大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(ネ)339号 判決 1980年9月16日

控訴人

高見澤威夫

右訴訟代理人

武田清一

被控訴人

鹿俣征志

右訴訟代理人

中野博保

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し金九五万円及これに対する昭和五二年九月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決及び右2項についての仮執行宣言。

二  被控訴人

主文同旨の判決。<以下、事実省略>

理由

一<証拠>によれば、被控訴人は昭和五二年九月一日に控訴人に対して、金一〇〇万円の借用金を九月一一日までに返済する旨を約し、その旨記載した借用書(甲第二号証)を控訴人に差し入れたことが認められる。そして右控訴人本人尋問の結果中には、その際に、控訴人と被控訴人との間に金銭の授受もなされなかつたかのような供述部分がある。しかし右供述部分は、原審及び当審における被控訴人本人の供述に照らし措信できず、ほかに、その際に控訴人と被控訴人との間に金銭授受のあつたことを認むべき証拠はない。被控訴人が控訴人に対し右同日前判示のとおり約し、前判示の如き借用証を差し入れたのは、<証拠>を総合すると、左記1ないし4に認定のような事情によつたものであることが認められる<証拠判断略>。

1  被控訴人は、昭和五二年二月当時株式会社トローネのセールスマンをしていたが、同月一二日頃同社の取引先である株式会社パンモンドの代表取締役社長をしている控訴人に誘われて、控訴人及び株式会社パンモンドの取引先又はその役員である榊原幸夫及び対木正雄とともに午後六時頃から翌日午前三時頃にかけて賭け麻雀をしたが、その結果被控訴人は控訴人に賭金五三万円を支払わなければならないことになつた。それで被控訴人は現金三万円をその場で控訴人に支払い、残り五〇万円については、これを借用金として同年四月三〇日までに支払うことを約し、控訴人のメモ手帳をちぎつた紙片を用いて、右約旨を記載した借用証(甲第一号証)を作成して、これを控訴人に差し入れた。

2  被控訴人は、昭和五二年二月二三日頃控訴人から儲け話があるから、と言われて、天下一家の会(俗称「ねずみ講」)入会説明会の開かれていたホテルニューオータニに呼び出され、入会を勧誘されて、天下一家の会に入会することにしたが、その際、入会に必要な金として金五〇万円を控訴人から借り受けた。

3  その後、被控訴人は、天下一家の会に入会したことにより金五〇万円の入金があつたので、昭和五二年三月三〇日頃控訴人に対して右入金でもつて前項の借金五〇万円を返済した。しかし被控訴人は、そのとき、天下一家の会にもう一口入会することにし、それに必要な金として金五〇万円を再び控訴人から借り受けた。

4 ところが被控訴人が昭和五二年七月、勤め先の株式会社トローネをやめ、同社と株式会社パンモンドとの取引が途絶えるようになつた同年八月ないし九月頃になつて、控訴人は被控訴人に対し前記麻雀賭金を改めた金五〇万円の貸金と被控訴人の再度の天下一家の会入会の際の金五〇万円の貸金の支払いをきびしく督促したので、被控訴人は同年九月一日に控訴人に対し前判示のとおり約し、前判示の如き金一〇〇万円の借用証を差し入れた。その際、被控訴人は、控訴人から甲第一号証の借用証の返還を受けなかつた。

ところで前記1で判示の麻雀賭金五〇万円の支払約束及びこれを改めた金五〇万円の借用金返済約束は、公序良俗に反するものとして無効であるから、前示の金一〇〇万円の返済約束のうち、右の無効な借用金返済約束による被控訴人の支払義務を目的とした部分は当然に無効であり、したがつて、前示の金一〇〇万円の返済約束のうち、有効なのは、被控訴人の前記3で判示の金五〇万円の借受けによる支払義務を目的とした部分のみであつて、前示の金一〇〇万円の返済約束なるものは、実質的には前記3で判示の金五〇万円の借受金の返済期を昭和五二年九月一一日と定めた意味しかないものというべきである。

二被控訴人が昭和五二年九月中に控訴人に対して金五五万円を弁済したことは、当事者間に争いがない。

控訴人が昭和五二年二月一二日に被控訴人に対し金五〇万円を貸し付けたとの控訴人の主張については、これを認むべき証拠はない。もつとも右同日頃、被控訴人が控訴人に対して支払うことになつた麻雀賭金五〇万円を借用金に改めて控訴人に支払うことを約したことは前記一の1で判示のとおりであるが、これが公序良俗に反するものとして無効であることは、これ亦前判示のとおりである。

右のとおりであるから、被控訴人の前記弁済金五五万円は、控訴人と被控訴人との間にその弁済充当につき控訴人主張の如き合意があつたと否とを問わず、当然、前示金一〇〇万円の返済約束のうちの有効部分たる金五〇万円の返済約束に基づく債務すなわち実質的には前記一の3の借受金返済債務の元本に対する前示返済期の翌日たる昭和五二年九月一二日から同月中の返済日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金(右遅延損害金の額が多くとも金五万円に満たないことは、計数上明らかである。)及び右元本の弁済に充当されたものであり、一部は過払いであつたと認めざるを得ない。

三したがつて控訴人の本訴請求は失当であつて棄却を免れない。

四よつて右と同旨の原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項に則つて控訴人の本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき、同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(林信一 宮崎富哉 石井健吾)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例