東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)33号 判決 1982年4月27日
原告 エス エル エム・ジエトラン・インコーポレーテツド
被告 特許庁長官
主文
特許庁が昭和四八年審判第九〇五三号事件について、昭和五三年一一月六日にした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「幾何学的形状を有する容器の連続製造方法」とする発明につき、昭和四四年一月一三日特許出願をした(以下、この発明を「本願発明」という。)ところ、昭和四八年八月一〇日拒絶査定を受けたので、同年一二月一一日これに対する審判を請求し、特許庁昭和四八年審判第九〇五三号事件として審理されたが、昭和五三年一一月六日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その審決の謄本は同年一一月一八日原告に送達された(なお、出訴期間として三か月が附加された。)。
二 本願発明の要旨
剛性のあるプラスチツクシートの長い巻物から切断されて幾何学的形状をした中空容器に変換できる扁平な管状リボンを連続的に作る方法にして、非駆動の先端鈍角の刃で前記シートの硬い表面上に長手方向に連続した刻み目をつけ前記シート表面上に少なくとも二本の蝶番の作用をする連続した長手方向刻み目線を形成する段階と、前記シートを二本の刻み目線において連続的に内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階と、前記の折り畳んだシートの長手方向の自由端縁部を密封して扁平な管状リボンを形成する段階と、を包含することを特徴とする幾何学的形状を有する中空容器の連続製造方法。(別紙図面(一)参照)
三 本件審決の理由の要点
本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
これに対し、本願発明の出願前に日本国内において頒布された刊行物である特許出願公告昭三五―一六六四八号公報(以下、「引用例」という。)には、「ポリエチレン膜で内張りした強靱な長尺紙シート(1)から、断面四角形状をしたすなわち四角柱状の容器(a)を作る方法において、凸凹条ロールで、前記長尺紙シートの硬い表面上に長手方向に連続した折り目(2)をつけ、前記紙シートの表面上に四本の折り曲げ作用をする連続した長手方向折り目線を形成する段階と、前記紙シートを四本の折り目線において、連続的に内側に折り、前記折つた紙シートの長手方向の自由端縁部(22)を密封して筒状リボンを形成してなる断面四角形状を有する中空容器の連続製造方法に関する技術。」(別紙図面(二)参照)が記載されている。しかして、引用例の技術における紙シートは、強靱なものであるから、自己支持力すなわち剛性を有するものであると認められる。
本願発明と引用例に記載された技術とを対比すると、両者はいずれも、「剛性のあるシートの長い巻物から切断されて幾何学的形状をした中空容器を連続的に作る方法にして先端鈍角の部材で前記シートの硬い表面上に長手方向に連続した折り目をつけ前記シート表面上に少なくとも二本の蝶番の作用をする連続した長手方向折り目線を形成する段階と、前記シートを複数本の折り目線において連続的に内側に折り、前記の折つたシートの長手方向の自由端縁部を密封して管状リボンを形成する幾何学的形状を有する中空容器の連続製造方法。」である点において一致している。
ただ、本願発明が、<1>長いシートに、引用例の技術の長尺紙シートに代えて、プラスチツクシートをもつて供した点、<2>シートを折るための折り目付けにあたり、引用例の技術が凸凹条ロールで連続した折り目をつけたのに対し、先端鈍角の刃で連続した刻み目をつけた点、<3>管状リボンを扁平に形成する段階を包含せしめている点、において引用例の技術と相違している。
そこで、これらの相違点につき検討するに、相違点<1>については、引用例の紙シートもポリエチレン膜で内張りした強靱なシートであり、プラスチツクシートと同様のものであるから、この相違点は、材料変更であるにすぎない。相違点<2>については、シート等を折るための折り目を付するに、刻み目をつけてなすことは、本願発明の出願前普通に行なわれていることであり、本願発明が刻み目をもつて付した点には、明細書の記載上格別の効果が見出されないことから、この点は、当業者が容易に設計変更をすることができたものである。相違点<3>については、本願発明が管状リボンを扁平にする段階を包含せしめた点は、加工後成形された管状シートを巻回しうるというにすぎず、この点は普通の袋状シートを巻回する技術から容易になしうることである。
したがつて、本願発明は、当業者が引用例に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。
四 本件審決の取消事由
本件審決には、次のとおり、これを違法として取消すべき事由がある。
1 (相違点の看過1)
本願発明は、明細書の特許請求の範囲にあるように、シートを刻み目線において連続的に内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階を含んでいるのに対して、引用例には、箱を製造する間においてそのような段階を経ていないものであるから、本願発明と引用例とはその点において相違するにもかかわらず、審決はその相違点を看過し、その点についての判断を遺脱したものであつて、違法である。
2 (相違点の看過2)
