大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1822号 判決

請求原因一ないし三の事実は争いがない。これを要約すると、控訴人と被控訴人多津子はもと内縁の夫婦で、その間に昭和四七年六月一日明子が生まれたが、その後内縁関係は解消されて、同被控訴人は昭和五一年三月被控訴人正造と同棲、ついで同年一〇月二八日婚姻し、同時に同被控訴人は明子と養子縁組をし、他方控訴人はその後まもなく明子を認知したものである。そうして、≪証拠≫によれば、明子は控訴人と被控訴人多津子が同居していたときは、概ね両人のもとで養育され、被控訴人らが同居を始めると両人とともに生活し、昭和五一年四月三日以後は控訴人の肩書住居に居り、現在小学生であることが認められる。右昭和五一年四月三日に、控訴人が被控訴人ら方から明子を連去ったことは争いがない。

上記の身分関係によれば、被控訴人らは明子の共同親権者であるのに対し、控訴人は明子を認知した父であるから、民法八一九条四項の規定により、控訴人と被控訴人多津子との協議で控訴人を親権者と定めたときに限り、控訴人が親権を行使しうるのであるが、≪証拠≫によれば、両人の協議は成立していないことが認められる。したがって本訴請求は、親権を行使する立場にない実父に対する、親権者である実母と養父からの子の引渡請求ということになるが、かような場合は、子が誘拐者その他の者により明らかに不法に抑留されている場合と異なり、引渡請求権の行使が親権の適正な行使に当るか否かを慎重に判断しなければならないのであり、その方法としては、権利行使の結果が請求の対象となる子の現在の幸福及び将来の成長に対して及ぼすべき影響その他を予測して比較衡量する必要があり、かような判断を省略して、親権者への引渡を当然のこととして容認すべきものではないのである。

そこで、本件当事者双方の生活状況、生活態度等を瞥見すると、先ず控訴人が並々ならぬ愛情を注いで明子を養育しており、明子も平穏に成長を続けていることは≪証拠≫によってこれを認めることができるが、他方被控訴人多津子の明子に対する愛情も、控訴人のそれに劣るものでないことは、≪証拠≫から窺い知ることができる。次に、控訴人は最近陶器商を営むようになり、収入も相当額に達するが、かっては賭博罪等によって何回か服役したことのある人物で、いわゆる堅気の生活を始めたのは近年であることが上記各≪証拠≫から認められるから、控訴人の今後の生活が安定を保障されたといえるかどうかは容易に決しがたいところであるし、控訴人が現在独身ではあるが早い機会に配偶者を得たいと考えていること(≪証拠≫による)は、控訴人と明子との生活状況の変化を予想させるものである。他方被控訴人正造は中小企業で設計の仕事をしている勤め人で、その給料は昭和五四年五月当時月額一八万円ほどであり、被控訴人多津子との間に子はいないこと、又同被控訴人はこの約一五年間に、控訴人及び被控訴人正造を含む少くとも四人の男性と、同棲、婚姻、離婚を繰返している人物であることが、≪証拠≫から認められるので、被控訴人らが長い将来にわたり堅実な家庭生活を維持することは、現在のところ期待の域を出ないといってよい。かような双方の生活状況を比べると、明子の心身の育成についての指導力の点では、双方の間に大きな隔りがあるとはいえないであろう。

思うに、明子が両親の行動にしたがって再三住居を移し、平穏とはいいがたい境遇に育って来たことは痛ましいことであるが、すでに四年余を経ている控訴人との生活は曲りなりにも安定した生活といえるのであるから、この現状を変更することが明子の将来の幸福や良い人格の形成につながると考えられる明らかな理由がない限り、現状を維持することが望ましいというべきである。尤も、現在明子が控訴人方で控訴人ひとりに養育されているのは、先に認定したように控訴人が被控訴人ら方から連出したことが端緒であり、これが被控訴人らの意に反する行為であることは明白であるけれども、被控訴人多津子がこれより約半歳前、明子を連れて控訴人方から池田道夫のもとに走り、更にその約五箇月後に明子を連れて被控訴人正造方へ移っていることは、≪証拠≫から認められるところであり、その頃控訴人はまだ明子を認知していなかったが、被控訴人多津子の右の行動が控訴人の意に反していたこともまた疑う余地がない。したがって、控訴人が明子を連去ったこと自体を、控訴人側に不利な事情と考える必要はない。そうして、被控訴人らの生活環境が控訴人のそれに比べて、明子のために格段に良好であるとは認めがたいこと、先に判断したとおりであり、ほかに、先に述べた現状変更を可とする明らかな理由を見出すに足る資料もないから、現段階では被控訴人らの引渡請求は適正な親権の行使に当らないというほかはない。

右のとおりであるから、控訴人の親権濫用の抗弁は理由があり、被控訴人らの本訴請求は失当というべきである。

(吉岡 吉江 上杉)

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