東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)39号 判決
事実及び理由
原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。
1 本件実用新案の技術的内容について
(1) 基材
本件実用新案の基材が合成樹脂系シートであることは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第二号証によれば、その考案の詳細な説明の項には、「タル木の位置が判らず、……能率の低下を招いているのが現状である。本考案は在来品の欠点を除くために、……たものである。」(第二欄第五行~第一二行)との記載があることが認められ、ここに記載されている考案の目的からすると、右基材は、瓦下地材の下部のタル木の位置が合成樹脂系シートを透して見えない不透明なもので、その色彩は、墨打ちが有効にできない色彩のものと解される。
(2) 表層
原告は、本件実用新案における表層の合成樹脂系シートは、墨打ちが可能であり、吸湿性を有するものである、と主張する。
その根拠は、右合成樹脂系シートが「白色又は明色」であること、「紙又は」として紙と同格に用いられていること及び本件実用新案の使用目的にある。
よつて検討するに、前掲甲第二号証により明らかなとおり、本件実用新案の目的として、「本考案は、在来品の欠点を除くために、……墨打ちを可能有効ならしめたものである。」との記載があり、この目的、すなわち、墨打ちを可能有効にするために、右合成樹脂系シートの色彩を「白色又は明色」とすることとしているものである。
しかしながら、墨打ちが可能であるからといつて、そのことから直ちに吸湿性を有するものであるとすることはできない。何故ならば、本件実用新案の登録請求の範囲及び考案の詳細な説明の項(前掲甲第二号証)には、墨打ちの具体的方法及び墨の種類並びに右合成樹脂系シートを特に吸湿性にしたこと(合成樹脂系シート自体は、一般に、撥水性、疎水性のもので、吸湿性がないものである。)については、何も記載されていないのであり、墨は水性のものが普及してはいるが、油性又は揮発性の墨もあり、むしろ、合成樹脂系シートにも使用するとすれば、そこに使用する墨は、油性又は揮発性のものを考えるのが事理の自然であるからである(そうでないとすると、この合成樹脂系シートについては、墨打ちが不可能なものを含むこととなる。)。
原告は、右合成樹脂系シートが「紙」と同格に記載されていること及び不織布が公知であつたことを挙げて、右合成樹脂系シートは紙と同様に使用できるものを指す旨主張しているが、本件考案の登録請求の範囲及び考案の詳細な説明の項には、この合成樹脂系シートについて不織布を例示し説明している記載は存在せず、一般に、不織布は合成繊維等により構成されるものであり、合成樹脂系シートとは異なるものと考えるのが技術上の常識であるから、「紙又は」と併記されていても、そのことからただちに、右合成樹脂系シートが吸湿性を有するものと断ずることはできない。右記載は、むしろ、墨打ちが可能有効なものとして、紙と合成樹脂系シートとを併記したものと解するのが合理的である。
したがつて、本件実用新案の表層の合成樹脂系シートは吸湿性を有するものであるという原告の主張は理由がない。
2 本件実用新案と甲第五号証の考案との対比について
(1) 原告は、甲第五号証の考案の合成樹脂シートは墨打ちが可能でないものであるから、その点において本件実用新案と相違する、と主張する。
しかしながら、成立に争いのない甲第五号証によれば、その実用新案の説明の項には、「着色が自由なため、明るい屋根を建造することができる。」と記載されていることが認められるのであつて(第二欄第一三行、第一四行)、これによれば、同号証のルーフイングの最上層の合成樹脂の色は明るい色であることが認められるから、本件実用新案の表層の合成樹脂系シートの色彩(白色又は明色)と変るところはない。そして、明色の合成樹脂系シートは、油性又は揮発性の墨によつて墨打ちが可能であるから、原告の右主張は理由がない。
原告は、甲第五号証の前記着色について、この着色は製造工程においてされる着色である旨主張しているが、たとえそうだとしても、甲第五号証の考案の合成樹脂シートが墨打ち可能なものであるとの右の判断に影響を及ぼすところはない(着色が製造工程においてされるものであつても、油性又は揮発性の墨によれば、墨打ちは可能である。)から、右の主張は採用できない。