審決は、引用例の技術について、「紙シートを四本の折り目線において、連続的に内側に折り」としたうえ、本願発明と引用例の技術とは、「シートを複数本の折り目線において連続的に内側に折る」点において一致しているものとするが、これは本願発明と引用例の技術とがシートの折り曲げる方向に関して相違していることを看過したものである。
引用例の技術の場合は、ロール(11)は表面に凸条を設けたロールであり、ロール(12)は凸条に対する凹条を設けたロールであるところ、その第3図に示された装置全体の構造及び第5図、第6図から、ロール(11、12)で付与された四本の縦の折り目はロール(16、18)及びロール(19、21)により外側に折り曲げられるものであることがわかる。この外側への折り曲げは紙シートの場合、通常行なわれる方式である。なお、引用例の第2図に示す屋根形の頂部を折り込み形成するための折り目(3)については、詳細な説明はないが、折り目(3)に関しても凸部がロール(11)に、凹部がロール(12)に形成されていると、第1図に示す容器の完成図から、折り目の内側に折り曲げられていることになる。しかし、これは容器の屋根形頂部を形成するための折り目であり、四角筒部分の折り目とは異なる。右のとおり、引用例においては、本願発明の折り目に相当する四角筒部分の四本の縦の折り目(2)は、いずれも従来技術に従い、外側に折り曲げられている。
これに対し、本願発明の場合、プラスチツクシートは、その刻み目に沿つて内側に折り曲げられる。これは、プラスチツクシートの刻み目部分は肉薄となつており、かつ、この刻み目付け作業は、切削作用とシートに及ぼされる力に基づく横方向への塑性流動作用との組合せによつて行なわれるので(本願明細書第五頁一六行目ないし一八行目参照)、内側に折り曲げることが可能となるのである。内側に折り畳むことにより、折り目の内側にはシームが形成されず、鋭く正確な折り目を得ることができる。かかる効果は、折り目部分の肉薄化と内側への折り曲げとの組合せにより得られるものである。一方、これを外側に折り曲げると刻み目の切削部分がプラスチツク内部に進入し、シートが裂けるおそれがある。
右の効果は引用例の技術を単にプラスチツクシートに適用しただけでは得られず、また、肉薄化したプラスチツクシートの折り目部分を外側に折り曲げても得られない。しかも、引用例には、右の効果に関し何らの示唆もない。
以上の点にかんがみ、本願発明と引用例の技術との対比において、シートの折り曲げ方向の相違は重大であり、この点を看過した審決の判断は違法である。
3 (相違点<1>についての判断の誤り)
審決は、「引用例の紙シートもポリエチレンで内張りした強靱なシートであり、プラスチツクシートと同様のものであるから、この相違点は、材料変更であるにすぎない。」と判断しているが、誤りである。
飲料充填用容器に使用するような板紙(引用例に記載の強靱な紙に相当する)を折り曲げる場合、折り目において層間剥離が起り、折り目の内側にふくらみ(シーム)が形成される。かかる状態の板紙を完全に折り畳むと、折り目においてシームが障害となり、完全に平坦に折り畳むことができない。
これに対し、剛性のあるプラスチツクシートの場合、先端鈍角の刃で刻み付けを行なうと、刃がシートに接触しているときは上面(接触面)だけがへこんだ状態にあるが、刃を引き離すと下面もへこんだ状態になり、これを内側に折り曲げると折り目の部分は肉薄であるので、完全に折り畳んだときでもシームのような障害物が生じない。剛性のあるプラスチツクシートの刻み目付け作業は、切削効果とシートに及ぼされる力に基づくプラスチツクの横方向への流動作用との組合せによつて行なわれる。かかる効果は、プラスチツクに特有の性質に基づくものであり、引用例の紙に先端鈍角刃を押し当てても同様の効果は得られない。
ところで、本願発明の特許請求の範囲には、「剛性のある……管状リボンを連続的に作る方法にして、……中空容器の連続製造方法。」と記載されているが、本願発明の構成は、(1)刻目線を形成する段階と、(2)内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階と、(3)扁平な管状リボンを形成する段階からなつており、管状リボンから中空容器を形成する段階を有していないことに鑑み、本願発明は「管状リボンの連続製造方法」に関するものであると解すべきである。
そして、本願発明の前記のような折り目構造は、刻み目付け以後の折り畳み、扁平化工程に著しい影響を与える。すなわち、本願発明のようなプラスチツクの場合、先端鈍角刃で刻み目付けを行なうと、刻み目部分は肉薄となるから、刻み目に沿つて一旦折り畳んだ後は刻み目は蝶番の作用をする。刻み目部分には折り畳んだ後でもほとんど弾性反発力が残留しない。かかる効果により折り畳み扁平管状リボンとした後での中空容器への組立が容易である。また、かかる肉薄構造により完全に扁平に折り畳むことができるので、紙の場合のような折り畳みの際の寸法の不正確さがない。これにより、折り畳み、ロール巻きした場合、バツクリングが起ることはない。さらに、剛性のあるプラスチツクからなる管から直ちに中空容器を形成し中空容器の形で貯蔵・運搬する代わりに、一旦管状リボンの状態でロール巻きにし、必要に応じて中空容器とする方が貯蔵・運搬にはるかに便利であるが、これは本願発明により初めて可能となつたものである。
右のとおり、相違点<1>を単なる材料変更であるとした審決は、誤りである。
4 (相違点<2>についての判断の誤り)
審決は、相違点<2>について、「当業者が容易に設計変更することができたものと認められる。」とするが、誤りである。
