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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)43号 判決

原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

1 原告主張の1の点について

特許法第二九条の二の規定にいう先願の「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明」とは、必ずしも、その明細書の特許請求の範囲に記載された発明だけを指すものではない。

引用発明として、先願の出願当初の明細書及び図面に、本願発明と同一の目的においてする鋼塊の製造法の記載があり、その構成上、「溶鋼を鋳型に注入せしめ、その頂面が蓋になるように凝固させ、凝固した鋳型を転動せしめる」旨の要件が示されていることは、原告の認めて争わないところである。

そして、成立に争いのない甲第五号証の三によれば、先願の出願当初の明細書第二頁八行目ないし一二行目に、「スクラツプの量を減少するために、鋳型が第一に実質的に水平位置又はこの位置より少しく先の、この場合には五度ないし一〇度水平位置から偏倚していることが適当している位置へ回されて、そしてそこで止めに当てられ、」の記載が、同第三頁一一行目ないし一五行目に、「鋳型が回されている間に、九五度ないし一一〇度の角度で回転運動を一時的に停止することが必要であることが証明されている。防護物を運動路の部分に対して水平面に平行に走らせることによつて可能にされる。」の記載が、同第八頁七行目ないし九行目に、「鋳型が第一に実質的に水平位置又はこの位置より少しく先へ回されてそしてそこで止めに当てられ、」の記載があることが、それぞれ認められ、これらの記載と先願の出願当初の図面を総合すれば、先願の出願当初の明細書及び図面には、原告主張の(イ)の要件、すなわち、「且つその長手方向を水平状態に一定時間維持せしめる」旨の技術事項が開示されているものとみることができる。

また、前掲甲第五号証の三によれば、先願の出願当初の明細書第二頁一二行目ないし一五行目に、「又、次の位相の間にインゴツトが鋳型から解放されてそれらの長さの部分に沿つて固定の止めの上に落下して出るように大体垂直位置に回され」の記載が、同第六頁一四行目ないし二〇行目に、「ターンテーブルが回転すると、鋳型は取付けられた固定の防護物によつて与えられたプログラムによつて徐々に回る。この運動は鋳型トラニオンを支点として行われる。鋳型が大体垂直位置(例えば一五〇度ないし一八〇度回転の後)に到達した時には、インゴツトはそれの長さの約一〇%迄鋳型から落ちて出て止め16の上に落下する。」の記載が、同第八頁九行目ないし一二行目に、「又次の位相の間にインゴツトが鋳型から解放されてそれらの長さの部分に沿つて固定の止めの上に落下して出るように大体垂直位置に回され、」の記載があることが、それぞれ認められ、これらの記載と先願の出願当初の図面を総合すれば、先願の出願当初の明細書及び図面には、原告主張の(ロ)の要件、すなわち、「(イ)の後、転倒せしめて倒立し凝固させる」旨の技術事項も示されているものとみることができる。しかして、右明細書及び図面には、鋳型がターンテーブル上に配置されこのターンテーブルが間欠的に移動する具体例が図示説明されているとみることができるが、これによれば、各操作は時間的に断続して行なわれるものであつて、鋳型の転動が断続して行われる本願発明と異なるところはないものである。

そうであれば、引用発明に関し、先願の出願当初の明細書及び図面には、(イ)及び(ロ)の各要件の記載がなく、審決は引用発明の認定を誤つたという原告の主張は、理由がない。

2 原告主張の2の点について

前掲甲第五号証の三によれば、引用発明に関し、鋳型に溶鋼を注入した後、頂面が蓋になるように凝固させる点について、先願の出願当初の明細書及び図面には、水の吹付け等によつて強制冷却することによる凝固について直接の記載はないことが明らかである。

しかしながら、先願の出願当初の明細書第六頁二〇行目ないし第七頁二行目には、「ターンテーブルが幾らかの歩だけ回転した数分の後に、上述の方向と反対の方向に曲げられている防禦物16は鋳型を回し戻すことを開始する。」との記載があり、これと先願の出願当初の図面とを併せ考えると、鋳型が配置されたターンテーブルは全体として一方方向に回転するものであるから、鋳型に溶鋼を注入終了後、鋳型を傾倒し始めるまでの時間も、数分であるとみるのが相当であるところ、鋳型を傾倒し始める時には鋳型の頂面に蓋となる凝固層ができているとみなければならないが、通常の場合、自然冷却で数分ないしそれを若干上廻る時間で鋳型の頂面に凝固層ができるとは、技術常識上、考えられないこと、成立に争のない甲第五号証の五(八幡製鉄株式会社一九五五年九月発行「製鉄研究第二一二号」)によれば、鋳型に溶鋼注入終了後、直ちに水をかけて鋳型の頂面を凝固させることは、先願の出願当時既に公知であつたこと、を総合すると、引用発明にあつても、鋳型の頂面が蓋となるように凝固させるのに、何らかの強制冷却を行うものであると解するのが相当であり、引用発明における「その頂面が蓋となるように凝固し」との要件は、水を吹きつけることによる強制冷却の方法を排除するものではないというべきである。

