東京高等裁判所 昭和54年(ネ)466号 判決 1981年10月29日
控訴人(宮内伸男訴訟承継人) 宮内のり子
<ほか四名>
右五名訴訟代理人弁護士 丹下昌子
控訴人 株式会社岡部工務店
右代表者代表取締役 駒ヶ嶺政聰
右訴訟代理人弁護士 武藤英男
被控訴人 白瀧しづい
<ほか四名>
右五名訴訟代理人弁護士 倉本英雄
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 控訴人宮内のり子、同宮内邦夫、同宮内久美子、同宮内義則及び同宮内英美子(以下右控訴人らを総称して「控訴人宮内ら」という。)
1 原判決中原審被告宮内伸男敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らの請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
二 控訴人株式会社岡部工務店(以下「控訴会社」という。)
1 原判決中控訴会社敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らの請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
三 被控訴人ら
控訴棄却。
第二当事者の主張
一 被控訴人らの請求原因
1 (本件事故の発生)
訴外亡白瀧洸(以下「洸」という。)は、昭和五一年四月一七日午後四時ころ、茨城県那珂郡那珂町大字戸崎一六一〇番地の九先道路(以下「本件道路」という。)上において、訴外亡宮内伸男(以下「伸男」という。)の運転する大型貨物ダンプ自動車(習志野一一に五〇三。以下「宮内車」という。)にひかれて死亡した。
2 (本件事故現場の状況と本件事故の態様)
本件道路は、幅員六・九メートルの東西に走る直線で見通しのよいアスファルト舗装道路であるが、本件事故当時、本件事故現場付近は、その北側半分は控訴会社が那珂町からの請負にかかる舗装工事を施行中で通行禁止となっており、南側半分の幅員三・四五メートルのみが通行可能であった。右工事箇所は、六メートルないし七メートルの短区間であったが、工事のため掘り下げられ、周囲の路面より低くなり、五センチメートルの段差ができており、しかも、その段差部分は切り立って直角となっていた。また、右工事箇所の南側路面は、工事のための撒水によりぬれていた。しかし、右工事箇所の周辺には、交通規制のための標識も監視人も置かれておらず、また、防護柵も設けられていなかった。
洸は、本件事故直前、自動二輪車(那珂町二〇号。以下「バイク」という。)を運転し、本件道路を西から東に向って進行し、本件工事箇所南側の通行可能な部分を通行していたところ、後方から伸男の運転する宮内車が迫ってきたので、左側の工事箇所際近くへ避けたところ、宮内車は、その右側を時速五〇キロメートルの速度で追い越していった。宮内車は、一一トン車であったが、砂利を満載し、四トンも積載過重(制限超過)があったから、一五トンも積荷があり、車体の重量を加えると総重量は二〇トン以上もあった。この宮内車の重量と速度とにより、左側の工事箇所が掘り下げられていたため不安定となっていた路面は、強く振動した。洸のバイクは、右のように路面が振動し、しかも、前述のように路面がぬれていたこともあって、宮内車にあおられてふらつき、車輪を左側の工事箇所内に落し、そのはずみで宮内車側へ倒れ、そのため、洸は、宮内車の後輪に頭をひかれて死亡した。
3 (責任原因)
(一) 伸男の責任
(1) 伸男は、宮内車を自己の業務である砂利運搬のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条による保有者責任がある。
