大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2963号 判決 1980年9月29日

控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 民永清海

被控訴人 乙野一枝

右法定代理人親権者 乙野花子

右訴訟代理人弁護士 宮文弘

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次に付加するほか原判決の事実摘示のとおりであるので、これを引用する。

(控訴人の主張)

被控訴人の母である花子と控訴人との出会いはナイトクラブのホステスと客との関係であって、通常の市民生活における交際の場での接触ではなく、もとより愛情を基礎に将来結婚しようとの意思の下に性関係を結んだものではない。当然に、両者の間では子供を作らないことが至上命令であった。花子自身、避妊のためピルを連続服用していたが、たまたま不注意により受胎可能の時期にその服用を中断したため被控訴人を受胎したというのである。従って、花子としては、その道義的責任として、妊娠を知った時点で自ら人工中絶をして控訴人に迷惑をかけないようにすべきであった。しかるに花子はその処置をとらず、控訴人の中絶のための資金援助を拒絶し、控訴人に対し一切の要求をしない旨を書き送って自ら認知請求権を放棄したのである。かくして出生するに至った被控訴人について、その父たることを強制されることは、控訴人にとって堪え難い苦痛であり甚大な損害である。

また、右のような事情からすれば、控訴人と被控訴人の間に強制的に法律上の親子たる身分関係を形成しても、そのことが、被控訴人の幸福な成育に資するとは期待し難く、被控訴人自身が成長後に懐くであろう意思にも必ずしも合致するとは考えられない。なお、経済的な面については、控訴人は、本件認知請求が棄却されることを前提に、被控訴人の成育のための資金として、控訴人の両親らの援助の下に金二〇〇〇万円を被控訴人に支払う用意がある。

以上に述べた本件の諸事情を考慮するときは、被控訴人の法定代理人である花子のした前示の認知請求権放棄は有効と認めるべきであり、仮に右放棄が有効と認められないとしても、同人が法定代理人として認知の請求をするのは、クリーンハンズの原則に反し又は権利の濫用として許されないものというべきである。前記の金員については、裁判所が、控訴人にその支払を命ずるとともに、本件認知請求を棄却するよう求める。

理由

一  当裁判所も被控訴人の請求は理由があり認容すべきであると判断するものであって、その理由は次に付加するほか原判決の理由のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三枚目裏末行の「同年九月」の次に「末頃」を加える。

2  原判決四枚目裏五行目の次に「前記認定の事実に控訴人主張の本件の諸事情を合わせ考慮しても、右の判断を左右するに足りない。」を加える。

二  よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村岡二郎 裁判官 宇野栄一郎 清水次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例