本願発明の刻み目付けは非駆動の先端鈍角の刃で行なわれる。本願発明の明細書に記載された望ましい実施例においては、硬い金属製ドラム(24)と鈍角の先端縁(80)を有する刻み目付けホイール(25)との間にプラスチツクシートが入り、シート上に適当な深さの刻み目線(28等)が付けられる。この刻み目付け作業は切削効果とプラスチツクの横方向への流動効果により行なわれる。プラスチツクシートは、先端鈍角刃で押圧している間は上面(押圧面)がへこんだ状態にあるが、刃を離すと下面もへこんだ形状になる。かかる形状はシートを一八〇度に折り畳む際に障害となるシームを形成せず、また弾性反発力がほとんど残留せず、したがつて蝶番作用を有する。
引用例の技術では、折り目は凸凹条ロール(11、12)間に紙を通過させることにより作られる。この場合、折り目の内側にシームが形成され、折り曲げると層間剥離の現象を示す。
このように引用例に記載された凸凹条ロールによつては、本願発明における肉薄構造の折り目を付けることは不可能である。これは、凸凹条ロールでは折り目部分の肉薄化を得ることができないからである。これは、切削効果と横方向への流動効果を有する本願発明の刻み目付け作業によつてのみ可能である。
右のとおり、先端鈍角の刃で剛性のあるプラスチツクシートに刻み目を付けるのと、凸凹条ロールで強靱な紙シートに折り目を付けるのとでは、形成される折り目部分の形状が全く相違し、それに伴つて、刻み目付け以後の折畳み、扁平化及びロール巻きに著しい相違をもたらす。本願発明は、前記のとおり、「管状リボンの連続製造方法」であつて、管状リボンをロール巻きにしてもバツクリングが生じないように刻み目部分を正確に肉薄化する必要があるという固有の問題が存するのである。
さらに、凸凹条ロールで剛性のあるプラスチツクシートに折り目を付けると、変形領域が大きすぎるので、折り目付近の透明度が損なわれる。これでは、中味が見え小ぎれいな外観を呈するという剛性プラスチツク製中空容器の本来の機能を発揮することができない。
相違点<2>について、当業者が容易に設計変更をすることができたものとした審決は、誤りというべきである。
被告は、剛性のあるプラスチツクシートに刻み目線を付し、その刻み目線を蝶番部として折り曲げる工程を包含する中空容器の製造方法は、従来から知られた技術内容であるとして、乙第一号証を提出するが、乙第一号証のものは、折り目付けを、適当に加熱した折り目付け部材により弾性裏板上で行なつているところ、本願発明の明細書は、「刻み目付け作業は、弾性裏板を用い且つ熱を加える従来の方法では行なわれない。」(第一二頁三行目ないし五行目)と明記して、本願発明は乙第一号証記載のような従来技術とは異なることを明らかにしているのみならず、乙第一号証の方法では折り目は層間剥離を起しており(第三図及び第四図)、これは本願発明の場合防止すべき現象であるから、乙第一号証をもつて、プラスチツクシートに刻み目線を付し、その刻み目線を蝶番部として折り曲げることが従来から知られた技術であるとすることはできない。
5 (相違点<3>についての判断の誤り)
審決は、相違点<3>について、「本願発明が管状リボンを扁平にする段階を包含せしめた点は、加工後成形された管状シートを巻回しうるというにすぎず、この点は普通の袋状シートを巻回する技術から容易になしうることである。」とするが、誤りである。
引用例の技術では、折り目を付けられた紙は四角柱(15)のロール(18)と外部のロール(16)に設けられた鍔(17)との間で最初に二角を直角に折り曲げられ、次に四角柱のロール(21)と外部のロール(19)の鍔(20)との間で残りの二角を直角に折り曲げられる。この場合、四角柱上の紙に外部ロールの鍔を正確に係合させることはできず、さらに四角柱のロールの角が紙の折り目部分のいずれに位置するか不確かである。したがつて、折り曲げた際の重畳部の長さを正確に一定にすることができない。かかる四角柱状筒から直ちに容器を形成する場合は、このような寸法誤差は問題とならないが、これを扁平に折り畳むとリボンの二辺の長さは同一とならないので、ロール巻きしたときにバツクリングが起る。なお、審決は引用例の四角柱状筒を「管状リボン」と認定しているが、リボンとは一般に平坦で長いものを指称することにかんがみると、失当である。
一方、本願発明においては、刻み目部分は完全に一八〇度に折り畳んだときでも内側にシームが生じないように肉薄化されている。また変形領域が小さく折り目線が正確である。したがつて、扁平管状リボンの二辺の長さは正確に同一となる。これはリボンをロール巻きにしたときにバツクリングが起らないという点で非常に望ましい。本願発明の扁平な管状リボンの形成工程は、単に扁平なリボンにするというだけではなく、正確に長さの等しい二辺からなるリボンとし、ロール巻きのときにバツクリングが起らないようにした点に特徴があるということができる。したがつて、「管状リボンを扁平にする段階を包含せしめた点は、加工後成形された管状シートを巻回しうるにすぎず」とした審決は、誤りである。
次に、審決が巻回しうる「袋状シート」という場合、その材質が柔軟であるのか剛性であるのか明確でない。
しかし、剛性プラスチツクシートの管状リボンのロール巻きは本願発明の出願前には公知でなかつたので、審決のいう袋状シートは剛性プラスチツク以外のもの、例えば柔軟な紙又はプラスチツクからなるものと考えられる。そこで、柔軟シートと剛性シートとを比較すると、前者では折り目に沿つて正確に折り畳むことは必ずしも必要ではないが、後者では正確に折り目付けをしてそれに沿つて折り畳まないとロール巻きの際バツクリングが起る。このバツクリングを防止するには本願発明のような肉薄構造の刻み目付けを行なう必要がある。