(2) また、本件事故現場の本件道路は、北側半分が工事中で、通行可能な南側半分も安全圏は約三メートルであったところ、宮内車は、大型ダンプで、その車幅は二・五メートルないし三メートルあったから、先行している洸のバイクに追越しのため近接することは危険であり、仮に宮内車が右バイクを追い越すには、右バイクを左側の工事箇所際に避けさせねばならないが、路面は右工事箇所が掘り下げられて不安定となっており、宮内車の重量と速度とによって強く振動し、その振動によって右バイクが自由を失って倒れる危険が予測できるのであるから、路面が振動しないように超低速に減速する必要があった。しかも、右工事区間は、わずか数メートルであったから、追越しを差し控えても、大した時間はかからない。したがって、伸男としては、追越しをしないで洸が工事区間を通り抜けて安全区域へ出るまで待つか、又は超低速に減速して進行すべき注意義務があったのである。しかるに、伸男は、時速五〇キロメートルという高速のまま、減速することもしないで宮内車を運転して洸のバイクを追い越そうとして本件事故を惹起したものであり、民法七〇九条の過失による不法行為責任を免れない。
(二) 控訴会社の責任
前記のとおり、本件事故現場付近の本件道路は、その北側半分の工事箇所と南側半分の通行可能な部分との境には五センチメートルの直角に切り立った段差ができていたから、段差付近を通行する車両は、段差に車輪をとられて転倒する危険があった。また、右工事箇所の南側路面は工事のための撒水によりぬれていたが、路面がぬれていると車両は滑りやすく極めて危険であり、殊に段差付近は滑って転倒しやすい。控訴会社は、右段差は直角ではなく斜面になっていたと主張するが、仮に斜面になっていたとしても、かえって直角段差よりも滑って転倒しやすく、殊に撒水のため路面がぬれているときは一層滑りやすく危険である。そして、右工事箇所南側の通行可能な道路部分は幅員が狭く、前述のように追越し不適当な状況にあった。したがって、控訴会社としては、右工事箇所南側の通行可能な部分に撒水することは避けるとともに、工事箇所の周囲には柵を設けたり網を張ったりして工事箇所への車両の転落を防止し、かつまた、標識を設けたり監視人を置いたりして右工事箇所南側を通行する車両が同所においては徐行し、追越しをしないよう交通規制し、もって交通の安全を図るべき注意義務があったものというべきである。しかるに、控訴会社は、右工事箇所南側の通行可能な部分に撒水したばかりか、右工事箇所の周囲に転落防止用の柵を設けたり網を張ったりすることもせず、また、交通規制のための標識や監視人を置くこともせず、本件事故を惹起せしめたものである。したがって、控訴会社は、民法七〇九条による不法行為責任を免れない。
4 (洸の損害)
(一) 逸失利益 六六四万円
洸は、大正七年三月三日生れの男性で、本件事故当時、白瀧輪業の商号で自転車、単車、農機具等の修理販売を業とし、一か月最低一〇万円の収益をあげていた。そして、洸の右業務は軽労働であるから、同人は、少なくとも六八才までの一〇年間はなお右業務に就き、右同額の収益をあげることができた。そうすると、洸の右収益から一か月の生活として三万円を控除し、更に、ホフマン式計算法により中間利息を控除して、右一〇年間における得べかりし利益の現価を計算すると、六六四万円となる。
(二) 慰藉料 一〇〇〇万円
洸は、本件事故当時、一家の中心として働いていた。家族は、妻と子ども四人であったが、独立した子はなく、全員独身であった。したがって、洸がいまだ一家の中心として存在する必要は大きく、欠くことのできないものであったから、慰藉料額は一〇〇〇万円が妥当である。なお、洸は、健康体で病気をしたことがなく、長命が期待されていた。
(三) 葬式費用 五〇万円
(四) 墓石費用 五〇万円
(五) 医者代 一万一五〇〇円
本件事故後の診療費である。
(六) 右合計 一七六五万一五〇〇円
5 (洸の相続関係)
洸は本件事故により死亡し、被控訴人白瀧しづいは洸の妻として、その余の被控訴人らは洸の子として、法定相続分に従って洸の権利義務を相続した。
6 (損害の填補)
被控訴人らは、昭和五一年六月、洸の本件事故による損害の填補として自動車損害賠償責任保険金一五〇〇万円の給付を受けた。
7 (残存損害額)
そうすると、被控訴人らが洸から相続した洸の本件事故による損害賠償債権の残債権額は、被控訴人白瀧しづいについては八八万三八三三円、その余の被控訴人らについては各四四万一九一六円となる。
8 (弁護士費用)
