大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1086号 判決 1981年4月28日

控訴人

渡辺常子

右訴訟代理人

大原修二

被控訴人

渡辺光吉

右訴訟代理人

若林三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決添付別紙目録(二)記載の建物を収去して、原判決添付別紙目録(一)記載の土地を明渡し、かつ昭和五二年一月一日から右明渡しに至るまで一ケ月金四四五円の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一審、第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のように加除、訂正及び附加するほかは、原判決の事実摘示記載(原判決添付の「目録」二枚を含む。)と同一であるから、それをここに引用する。

1  加除、訂正及び附加

(一)  原判決二枚目裏七行目の「よつて」を「ところで、本件土地賃貸借には次の6の(一)から(四)までに主張する事由があり、これは、賃貸人として本件土地賃貸借契約の更新を拒絶する正当事由に当るので」と改める。

(二)  原判決三枚目表一行目の「同人には」は「同人は同人夫婦と三人の子供を抱えた狭い家に居住していたにもかかわらず、被控訴人の面倒をみてきた。ところで、貴英の家は狭く、いつまでも面倒をみておられず、また、同人には」と改め、同八行目の「被告が」から同九行目までを、「簡易な本件建物を作つてやり、被控訴人を住まわせることにしたが、貴英は、右事情から被控訴人に対し「一時そこに居てそのうち何処か良い処を探して出ていつてくれ」と言つており、本件建物を所有することによる本件土地使用は被控訴人が他に転居先をみつけるまで当分の間という趣意であり、被控訴人も右事情は十分承知していたものである。」と改め、同一〇行目から同裏四行目までを次のように改める。

「(二) 訴外貴英が被控訴人に対し本件土地の明渡しを求めていた経緯等として、別紙記載の事実がある。」

(三)  原判決三枚目裏五行目の「原告は、その長女訴外前田恵子夫婦と」を「控訴人は、本件土地に接続している控訴人所有地上に二棟のアパートを所有しているところ、控訴人夫婦はそのうちの一棟の西側の一階及び二階部分に居住し、控訴人の長女夫婦である前田光治、同恵子夫婦と」と改め、同七行目の「アパートの一郭」を「他のアパートの二階西側」と改め、同八行目から九行目にかけての「手狭になつている。」を「手狭になつてきているので、娘夫婦は右のようなアパートの一室ではなく一戸の建物に居住することを希望しており、控訴人夫婦もまた右のような別々の状態ではなく独立した一戸建の建物を建築し娘夫婦と同居し、孫剛の面倒をみ、娘夫婦の世話によつて老後を暮すべく期待し、ひたすら本件土地の返還を待ち、それに希望をつないで今日まできたのである。控訴人夫婦は、このかねて念願していた娘夫婦との同居生活を実現するためには本件土地が必要であり、停年を間近にひかえた控訴人の夫渡辺勇の事情からも、その必要の程度は更に切実さを増している。」と改め、同行目の「また、本件建物は」から原判決四枚目表五行目までを、行を改めて次のように改める。

「(四) 本件建物は、終戦後間もない昭和二〇年から昭和二一年にかけて、物資不足の時代に粗末な資材により建てられた簡易な建物であり、建築時からすでに三四年を経過して現在は損傷が著しく、建直しの時期がきており、もはや朽廃に至つているとみるのが通常であろう。

また、被控訴人夫婦は高令のうえ病弱であり、他にみるべき資産もないというが、被控訴人は本件建物を建て替えると主張しているのであるから、その財力をもつてすれば他に住居を求めることは可能であり、全くみるべき資産がないとはいえないのである。」

(四)  原判決五枚目表三行目から四行目にかけての「暮していたのであるが、」を「暮していたのであり、その間、被控訴人としては、当然のこととして、戦争直後多くの家族を抱えて苦しむ(当時働き手は訴外貴英一人)貴英を助けるため、自分の給料は封も切らずに全額渡していたのである。」と改め、同行の「新所帯」から同六行目までを「被控訴人が新居を構えるに至つた際は、貴英は自分の敷地内に新居(本件家屋)を建てることを勧め、自らすすんでその大工の心得を生かして、被控訴人が購入した資材により現在の被控訴人の家を建てたのである。そして、同人は、必要になればいつでも建て替えればよい旨、被控訴人に話していたのである。」と改め、同六行目の「被告はこれまで」を「本件賃貸借については、その始期である昭和二二年一月一日から本件地代の受領が拒絶されるに至つた昭和三八年七月末までの間に、実に一一回もの地代の値上げが行われ、そのうち三回の値上げ巾は一〇〇%にも昇つていたのである。しかも、当初の賃借地の面積は一一五平方メートルであつたが、昭和二三年頃には右貴英の要請で現況の約41.93平方メートルに縮小させられたにもかかわらず、地代が減額されないばかりか、右のように尋常でない値上げが行われてきた。これに対し、被控訴人は、一回分たりとも賃料支払を遅滞したことなく、」と改める。

