東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)115号 判決
審決を取消すべき事由の存否について検討する。
1 まず、成立につき争いのない甲第一号証(本願発明に係る特許公報)によれば、本願発明は、異形被覆対象物用の熱収縮管の製造方法であるところ、従来、異形被覆対象物、例えばその断面形状が十字形の柱状物、L字状のアングルあるいはその周面に凹部を有する対象物に被覆する場合には、熱収縮に際して被覆対象物の凹部に空隙ができてしまい、完全に密着した状態で被覆することができないという欠点があつたことから、この欠点を改善する目的をもつて特許請求の範囲記載のとおりの構成をもつ製造方法を採用したものであつて、他の付加的な手段を特に用いるまでもなく、本願発明の熱収縮管のみによつて、従来不可能とされていた特にその周面に凹部を有するような異形対象物に空隙を生ずることなく完全に密着して被覆させることが可能となり、しかも、異形被覆対象物の角ばつた部分においても、その加熱収縮に際して収縮管に無理な機械的ひずみを生ずることがないので、その部分が破損することがないという効果を奏するものであることが認められる(一欄三七行ないし二欄二四行、四欄二一行ないし二九行参照)。
2 次に、原告が引例1の記載内容についての認定の誤りとして主張する点について順次検討する。
まず、成立に争いのない乙第一号証(英国特許第一〇一〇〇六四号明細書)及び甲第五号証(特公昭三二―八四三四号特許公報)並びに本願発明の明細書における従来技術に関する記載を総合すると、被覆材としての熱収縮管を製造する技術の分野においては、円筒体などに成形した熱可塑性プラスチツクの成形部品を軟化点以上融点以下の温度に加熱し、その形状を拡大変形させるように外力を加え(プラスチツクメモリーが失われない程度)、その変形状態を維持しつつ軟化点以下の温度に冷却して固定すること(延伸加工)及び延伸加工された円筒体などの成形部品を被覆対象物に装着した後加熱して元の成形部品の形状に復元させる(脱緊張復元)ことによつて対象物を被覆することは、本願発明の特許出願前、周知の技術常識に属することであつて、右の如く延伸加工された少なくとも円筒状の熱収縮管が、当時より、被覆材としてきわめて普通に用いられていたことが認められる。なお、前掲乙第一号証には、Y字形もしくはこれに類似する形状の電線用突出側管や分枝管を被覆するための熱可塑性材料からなるモールド成形された被覆材が開示されている(四頁一一一行ないし一一八行参照)が、審決が異形の被覆対象物用熱収縮管の製造方法に関しては特に引例1に基づいて本願発明のその点の進歩性を判断していること及び本願発明の明細書の従来の技術に関する前記認定の如き記載に徴すると、乙第一号証にY字形の対象物用被覆材の開示があることのみによつては、熱収縮材料よりなる押出成形物を「実質的に単一円形断面でない断面を有する被覆対象物の外面形状にほぼ合致する内面形状を有する異形管状体とし」たうえで(この異形管状体の内面形状は、本願発明の目的に即応するものとして、被覆対象物の外面形状に実質的に合致し、1の項の後段に判断したとおりのものでなければならない。)、延伸加工し、更に、被覆対象物に装着した後加熱して脱緊張復元させるような被覆材の製造方法及び使用方法が本願発明の特許出願前周知のことであつたと認めることはできない。
ところで、成立につき争いのない甲第四号証の一(引例1)は、レイクラド チユーブズ インコーポレーテツド発行の「サーモフイツト・スペシイフイケーシヨン コントロール ドローイング・モールデド パーツ」と題する被覆管のカタログであるが、前認定の如き延伸加工及び脱緊張復元に関する周知の技術上の知識に照らして、引例1の記述をみると、ほぼ中央には分枝管の断面図が、その右上段には「供給時」のものとされる写真aが、また、右下段には「脱緊張復元後」のものとされる写真bが掲載されているところ、その記載及び注からして、同断面図は、モールド成形された延伸拡大加工前の被覆管の形状を、写真aは、これを延伸拡大加工した後の形状を、更に、写真bは、緊張を解いて元の形状に復元した形状、したがつて、断面図にみられるのとほぼ同じ形状を示しているものと理解される。
引例1の被覆管は、分枝管であり、かつ、断面図にはモールド口が記載されているところからみても、その被覆管は、電気ハーネスの露出部分などを密封保護するためのもので、本来、モールドコンパウンドの充填が予定されているものと認められる。
したがつて、引例1にみられる被覆管は、写真bにみられるように延伸拡大加工による緊張を解いて元の形状に復元した時にも、電線などの接続部である被覆対象物との間にはモールデイングコンパウンドを充填するための空間が残存しているものと認められる。したがつて、引例1の断面図にみられる被覆管は、その内面形状が、必ずしも被覆対象物の外面形状にほぼ合致するものと認めることはできないし、また、加熱収縮した後も、本願発明における如く、被覆対象物に空隙を生ずることなく完全に密着して被覆するものとも認められない。
引例1の断面図、写真a及び写真bには、本願発明の右の点の構成及びこれに基づく効果を含む技術的思想が、開示もしくは示唆されているとみることはできない。
そうすると、審決が、引例1には、「異形の被覆対象物の外面形状にほぼ合致する内面形状を有する異形管状体となるように、モールド成形する……製造方法」が記載されていると認定したのは誤りといわざるをえず、また、本願発明に基づく被覆管と引例1のものとの間に、被覆対象物の断面形状に応じて熱収縮管を密着させるという点において格別の差異は認められないとした効果についての判断も誤りである。
この点、被告は、加熱収縮させた後にモールデイングコンパウンドを充填したものであつても、コンパウンド自体は被覆対象物であつて、被覆工程が完了した状態では、分枝管は電線接続部とコンパウンドからなる被覆対象物の形状にほぼ合致しているといえる旨主張する。
しかしながら、本願発明においては、延伸加工する前に、まず、「被覆対象物」の外面形状にほぼ合致する内面形状を有するように成形することが構成要件となつているものであり、本願発明の実施により、他の付加的な手段を特に用いるまでもなく、異形被覆対象物に空隙を生ずることなく完全に被覆することができる程度に被覆対象物の外面形状にほぼ合致する内面形状を有する管状の熱収縮管を製造するものであるから、被告の主張するように、モールデイングコンパウンドを含めたものを被覆対象物として把握することはできない。けだし、電線接続部の形状は画一的なものでないとみるべきであることに加えて、モールデイングコンパウンドの充填は、被覆管を「被覆対象物」に装着して加熱収縮させた後に行なうのが普通であることは被告の認めるところでもあるからである。
引例1についての右の認定の誤りを前提としたため、審決は、本願発明と引例1に開示されたとする技術的事項との一致点についての判断をも誤つているところ、これらの誤りは、本願発明の重要な構成要件及びそれに基づく効果に係わるものであり、審決の結論にも影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は違法として取消を免れない。
よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
加熱収縮材料を押出成形して、実質的に単一円形断面でない断面を有する被覆対象物の外面形状にほぼ合致する内面形状を有する異形管状体とし、次いで該管状体を成形管内にて前記熱収縮性材料の流動点以下の温度に加熱するとともに該成形管の軸方向と直角な面内において該管状体の断面形状に応じたプラスチツクメモリーが失われない限度内において延伸加工し、その延伸状態を維持したまま冷却することを特徴とする異形被覆対象物用熱収縮管の製造方法。(別紙図面(一)参照。)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>