東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1021号 判決
5 最後に、被控訴人の消滅時効の主張が信義則に違反し、また、権利の濫用にあたるものとして許されない旨の再抗弁4について検討する。
銀行が預金獲得上の配慮ないし対外的な信用保持の見地から、消滅時効期間経過後であっても預金債務について時効を援用せず、その払戻請求に応ずるのが一般的取扱いであることは、被控訴人もあえて争わないところである。
そして、被控訴人銀行の責任ある地位にあって訴外亡石井昇(以下「亡昇」という。)ないし控訴人との交渉にあたっていた速藤が右4に認定したとおりの発言をしていたものであり、《証拠》に弁論の全趣旨をあわせれば、遠藤の右発言は、別件訴訟で勝訴さえすれば、被控訴人の事務担当者において被控訴人代表者を説得することが可能であり、本件預金の払戻しを受けられることを亡昇ないし控訴人に十分期待させる趣旨のものであったこと、遠藤の後任者として昭和四三年一〇月から被控訴人東京支店長となった訴外武田孟敦も内藤、木野や控訴人に対し、遠藤と同様、別件訴訟の結果を待って欲しいと言い、同訴訟の第一審判決があった後も、終始払戻しについて好意的な態度で接していたこと、亡昇ないし控訴人としては、前記のような銀行の一般的取扱い及び遠藤、武田ら被控訴人銀行の責任ある地位にある者の右のような言動に照らし、必ずや任意に本件預金の払戻しを受けられるものと信じ、そのため、同人らと払戻方について交渉すること以上の強い権利行使ないし法的措置に出ることなく時日を経過したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
また、《証拠》によれば、昭和四六年三月三〇日東京地方裁判所で言い渡された別件訴訟の判決において、被控訴人は、金子に対しては請求額(本件預金相当額を含む横領金九六六万六九二二円から一部弁済受領額を差し引いた金九四六万〇九七七円及び遅延損害金)のほぼ全額が認容され、身元保証人三名のうち二名に対しては連帯して金二〇〇万円及び遅延損害金の限度で、うち一名に対しては金一五〇万円及び遅延損害金の限度でそれぞれ請求が認容されたこと、金子及び身元保証人のうち金一五〇万円の支払を命ぜられた一名については右判決がそのまま確定し、他の身元保証人二名についても昭和四七年三月六日東京高等裁判所において、被控訴人は金一七五万円につき分割弁済を受けることなどを内容とする和解が成立していることが認められ、右認定に反する証拠はない。
更に、亡昇が昭和三六年九月ころ定期預金二口を設定した際、亡昇と被控訴人との間には、用記一2に認定したとおりの約定があったのであり、被控訴人は、本来右約定に従い本件預金を書き替えてこれを継続すべき義務があるのに これを怠っているものである。
以上に認定 判示した諸事情を総合考慮すれば 亡昇ないし控訴人側としても 遠藤 武田らの前記のような好意的態度から被控訴人がいつかは払戻しに応じてくれるものと軽信して 漫然と交渉を継続するにとどまったという面があることを否定できないにしても 遠藤 武田ら被控訴人側担当者において払戻しが可能となるであろう時期として述べていた別件訴訟の第一審判決があった時 すなわち昭和四六年三月三〇日から五年を未だ経過していない昭和五〇年一〇月二〇日に提起された本件訴訟において被控訴人が本件預金債権について消滅時効を援用することは、信義則に違反し、権利の濫用にあたるものとして許されないものと解するのが相当であり、再抗弁4は理由がある。亡昇が設定した定期預金、したがって本件預金が税務署に秘匿されるいわゆる裏預金であったことは前認定のとおりであるが、このような事情があるからといって、上来認定、判示した本件の事実関係のもとにおいては、被控訴人の当審における主張3のように控訴人において右再抗弁を主張することが許されないものとすべきいわれはなく、また、右再抗弁を正当とする前記判断も左右されない。
(鈴木 河本 松岡)