東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1544号・昭54年(ネ)972号 判決
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【判旨】
(一) 控訴人は、被控訴人と結婚した昭和四一年五月当時においては見るべき資産を有していなかつたが、現在、控訴人名義の積極財産としては、(1) 昭和四三年九月父から譲り受けた本件借地権、(2) 同四五年ころ新築した本件建物、(3) 同四七年二月買い入れた本件八丈島の土地及び(4) 同年六月買い入れた本件今市市の土地並びに(5) 王子信用金庫赤羽支店に対する預金債権約一四三万円とがある。
本件借地権の価格は、約二七六五万円(更地価格3.3平方メートル当り約一〇〇万とし、借地権はその七割とみた金額相当額)、本件建物の価格は、建築後既に一〇年余を経過しているが、現在少くとも約三〇〇万円、本件八丈島の土地は少くともその取得当時の三七九万円、本件今市市の土地は七〇〇万円の各相当額の価格をそれぞれ有している。
他方、控訴人の消極財産としては、王子信用金庫赤羽支店に対する借入債務五六〇万円(前掲乙第一五号証には借入債務額は七一〇万円と記載されているが、当審第七回口頭弁論期日において、控訴人は、右期日現在においては、右債務残額は五六〇万円となつた旨陳述した。)及び控訴人の兄訴外Aに対し三〇〇万円の借入債務がある。
(二) 本件借地権は、控訴人が昭和四三年九月父から無償で譲り受けたものであるから、その取得そのものに被控訴人の寄与、貢献があつたとはいえないが、その維持のために被控訴人が寄与したことが明らかであり、また、その余の前記積極財産の形成・維持、消極財産の発生は、控訴人及び被控訴人の婚姻生活中における両当事者の協力又は責任のもとに生じたものである。そして、既に認定した二2に記載の事実のほか、昭和四三年から同四四年にかけて控訴人が脳脊髄膜炎を患い、約三月入院していた間はもとより、退院後約一年にわたつて通院していた間も被控訴人が自ら従業員を指揮し、前示家業の経営に当たり、また、昭和五〇年ころには短期間ではあるが、控訴人の要求に応じてバーのホステスとして働く等し、別居までの婚姻生活期間中真摯な努力を重ね、家計に多大の寄与をした。
以上の事実を認めることができ<る。>
2 右認定の事実に照らすと、被控訴人が控訴人名義の前示積極財産の形成・維持に寄与し、消極財産の発生に責任のあることが明らかであるところ、その割合は、本件借地権についてはその価格の一割、その余の積極財産及び消極財産については、控訴人と同等と認めるのが相当である。
右の観点に基づく計算を基礎とし、既に認定した控訴人と被控訴人との婚姻期間、控訴人が今後三人の子の監護養育に当たること、控訴人及び被控訴人の現在の生活程度等を斟酌すると、控訴人が被控訴人に財産分与として給付すべき金額は五〇〇万円と定めるのが相当である。
3 また、既に認定した事実関係のもとにおいては、被控訴人が控訴人の責に帰せられるべき本件の婚姻の破綻により多大の精神的苦痛を被ることは推認するに難くなく、この被控訴人の精神的苦痛を慰藉するため、控訴人は被控訴人に対し、四〇〇万円を支払うべきものとするのが相当である。
(安藤覺 三好達 柴田保幸)