以上のとおり、本願発明のように先端鈍角刃で肉薄化した刻み目付けをした剛性プラスチツクシートを扁平な管状リボンとすることは、普通の柔軟な袋状シートの巻回技術から容易になしうるということはできない。
第三被告の陳述
一 請求の原因一ないし三の事実は、いずれも認める。
二 同四の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。
1 原告は、「本願発明は、明細書の特許請求の範囲にあるように、シートを刻み目線において連続的に内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階を含んでいるのに対して、引用例には、箱を製造する間においてそのような段階を経ていないものであるから、本願発明と引用例とはその点において相違するにもかかわらず、審決はその相違点を看過し、その点についての判断を遺脱したものであつて違法である」と主張する。
しかしながら、原告の右主張は理由がない。その論拠は、次のとおりである。
本願明細書の特許請求の範囲における「内側に折り畳み」の「内側」とは、明細書の発明の詳細な説明の項の基礎づけに則り、幾何学的形状の内側すなわち容器の内側と捉えるべきである(甲第三号証第一四頁一、二行目参照)。その上に立つて、刻み目を、幾何学的形状の内側に設けるか、外側に設けるかは、別途、技術内容を規制する内包となつているものというべきである(同頁一行目ないし七行目参照)。本願発明は、その構成要件の記述形式からみて、単に「内側」とあり、それは、発明の詳細な説明の項における「内側」と同一文言であり、同一用語は統一的に理解すべきであるところ(特許法施行規則第二四条、様式一六〔備考〕12のイ)、特許請求の範囲の「内側に折り畳み」の「内側」も、幾何学的形状すなわち容器の内側と捉えるべきである。このことは、実質上も、容器においては、内容物の受容される中側を内側というものであり、通例の用語法にも符合する。本願発明は、容器の連続製造方法にかかるものであるから、かかる点からも、「内側」とは、幾何学的形状すなわち容器の内側と捉えるべき妥当性が存する。
また、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載しなければならないところ(特許法第三六条第五項)本願明細書の特許請求の範囲の「内側」の意味を、発明の詳細な説明の項に記載された「内側」と別異に捉えることは、発明の詳細な説明の項に記載されていない事項を特許請求の範囲の記載事項とすることとなるから、右法条の趣旨に反し是認されないというべきである。
そして、本願発明は、シートを幾何学的形状の内側に折り畳むことの外、刻み目が幾何学的形状の内側に設けられていることまでは、本願発明の技術内容を規制する内包たる構成要件要素とはなつていないのであるから、刻み目の設刻が、当然に幾何学的形状の内側になされていることを前提として考えることはできない。
以上のとおり、「内側」とは幾何学的形状の内側を意味するものであり、引用例のものも、断面四角形の容器の内側に折られるものであり、幾何学的形状の内側に折られているものであるところ、折り曲げ方向に関し本願発明と引用例のものとは彼此経庭は存しないというべきである。
本願明細書の発明の詳細な説明の項には、原告の主張にいわゆる「内側」なる旨の記載はなく、いわゆる「内側」のもつ技術的意味、いわゆる「内側」に定めたことに伴なう作用効果に関する記述は、一切見出されず、いわゆる「内側」なる故の技術的有意性を窺知することができない。明細書の基礎付けを欠いたまま、いわゆる「内測」の点を、云々することは、当を得ないというべきである。
次に、原告が、審決が判断を遺脱したと主張した事項にかかる本願明細書の特許請求の範囲中の「シートを刻み目線において連続的に内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階」の後段部すなわち「(内側に)折り畳み且つ平らに伸ばす」について述べる。
原告は、右記載における「折り畳み且つ平らに伸ばす」を、「隅部(刻み目)のシートを分離し平らに伸ばす」ことと捉えているようであるが、さように解することはできない。隅部(刻み目)のシートを分離し平らに伸ばすことは、本願発明の内容を規制する内包たる技術的構成要素とはなつていないものというべきである。
「折り畳み且つ平らに伸ばす」とは、折り畳まれたシートをより平らにすることと捉えるべきである。なぜならば、平らに伸ばすの文言は「折り畳み且つ」とすぐに引き続いており、その文理から、折り畳まれたシートをそのまま平らに伸ばす(扁平化)ことと率直に受容せられるものであり、また実質上も、折り畳みといつても、折り畳まれたものが、完全に平らになつていず、ある角度でふくらんでいるものであるところ、これを、より完全に平らに伸ばし、シートの自由端縁部の密封がうまくなされうるという意味が存すると解せられるからである。
