大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1030号・昭51年(ネ)1568号 判決

控訴人は、被控訴人の弁済の任意性を強調すると共に、債務不存在の事実を知って弁済したものであるとして、民法七〇五条による不当利得返還請求が許されない旨主張し、これを被控訴人の「念書」差入れの事実によって立証しようとするので、以下この点を検討する。

問題の右「念書」三通(乙第三、第五、第七号証)には、いずれも、「念書」という表題、「拙者対貴社間の昭和  年  月  日付金員消費貸借契約に基く決済として、拙者は従前支払った利息並びに損害金の内利息制限法超過部分金額の当然の充当により元本債権額の一部消滅したことを了承の上本日右債務不存在額を含めて金   円を元本として支払うものであることを承認する。従って拙者に非債弁済による不当利得返還請求権なきことを認めます。」という本文、「昭和  年  月  日」という日付欄及び「宝生産業株式会社殿」という宛名が、カーボン紙を使って書き込まれていることが明らかである。≪証拠≫によれば、控訴人は、昭和四四年頃から、最高裁判所の利息制限法に関する判例が出されたのを契機に、同法の制約を免れるために、カーボン紙を使って書込みのある右の如き書面を常時数枚用意しておき、必要な場合に債務者にこれを示して署名捺印を求めており、嘗て拒否されたことはなかったこと、本件の場合にも、被控訴人の代表者である小田幸枝の夫であって被控訴人の代理人である小田愃務が、債務<1>の元本一六〇〇万円、債務<2>の元本二〇〇万円、債務<3>の元本一三〇〇万円をそれぞれ弁済(ただし、<2>の元本二〇〇万円は半分に分けた二回目の弁済)するに際し、控訴人は、同人をして、カーボン紙を使って前記の如く書込みをしただけの書面(もっとも、「本文」中の日付と金額は、控訴人の社員訴外原正康が前以て記入した。)の「日付欄」に年月日を記入させ、かつ、「日付欄」と「宛名」の中間で、該書面のほぼ中央の下部に被控訴人代表者小田幸枝の署名捺印をさせて、それぞれ一通ずつ徴したこと、そしてそれらが乙第三、第五、第七号証であることが認められる。<中略>

しかしながら、右「念書」が、前認定の経緯で作成されたものであることは、そこに表現されたところに従って字義どおりその効力を認めなければならないかどうかとは別問題といわなければならない。蓋し、債務者は、高利金融の債権者に対しては、特段の事情のない限り常に経済的弱者の地位にあるというべきであるから、たとえば、さきに担保として預けた権利証や委任状等の返還を受けられなくなるおそれ(現に前出乙第三、第五号証によれば、被控訴人の場合、上記の各書類の受領証は、これら念書の一隅をかりて作成されている。)や、爾後継続して金銭を借り受けられなくなるおそれ(原審及び当審における証人小田愃務は、この趣旨のことを供述する。)などから、求められれば、たやすくかかる念書を差し入れるであろうことが予測される(前認定のとおり、嘗てこの種念書の差入れを拒否された例のないことが顧みられるべきである。)ので、かくては、高利金融者の側が予め用意する一片の書面によって、債務者は、民法七〇五条による不当利得返還請求の途を容易に奪われることとなるであろう。当裁判所は、この意味で右三通の「念書」の効力を認めるわけにはゆかない。もっとも、控訴人は、当審において、「念書」差入れと、被控訴人の弁済が任意になされていたこととは無関係であるとし、延いて、「念書」差入れの際には、被控訴人は、既に債務不存在の事実を知っていたのであるとの主張をし、≪証拠≫中には、これに副う部分がみえるが、このうち、事前に右小田愃務に前記の如き記載のある念書用紙を渡して検討させてあった旨の部分は、≪証拠≫中にこの趣旨のものが全くみえていないこと及び弁論の全趣旨に徴してたやすく信を措き難く、その他の部分は、右小田愃務がたかだか利息制限法の制限違反の一般的効果についての知識をもっていたことをうかがわせるものに過ぎず、本件消費貸借における具体的な債務不存在の事実を確知していたことまで証し得るものではない。

(林 高野 石井)

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