東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)121号 判決
審決を取消すべき事由の有無について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証(本件明細書)及び甲第三号証(昭和五〇年八月二六日付手続補正書)によれば、本件発明の名称は、当初「選択された芳香族炭火化水素の製造方法」であつたところ、原告は、これをその後「パラキシレンの製造法」と訂正したうえ、審判の請求にあたつて、本件明細書の「特許請求の範囲」の記載を請求の原因2(本件発明の要旨)記載のとおり補正したことが認められる。
そこで、「特許請求の範囲」の記載をみるに、そこには「……から成るパラキシレンの製造法において、陽イオンをバリウム及び/またはカリウムによつて置換したY型もしくはX型の結晶性アルミノシリケート吸着剤にパラキシレンを選択的に吸着させて前記異性化生成物混合物からパラキシレンを分離し、次いで該パラキシレンを脱着剤から回収することを特徴とする、パラキシレンの製造法」と明記され、かつ、そこにいう異性化生成物混合物は、パラキシレン、オルトキシレン、メタキシレン及びエチルベンゼンを含むものであるから、本件発明は、吸着剤にパラキシレンのみを吸着させて一段階で他の三者から分離することを特徴とするものであることが明らかである。
2 さて、引用例の開示技術についてであるが、
(一) 成立に争いのない甲第五号証(特公昭三七―五一五五号)(引用例2)によれば、引用例2も特別の型の固体吸着剤に選択的に吸着させることによつて芳香族異性体同志を分離する方法に関するものであつて、その例XVIにおいては、パラキシレン、オルトキシレン、メタキシレン、エチルベンゼン、有機性硫黄及び有機性窒素などを含む市販のキシレンカツトを供給原料として使用し、はじめに、供給原料中の有機性窒素及び有機性硫黄をモレキユラーシーブ13Xに吸着させて取りのぞき、次いで、この流出液を例Iにおける如きキシレンの吸着―脱離法を行なつたこと(六頁右欄一行―一五行目)が認められ、その実験の結果について次の如く記載されている。すなわち、「この流出液について一〇回の実験(各回供給物質は約一〇ml)を行なつた処、10Xモレキユラーシーブベツトにおけるキシレンの選択的吸着に殆ど支障はなかつたが、これに対して13X分子篩による市販キシレン供給物質の予備接触なしでは一〇回の実験(各回供給物質は約一〇ml)の後10X分子篩へのキシレンの選択的吸着を半減する本質的な不活性化が観察された。」(六頁右欄一五行―二二行目)。しかし、右の記載からは、パラキシレン、オルトキシレン、メタキシレン及びエチルベンゼンを含む前記流出液のうちからモレキユラーシーブ10Xに何が選択的に吸着されるのか明らかではない。そこで、さらに引用例2の例Iの実験内容をみると、例Iは、パラキシレン二八・二%、メタキシレン六七・八%及びオルトキシレン四%を含む供給混合物をモレキユラーシーブ10Xによつて吸着分離する実験(甲第五号証四頁右欄一三行―一四行目、三一行目以下)であり、その結果からみる限り、モレキユラーシーブ10Xには、前記供給混合物のうち、メタキシレン及びオルトキシレンが選択的に吸着されたことが認められる。
このように、引用例2の例1には、パラキシレン、メタキシレン、オルトキシレンからメタキシレン及びオルトキシレンを吸着することが開示されているとすると、引用例2の実験例XVIにおいて前記四者を含む供給混合物をモレキユラーシーブ10Xで吸着処理した場合にも、メタキシレン及びオルトキシレンが吸着され、パラキシレンは吸着されないものと考えるのが相当であるが、なお、例XVIにおける供給混合物中のエチルベンゼンが吸着されるのか、どうかも予測できない。この意味において、審決がいうように引用例2の例XVIが例Iを引用しているからといつて、例XVIおいていうキシレンの選択的吸着の具体的内容は、明らかなものということはできない。
(二)引用例2の例XVI及び例Iにおける実験に関する記載から推認しうることは、前叙のとおり、モレキユラーシーブ10Xに吸着されるのは、C8芳香族異性体の供給混合物のうちのメタキシレン及びオルトキシレンであつて、パラキシレンはこれに吸着されず、また、エチルベンゼンも吸着されるのかどうか明らかでないということであるが、引用例2の四頁左欄一三行ないし二六行には、「本発明方法は又他の分離技術、例えば分別結晶、共沸蒸溜、吸収等と組合せることができる。かかる組合せ操作の例としては……。かかる組合せの他の例は(1)蒸溜して三種のキシレンとエチルベンゼンとから成る沸点の近いフラクシヨンを得、(2)本発明による吸着法を用いてパラ―キシレンとエチルベンゼンとを他のキシレンから分離し、又これを相互に分離し、(3)蒸溜法を用いて残つているメタ―キシレンを残留オルト―キシレンから分離することから成るものである。」との記載があり、ここで「吸着法を用いてパラ―キシレンとエチルベンゼンとを他のキシレンから分離し又これを相互に分離し」というのは、供給混合物のうちから、まずメタキシレンとオルトキシレンを吸着し、次いで、さらに残存の流出液からエチルベンゼンとパラキシレンとを相互に分離することと解されるから、結局、引用例2方法は、パラキシレン、オルトキシレン、メタキシレン及びエチルベンゼンの四者を含む供給混合物をモレキユラーシーブに通すことによつてオルトキシレン及びメタキシレンがモレキユラーシーブ10Xに吸着されるが、パラキシレン及びエチルベンゼンは吸着されずに流出するものであつて、本件発明方法のように、パラキシレン、オルトキシレン、メタキシレン及びエチルベンゼンの四者を含む供給混合物から、特定の吸着剤に前記混合物を接触させて、一段階でパラキシレンのみを吸着させることについては何ら示唆するところがない。