また、被控訴人らは本件訴訟を弁護士倉本英雄に委任し、その費用として、被控訴人白瀧しづいが一八万八〇〇〇円(着手金一〇万円、成功報酬八万八〇〇〇円)、その余の被控訴人らが各四万四〇〇〇円(成功報酬分)を支払った。
9 (伸男の相続関係)
伸男は昭和五二年一二月九日死亡し、控訴人宮内のり子は伸男の妻として、控訴人宮内邦夫、同宮内久美子、同宮内義則及び同宮内英美子はいずれも伸男の子として、法定相続分に従って伸男の権利義務を相続した。
10 (むすび)
よって、控訴人ら各自に対し、被控訴人白瀧しづいは、一〇七万一八三三円及びうち弁護士費用分を除く八八万三八三三円に対する本件不法行為の日である昭和五一年四月一七日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、その余の被控訴人らは、それぞれ、四八万五九一六円及びそのうちの弁護士費用分を除く四四万一九一六円に対する右同日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。
二 請求原因に対する控訴人宮内らの認否
1 請求原因1の事実は、認める。
2 同2の事実のうち、本件事故現場付近において舗装工事が行われていたこと、本件工事箇所の周辺には交通規制のための標識及び監視人が置かれておらず、また、防護柵が設けられていなかったこと並びに洸がバイクの車輪を工事箇所に落としたことは認めるが、その余は争う。
3 同3(一)の事実は争う。同3(二)の事実のうち、控訴会社が工事箇所周辺において事故防止のため柵を設けたり、標識や監視人を置いていなかったことは認める。
4 同4及び6の事実は争う。
三 請求原因に対する控訴会社の認否
1 請求原因1の事実は、知らない。
2 同2の事実のうち、本件道路が幅員六・九メートルの東西に走る見通しのよいアスファルト舗装道路であること、控訴会社が本件事故現場付近の本件道路北側半分の部分において路面舗装工事を施行中であったこと、右工事箇所は通行禁止となっており、その区間では南側半分のみが通行可能であったこと、右南側半分の幅員は三・四五メートルであったこと、工事箇所は掘り下げられて周囲の路面より約五センチメートル低くなり段差があったこと、洸がバイクを運転して本件道路を西から東に向って進行したことは認め、本件道路が直線であること、右段差部分が直角に切り立っていたこと、本件工事箇所周辺には交通規制のための標識も監視人も置かれておらず、また、柵も設けられていなかったこと、洸のバイクが宮内車にあおられて車輪を工事箇所に落したこと、路面が撒水のためぬれていたこと及び路面が宮内車の重量と速度とによって振動したことは否認し、その余は知らない。
3 同3(二)の事実のうち、本件工事箇所南側の通行可能な道路部分の有効幅員が狭く、五センチメートルの段差があり、追越し不適当な場所であったこと及び工事中(追越不適)又は片側通行禁止の標識を作り、工事中には監視員に交通規制をさせる等交通の安全を図るべきものであることは認めるが、その余は否認する。
4 同4ないし8の事実は、知らない。
5 同10の主張は争う。
四 控訴人宮内らの主張
1 伸男には本件事故発生について過失は全くない。本件事故は、洸が工事箇所の段差にバイクの前輪を落とし、バイクから振り飛ばされて発生したものであり、後続車両を運転していた伸男には、前車の運転手である洸がみずからの過失によって道路上に飛ばされることまでをも予測して運転すべき注意義務はない。
2 伸男は、自動車の運行に関し注意を怠らなかったことはもちろん、宮内車に構造上の欠陥や機能障害はなかった。
3 仮に伸男に過失があったとしても、洸の過失は重大であり、五割程度の過失相殺をすべきである。
五 控訴会社の主張
1 本件事故現場は、国道一一八号線上の那珂町大字戸崎の通称戸崎十文字(戸崎交差点)の西方約一五〇メートルの地点で、同所一六一〇番地先である。そして、本件事故現場付近の道路は、那珂町林業試験場方面から同町鴻巣戸崎交差点方面に通ずるほぼ東西に走る有効幅員六・九メートルの道路で、戸崎交差点に向かってゆるい右カーブとなっており、更に、戸崎交差点に向かって左側は道路の外側にふくらみのアスファルト舗装部分(ふくらみ部分の最大幅は、約八メートル)がある。