(五)  原判決六枚目表五行目の次に、行を替えて、次のように加える。

「5 本件建物を建てた際の建築資材は、当時の被控訴人の勤務先の会社にたまたま戦災を免れたストックがあり、被控訴人の新婚のためということで、そこから好意的に購入することができたものである。この資材で建てられた本件建物は、土台も壁もあり、物資不足な当時としては本格的な建物であつた。なお、現在でも、勝手等いわゆる水場附近の一部を除き、土台は存在している。被控訴人夫婦は、前述の持病があるため、保温等の観点からも、できることならば本件建物を改築したい旨の希望をもつている。」

2  当審における新たな証拠<省略>

理由

一請求の原因1から4までの事実(本件土地賃貸借契約の存在等)は、当初の賃借地の範囲が現況よりも広かつたかどうかの点を除き、当事者間に争いがない。この事実によれば、更新前の本件賃貸借契約の期間は昭和五一年一二月末日に満了することとなる。

二請求の原因5の事実(更新拒絶の意思表示等)のうち、更新拒絶の内容証明郵便が昭和五〇年五月六日被控訴人に到達したことは当事者間に争いがなく、このことと昭和五二年一一月二日借地期間満了を原因とする本件建物収去土地明渡請求の訴えが提起されたことからすると、控訴人(土地所有者・賃貸人)は被控訴人に対し、右期間満了後遅滞なく本件土地使用の継続につき異議を述べたことを推認することができる。

三そこで、進んで、被控訴人の右異議について借地法所定の正当事由があるかどうかを検討する。

1  まず、請求原因6(一)及び(二)の訴外貴英が被控訴人に対して本件建物を賃貸することとした経緯等について検討するに、<証拠判断略>たやすく信用することはできず、当時被控訴人において貴英に対し本件建物からすぐ退去する旨明言したなど、控訴人主張のような暫定的なものとする趣意の下に本件賃貸借が成立したとは認め難い。かえつて、<証拠>に徴すれば本件建物は被控訴人が用意した建築材料を用いたものの貴英が自から大工としての手間を提供して建てたものであること、未だ激しい貨幣価値の変動があつた昭和二二年分の本件土地の賃料領収証中賃料の額について「一ケ月金拾円也 昭和弐拾弐年九月分ヨリ暫定措置トシテ一ケ月金弐拾円也ト定ム」の記載があること、その後も後記昭和二六年頃に控訴人家側と被控訴人側との間で紛争が起きるまでの間に数次にわたり賃料の増額がなされていること、及び控訴人家では昭和二三年五月に本件土地の南側に隣接し、後記控訴人家が二棟のアパートの敷地として使用している部分とを切離す位置関係にある、その所有地約92.86平方メートルを訴外小磯栄に普通建物所有の目的で賃貸したことがそれぞれ認められ、右の諸点からすれば、被控訴人との間の本件土地の賃貸借は必ずしも一時的なものであることを念頭に置いたのではなく、賃貸人側の賃料収入の点も軽視されてはいなかつたものと推認することができる。

なお、土地賃貸借契約の成立の動機が、賃貸人(土地所有者)との間の親戚関係に由来したり賃貸人側の恩恵付与に当るものであるとしても、一たん当該建物所有を目的とする借地法上の借地関係が発足した以上は、かかる契約成立の契機は、もはや期間満了の際に考慮すべき借地法第四条第一項但書の更新に対する異議の正当事由の要素としては、さしたる比重をもつものではないものといわなければならない。したがつて、本件においても、仮に本件土地賃貸借発足の契機に当時控訴人主張のような控訴人家側の被控訴人に対する好意によるとの一面があつたとしても、その点のみをもつて本件更新拒絶の正当事由ありと解することは困難である。

更に、前掲各証拠によれば、昭和二六年頃に至つて控訴人家と被控訴人間に本件賃貸借に係るトラブルが生じたが訴外安西伊勢男の仲介により一たん解決をみたこと、昭和三八年頃から控訴人家側では賃料の受領を拒否するようになり、以来被控訴人においてこれが供託を続けていること、及び控訴人と被控訴人との間では通常賃貸人と賃借人間で期待される信頼関係が失われて今日に至つていることが認められるが、右証拠と当事者双方の弁論の全趣旨とからすると、以上の事態はいずれも控訴人側が、その主張する当初賃貸時の事情を強調して被控訴人に対して本件土地からの退去要求をしたことに起因するものであることが認められ、被控訴人側の賃借人としての義務違反に係るものとは認められないので、この点も前示正当事由の要素として採用するに由ない。また、別紙記載の主張事実中その余の点は、これを認めるに足りる証拠はない。