また、右「折り畳み且つ平らに伸ばす」は、自由端縁部の密封工程の前段部に記載されているところ(平らに伸ばすは、本願明細書第一四頁二一行目、自由端縁部の密封は同第一五頁一行目)、平らに伸ばすの文言の意味を「隅部(刻み目)のシートを分離して平らに伸ばす」と捉えることはできない。けだし、「隅部(刻み目)のシートを分離して平らに伸ばす」階梯は、あくまでも、シートの自由端縁部の密封の後において、介在されていることは、訂正明細書(甲三号証)の第六頁一二行目ないし一五行目の記述が自由端縁部の密封の作業であり(前の工程)、同第六頁一六行目ないし第七頁一八行目が、分離された隅部を平らに伸ばす作業であること(後の工程)及び、図面(甲二号証)第一ないし第四図において、隅部(刻み目)のシートの分離が、ロール(49・50)ロール(54・55)でなされ(後の工程)ており、自由端縁部の密封作業が、ロール(44・45)で行なわれた(前の工程)後の工程であることに徴して明らかであるからである。
よつて、この「折り畳み且つ平らに伸ばす」を、「隅部(刻み目)のシートを分離し平らに伸ばす」と捉えることは、本願発明の製造工程の段階的序列をこわすこととなり、許容し難いというべきである。
もし、「隅部(刻み目)のシートを分離して平らに伸ばすこと」が、本願発明の構成要素であるならば、シートの自由端縁部を密封した後の工程においてその旨の記載がなされてしかるべきところ、本願明細書の特許請求の範囲においては、自由端縁部密封の後は、容器の製造工程を除いては、何ら隅部シートの分離にかかる工程は存していず、記述的契機を欠き、かかる事項は、本件発明の構成部分たりえないものである。
「隅部のシートを分離して平らに伸ばす」ことは、本願発明に必須の構成要件要素ではなく、実施のために不可欠のものではないから(本願明細書第七頁二〇行目には「この作業は任意のもので」とある。)、敢えてかかる点を、本願発明の構成要素とするには及ばないというべきである。
さらに、「折り畳み且つ平らに伸ばす」を、隅部シートを分離し平らに伸ばすと捉えることは、前記のとおり「隅部のシートを分離し平らに伸ばす」工程が、シートの自由端縁部を密封した後の工程においてなされている明細書の「発明の詳細な説明」の項の記述と特許請求の範囲の記述とが辻褄があわず、「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とは矛盾してはならない旨の特許法施行規則第二四条、様式第一六〔備考〕12イの趣旨にもとるものというべきである。
原告の主張は、「折り畳み且つ平らに伸ばす」の文言につき、それがもつ客観的意義を超越した内容を盛り込むものであつて当を得ないものであるばかりでなく、本件発明の実施例〔第一~四図(甲第二号証)〕並びに「発明の詳細な説明」の項(甲第三号証)に記載された中空容器の連続的製造方法の工程における、時系列的階梯の序列を破壊するごとき解釈を行なわんとするもののようであつて、自己撞着といつてしかるべきと思料される。
2 審決取消事由2について
「内側」とは、前記のように一般に、宮器の内方側をいうものと捉えることができる。本願発明の明細書の記載によれば、刻み目は、幾何学的形状の内、外いずれの側にも形成されうるものであつて、容器の内側であろうと外側であろうと、技術的に可能なものとして開示されている(甲第三号証の第一四頁一行目ないし七行目)。しかして、本願発明の特許請求の範囲には、「内側に折り畳み」と記載されているだけであり、幾何学的形状の内側に、刻み目があることまで構成要件になつているとは認められない。
したがつて、審決が引用例の技術につき、シートを「内側に折り」と認定したことに誤りはなく、本願発明と引用例の技術との対比において原告主張のような相違点の看過は存しない。
3 審決取消事由3について
本願発明も引用例の技術内容も、剛性のあるシートの長い巻き物から、中空容器を連続的に製造する方法である点において共通するものである。
引用例のものも、強靱で自己支持性を有する紙シートにポリエチレン膜で内張りした紙シートであるから、剛性あるシートであり、折り曲げて容器の製造をする方法に適するものであることは言をまたない。
他方、剛性のあるプラスチツクシートを材料として容器を作ることは一般に知られており、また、刻み目付け作業を行ない、その刻み目に沿つて折り曲げて容器を製造する方法において、材料として剛性のあるプラスチツクシートを用いることも、従来から知られている(乙第一号証参照)。
剛性のあるポリエチレン膜で内張りした紙シートと、剛性のあるプラスチツクシートとは、いずれも、折り目(刻み目)を蝶番部として折り曲げて容器を作る方法において、容器の材料となりうるもので、自己支持性、折り曲げ特性が類似しており、折り曲げ工程を含む容器の製造のための材料として、代替可能なものである。
ところで、本願発明の特許請求の範囲には、その最終段に、「を包含することを特徴とする幾何学的形状を有する中空容器の連続製造方法。」とあり、技術的構成要件要素として中空容器の連続製造方法と締め括つているのであるから、本願発明は、「中空容器の連続製造方法」と把握すべきものである。したがつて、原告が本願発明を「管状リボンの連続製造方法」と把握し、これを前提として、相違点<1>についての審決の判断の誤りを主張する点は、理由がない。
審決が本願発明と引用例の技術との相違点<1>について、単なる材料変更であるとしたことに誤りはない。
4 審決取消事由4について
本願発明の刻み目付けは、本願発明の明細書に記載の実施例の態様からみると、ホイール(車輪)の先端をシートの上に加圧することによつて行なわれるものと認められる。他方、引用例の凸条ロール(11)も、図示の態様からわかるように、ホイール(車輪)状のものである。
そうであれば、本願発明の刻み目付け作業は、引用例における凸条ロール(11)の凸条によつて長尺紙シートを押圧して、蝶番作用をする折り目線を付する手段と比べ、格別隔たりがあるものではない。
