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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)144号 判決

審決を取り消すべき事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第二号証の四(本件特許公報)によれば、本件発明は、コークス炉ガスのごときガス中に含まれるベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素を主成分とするいわゆる軽油を捕集する方法に関するものであつて、吸収塔内に充填材を大量に充填し、塔底より主として芳香族炭化水素よりなる軽油成分を含有するコークス炉ガスを導入し、塔頂より軽油の吸収能のある吸収液を散布し、この吸収液が充填材を伝わつて分散流下して、表面更新を繰り返えしながらガスと四〇℃以下で向流接触して次第に軽油成分の濃度を増しつつ降下して抜き出されるというガス中の軽油を捕集する技術が本件出願前周知であることを前提としたうえで、このための充填材としてポリプロピレンの成形物を新たに選択使用することとした点を特徴とするものと認められる。

したがつて、このようなコークス炉ガス中の軽油捕集のための充填材としてポリプロピレンの成形物を採択することが本件出願前当業者にとつて容易に推考しえたものといえるか否かを判断するに当たつては、出願当時の技術水準として、吸収塔の塔頂より散布される軽油の吸収能のある吸収液に対してポリプロピレンが耐食性のあるものと一般に認識されていたかどうか及び吸収塔内の充填材と軽油成分との接触が著しく低いことからポリプロピレンを充填材としても実用上の腐食が許容限界内に入るものと容易に考えられていたかどうかが検討されなければならない(審決は、ポリプロピレンをこの種充填材として用いた場合、吸収液によつて腐食されるおそれがないものと一般に認識されていたかどうかについては何ら言及していない。)。

ところで、成立に争いのない甲第九号証(工業調査会、一九六五年五月発行、化学装置)のポリプロピレン製バルブについての記述には、「(ポリプロピレンは)、有機薬品では、アルコール、アルデヒド、グリセリンには耐えるが、エーテル、四塩化塩素、トリクロールエチレンの含塩素炭化水素、シクロヘキサン、ガソリン、ベンゼン、トルエンおよびニトロベンゼン、アニリンなどには軟化、膨潤する。この点は、H・P・V・C、A・B・Sも同様である。むしろ侵される割合はP・Pの方が小さい。」(八九頁六行ないし一二行目)との記載が認められる。

この記載内容に徴すると、従来、ポリプロピレンは、前掲のごとき種類の有機化合物には腐食されるおそれのあるものと認識されていたことが窺えるし、また、成立に争いのない甲第四号証(社団法人日本タール協会・昭和三五年九月発行・タール工業便覧)及び甲第五号証(社団法人日本芳香族工業会・昭和四六年一二月一五日発行・アロマテイツクス第二三巻第一二号)によれば、石炭ガスからのベンゾール捕集のための吸収液としては、タール溜出油のうち主としてナフタリン油(中油)とアントラセン油との間の溜分が用いられるが、この吸収液(脱ベンゾール油)には、アセナフテン、ジフエニール、メチルナフタリン類等の多数の炭化水素の混合していることが理解される(前掲甲第四号証の一六四頁ないし一六五頁、同第一七九頁、前掲甲第五号証の二四頁ないし二五頁参照)。

そうだとすると本件特許出願当時の一般技術水準としては、ポリプロピレンが、この種吸収液に含有された前記のごとき有機化合物に対して耐食性で問題がないものと認識していたとみることは困難であり、むしろ、ポリプロピレンは、前記のごとき吸収液(タール溜出物)によつて膨潤、腐食されるおそれがあるものと考えられていたものとみるのが相当である。

2 さて、本件発明におけるコークス炉ガス中の軽油捕集に際しては、前叙のごとく吸収塔の塔頂から吸収液(脱ベンゾール油)を分散流下させ、塔底から上昇してくるガスと向流接触させるものであるから、塔頂部から流下する吸収液は、流下につれ、その含有する軽油成分の濃度を増加させつつ塔底に至つて抜き出されるのであり、その間、ベンゼン、トルエン、キシレン等の軽油成分を吸収した吸収液(含ベンゾール油)が充填材に接触するものであり、しかも、このような吸収液(含ベンゾール油)と充填材との接触が、比較的長期間にわたつて繰り返えし行なわれるものであることも、設備の規模からみて当然考えられるところである。また、成立に争いのない甲第七号証によれば、右のごとき吸収液(含ベンゾール油)には、二~三%のベンゾール類が含まれているものと考えられていたことが認められる(二四頁五行ないし六行目参照)。

そうすると、前記甲第九号証の記載からも明らかなとおり、ポリプロピレンは、ベンゼン、トルエンによつて軟化、膨潤する性質のものと認識されていた事実及び前記のごとき充填材と吸収液(脱ベンゾール油に至るまでの)との接触の態様等を勘案しながら、第一引用例(甲第三号証)におけるポリプロピレン製の充填材の耐食性比較表(一〇頁)をみると、審決が、第一引用例には「ポリプロピレン製の充填材がベンゼン、ケロセンに対して耐食性であることが記載されている」旨認定した(一丁裏末行ないし二丁表二行目)のは、誤りというべきである。

けだし、第一引用例の前記耐食性比較表においては、ポリプロピレンプラスチツクは、ベンゼンに対してC一・〇、ケロセンに対してはC一・五と等級づけられており、C一・〇とは、一〇〇°F(約三八℃)以下において、C一・五とは一五〇°F(約六八℃)以下において、いずれも限られた寿命しかないことを表わしているものと理解され、被告が主張するごとく右の等級づけから、ある程度耐食性を有するという積極的な示唆を汲取ることはできないからである。