控訴会社は、本件事故当時、右ふくらみ部分に道路工事用特殊車両四台を駐車させ、現場責任者塚原忠志を置いて道路舗装工事を施行中であった。工事箇所は、本件事故現場付近の戸崎交差点に向かって左側車線部分のうちセンターラインから約〇・五ないし一メートル離れた地点から幅三メートル、長さ一五メートルの長方形の部分であり、路面のアスファルトを掘り起こし、その下部の路体を改修し、その上に砕石を敷き、その上部を工事用ローラーでてん圧し固めてあったが、路面よりは約五センチメートル低くなっていた。また、工事箇所と周囲の路面との段差部分は、工事用ローラーによっててん圧されて斜面になっていた。そして、控訴会社は、工事現場から林業試験場方面に一〇〇メートル及び三〇〇メートル行った各点に「工事中片側通行禁止」の各標識を設置し、工事箇所の周囲には長さ一・二メートル、高さ七六センチメートルの黄と黒の色のついた防護柵を設置したほか、夜間用の保安灯も準備していたが、本件事故当時は、午後四時過ぎでまだ明るく通行に支障はなかったので、右保安灯は設置されていなかった。
以上のように、控訴会社としては、交通の安全のため万全の保安措置をとっていたのであって、これ以上に警告灯のたぐいを設置したり、常時監視員を置いて交通規制を行う必要はないものというべきである。なお、控訴会社は、事故当日の午前一〇時ないし一一時ころ、本件舗装工事のため撒水したことはあるが、当日は晴天で四月の暖かい季節であったから、事故当時は既に乾き、滑るほどにはなっておらず、撒水が本件事故の原因になることはありえない。
2 洸は、表面上は自転車の修理業を営んでいることになっているが、その実はほとんど自転車などの修理の仕事に精を出すようなことはなく、毎日酒を飲み、長年の飲酒からアルコール中毒症にかかっている者であるが、四六時中酒気を帯び、アルコール中毒症のため視力が減退しているのも意に介せず、バイクを運転して外出していた。
そして、洸は、本件事故当時、本件事故現場付近においては舗装工事中であることは容易に知りえたものであり、工事箇所の周囲には防護柵が設置してあったのであるから、後方から進行してきた宮内車と自車の進路の安全を注意すれば、容易に自車の転倒は避けえたにもかかわらず、宮内車の直前を工事箇所外側端を通り抜けようとし、後進してきた宮内車と並進する形となり、宮内車の振動とあおりによってバイクのハンドル操作を誤り、宮内車の側面に接触して転倒したものである。
したがって、洸の過失は重大であり、仮に控訴会社にも本件事故につきなんらかの過失があるとしても、控訴会社の過失割合は五割を超えないものというべきである。
六 控訴人宮内ら及び控訴会社の各主張に対する被控訴人らの答弁
1 控訴人宮内ら及び控訴会社の各主張は、いずれも争う。
2 洸は、宮内車より先に余裕ある間隔をもって本件工事箇所南側の道路部分に進入したのであり、宮内車に進路を避譲すべき必要性は全くない。すなわち、宮内車としては、後から右道路部分に進行するのであるから、洸のバイクに近づかないように徐行し、同所での追越しをしないようにすべきである。そして、洸は、宮内車がそのような適切な交通方法をとるであろうと信頼して先行すればよいのである。したがって、洸に過失はない。
3 仮に洸に過失があるとしても、その過失は極めて小さく、その割合は一割にもならない。そして、過失相殺をするかどうかは、裁判所が損害の公平、平等負担の原則に基づきその裁量により決すべきものであるところ、洸の過失は極めて小さいこと、本件は死亡事故という重大な事故であること、被控訴人らの本件請求金額は極めて小さいこと、訴訟会社は大会社であり資力が豊富であること、事故後年月が経ち貨幣価値が大きく下落していること、伸男及び控訴会社の過失が大きいこと、被控訴人らはみな貧困であって、本件請求金額程度のわずかなものでも貴重であること、本件事故から既に満五年も経っており、本件訴訟開始からでも既に四年半も経過しているが、被控訴人らは、その間長期間にわたって、なんらの慰藉もされず、さみしく苦痛に耐え続けてきたこと、伸男及び控訴会社は本件事故により全く損害を受けていないこと等を総合参酌すれば、本件においては、洸の過失を参酌しないで過失相殺をしないのが相当である。
