東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1101号 判決
被控訴人の本件賃料支払が、現に昭和四三年度に定められた坪当り六五〇〇円の割合による額であることは当事者間に争いないところである。そして、弁論の全趣旨に照らして成立を認めうる≪証拠≫によれば、不動産鑑定士五十嵐忠司は、昭和五六年五月一五日現在における本件建物部分の賃料を月額四八万円と鑑定していることが認められるが、これは平方米当り四七一〇円の割合であるから、坪当り一万五五七一円にあたることとなる。この額を現時点における賃料相当額と認めうるか否かはさて措き、このことに徴し少なくとも数年以前から「相当額」は坪当り六五〇〇円の割合を超えていたものと推認してよい。そこで、坪当り六五〇〇円という「従前の額」を支払いつづけている被控訴人は、その限り「相当額」を支払っているとは言えないこととなる。もっとも、被控訴人が支払うべきは、主観的に「相当と認むる額」であり、必ずしも客観的な「相当額」と一致する必要はないと解されるけれども、公知の事実であるこの十余年間の物価の騰貴や固定資産税額の変動等を考え合せると、昭和四八年七月の訴提起以来今日まで、自発的に支払額を増すことをせず十年一日のように昭和四三年当時定められた従前の賃料額を支払っているのでは法の定める「相当と認める額」を支払っていることにはならない、とする控訴人の主張にも一理ないわけではない。
しかしながら、このような長期の抗争になったのは、そもそも控訴人が被控訴人との契約関係の継続を望まず、解除による契約終了を主張して本訴提起に至り、一審判決が右主張を否定したのを不満として更に本件控訴に及んでいるためであって、契約関係の継続を認める前提に立てば、当事者の主張が対立してかなりに訴訟になったとしても、家賃増額請求の効果いかんに限られ、より早い帰趨を見たであろうと考えられるし、また、本件訴訟においても、いわゆる訴訟上の和解の形式において契約関係の継続を前提としての話合いの余地はあったのである。現に、原審において三度、当審でも一度、それぞれ何回かの期日を重ねる和解が勧試されたが不調となった。和解不調の責任がすべて控訴人側にあるとはもとより言いえないが、少なくとも十年の余も賃料が決定しないという現状に立ち至ったについては、本件訴訟を提起し、右に示したような手段・機会を利用しようとしなかった控訴人に過半の責任があると言わなくてはならない。
このことと、借家法七条二項の法意すなわち当事者間に賃料増額の協議が成立していない場合の賃借人の賃料支払に賃貸人としては不満があってもそれを債務不履行という解除原因となしえないようにするため、賃借人は「相当と認むる地代」を支払えば足りるものとせられていること及び将来「相当額」が確定すれば「不足額」には年一割の割合による利息を付することとなっていること、また、同条項の解釈として、賃借人が「相当」と認めて支払った賃料額が後に確定される「相当額」を上廻るとしても、賃借人としては「超過額」の返還を請求しえず、むしろ、そのような額を賃借人が支払っていることが裁判所の「相当額」確定に影響しかねないと解されること、などを考え合わせると、本件において被控訴人が自発的になにほどかを増額して支払うということは確かに望ましいことであったとは言えるが、それをせずに「従前の額」を払いつづけていたことを以て「相当と認むる額」を支払うべき債務の不履行があったとすることはできない。
(鈴木 倉田 高山)