そうであれば、「頂面が蓋となるように凝固させる」点については、本願発明も引用発明も実質的に同一ということができる。この点に関する原告の主張は採用することができない。

3 原告主張の3の点について

本願発明の明細書に記載された「実施例1」が本願発明の実施の態様であることは、原告の自認するところである。しかして、成立に争いのない甲第二号証によれば、右「実施例1」とは、「脱酸した約三五〇kgの溶鋼を上注ぎ用鋳型に注入し、その終了と同時に頭部に注水し、注入後約三分五五秒経過後約三分間で一八〇度回転し転倒してその儘凝固させる。」ものであることが明らかである。

原告は、本願発明の「転動」は一回転ないし二回転を意味し、本願発明の「実施例1」及び「実施例2」は併せて解釈すべきものである、と主張するが、「転動」の言葉自体に一回転ないし二回転に限定する意味はないのみならず、前記認定のとおり、本願発明の「実施例1」には、一八〇度(<省略>回転)回転させる実施例が明示されており、他は本願明細書中に「転動」の語義に関し回転数を限定するような説明記載は見出すことができないから、本願発明の「転動」を、一回転ないし二回転の意味に限定して解することは許されないといわなければならない。「実施例2」に四五〇度回転させる場合が記載されているにしても、原告の右主張は、到底採用することはできない。

4 以上のとおり、審決は引用発明の認定を誤り、ひいてまた、本願発明と引用発明との対比判断を誤つたとする原告の主張は、いずれも理由がない。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。

本願発明の要旨

常法に従い脱酸した溶鋼を鋳型に注入せしめた後、その頭部に水又は圧縮空気を吹き付けて凝固皮膜を生成せしめ、その数分経過後該鋳型を転動せしめ且つその長手方向を水平状態に一定時間維持せしめた後、復旧若しくは転倒せしめて倒立し凝固させることを特徴とするキルド鋼塊の製造法。

本件審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対して、本願発明の特許出願の日前の特許出願であつて本願発明の特許出願後に出願公告された特願昭四四―六九四〇一号(昭和四四年九月三日出願、昭和四六年一二月二四日出願公告)の願書の最初に添付した明細書及び図面(以下、「先願の出願当初の明細書及び図面」という。)には、本願発明と同一の目的において、「溶鋼を鋳型に注入せしめ、その頂面が蓋になるように凝固してしまつた後、該鋳型を転動せしめ、且つその長手方向を水平状態に一定時間維持せしめた後、転倒せしめて倒立し凝固させることを特徴とする鋼塊の製造法」の発明(以下、この発明を「引用発明」という。)が記載されている。

そして、八幡製鉄株式会社一九五五年九月発行「製鉄研究第二一二号」の記載内容、あるいは従来当業者間においてよく知られている事実からみて、引用発明における前記「溶鋼」が、凝固する際の体積減少率がリムド鋼などに比してきわめて高いためにインゴツトの頭部にいわゆるパイプを生じやすいキルド鋼、すなわち常法に従い脱酸した溶鋼を意図しているものであることは明らかであり、また、鋳型に注入した溶鋼の頂面が蓋になるように水を吹きつけて急速に冷却することも、前記刊行物に記載されているように、先願の出願前に公知であつたから、引用発明における「その頂面が蓋になるように凝固し」は、水を吹きつけることによつて強制的に冷却することを含むものである。

したがつて、本願発明は、引用発明と実質的に同一である。

請求人は、本願発明の「転動」は一回転ないし二回転を意味すると解釈しなければならず、両発明は同一の範ちゆうに属するものではないと主張するが、本願発明の明細書第五頁六行目ないし第六頁四行目には、

「次に上記の方法に依り製造したキルド鋼塊の若干の実施例を図面と併せ述べる。

実施例1

脱酸した約三五〇kgの溶鋼を上注ぎ用鋳型に注入し、その終了と同時に頭部に注水し、注入後三分五五秒経過後約三分間で一八〇度回転し転倒してその儘凝固させる。(出鋼温度一六〇〇℃)

実施例2

脱酸した約三五〇kgの溶鋼を上注ぎ用鋳型に注入し、その終了と同時に頭部に注水し、注入後三分二〇秒経過後約三分三〇秒間で四五〇度(<省略>回転)させ水平状態に六秒間維持した後転倒立せしめて凝固させた。」

と記載されており、実施例1が実施例2と共に明らかに本願発明の実施例として扱われていること、「転動」という語には、回転の数を限定する意味が含まれていないこと、もし、特許請求の範囲に記載された「転動」が鋳型の水平状態維持の前に一回転ないし二回転させることを意味すと仮定しても、そのことによつていかなる作用効果があるのかについて明細書には解明されておらず、一回転ないし二回転が発明を構成する上で顕著な意味をもつものではないことなどから、前記「転動」が一回転ないし二回転を意味し、本願発明がそのように限定されたものということはできない。

そうであれば、本願発明は、上記のように引用発明と同一であり、また、両発明について、発明者が同一でもなく、出願時の出願人が同一でもないから、特許法第二九条の二の規定により特許を受けることができない。

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