東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2666号 判決 1981年3月26日
控訴人
福島里美
右訴訟代理人
野崎研二
被控訴人
高野津満子
右訴訟代理人
荒井新二
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
(請求原因)
一 被控訴人は、昭和四八年一一月一日、控訴人から東京都板橋区氷川町三九番一〇号鉄骨造三階建建物のうち、一階19.80平方メートルの部分を賃借し、同月二〇日、控訴人に対し敷金金一五〇万円を支払つたが、その際、右賃貸借契約終了の時は、二か月分の賃料相当額金七万円を控除して右敷金の返還を受ける旨約した。
二 右賃貸借は、昭和四九年一〇月三一日、合意解約され、被控訴人は控訴人に対し右賃借建物部分を明渡した。
三 よつて、被控訴人は、控訴人に対し右一五〇万円から右七万円を控除した金一四三万円の支払を求める。
四 被控訴人は、昭和五二年四月一五日、控訴人に対し金二〇〇万円を寄託し、その後控訴人から金八五万円の返還を受けた。
五 よつて、被控訴人は、控訴人に対しその残額金一一五万円の支払を求める。
六 被控訴人は、控訴人に対し以上合計金二五八万円につき、本件訴状をもつてその支払を催告したから、右金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年九月一五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(請求原因に対する認否)
一 請求原因一、二の各事実は、否認する。
二 同四の事実は、認める。
(抗弁)
一 仮に被控訴人主張の如き建物賃貸借契約が締結されたとしても、それは、通謀による虚偽表示に基づくものであり、控訴人は被控訴人からその主張の如き敷金を受取つてはいない。右のような虚偽表示による賃貸借契約を締結したのは、被控訴人がその経営にかかる寿司業につき東京都から中小企業施設改善資金を借入れるための便法によるものである。
二 控訴人は、被控訴人から寄託を受けた金二〇〇万円によつて利殖を図るとともに、被控訴人に対する右金員の月四分の割合による利息金八万円につき、そのうち、金三万円宛を毎月、被控訴人の東京都に対する前記借入資金(元本金三一〇万円、返済方法は、昭和五〇年九月から同五五年三月まで毎年九月及び三月の各末日まで一〇回に分割し、毎回金三一万円とする約)の保証人として代位弁済するほか、その余の金五万円を毎月被控訴人に支払うこととし、これまでに東京都に対しては合計金四五万円、被控訴人に対しては合計金四〇万円を支払つたが、東京都に対しては、なお金二六五万円余の残債務がある。そこで控訴人は、委託を受けた保証人として民法第四六〇条第二号により事前求償権を有するから、控訴人は、被控訴人に対し、昭和五五年三月二五日の本件口頭弁論期日において、右求償債権をもつて、被控訴人の本訴請求金員とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
(抗弁に対する認否)
一 抗弁一の事実は、否認する。
二 抗弁二の事実については、相殺の効果の点を除き、すべて認める。
(再抗弁)
一 保証人である控訴人が東京都に対する債務を完済するまでの間は、被控訴人は民法第四六一条第一項により控訴人に対し担保の供与を請求することができ、その意味において控訴人の行使せんとする事前求償債権には抗弁権が附着しているものであるから、右担保が供与されない限り、控訴人はその主張の求償債権を自働債権として、本訴請求債権に対する相殺に供することは許されない。
二 被控訴人は、前述のとおり、控訴人に対し金二〇〇万円を寄託し、控訴人においてこれを東京都への返済に供し、もつて被控訴人に免責を得せしめる旨控訴人と合意したものであるから、この点においても控訴人主張の事前求償債権については抗弁権が附着しているものであり、これを相殺に供することはできないものというべきである。
三 また、被控訴人が控訴人に寄託した前記二〇〇万円は、前同条第二項の担保の提供に該当するのみならず、これをもつて保証人たる控訴人に対し、その免責を得るに相当な返済資金を提供したことになるものと解せられるから、被控訴人は控訴人の事前求償に応ずべき義務はない。
(再抗弁に対する認否)
争う。
(証拠関係)<省略>
理由
一<証拠>を総合すると、請求原因一、二の各事実を肯認することができる。
右賃貸借契約が虚偽表示によるものとする控訴人の抗弁事実については、控訴本人の供述(当審)のほか、これを認めるに足る証拠がなく、右控訴本人の供述は、前掲各証拠に照し、措信することができない。
二次に、請求原因四の事実及び抗弁二の事実については、相殺の効果の点を除き、当事者間に争いがない。
そこで、右相殺の許否につき検討するに、民法第四六一条第一項によれば、保証人から主たる債務者に対しあらかじめ求償権が行使された場合、主たる債務者は、右事前求償を拒み、まず保証人に対し担保の提供を求め、あるいは自己に免責を得せしめることを請求することができるものというべきであるから、保証人において主たる債務者の持つかかる抗弁権を消滅させた上でなければ、右求償権を自働債権として、主たる債務者の保証人に対する債権につき相殺することは許されないものと解するのが相当である。しかるに、控訴人が担保を供し、または被控訴人に免責を得せしめ、もつて右抗弁権を消滅せしめたことについて何ら主張立証がないから、控訴人は、その主張にかかる前記求償債権をもつて、被控訴人の本訴請求債権と相殺することは許されないものというほかはなく、この点に関する控訴人の抗弁は理由がない。
三とすれば、被控訴人の控訴人に対する敷金金一四三万円及び寄託金の残高金一一五万円並びに以上合計金二五八万円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五四年九月一五日から右金員支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなくこれを正当として認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(杉田洋一 中村修三 松岡登)