東京高等裁判所 昭和54年(ネ)751号・昭54年(ネ)687号 判決
一審原告が成城署に出頭して宿直勤務に従事していた被控訴人天内、同塚田に対し、「松本を訴えに来た。」旨述べたが、その際「松本を告訴する。」旨申し出たことはないことは明らかである。そして、一審原告の訴えの基本たる事件が、鳥山北住宅の管理人たる松本と女性居住者たる一審原告との間の家賃納入に端を発し、これに不適正入居の問題がからんだもので、松本は一審原告に簿冊を盗まれた旨主張するのに対し、一審原告は松本に簿冊で殴打された旨主張して双方の言分が全く相違しており、未だ診断書も提出されていなかったなど前認定の諸事情のある案件であること、並びにこの種事件の当事者は、事件に接着した時点においては、感情に走って相手方の行動を攻撃することに傾き、ことの経緯を客観的に説明できないまま、種々の言分を述べ、申立をしていても、ある程度時間が経てば冷静になり警察沙汰にすることなどを望まなくなる反面、若干の時間の推移により、関係者の言分のみでもかなりの客観性が認められ、これを捜査の端著と評価して活動を開始しうる場合も少くないと思料されることなどに鑑みれば、宿直勤務中の右被控訴人両名が当夜告訴受理の手続ないし被害届受理の手続をとらないで事件を捜査係に引継ぐ措置をとったことをもって一審原告主張の違法があるものということはできない。
なお、成城署は畝刑事課長をも含めて本件を告訴事件としては取扱わなかったことが明らかであるが、親告罪に非ざる暴行、傷害などの事件は、特に被害者が告訴の意思を明確に表示しない限り告訴事件として取扱わないのが捜査機関の一般的取扱いであり、本件もこれに従って処理されたことが明らかであるところ、該取扱いをもって違法なものということはできない。
(二) 簿冊の不領置・返還の点について
簿冊を領置しないで松本に返還したのは、簿冊に破損、汚損、変形などがみられなかったうえ、簿冊は鳥山北住宅において日常使用されるものであり、証拠として必要なときには何時でも提出を受けることが期待できるところから、領置の必要性がないと判断してなした措置であること前認定のとおりである。
ところで、刑訴法二二一条は、「検察官、検察事務官又は司法警察員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる。」と規定しているのであり、右文言から明らかなとおり、同条は、捜査機関が同条に定める物につき領置の権限を有することを明確にした規定であって、捜査機関に対する領置義務を定めた規定ではない。そして、具体的事件において同条に該当する個々の物を領置するかどうかは、事案の性質、その物の証拠としての価値、その物を返還した場合における隠滅のおそれの有無、領置により被押収者の受ける不利益の程度など諸般の事情を合目的的に考慮して決すべきであり、右見地に立脚して考えると、被控訴人両名において、前記のように領置の必要性なしと判断して簿冊を領置しないで松本に返還した措置は妥当なものと認められ、これが違法となるいわれはない。
(蕪山 浅香 安国)