東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2637号 判決 1980年11月04日
控訴人 荻野勇
右訴訟代理人弁護士 成毛憲男
被控訴人 株式会社丸水飯田水産市場
右代表者代表取締役 平栗一衙
右訴訟代理人弁護士 太田眞佐夫
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一 求める判決
(一) 控訴人
主文と同旨
(二) 被控訴人
本件控訴を棄却する。
二 主張
(一) 被控訴人
「請求原因」
1 被控訴人と訴外中島ストアこと宮沢千之(訴外宮沢)は昭和四八年九月五日、生鮮魚介類および一般食料品の継続的売買契約(被控訴人を売主、宮沢を買主とし、代金の支払は商品引渡と同時若くは掛売となった場合は毎月一五日〆切の二〇日、月末〆切の翌月五日限りの約)を締結したが、その際訴外宮沢は控訴人を代理して被控訴人に対し、訴外宮沢が右売買契約に基づき被控訴人に対し負担すべき債務につき連帯保証を約した。
2 控訴人はこれに先立ち、訴外宮沢に右連帯保証契約締結につき代理権を与えた。
3 かりに右代理権の付与がなかったとしても、
(1) 控訴人はかねてから訴外宮沢に小切手振出についての代理権を与えていた。
(2) 被控訴人は右契約以前から訴外宮沢と取引があったが、同人の代金支払状況は良く、その人物を信用しており、右連帯保証契約締結に際しても同人は、控訴人は中島ストアの前経営者であり、全面的に支援してくれることになっている、と説明していたから、被控訴人が訴外宮沢に当該代理権があると信じたことには正当な理由がある。
4 昭和五二年一〇月三一日から同五三年三月二八日までの間に被控訴人が訴外宮沢に売渡した生鮮魚介類および一般食料品の残代金は二七四万二二七九円である。
5 よって被控訴人は控訴人に対し右売掛代金二七四万二二七九円およびこれに対する弁済期の後たる本訴状副本送達の翌日である昭和五三年六月一六日以降右完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 控訴人
「請求原因に対する認否」
その1は不知。その2は否認する。その3の(1)は認めるが(2)は否認する。その4は不知。
三 証拠《省略》
理由
一 《証拠省略》によると請求原因1が認められる。
二 請求原因2を認めるに足りる証拠はない。
すなわち右に副う原審における《証拠省略》は原審における控訴人本人尋問の結果に照らすと採用できず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はなく、かえって右本人尋問の結果によると控訴人は訴外宮沢に対し本件連帯保証契約締結についての代理権を与えていないことがうかがえる。
三 請求原因3の(1)は当事者間に争いない。そこで以下、請求原因3の(2)について検討する。
《証拠省略》によると、
1 生鮮食料品などの卸売商を営み、長野県飯田市に本店を置く被控訴人は昭和四八年三月頃、それまで全く面識のなかった訴外中島ストアこと宮沢千之の申入で同人との生鮮食料品などの現金取引を開始し、一か月二〇万円程度の商品を売渡していたが、同年八月末頃、正式に継続的売買契約を締結することになり、被控訴人に備付の取引契約書用紙(甲第二号証)を訴外宮沢に交付し、その連帯保証人欄に二名の連帯保証人の署名押印を求めたところ、同年九月五日頃、訴外宮沢は連帯保証人欄に訴外阿久津広の署名押印のほか控訴人の横書記名印およびその右横に控訴人姓の印章を押捺した甲第二号証を持参し、被控訴人の質問に対し、控訴人は中島ストアの前の経営者で、訴外宮沢が同ストアを引継ぐについては全面的に協力してくれることになっている人物である、と説明したので、被控訴人は、控訴人は全く未知の人物であったが、訴外宮沢の説明を信用し、控訴人に対し保証の真意確認などの照会、調査をすることなく、甲第二号証を受領したこと、
2 これより先長野県内の木會郡三岳村において生鮮食料品、衣料品などを販売していた控訴人は昭和四七年夏頃、同郡木會福島町で中島ストアという名称の生鮮食料品店を訴外北沢から賃借、開店する予定であったが、妻の反対でこれを断念し、かねて知合いの、衣料品セールスマンである訴外宮沢を訴外北沢に紹介し、訴外宮沢が中島ストアを賃借して生鮮食料品店を開業することになった。しかし訴外宮沢は銀行取引の実績、信用がなかったので、控訴人は同人に一年間位を限って、控訴人の取引先である松本信用金庫木會福島支店の控訴人当座預金口座の使用を認めることにして控訴人の横書ゴム製記名印とその認め印を貸与し、その後、訴外宮沢は右の記名印および認め印を使用して控訴人名義の小切手を振出していたところ、前掲甲第二号証に押捺の控訴人名義の各印影はいずれも控訴人が訴外宮沢に貸与した記名印、認め印の押捺により顕出されているが、控訴人は甲第二号証の契約書に押印することについては訴外宮沢から承認を求められたことはなく、また本件連帯保証契約について事前、事後の承諾を求められたこともなく、従って承諾をしたこともなく、右押印は訴外宮沢が控訴人に全く無断でなしたものであること、
がそれぞれ認められる。
ところで本件のような継続的売買契約を締結するに際し買主側の保証人となる者は取引により将来発生増減する不確定額の債務保証の責に任ずべき不安定な立場にあるから保証人となることを躊躇する場合が多く、勢い買主たるべき者が無権代理により保証契約を締結する可能性が大きく、その事例は屡々見られるところである。
従って保証を求める売主側としては最も安全確実な方法としてできるかぎり保証人となるべき者本人との面接による直接契約により無権代理とされるような事態の発生を防止すべきであり、そうでなく本件のように買主を介して契約書に署名押印を求め、その交付を受けることによって保証契約を成立させようとする場合は少くとも保証人に対する電話などによる真意確認位のことはなすべきであるが、本件のように買主と知合い、取引をするようになってからまだ数か月しか経ってなく、買主自体にも全面的な信をおきがたく、加えて保証人が未知の人である場合には右真意確認の必要性はより大きく、しかも、当事者が同県内に居住する場合には真意確認はより容易であるのが通常であるから、これを怠ったときは、たとえいかに保証人についての買主の説明がもっともらしく思われるものであったとしても、それを信じた売主側の過失は大きいといわざるをえない。
従って前記認定のように訴外宮沢の説明(そのうち控訴人は中島ストアの前経営者であるとの説明は虚偽のものであった。)を信ずるだけで真意確認をなさなかった被控訴人には過失があり、民法一一〇条の正当理由を欠くものと考えられる。控訴人は訴外宮沢の営業についてある程度応援、協力をしており、甲第二号証に押捺の印も控訴人が訴外宮沢に貸与していたものであるなどの前記認定事実も右判断を覆しうるものではない。
四 そうすると被控訴人の本訴請求は失当ということになるから、これを認容した原判決を取消し、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条前段、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 手代木進 上杉晴一郎)