控訴人らの過失相殺の主張は、それ自体、権利濫用である。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実は、被控訴人らと控訴人宮内らとの間では争いがなく、被控訴人らと控訴会社との間では、《証拠省略》によりこれを認めることができる。
二 《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
1 本件事故現場の道路は、那珂町鴻巣方面(東方)に向かいゆるい右カーブとなっている見通しのよい幅員六・九メートルのアスファルト舗装道路で、センターラインが路面に表示されており、鴻巣方面に向かって左側外側線の外側に舗装されたふくらみ部分があった。
本件事故当時、控訴会社は、右ふくらみ部分に道路工事用特殊車両四台を置き、右道路の鴻巣方面に向かってセンターラインより左側の、センターラインから五〇ないし九五センチメートル離れた部分において道路一部改修工事を行っていた。工事箇所は、幅三メートル、長さ一五メートルの長方形の形状で、路面のアスファルトが掘り起こされ、砕石が入れられ、その表面は工事用ローラーでてん圧されてならされていたが、その表面とセンターライン側路面との間には約五センチメートルの段差ができ、右段差部分はほぼ直角に切り立った状態になっていた。
そして、右工事のため、本件道路は、右工事箇所のある部分では、右工事箇所の南側部分のみが車両の通行が可能であった。なお、右通行可能部分の路面は、控訴会社が右工事のため使用した水のため一部が湿潤していた。
2 控訴会社は、本件道路上の、鴻巣方面に向かって本件工事箇所の約二〇〇メートル以上手前の地点と約二〇〇メートル先の地点とに「この先工事中」と記載した縦一・五メートル、横一メートルくらいの立看板を設置し、また、右工事中の箇所のセンターライン側の起点及び終点付近にはそれぞれ長さ一・二メートル、高さ〇・七六メートルの防護柵を置いていたが、それ以上に、右工事箇所の周囲全体に防護柵をめぐらすとか、その付近に警告灯のたぐいを置くとか、監視員を置いて交通規制をするとかのことはしていなかった。
3 本件事故直前、洸は、バイクを運転し、鴻巣方面に向けて本件道路の左側車線部分を進行していたが、本件工事箇所に近づくにつれて次第に進路をセンターライン近くに寄せて行った。伸男も、砕石を積載した宮内車を運転し、洸のバイクの後方を鴻巣方面に向けて本件道路の左側車線部分を進行していたが、右工事箇所に近づくにつれて進路をセンターラインを越えて右側車線部分に移してゆき、そのまま進行すれば右工事箇所の右側部分において洸のバイクを追い越す態勢となった。しかし、伸男は、特に宮内車を減速することなく進行させ、右工事箇所とセンターラインとの間を進行していた洸のバイクの右後方約一〇メートルのところに迫った。ところが、そのとき、洸のバイクが突然スリップでもしたようにふらつき出したので、伸男は、危険を感じてブレーキをかけたが、スピードの出ていた宮内車は直ちに停止することができず、洸のバイクと並進する形となった。そのため、ふらついていた洸のバイクは宮内車の側面に接触し、洸は、右バイクから振り落とされ、宮内車の後車輪に頭部をひかれて即死した。
三 右一、二の事実に基づき伸男の過失責任を考えるに、本件道路は、本件工事が行われていた区間では、右工事箇所南側の幅員約四メートル余りの部分のみが通行可能であったところ、宮内車は大型貨物ダンプ自動車であり、車幅もかなりあったのであるから、伸男としては、道幅が狭くなっている右工事箇所南側部分において先行する洸のバイクを追い越すことは避けるか、又は仮に追越しをするにしても、徐行して右バイクとの間隔をできる限りとって慎重に運転し、もって右バイクとの接触等の事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものというべきである。しかるに、伸男は、これを怠り、漫然宮内車を減速せず、洸のバイクを追い越そうとして本件事故を惹起したものであり、過失責任を免れない。