また、剛性のあるプラスチツクシートに、刻み目線を付し、その刻み目線を蝶番部として折り曲げる工程を包含する中空容器の製造方法は、従来から知られた技術内容である(乙第一号証参照)原告は、本願発明は乙第一号証のものと異なつて、「弾性でない裏板の存在」することがその技術的範囲であるかのごとく解せんとするもののようであるが、裏板の存在など特許請求の範囲のどこにも記載されていないから、本願発明の技術的構成要件要素ではない。そして、本願発明において、先端鈍角の刃を形成した点には、明細書の記載からみて、格別の効果があるとは認めがたい。なお、本願発明は、前記のとおり、「中空容器の連続製造方法」であるから、原告がこれを「管状リボンの連続製造方法」と把握し、これを前提として、刻み目付け作業に関し、審決の誤りを主張する点は、理由がない。
本願発明のシートは、透明であることを要件とするものではないから、原告が、凸凹条ロールで剛性プラスチツクに折り目を付けると、折り目付近の透明度が損なわれ、中味が見え小ぎれいな外観を呈するという剛性プラスチツクシート製中空容器の本来の機能を発揮することができないとの主張も、理由がない。
右のとおりであれば、本願発明が、引用例の凸条ロール(11)の凸条の先端部に代えて、先端鈍角の刃をもつてした点は、当業者において、その所望に応じ、容易に設計変更をすることができたものである。相違点<2>についての審決の判断に誤りはない。
5 審決取消事由5について
剛性シートにより中空容器を連続的に製造する方法において、扁平な管状リボンを形成する段階を包含せしめることは、本願発明の出願前周知である(乙第二、第三号証)。このような当産業分野における技術水準に徴してみるに、本願発明が、引用例の中空容器の連続的製造方法の過程に加えて、管状リボンを扁平に形成する段階を包含せしめた点は、当業者において、容易に想到することができたものである。
原告は、引用例の折り目をつけた紙の四角柱では、折り目部分の位置が不確かで、これを扁平に折り畳むとリボンの二辺の長さが同一とならないから、ロール巻きしたときにバツクリングが起る旨主張するが、プラスチツクシートのリボンにおいても、その復原性から、バツクリングが生じないとはいいえない。なお、剛性のある紙シートの折り目を蝶番部として折り曲げてなるリボンを容器に供用するについて、折り目にシームのあることによる格別の支障は存しない。
また、原告は、本願発明では、刻み目部分は肉薄化されており、変形領域が小さいから、扁平管状リボンの二辺の長さが正確に同一となり、リボンをロール巻きしたとき、バツクリングが起らない旨主張するが、本願発明の明細書にはかかる効果は記載されていないし、また「リボンをロール巻きした」こと自体は、本願発明の構成要件ではない。
なお、引用例の角柱状箇所も、容器となりつつある一筋の管状の長いまとまりのあるものとして捉えられるから、リボン概念の多様性から、これをリボンと称することは差支えないものである。
右のとおりであるから、相違点<3>について、審決が容易になしうるとしたことに誤りはない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて判断する。
(本願発明について)
原告は、本願発明は「管状リボンの連続製造方法」に関するものであるとし、このことを基本として審決取消事由を主張するのに対し、被告は本願発明は「中空容器の連続製造方法」に関するものであり、したがつて原告がこれを「管状リボンの連続製造方法」と把握し、これを前提として審決の判断を攻撃するのは理由がないと争つているものと解せられるので、先ずこの点について判断する。
成立について争いのない甲第二号証(本願発明の原明細書)によれば、本願発明の原明細書の特許請求の範囲は、
「長い剛性のあるプラスチツクシートから幾何学的形状を持つた中空容器を連続的に作る方法にして、前記シートの長手方向に少なくとも二本の連続状の刻み目線を入れる段階と、前記シートを二本の刻み目線において連続的に内側に折りたたむ段階と、この折りたたんだシートの長手方向の自由端縁部を密封して扁平な管状のリボンを形成する段階と、を包含することを特徴とする幾何学的形状を有する中空容器の連続製造方法。」
というものであることが認められ、右記載によれば、本願発明の原出願は、中空容器の連続製造方法に関するものであることは疑う余地がない。
ところが、成立について争いのない甲第三号証(昭和四四年一二月四日付手続補正書)によれば、原告は、その後、特許請求の範囲を事実摘示第二の二記載のごとく補正したものであることが認められる。しかして、右記載は「剛性のあるプラスチツクシートの長い巻物から、切断されて幾何学的形状をした中空容器に変換できる扁平な管状リボンを連続的に作る方法にして、……を包含することを特徴とする幾何学的形状を有する中空容器の連続製造方法」というものであつて、右前段の記載と後段の記載とは一見矛盾するものであるが、前段の記載を重視すれば、原告主張のように、本願発明は、「管状リボンの連続製造方法」に関するものであると解せられなくもない(この場合後段の記載は、「……を包含することを特徴とする幾何学的形状を有する中空容器『に変換できる管状リボン』の連続製造方法」と読むものとし、また、そう読むことも必らずしも不可能ではない。)
