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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)165号 判決

原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

各引用例の記載内容が審決認定のとおりであることは原告の認めて争わないところであり、本願発明と各引用例の記載とを対比すると、本願発明において用いられる有効成分の一つであるヒノキチオールが抗菌力を有し、これを含有する樹木は腐敗しにくいことは第一引用例に、同じくロジン酸が木材腐朽菌に対し殺菌力を有することは第二引用例に、同じくカルバクロールが強力な防腐剤、殺菌剤として広く用いられていることは第三引用例に、それぞれ開示され、また防腐剤を樹木に注入するという適用手段については第四引用例に示されていることも、原告の認めて争わないところである。

成立に争いのない甲第七号証(本願発明の特許公報)によれば、樹木害虫を駆除する方法に関して、「従来被害の最も甚だしい松毛虫に対する駆除は人体には有害である殺虫剤を外部より噴霧するものであるが、その効力はほとんど挙がらず、加うるに殺虫剤の毒性によりかえつて樹木をして枯死に導くものであり、被害樹木はこれを焼却消毒し木材資源をなんら利用することなく焼失せしめたものであつた」ところ、本願発明は樹幹に人工樹脂を注入することで樹木害虫の駆除をすることができることを目的としたものであることが、認められる。

1 (原告主張の1の点について)

原告は、本願発明にかかる薬液は、樹液と良く混合することにより、樹木害虫を駆除する効果以外にも、(1)樹液と混じて環状線状に循環し、光線及び空気、無機化合物等と作用して化学的変化を生じ酸素ホルモン的作用を呈し、枝葉の勢力を増強し、その栄養を根部にも与え一層樹勢を迅かに回復せしめる、(2)注入後三ケ月頃より効果を認め始め約三ケ年後において旧態に回復せしめる、という優れた作用効果を奏すると主張する。

しかしながら、前掲甲第七号証によれば、右(1)及び(2)の作用効果に関しては、本願発明の明細書中に、単にその旨の記載があるほかは、シリコーンについて、「樹脂の滲透力を有し強力な消毒作用をも兼備する」との、変成アルコールについて、「アルコールとしては変成アルコールの九九%を使用して栄養を良好ならしめたものである」との記載があるにとどまり、この発明の技術分野における通常の知識を有する者が、本願発明の構成上当然に右(1)及び(2)の作用効果の生ずべきことを肯認しうるほどの根拠を示して説明されたものではない。そして、他に右作用効果の存在を認めるに足りる資料はないから、シリコーンと変成アルコールが薬液中の他の有効成分と相まつて相乗効果を奏するとの原告の主張は理由がなく、右相乗効果の存在を前提として、本願発明におけるシリコーン及び変成アルコールを単なる希釈剤とした審決を誤りとする原告の主張は採用できない。

2 (原告主張の2の点について)

原告は、本願発明にかかる「人工樹脂」は非水系薬液であり、第四引用例に示された薬液は水系薬液であり、両者は全く異なると主張する。

成立に争いのない甲第六号証によれば、第四引用例には生活樹木の基幹部に注入する薬液として硫酸銅水溶液が示されていることが認められ、これは水溶性のものであることが明らかである。

ところで、本願発明にかかる薬液は、変成アルコールを一つの成分とするものであるが、前掲甲第七号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、本願発明にかかる薬液として変成アルコールを五〇%含むものが例示されていることが認められる。そうであれば、本願発明にかかる薬液も、結局、変成アルコール溶液であつて、生活樹木注入用の薬液であることを勘案すると、水溶性というべきものである。

したがつて、本願発明にかかる薬液が「非水系」であり、第四引用例の薬液が「水系」であるといつても、両者はともに「水溶性」のものであり、樹木との親和性という観点からみれば、両者の間に格別の差異はなく、第四引用例の適用手段と本願発明にかかる薬液との結びつきに創意を見出すことはできない。

原告は、第一引用例ないし第三引用例のものには、生活樹木への注入薬液としての用途記載がなく、ましてこれらは水に難溶性であると主張する。

しかし、成立に争いのない甲第三号証ないし第五号証によれば、第一引用例ないし第三引用例には、タイワンヒノキやアスナロなどが腐敗しにくいのは、抗菌性を示すヒノキチオールが含有されているためであること、ヒノキ科及びヒノキアスナロの材の精油には、木材腐朽菌に毒作用を呈するロジン酸が存在すること、ヒバ等の精油中には、カルバクロールが多量に存在することが記載されていることが認められる。そうであれば、害虫駆除の目的で、生活樹木への注入薬液の成分としてこれらを選択することは、各引用例にその趣旨の用途記載がなく、またそれ自体が水に難溶性のものであるとしても、殺菌剤等の施用に際し希釈剤が密接不可分の関係にあり、本願発明で用いられる変成アルコールが水溶性のものであることは、当該技術分野において周知のことに属するから、この発明の技術分野における通常の知識を有する者にとつては、容易に着想しうることというべきである。

右に説示したほか、原告の主張する相乗効果もこれが認められないことは前記1で述べたとおりであるから、第一引用例ないし第三引用例の有効成分、第四引用例の適用手段及び希釈剤の技術的関連性並びに技術的結合についての審決の判断を誤りとする原告の主張は、失当というべきである。

3 (原告主張の3の点について)

