東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2043号 判決
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【判旨】
薬品卸商である被控訴人は、昭和四九年頃同業の控訴人と取引を開始した。被控訴人側からは代表者平賀と従業員石黒及び昭和五三年初めからは従業員猪熊が控訴人の店舗に赴き、所要薬品を購入し、控訴人は毎月二〇日締切で代金を計算し、これを翌月被控訴人に請求した。同年五月下旬猪熊は控訴人従業員大谷に対して、向後被控訴人分と猪熊分を別々に請求するよう要請したが、控訴人は従前どおり全部の代金を被控訴人に請求するかたわら、控訴人代表者長坂から被控訴人代表者平賀にその件を問合わせた。これに対して平賀は、猪熊は同人が控訴人店舗で購入した薬品の一部を被控訴人に引渡さず、そのまま小売店等に売るなどしていたから、今後は請求書を被控訴人分と猪熊分とに分けて作成して貰いたいと答えた。そこで控訴人は同年六月一四日以後の被控訴人との取引について、「トーヨー薬品」分と「トーヨー薬品(猪熊)」分の二種類の売掛金台帳を作り、又、請求書も同様に作り分け、前者を被控訴人に、後者を猪熊に送付するよう改めた。同年五月二〇日締切の取引代金は、同年六月中旬猪熊が現金と小切手一葉を控訴人店舗に持参して支払い、同年六月二〇日締切の取引代金は、同年七月中旬被控訴人と猪熊がそれぞれ請求の金額に応じて支払をした。猪熊は同年八月初めの取引を最後に消息を絶つたが、同人はこれより先同年五月末日をもつて被控訴人に解雇されており、ただその際被控訴人代表者平賀が猪熊の願を容れて、同人個人の取引の場所として被控訴人事務所の使用を許していたのであつた。本訴請求にかかる薬品代金は、同年六月二〇日締切の取引以後における「トーヨー薬品(猪熊)」関係の取引によつて生じたものである(甲一号証の六に表示される取引も同様である。)。右のとおり認められる。
以上の認定事実は、本訴請求にかかる取引が、控訴人と被控訴人又は控訴人と被控訴人の代理人猪熊との取引ではなくて、控訴人と猪熊個人との取引であることを示すものである。すなわち、猪熊は被控訴人を退職した後、個人で控訴人から薬品を購入していたものと認めるほかはないのであり(冒頭に記載した証人大谷の証言と長坂の尋問の結果は信用できない。)、かりに在職中被控訴人の代理人として取引した事実があつたとしても、上記認定事実(殊に控訴人の事務手続における売掛金台帳と請求書の各別作成)及び上記平賀の尋問の結果によつて認められる次の事実すなわち、昭和五三年六月初頭被控訴人代表者平賀は控訴人代表者長坂を控訴人店舗に訪れ、猪熊は今後被控訴人とは別に控訴人と取引することになつた旨話し、長坂の了承を得たこと(これに反する控訴人代表者長坂武夫の尋問の結果は信用できない。)に徴すると、長坂は右六月初頭の時点において、猪熊が被控訴人を退職したか、或いは少くとも被控訴人とは別の立場、別の計算で控訴人から薬品を買うことになつたことを察知したものと認められるから、被控訴人は猪熊の代理権の消滅を控訴人に対抗することができる。
(吉江清景 手代木進 上杉晴一郎)