しかしながら、前記手続補正書においても、発明の名称(「幾何学的形状を有する容器の連続製造方法」)は、変えられることなく、発明の詳細な説明も原明細書のそれと表現において大差のないものであること、特に第四頁七行目ないし一〇行目には、「本発明では、透明な剛性のあるプラスチツクシート容器を連続的に壁形状に作り、そのあとで該壁を一定長に切断し、端部キヤツプすなわち蓋を安くて簡便な方法で取り付ける。」との記載があり、同所以下にその詳細な説明及び容器の製造方法の実施例が記載されている点から勘案すれば、本願発明は原告主張のような「管状リボンの連続製造方法」に止まるものではなく、「幾何学的形状を有する中空容器の連続製造方法」に関するものというべきである。(審決の本願発明と引用例の一致点及び相違点の認定について)
審決(成立について争いのない甲第一号証)は、本願発明と引用例(成立について争いのない甲第四号証)との一致点を、「剛性のあるシートの長い巻物から切断されて幾何学的形状をした中空容器を連続的に作る方法にして先端鈍角の部材で前記シートの硬い表面上に長手方向に連続した折り目をつけ前記シート表面上に少なくとも二本の蝶番の作用をする連続した長手方向折り目線を形成する段階と、前記シートを複数本の折り目線において連続的に内側に折り、前記の折つたシートの長手方向の自由端縁部を密封して管状リボンを形成する幾何学的形状を有する中空容器の連続製造方法。」とし、本願発明が引用例と相違する点として「本願発明が<1>長いシートに、引用例の技術の長尺紙シートに代えて、プラスチツクシートをもつて供した点、<2>シートを折るための折り目付けにあたり、引用例の技術が凸凹条ロールで連続した折り目をつけたのに対し、先端鈍角の刃で連続した刻み目をつけた点、<3>管状リボンを扁平に形成する段階を包含せしめている点」の三点を挙げ、この相違点について判断して、結局本願発明は当業者が引用例に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものであるとしている。
しかしながら、本願明細書(甲第三号証)の特許請求の範囲は事実摘示第二の二記載のとおりであり、これによれば、本願発明は、剛性のあるプラスチツクシートの表面上に少なくも二本の長手方向刻み目線を形成する段階と、このシートを(少なくとも)二本の刻み目線において連続的に「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階」とを包含していることが明らかであるが、引用例にはこの、シートを「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階」は存しないと認められるから、本願発明は審決の認める前記三つの相違点のほかに、なおこの相違点が存するものとしなければならない。しかして、シートを(少なくとも)二本の刻み目線において連続的に「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす」とは、発明の詳細な説明の項(甲第三号証第四頁一五、一六行目、第六頁一六行目ないし第七頁二〇行目)の記載を参照すると、中空容器を製造する段階でできる管状リボンを一定長に切断した後でこれに端部(実施例ではキヤツプ64)を取り付ける際に、容器壁の操作を容易にするために、刻み目線においてプラスチツクシートを先ず内側に折り畳み、次いでこの一旦折り畳んだシートを折り畳む前の状態に開くこと(発明の詳細な説明の欄第四頁一五、一六行目ではこれを「刻み目の或るものを閉じたり開いたり」すると表現しており、四角形の中空容器を作る実施例においては、この閉じたり開いたりが各二本の刻み目線において二度にわたつて行なわれる旨が記載されている――第七頁一六、一七行目)をいうものであると解される。
審決は、本願発明と引用例の相違点を認定するに当り、第三点として、本願発明が管状リボンを扁平に形成する段階を包含している点を挙げているが、本願発明が明細書の特許請求の範囲において「扁平な管状リボンを形成する段階」と言つているのは、前記のシートを連続的に「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階」とは異なるものであるから、審決が右相違点<3>を挙げたことをもつて、本願発明の引用例との相違点である、本願発明がシートを連続的に「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階」に言及したものとすることができないのはいうまでもない。しかして右の点は本願発明の必須構成要件であるから、審決は本願発明と引用例との相違点についての判断を遺脱し、事実を誤認したものであつて違法である。
右の点に関し、被告は、本願明細書の特許請求の範囲における「内側に折り畳み」とは、シートを幾何学的形状の中空容器の内側に折り畳むことを意味するものであり、本願発明は刻み目が幾何学的形状の中空容器の内側に設けられていることを要件とするものではない旨の主張をしている。
しかしながら、原告は、本願発明は刻み目が幾何学的形状の中空容器の内側に設けられていることを要件とするものであると主張するものではなく――刻み目が幾何学的形状の中空容器の内側にあつても外側にあつてもよいことは、本願明細書(甲第三号証)第一四頁一行目ないし七行目の記載の示すところである――プラスチツクシートを刻み目線において、刻み目を入れた面を内側にして折り畳むことを要件とするものであることを主張するものであることは明らかであるから、被告の右主張は理由がない。