2  次に、請求原因6(三)の主張事実について検討するに、<証拠>によれば、控訴人は頭書住所地に本件土地を含む358.54平方メートルの宅地を所有し、本件土地、その西側に隣接する貸事務所の敷地及び前記小磯栄に対する賃貸地以外の部分(南側の半分以上)にアパート形式の二階建の建物二棟を所有し、そのうちの一棟の西側部分の一階及び二階に控訴人夫婦が居住していること、他の一棟の二階西側部分には前記控訴人の娘一家が居住していたが(その一階部分は控訴人夫婦と共同使用)、最近では右娘一家は他に引越していること、これら二棟の建物の他の部分は賃貸アパートとして控訴人夫婦の収入源の一部になつているが空室もあることが認められ、他方、被控訴人は、夫婦とも病弱であるうえ、高令でもあり、本件土地上に本件建物を所有し、三〇年以上これに居住して今日に至つたものであり、子としては娘の操が一人いるが、同女は昭和三八年に持病であつた心臓の手術を受けて、病弱であり、同女の世話を受けることも困難で、今後とも同所に居住して夫婦二人の余生を送ることを強く希望していること、昭和四〇年に横浜市保土谷区仏向町に一一三平方メートル程の宅地と、その地上にある40.57平方メートルの平家建の家屋とを娘の操の将来の生活安定のために与える目的で取得し、昭和五四年七月に同人に贈与して所有権移転登記をも経由し、現にその娘夫婦の住居になつており、操との同居が困難なこと、がそれぞれ認め得られる。ところで、控訴人の主張するところによれば、控訴人は本件土地の返還をうけ、そこに一戸建の建物を建て、右娘夫婦と同居してその世話によつて老後を暮すことを希望しているというのであるが、仮にそうであるとしても、右認定したところによれば、控訴人側は賃貸の直接の当事者たる控訴人とその夫が現に居住の場所に窮しているのでもなく、本件土地の明渡しを得られない場合における控訴人側の苦痛、不利益に比して、本件建物を収去して本件土地を明渡した場合における被控訴人側の苦痛、不利益は、客観的にみて格段にきびしいといわなければならない。そして、そうであるならば、本件の場合、居住場所の必要性についての控訴人の主張は異議の正当の事由になると解することはできない。

3  次に請求原因6(四)の点について検討するに、<証拠>によれば、本件建物自体は昭和二一年頃に建てられた今日の眼からみれば質素な材料による木造平家建の居宅であり、台所や玄関の敷居が腐蝕するなど、現在ではかなり損傷している部分があり、法律上の朽廃には至つていないものの、今日の生活一般からすれば相当規模の補修又は改築をするのが相当である状況にはなつてきていることが認め得られるが、増改築を制限する旨の借地条件である場合でも土地所有者の承諾に代わる増改築許可の裁判を得る道が開かれているなど、借地権に一定の厚い保護を加えている現行借地法において、右正当事由の積極要素として未だ比重の大きいものであると解することはできない。

4  以上の次第であるから、これを総合的にみても前記控訴人のした本件土地賃貸借契約の更新拒絶の意思表示には、その正当の事由があるとは認められず、他に右正当事由たり得る事項についての主張立証はない。

四そうすると、本件土地賃貸借の満期終了を原因とする控訴人の本訴建物収去土地明渡請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当である。よつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小河八十次 内田恒久 野田宏)

(別紙)

1(1) このようにして被控訴人においても右貴英の右要請に従い、何処か他を探し本件建物から出て行くと明言していたので、控訴人らは右言葉を信用し、しばらく本件建物使用を認めることになつたもので、最初は本件土地使用は何ら認めていなかつたのである。

従つて本件建物はむしろ右貴英の所有と認識されていたので何ら登記もされずにいたが、被控訴人は昭和二七年頃控訴人に全く無断で保存登記をなしたもので、その信義に反する行為は著しいものである。

(2) 右の事情において貴英は被控訴人に対し右建物からの退去を再々求めていた。ところが、昭和二六年秋頃、控訴人は控訴人夫婦の仲人である安西伊勢男氏からのたつての要請で止むなく金員を受領するに至つたことがあるが、被控訴人が以前の言を履行せず本件場所に居すわる気配が見え始めた昭和三八年頃からは何らの金員も受領しなくなつたのである。

2 被控訴人の本件土地についての賃貸借を認めるにしても、右賃貸借関係は親族間の賃貸借関係であつたこと並びに前記事情のように控訴人の好意に基づき始つた賃貸借関係である事情、並びに被控訴人の本件建物について勝手に保存登記をなした信義に反する行為及び親族である貴英に対し初めは本件建物からすぐ退去すると明言し当分の間ということであつた本件土地使用関係等からみると、本件賃貸借関係は既に昭和三八年頃から通常期待さるべき信頼関係は完全に破綻しており、更新により本件賃貸借関係を継続し被控訴人を保護すべき何らの理由もないものである。

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