なお、この項における原告の主張は、本件実用新案における表層の合成樹脂系シートが吸湿性のものであることを前提にしているものであるが、その前提が誤りであることは既述のとおりである(前1の(2))。
(2) 原告は、本件実用新案と甲第五号証の考案とは使用個所の点で相違する、と主張する。
本件実用新案が瓦下地材であることは当事者間に争いがない。一方、前掲甲第五号証によれば、同号証の考案は「ルーフイング」に係るものとはいえ、その実用新案の説明の項には「着色が自由であるため、外観優美で、明るい屋根を建造することができる。」(第一欄第一五行、第二欄第一三行、第一四行)旨の記載があることが認められるから、これによれば、同号証のルーフイングは、本件実用新案の瓦下地材と異なり、単独で屋根葺き用にするか、ないしは、屋根防水層として最上層に使用することを目指しているものと解せられる。
しかしながら、右の差異は、屋根瓦の下地材として使用するか、屋根の表層材として使用するかの相違にすぎないのであつて、屋根を建造する資材に係る技術分野に属することに変りはないのであるから、右の差異点を根拠に、審決が本件実用新案の進歩性の判断を誤つたとする原告の主張は、理由がない。
3 進歩性について
原告が指摘する相違点に係る主張がいずれも理由がないことは、右のとおりである。
原告は、本件実用新案において、基材となる合成樹脂系シートと表層となる合成樹脂系シートとは、耐水性・防水性と吸湿性とにおいて相反する性質を有しなければならないものであり、かかる相反する性質の材質のものを重ね合わせる点に進歩性が認められるべきである、と主張するけれども、既述のとおり(前1の(2))、本件実用新案における表層の合成樹脂系シートは吸湿性を有することを不可欠の要件とするものではないのであるから、原告の右主張は、その前提を欠くものというべく、理由がない。
以上のとおりであり、原告の主張はすべて理由がないので、本訴請求は失当として棄却する。
〔編註その一〕本件における請求原因は左のとおりである。
本件実用新案の要旨
白色又は明色の紙又は合成樹脂系シートを基材の全面にあるいは部分的に重ね合わせて一体とした合成樹脂系瓦下地シート材。
審決の理由の要点
本件実用新案の要旨は前項記載のとおりである。
本件実用新案の登録出願前日本国内において頒布された刊行物・実公昭三三―一八八五五号実用新案公報(甲第五号証)には、「アスフアルトを滲透させた紙の間に金網とアスフアルト製糊層を介在させてこれを圧搾密着させて一体とした墨打ち不可能な基材に着色可能な合成樹脂シートを基材の全面にあるいは部分的に重ね合わせて一体としたルーフイング」の考案が記載されており、同様の刊行物である「日刊建築技術」一九五八年一二月号No.九〇、一九五八年一二月二五日発行(甲第四号証の一、二)には、「ポリエチレンシートを基材としたルーフイング」の考案が記載されている。
そこで、本件実用新案と甲第五号証の考案とを比較すると、甲第五号証の考案における合成樹脂シートは、着色が可能であるという記載からして墨打ちも可能な白色又は明色の色をもつものと認められ、また、同号証に記載のルーフイングは、本件実用新案の瓦下地シート材に相当するものと認められるので、両者は、「白色又は明色の合成樹脂系シートを基材の全面にあるいは部分的に重ね合わせて一体とした瓦下地シート材」の点で一致するが、瓦下地シート材の基材が、甲第五号証の考案では「アスフアルトを滲透させた紙の間に金網とアスフアルト製糊層を介在させてこれを圧搾させて一体」としているのに対し、本件実用新案では、合成樹脂製である点で相違している。
この相違点を検討してみると、瓦下地材の基材を合成樹脂としたものは、前記甲第四号証の一、二により公知であり、この合成樹脂系基材を甲第五号証の考案における前記基材に代えて用いて本件実用新案のようにすることは、格別の困難性も認められず、当業者がきわめて容易にしうるものと認められるので、この相違点に格別の考案は認められない。
したがつて、本件実用新案は、甲第五号証及び甲第四号証の一、二に記載された考案に基づいて、その登録出願前に当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法第三条第二項の規定により、実用新案登録を受けることができないものである。