被告は、また、本願明細書の特許請求の範囲でいう「折り畳み且つ平らに伸ばす」とは、折り畳まれたシートをそのまま平らに伸ばす(扁平化する)ことと捉えるべきであり、特許請求の範囲においては「折り畳み且つ平らに伸ばす」段階は、自由端縁部の密封の前段に記載されているにかかわらず、発明の詳細な説明の項及び図面においては、自由端縁部の密封作業が先に、分離された隅部を平らに伸ばす工程が後に来るように記載されているから、特許請求の範囲の「折り畳み且つ平らに伸ばす」を「隅部(刻み目)のシートを分離し平らに伸ばす」と捉えることは本願発明の製造工程の段階的序列をこわすこととなるから許容し難く、本願明細書には「この作業は任意のもので」とあるから、「隅部のシートを分離して平らに伸ばす」ことは本願発明の構成要件ではない旨の主張をする。
本願明細書(甲第三号証)の特許請求の範囲の項と、発明の詳細な説明の項及び図面の記載とではシートを折り畳み且つ平らに伸ばす段階と、自由端縁部の密封段階とが逆の順序になつていることは被告指摘のとおりであるが、そうであるからといつて、特許請求の範囲に記載の順序では本願発明が実施不能になつてしまうということはない。問題は、明細書の特許請求の範囲の項の記載と、発明の詳細な説明の項又は図面の記載とが矛盾する場合に出願をどのように取扱うべきかということにすぎない。この場合は、特許法第三六条第五項により拒絶すれば足る。本件審決は、本件出願をその理由で拒絶しているものではなく、本願発明を解釈し、これを引用例と対比しているのである。しかして、出願に係る発明の解釈に当つては、特許請求の範囲に記載された事項が、発明の詳細な説明の項又は図面に記載された事項と矛盾するとの一事をもつて、特許請求の範囲に記載された事項を全く無意味のものにしてしまうことは許されない。出願人が始めから完全な明細書を作成することは必らずしも常に期待できるものではないから、その場合は、むしろ、特許法第七〇条の規定の趣旨にのつとり、発明の詳細な説明の項及び図面の記載にかかわらず、出願に係る発明思想を把握し得るかぎり、特許請求の範囲の記載に基づいてこれを解釈すべきものである。
そうすると、本願発明の明細書の特許請求の範囲でいう「平らに伸ばす」なる用語は、明細書の図面の簡単な説明の項及び発明の詳細な説明の項(甲第三号証第一頁九行目、第三頁一一行目、同一二行目、第七頁六行目、同一三行目、第八頁一三、一四行目)においていずれもシートを刻み目線において内側に折り畳み、その折り畳んだものを開いて元どおりに「平らに伸ばす」意味で使用されており、その他の意味で使用されているところはなく、ましてや、被告が主張するような折り畳まれたシートをそのまま平らに伸ばす(扁平化する)意味で使用されているところは一か所もないから、この特許請求範囲における「平らに伸ばす」も、刻み目線において内側に折り畳んだシートを元どおりに開いて「平らに伸ばす」ことを意味するものと解釈すべきである。たしかに、本願明細書中には、このシートを内側に折り畳み且つ平らに伸ばす「作業は任意のもの」なる記載がある(甲第三号証第七頁二〇行目)が、明細書の発明の詳細な説明中の右記載をもつて、特許請求の範囲に明記されている「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす」との文言を全く無意味にしてしまうことはできないのみならず、、右「作業は任意のもの」なる記載は実施例についてのものであつて、本願明細書は、他の個所で、本願発明の目的として、「……プラスチツクシートに連続して刻み目を入れ、容器壁が形成された後刻み目を連続的に開いて平らに伸ばし、刻み目が入れられ刻み目が開かれ平らに伸ばされた剛性のあるプラスチツク容器壁のロールを作り、端部キヤツプを取り付け、巻締めし、特に容器壁を熱可塑性材料から作るときは熱溶着することである。」と記載し(甲第三号証第三頁八行目ないし一五行目)、本願発明は、「平らに伸ばす」過程を経ることを本願発明の目的に包含せしめていることが認められるから、右実施例中の「この作業は任意のもの」との文言は、右記載に照らし、何らかの過誤によつて記載されたものとみることも可能であり、右任意であるとの文言の存在をもつて、特許請求の範囲の項の解釈を左右することは妥当を欠くものといわなければならない。
更に、審決は、本願発明と引用例とは「シートを複数本の折り目線において連続的に内側に折」る点において一致するものと認定した。この点に関し、被告は、「内側」とは、容器において内容物が受容される中側をいうものであり、本願発明においても引用例においても折り目線において容器の内側に折られている点で両者は一致する旨の主張をしている。しかしながら、「内側」の意味を被告主張のように解するかぎり、容器を製作する場合、シートを折り目線において「内側」に折ることはおよそ当然のことで――なぜならば、二重容器のような特別の場合(そしてその場合でも、なお中側のものを容器と呼びうるかぎりにおいて)を除いては、内容物を「外側」に受容する容器なるものは、およそ考ええないものであるから――本願明細書が、その当然すぎるほど当然のことを特許請求の範囲において、わざわざ「内側の折」ると表現したものとは考えられない。そうではなくて、本願明細書が特許請求の範囲において、シートを『「内側」に折り畳み且つ平らに伸ばす』と言つているのは、シートを刻み目線において、刻み線を「内側」にして折り畳み、且つ一旦折り畳んだものを以前の状態に開くことを意味すると解釈すべきことは前説明のとおりである。
三 以上のとおりであり、審決は、本願発明と引用例とを対比するに当り、本願発明の解釈を誤り、両者の相違点を看過した点において違法であるから、原告主張のその余の審決取消事由についての判断を省略して、これを取消すこととし、訴訟費用は敗訴の当事者である被告の負担とすることとして主文のとおり判決する。
(裁判官 高林克巳 楠賢二 杉山伸顕)
別紙図面(一)<省略>
別紙図面(二)<省略>