審決のこの点の認定は、原告主張のとおり誤りというべきである。

3 右耐食性比較表において、トルエンは、D(推奨できず)に等級づけられているので、ポリプロピレンがトルエンに対して腐食性のあることが記載されていることは審決の指摘のとおりである。

そうすると、本件出願当時の当業者にとつては、ポリプロピレンは、ベンゼン、トルエン等を主成分とする軽油を捕集する充填材としては用いられないものと考えられていたものとみるのが相当である。

したがつて、審決が、前叙のとおり吸収液(脱ベンゾール油)がポリプロピレン製充填材に及ぼすであろう作用について検討を加えることなく、かつ、ポリプロピレンのベンゼンに対する耐食性を積極的要素として誤つて認定したうえ、単に腐食性の明らかなトルエンも吸収液に吸収されて希釈されることを理由として、ポリプロピレン製の充填材がコークス炉ガスの吸収操作において使用できることは格別予想外のことではない、としたのは誤りというべきである。

4 さらに、本件発明は、ポリプロピレン製充填材が四〇℃以下であれば、コークス炉ガス中の軽油捕集に用いられる点を技術的要件とするものであるところ、「大量生産性が良好で安価に入手可能なポリプロピレンの成形物を充填材とすることにより、ガス中の軽油捕集のための塔の建設が有利に行われ、かつ成形物の形状を適宜選択することにより圧力損失が少なく、しかも吸収効率の優れた軽油の捕集が可能となり、さらに充填材へのスラツジ類の付着堆積が少なく、充填材自体の損耗も無視しうる程度で長期に亘り安定した連続操業が可能となる。」(甲第二号証の四本件特許公報第三欄二六行ないし第四欄三行目)という効果を奏するものであるが、この効果は、前叙のごとき技術水準からみると予想外の顕著なものというべきである。したがつて、この点に関する審決の判断も誤りというべきである。

5 以上のとおりであるから、コークス炉ガス中の主として芳香族炭化水素からなる軽油の吸収操作においてポリプロピレン製の充填材を選択使用することに格別の創意工夫を要するものとは認められない、とした審決の判断は誤りというべく、審決は違法として取消を免れない。

よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとする。

〔編註〕 本件における発明の要旨および審決理由の要旨は左のとおりである。

本件発明の要旨

塔内にポリプロピレンの成形物を充填し、塔底より主として芳香族炭化水素よりなる軽油を含有するコークス炉ガスを導入し、塔頂より軽油の吸収能のある吸収液を散布して四〇℃以下で向流接触せしめることを特徴とするコークス炉ガス中の軽油捕集法。

審決の理由の要旨

(一) 本件発明の要旨は、前項のとおりである。

そして、本件発明は塔内に充填材を充填し、塔底より主として芳香族炭化水素よりなる軽油を含有するコークス炉ガスを導入し、塔頂より軽油の吸収能のある吸収液を散布して四〇℃以下で向流接触させてガス中の軽油を捕集することが本件出願前周知であることを前提として、前記充填材としてポリプロピレンの成形物からなる充填材を用いた点に新規性を主張するものと解される。

(二) これに対して、本件出願前に米国において頒布されたと認められるTHE UNITED STATES STONEWARE CO.社のBulletin PR―9,

「THE Pall Ring」(以下、「第一引用例」という。)(甲第三号証)には、プラスチツク製の軽量充填材がガス状物の吸収操作に使用できること、プラスチツク製の充填材としてポリプロピレン製の充填材があること及びポリプロピレン製の充填材がベンゼン、ケロセンに対して耐食性である一方、トルエンに対しては腐食性であることが記載されているが、コークス炉ガスの吸収操作については特に記載されていない。

そこで、コークス炉ガス中の主として芳香族炭化水素からなる軽油の吸収操作におけるポリプロピレン製の充填材の腐食性について検討すると、この軽油はポリプロピレン製の充填材に対して腐食性であるトルエンを含んではいるが、吸収塔内ではポリプロピレン製の充填材は直接この軽油に接触することはなく、吸収液に吸収され、希釈された軽油の溶液に接触するものであり、しかも本件出願前に国内において頒布された社団法人日本タール協会のタール工業便覧の二三頁(以下、「第二引用例」という。―甲第七号証)の記載によれば、コークス炉ガス中のベンゾール類の含有量は約一容積%にすぎないことから、吸収液に吸収された軽油の濃度は非常に低いものと推定される。とすれば、ポリプロピレン製の充填材がコークス炉ガスの吸収操作において使用できることは格別予想外のことではない。

また、ポリプロピレン製の充填材が軽量であつて摩擦係数が小さいという周知の事実からみて、吸収塔内に充填したポリプロピレン製の総重量が小さく、使用期間中におけるスラツジの堆積が低いとする本件発明の奏する効果も予想外の事柄ではない。

結局、コークス炉ガス中の主として芳香族炭化水素からなる軽油の吸収操作において、ポリプロピレン製の充填材を選択使用することに格別の創意工夫を要するものとは認められない。

したがつて、本件発明は前記引用例の記載から容易になしえたものとした原審での判断は妥当である。

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