東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1097号 判決
一 当裁判所も控訴人の請求を棄却すべきものであると判断するが、その理由は、左記の点を付加するほか、原判決の理由と同一であるから、これをここに引用する。
1 控訴人の1の主張について
商標法によると、商標権は、設定の登録すなわち特許庁に備える商標原簿に登載されることによつて創設的に発生するものであり、また、このような商標登録を受けた商標を「登録商標」と定め、商標権者すなわち特定の商標について登録を受けた者(商標権の移転の登録を受けた者を含む。)が、その登録商標を使用する権利を専有するものとされている(商標法第二条第二項、第一八条第一項、第二五条本文、第三五条、第七一条第一項)ことはいうまでもない。
控訴人の1の主張は、要するに、商標登録出願人が、登録査定を受けて適法に登録料を納付したときは、これに登録商標と表示して使用しても、商標法第八〇条、第七四条第一項の犯罪構成要件に該当しないというのであるから、ひつきよう、商標の登録以前に当該商標を専用する権利を許容することと実質的に差異がないこととなり、商標法における前記の諸規定の趣旨と相容れないものであつて、採用することができない。
なるほど、商標を商標登録以前に登録商標と表示して使用するといつても、すでに登録査定を受け登録料も適法に納付し、ただ商標登録原簿への登載手続のみが残されているに過ぎない場合には、いまだそのような段階に至つていない場合と比較し、商標法第八〇条の目的に鑑み、社会的非難の程度には差異があるであろうことは首肯できるが、それは専ら違法性や有責性における程度の差異に過ぎず、同条の構成要件に該当しないということはできない。
2 控訴人の2の主張について
本件書面中、商標法第八〇条、第七四条第一号に規定する虚偽表示の罪に関連する記載についてみるに、成立に争いのない甲第一号証によると、本件書面の第一項には、控訴人が昭和五一年一二月五日付の読売、朝日、サンケイ、東京の各新聞に印章の販売広告をするに当り、商標登録を受けていない本件商標に「商標登録」と表示した点は、商標法第八〇条、第七四条第一号の虚偽表示の罪を構成する旨が、その第二、第三項には、右控訴人の所為が同罪に該当することの被控訴人の所見等が、その第七項には、被控訴人は、昭和五二年三月一四日に社団法人日本広告審査機構に、また、同年四月五日に新聞広告審査協会に同旨の苦情の申立をしたのであるから、将来重ねて同旨の広告を新聞に掲載するときは、新聞社もまた商標法所定の虚偽表示の罪の共犯の責任を問われることになると思料する旨の、また、その第八項には、控訴人は、かつて、同種の罪を犯したことがあり、被控訴人がこれを告発した旨の各記載があるにとどまり、控訴人が右の第一項の広告後殊に昭和五二年二月七日以降も引き続き同種の広告を行つている旨の記載はない。
もつとも、原審証人黒田和男の証言とこれにより真正に成立したと認められる甲第一二号証に弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は、昭和五二年二月七日以降本件書面が配布された同年四月ころまでの間にも、各種新聞に同旨の広告を掲載していたことが認められ、このことと、本件書面の前記第七項の記載などを併せ考えると、被控訴人が前同日以降の広告をも念頭において本件書面を作成、配布したものと推認されるけれども、このような事実があるからといつて、本件書面に前同日以降の広告について商標法第八〇条、第七四条第一号との関係において虚偽の事実が記載されているものとすることはできない。
また、前掲甲第一号証によると、本件書面の第二項には、商標法第七四条第二号の規定をも掲げて被控訴人の所見が記載され、さらに、第四項として、特に別項を設けて、仮に本件商標が登録されるに至つていたとしても、指定商品は印刷物であつて印章には及ばないのであるから、同法第八〇条、第七四条第二号に規する虚偽表示の罪をも構成する旨が記載されていることが認められるから、控訴人主張のように、本件書面に、同号の規定違反の点について記載がないにも等しい程度のものであるとすることはできない。
3 控訴人の3の主張について
本件書面中、控訴人と被控訴人との間の争訟に関する記載中には、そこにいう仮処分事件について、一見被控訴人が第一審において全面勝訴の判決をえたかのようにも解されかねない表現があり、この点は、不正確のそしりを免れないものである。殊に、前掲甲第一号証によると、本件書面には、申立人として被控訴人の記名捺印があるほか、申立人代理人として弁護士二名の記名があるのであるから、単に被控訴人のみの場合に比して、その及ぼす影響も大であり、また、成立に争いのない甲第一〇号証と弁論の全趣旨とによると、右弁護士両名は、右仮処分事件に訴訟代理人として関与し、第一審判決の内容を含む争訟の経緯について充分了知していたのであるから、控訴人と被控訴人間の争訟に関する記載については、一段と正確さを要求されてしかるべきものである。
しかし、その記載とても、被控訴人が全面勝訴の判決をえたというように、積極的に誤つた事実を開陳したものでなく、単に正確性に欠けていたと評しうる程度のものであり、また、本件書面の交付の態様も、大量無差別に配布されたというようなものではなく、新聞社等に個別に送付されたものであり、送付の相手方も、良識を備えた新聞社等であり、現に当審における控訴人代表者尋問の結果によれば、控訴人代表者の釈明等によつて、右送付先である新聞社等からは間もなく了解が得られたことが認められる。
そうしてみると、本件書面中控訴人と被控訴人間の争訟に関する記載部分も、不正競争防止法第一条第一項第六号の規定にいう「虚偽の事実」に係るものということはできない。