3 ところで、審決は本件発明方法において用いられるバリウム置換X型ゼオライト及びカリウム置換X型ゼオライトがキシレンの選択的吸着に使用できることが引用例2に記載されているから、引用例2のモレキユラーシーブ10Xの代りに本件発明で特定しているX型ゼオライトを適用することは容易になしうるとしているが、引用例2におけるキシレンの選択的吸着とは、モレキユラーシーブ10Xに関する限り、メタキシレン及びオルトキシレンの吸着を意味することは前述のとおりであるから、引用例2に基づいて、本件発明が特定しているX型ゼオライトを本件発明方法に用いる吸着剤として選択することは容易なことということはできない。この点の審決の判断は、原告主張のとおり、誤りというべきである。
そうすると、さらに進んで本件発明の効果として原告が主張する点の判断を待つまでもなく、審決が、本件発明を引用例1及び2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとした判断が誤りであることが明らかであり、取消しを免れない。
〔編註〕 本件における発明の要旨および審決理由の要旨は左のとおりである。
本件発明の要旨
「二〇〇~四五〇℃の範囲の温度、一~一〇〇気圧の圧力、〇・一~二〇の範囲の液時空間速度及び一:一~二〇:一の水素対炭化水素モル比の条件下で、非平衡状態のC8アルキルベンゼン異性体を接触異性化し、パラキシレン、オルトキシレン、メタキシレン及びエチルベンゼンを含む異性化生成物混合物からパラキシレンを分離し、次いでパラキシレンに乏しい異性化生成物混合物を異性化帯域に再循環することから成るパラキシレンの製造法において、陽イオンをバリウム及び/またはカリウムによつて置換したY型もしくはX型の結晶性アルミノシリケート吸着剤にパラキシレンを選択的に吸着させて前記異性化生成物混合物からパラキシレンを分離し、次いで該パラキシレンを脱着剤から回収することを特徴とする、パラキシレンの製造法。」
審決の理由の要旨
(一) 本件発明の要旨は、前項のとおりのものと認める。
(二) これに対して、当審における拒絶理由の概要は、本件出願の優先権主張日前日本国内に頒布された特公昭三二―四七一三号公報及び特公昭三七―五一五五号公報(引用例1及び2)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないというにある。
この拒絶理由に対して、請求人(原告)は次の三点を挙げ、引用例1及び2の記載によつて本件発明の特許性が否定されることがないと主張しているので、その点を検討し、本件発明が引用例1及び2に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたかどうか判断する。
(1) 引用例2の例XVIでは、モレキユラーシーブにより吸着除去されるのはエチルベンゼンとキシレン混合物中の有機性窒素及び有機性硫黄化合物である。
(2) 引用例2の例XVIには、有機性窒素及び有機性硫黄化合物を除いたエチルベンゼンとキシレン混合物について例Iに従つてキシレンの選択的吸着を行なつたと記載されているが具体的内容が明らかにされていない。
(3) 引用例2の方法に従う限り、パラキシレンとエチルベンゼンとを他のキシレンから吸着分離できることはあつても、パラキシレンのみを吸着分離することはない筈である。
右第(1)点については、請求人のいうように引用例2の例XVIにはモレキユラーシーブ13Xにエチルベンゼンとキシレン混合物を接触させた結果、該混合物中の有機性窒素及び有機性硫黄化合物が除去されると記載されているが、例XVIは該記載にとどまらず、該記載の次にさらに例Iに従つてモレキユラーシーブ10Xに接触させ、キシレンの選択的吸着に支障がなかつた旨の記載がある。
第(2)点については、請求人のいうとおり、引用例2の例XVIの中にはキシレンの選択的吸着の具体的内容は記載されてないが、例XVIは例Iを引用しているので例Iにキシレンの選択的吸着の具体的内容が記載されている以上、具体的内容が明らかでないということはできない。
第(3)点については、請求人のいうとおり、引用例2の方法は、同第(4)頁左欄二三行ないし二四行にパラキシレンとエチルベンゼンとを他のキシレンから吸着分離できることが記載されているが、該記載の次に「又これを相互に分離し」という記載及び例Ⅱではエチルベンゼンとパラキシレンとを分離する実例があることからして、引用例2の発明は、パラキシレンとエチルベンゼンとを他のキシレンから吸着分離することのみではなく、エチルベンゼンとキシレン混合物をモレキユラーシーブ10Xと接触させ、キシレンを選択的吸着させる発明であることからみて、パラキシレンのみを吸着分離することはない筈であると言うことはできない。
次に本件発明が、引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明しうることができたかどうか判断すると、本件発明のキシレン類の異性化の条件及びキシレン類を異性化し、特定の異性体を分離後、他の異性体混合物を異性化反応工程に循環することは引用例1に明示され、引用例2にはその例XVIにエチルベンゼンとキシレン混合物をX型ゼオライトであるモレキユラーシーブ10Xに接触させてキシレンの選択的吸着に支障がなかつたこと、さらにモレキユラーシーブ10X以外に本件発明で特定しているバリウム置換X型ゼオライト及びカリウム置換X型ゼオライトがキシレンの選択的吸着に使用できると引用例2の第(2)頁中段より下段に記載されているので、前記モレキユラーシーブ10Xの代りに本件発明で特定しているX型ゼオライトを適用することは当業者なら容易になし得る範囲であると認められ、該適用ができないとする根拠が見出せない。
そのX型ゼオライトを適用することによる効果もエチルベンゼンとキシレン混合物とから各成分に分離するという引用例2に記載の効果の範囲をでないものである。