前記1及び2で述べたところから明らかなように、本願発明は第一引用例ないし第三引用例に記載された有効成分に関する技術、第四引用例に示された適用手段及び希釈剤に関する周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであつて、本願発明をこれらのものの単なる寄せ集めにすぎないとした審決に誤りはない。

4 (原告主張の4の点について)

原告は、本願発明にかかる薬液が非水系であることとそれが樹幹への注入後、樹液と一体となつて作用することを根拠として、本願発明にかかる薬液の有効成分を総称して「人工樹脂」と表現することに技術的意義があると主張するが、前記1及び2で検討したとおり、右の各点については格別のことが認められないばかりでなく、本願発明における「人工樹脂」なる語は、本願発明の要旨に照らしても、有効成分であるヒノキチオール、シリコーン、ロジン酸、カルバクロール、変成アルコールより成る組成物(薬液)の称呼にすぎないものとみるべきであるから、「人工樹脂」に格別の技術的意義を認めることはできない、とした審決に誤りはない。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。

本願発明の要旨

ヒノキチオール、シリコーン、ロジン酸、カルバクロール、変成アルコールより成る無害な人工樹脂を樹幹に注入することを特徴とする樹木害虫を駆除する方法。

本件審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対し、いずれも本願発明の出願前に日本国内において頒布された刊行物である昭和三九年一月一五日共立出版株式会社発行「化学大辞典 第七巻」第四八六頁右欄ヒノキチオールの項(以下、「第一引用例」という。)、同「化学大辞典 第四巻」第三七一頁右欄シトロネル酸の項(以下、「第二引用例」という。)、同「化学大辞典 第二巻」第五六四頁右欄カルバクロールの項(以下、「第三引用例」という。)及び特公昭二八―六六四六号特許公報(以下、「第四引用例」という。)には、それぞれ次のことが記載されている。

(第一引用例)

「ヒノキチオールは、抗菌性を示し、タイワンヒノキ、アスナロなどが腐敗しにくいのは、これが含有されていることに基因する。」

(第二引用例)

「シトロネル酸の別名ロジン酸は、木材腐朽菌に毒作用を呈する。」

(第三引用例)

「カルバクロールは、強力な防腐剤、殺菌剤として広く用いられている。」

(第四引用例)

「生活樹木の基幹部適当位置に防腐薬液を注入する。」

本願発明と前記第一引用例ないし第四引用例の記載とを対比すると、本願発明において用いられる有効成分の一つであるヒノキチオールが抗菌力を有し、これを含有する樹木は腐敗しにくいことは第一引用例に、同じくロジン酸が木材腐朽菌に対し殺菌力を有することは第二引用例に、同じくカルバクロールが強力な防腐剤、殺菌剤として広く用いられることは第三引用例に、それぞれ開示され、また防腐剤を樹木に注入するという適用手段については第四引用例に示されている。

そして、他の有効成分であるシリコーン、変成アルコールについては、前記諸引用例に具体的な開示はないが、本願発明の明細書に徴すると、シリコーンについては、樹木の浸透力を有し、強力な消毒作用を有することが、変成アルコールについては、樹木の栄養を良好ならしめることがそれぞれ記載されているが、これを認めるに足りる根拠が示されておらず、明細書全体の記載から、これらの物質は単なる希釈剤として用いているものと認めるほかはない。

第一引用例ないし第三引用例の有効成分、第四引用例の適用手段及び希釈剤の技術的関連性についてみると、第一引用例及び第二引用例には、有効成分の抗菌性のみならず、樹木に適用可能なことが示唆され、また第三引用例には、防腐剤が示されているが、一般に防腐剤は木材の防腐剤としても用いることが慣用であること、また第四引用例には、防腐剤の樹木への注入手段が示されていることから、第一引用例ないし第四引用例は、樹木の保護という点で同一の技術分野にあり、また、希釈剤は殺菌剤等の施用において共に用いるもので、これらは密接不可分の関係にあることは周知であるので、上記諸引用例の技術及び希釈剤については、いずれも技術分野の面で格別異質のものではない。

これらの技術的な結合についてみると、通常、殺菌又は殺虫剤は二種類以上の有効成分を併用して、広範の菌又は虫を殺滅、駆除もしくは省力を意図してなされることが周知であつて、これを当該技術分野に採用することは当然に考慮されるものであるから、本願発明において、前述の殺菌剤、防腐剤としての有効成分を二種以上組み合わせて、単用以上の効果を期待することは、容易に推考しうるものである。しかも、これらの有効成分の選択、組み合わせによる効果については、本願発明の明細書をみても格別顕著であるとはいえない。有効成分と適用手段の関係については、樹木を疾病、害虫から保護するという同一の技術分野において、前記有効成分とは同様の作用効果を有する防腐剤の「樹木に注入する方法」が公知である以上、本願発明における諸有効成分と適用手段との結びつきには、格別の創意の存在を認めることはできない。

そうであれば、本願発明は、第一引用例ないし第三引用例に記載された有効成分に関する技術、第四引用例に示された適用手段及び希釈剤に関する周知技術を単に寄せ集めたにすぎないものである。

そして、本願発明において、有効成分を総称して人工樹脂と表現しているが、本願発明の明細書においては、樹脂として用いるものはシリコーンオイルのみであつて、その使用量はわずか五%にすぎず、ヒノキチオール等の有効成分すべてをもつて人工樹脂そのものとは認め難く、したがつて、「人工樹脂」に格別の技術的意義を認めることはできない。

以上のとおり、本願発明は、前記各引用例に開示された技術及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

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