しかしながら、本件事故は、洸がその運転していたバイクの運転を誤ってこれをふらつかせたことも重大な一因となっていることは明らかであり、洸にも過失があることは否定しえない。
そして、伸男と洸との過失割合は、伸男が八、洸が二とみるのが相当である。被控訴人らは、過失相殺をすべきではないと主張するが、被控訴人ら主張の諸事情を考慮しても、右程度の過失相殺をすることが不相当であるとは認めるに足らず、また、控訴人宮内らが過失相殺を主張することが権利濫用にあたるということもできない。
四 また、前記一、二の事実に基づき控訴会社の過失責任を考えるに、洸は本件工事箇所に脱輪したわけではないから、右工事箇所の周囲が直角に切り立った段差をなしていたことや控訴会社が右工事箇所の周囲全体に防護柵を設置しなかったことをもって控訴会社の過失ということはできない。そして、控訴会社は、前記認定のように、本件工事箇所の二〇〇メートル以上手前には「この先工事中」と記載した立看板を置き、また、右工事箇所の前後にも防護柵を設置して工事中であることを周知せしめていたのであり、現に洸も伸男も右工事箇所において道路工事中であることに気付き、その南側の通行可能な部分に進路を変更しているのであるから、控訴会社がそれ以上に右工事箇所付近に片側通行禁止又は一方通行等の交通規制を示す警告灯等の標識を設置しなかったことをもって過失ということもできない。また、右通行可能な部分の道幅はその前後に比べて狭くなっており、右部分において追越しをすることが危険であり、これを避けるか、又は仮に追越しをするにしても徐行して慎重に行う必要のあることは前示のとおりであるが、右の判断は車両の運転者において当然になしうることがらであり、また、なすべきことであるから、控訴会社が本件工事箇所付近に追越し規制のための標識を設置しなかったり、監視員を配置しなかったことをもって控訴会社の過失ということもできない。なお、洸のバイクがふらついた原因は明らかではなく、控訴会社が本件工事箇所付近の路上に撒水したことをもって本件事故の一因であるとも断じがたく、右の点につき控訴会社の過失責任を問うこともできない。そして、その他諸般の事情を考慮しても、本件事故につき控訴会社の過失責任を肯定することはできない。
五 本件事故による洸の損害額については、当裁判所もまた、原審と同様、逸失利益六六七万三八〇〇円、葬儀費用及び墓碑建立費五〇万円、医師診断費及び診断書代一万一五〇〇円、慰藉料一〇〇〇万円と認定判断するものであり、その理由は原判決一五枚目表五行目から同一六枚目裏七行目までと同一であるから、これを引用する。
そうすると、洸の右損害合計は一七一八万五三〇〇円となるところ、これを前記過失割合により過失相殺すると、洸が伸男に対し賠償を請求しうべき損害額は一三七四万八二四〇円となり、これを被控訴人らが相続したことになるが(被控訴人らが洸の権利義務を相続したことは、控訴人宮内らの明らかに争わないところであるから、自白したものとみなす。)、被控訴人らが昭和五一年六月洸の本件事故による損害の填補として自動車損害賠償責任保険金一五〇〇万円の給付を受けたことは被控訴人らの自陳するところであるから、これを右損害額に充当すると、右損害額はすべて填補されたことになる。
そして、右のように被控訴人らが相続した洸の伸男に対する損害賠償請求権が既に填補されている以上、被控訴人らが本訴の提起及び進行を弁護士に委任し、その費用を支払い、又はその支払いを約したとしても、これをもって本件事故と相当因果関係のある損害として伸男又はその相続人である控訴人宮内らに対し請求することはできないものといわなければならない。
六 よって、被控訴人らの控訴人らに対する本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれもすべて理由がないのでこれを棄却すべく、これと結論を異にする原判決は不当であり、控訴人らの控訴は理由があるから、原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 林信一 裁判官 高野耕一 裁判官石井健吾は、東京高等裁判所判事の職務代行を免ぜられたので、署名押印することができない。裁判長裁判官 林信一)