ出すため寄宿舎内に戻つたりして被災したのであつて、金子らの勧告に従つて屋外に退避し、林道寄りの棟の附近に集つていた者はいずれも死を免れることができた。以上の事実が認められ、該認定を左右するに足る証拠はない。
以上認定の事実によれば、明文において金子又は酒井の勧告に従つて屋外に退避していれば、本件被災を免れ得たということができ、明文にとつてかような行動をとることは十分に可能であつたと考えられる。してみれば、明文は、自己の被災の危険の迫つていることを察知して適切な避難を行い、もつて被災を未然に防止すべき注意義務を怠つた過失があるものといわなければならない。被控訴人らは、本件の状況のもとにおいては、現実に災害が発生するまで具体的にその危険を察知することは被害者にとつて不可能であつたから、明文には過失がない旨主張するが、前認定のとおり、本件現場に居合わせた作業員のうち明文以外の者はいずれもその危険を察知して屋外に退避し、その多くは難を免れているのであるから、ひとり明文についてのみ右危険を察知し適切な行動をとることが不可能であつたとすることはできない。
前認定の本件災害の態様並びに本件寄宿舎内には警報装置はもとより、避難のための合図も責任者も明確には決められていなかつたこと(右の事実は、前掲甲第三、第四、第六ないし第八号証及び証人金子長栄の証言によつてこれを認める。)等諸般の事情を勘案すれば、本件被災における明文の過失の程度は、控訴人らのそれが九であるのに対し、一の割合によるものとみるのが相当である。」
13四八枚目裏一二行目「一六号証」の次に「及び証人杉山正志の証言」を加え、四九枚目表一、二行目「現実」を「現実に」と改め、同裏八行目「結果となつた。」の次に左のとおり加え、同九行目「民法七〇九条」を「右鈴木の使用者として、民法七一五条、七〇九条」と改める。
「控訴会社の当審における一の1の主張については、前記7に説示したとおりである。控訴会社は、同会社は本件山林の土壌の性質や地形、林相等について全く素人であり、山林崩壊や土石流の発生を予見することは全く不可能であつた旨主張するが、本件災害の発生につき予見可能性があつたと認められることは、さきに控訴人国の同様の主張に対する判断(原判決引用部分を含む。)として説示したとおりである。そして、前掲甲第三、第一〇号証及び証人鈴木薫、同杉山正志の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、控訴会社は、土建業者として、本件工事以前に何回も南木曽地方の林道工事を手がけたことがあり、又本件工事につき同会社の現場代理人に選任され、本件現場を寄宿舎用地に選定した鈴木薫も同地方の林道工事の経験を有し、右両者ともに同地方の山林の性質特に斜面における土砂の崩壊の危険性について或る程度の知識と経験を有していたことが認められるから、控訴会社の前記主張はたやすく採用することができない。」
14 五〇枚目裏末行「である。」を「を下らない。」と、五一枚目表六行目「原告本人」を「被控訴人壬生松美本人」とそれぞれ改め、同裏一二行目の次に行をかえて左のとおり加える。
「ところで、本件被災については、被害者壬生明文にも前記のとおりの過失があるから、過失相殺の適用の結果、被控訴人らが控訴人らに対して請求し得る損害賠償額は、前記各損害額の九割に相当する額である。」
15 五二枚目表三行目「三、九二六、二〇八円」を「三、五三三、五八七円」と、同五行目「六、一七六、二〇八円」を「五、五五八、五八七円」と、同六行目「四、四二六、二〇八円」を「三、九八三、五八七円」と、同裏初行「六、一七六、二〇八円」を「五、五五八、五八七円」と、同二、三行目「四、七四三、九三六円」を「四、一二六、三一五円」とそれぞれ改める。
16 五二枚目裏四行目以下を削る。
二以上の次第で、被控訴人らの控訴人らに対する本訴請求は、被控訴人壬生松美が金四、一二六、三一五円、被控訴人壬生明美、同壬生明裕が各金三、九八三、五八七円並びにこれらに対する本件災害発生の日である昭和四四年八月五日から支払済までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これを棄却すべきものである。従つて、これと異なる原判決を右のとおり変更することとする。
次に、控訴人国の民事訴訟法一九八条二項の裁判を求める申立についてみるに、同控訴人が右申立の理由として主張する事実関係は、被控訴人らの明らかに争わないところである。そして、原判決が変更(一部取消)を免れない以上、原判決に付せられた仮執行宣言はその限度で効力を失うというべきである。してみれば、右仮執行宣言に基づき給付した金員の返還を求める右申立は、仮執行宣言失効の限度でこれを認容しなければならない。
よつて、民事訴訟法三八六条、一九八条二項、九六条、九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(杉田洋一 中村修三 松岡登)
別表一
(単位、円)
氏名
壬生松美
壬生明美
壬生明裕
元金
六一七、六二一
四四二、六二一
四四二、六二一
遅延損害金
二九五、九五〇
二一二、〇九四
二一二、〇九四
合計
九一三、五七一
六五四、七一五
六五四、七一五
総合計二、二二三、〇〇一
(注)右表の遅延損害金額は、元金額に対する昭和四四年
八月五日から昭和五四年三月五日までの間の年五分の
割合による金員を計上したものである。